戦後処理
63 戦後処理
街は、平穏を取り戻していた。
あれから3日たち、城内は3日後の国葬の準備に追われている。
私は、城門前で人を待っていた。
この国の再興のためには、欠かせない人たちだ。
城壁の門にその姿が見えた時、私は飛び上がって手を振った。
まだあちらからは見えないだろうが、私ははやる気持ちで駆け出したい気分だった。
それができないのは、重苦しく丈の長いドレス姿であるためだ。
「女王殿下、ティアラが落ちます!」
私の脇で、サラ将軍が微笑みながら私を諫める。
「女王様――」
大通りを、独り駆けてくる騎士がいる。
ヴァンズナーだ。
ヴァンズナーは、城門に続く階段を駆け上がり、私の前で膝をついた。
「お待たせいたしました――」
私はヴァンズナーには構わず、大通りをぞろぞろと歩いて来る一行に手を振る。
「しかし......良いのですか? あのような品の無い者たちを......」
ヴァンズナーは、跪座したまま振り返り、背後の一向に目を向けた。
「何を言うか! しかし、よく説得してくれました」
私は、優秀だが頼りない中年男に微笑する。
一行が、城門のすぐ前まで来ると、私は居ても立ってもいられなくなり、ドレスの裾を摘まんで階段を駆け下りた。
「女王殿下! 転びますよ!」
背後で、サラ将軍が叫んでいる。
一行の中から、クマの毛皮を着た人物が前に走り出てきた。
「アンリッサ!」
私は、階段を数段飛ばして飛び降りる。
アンリッサが、私を抱きとめてくれることを確信している。
「こら! 危ないじゃないか」
アンリッサは、分厚い胸で私を抱きとめてから私を叱った。
「アンリッサ――」
私は、アンリッサに髪を振り乱してしがみついた。
「ほらほら、綺麗なドレスが汚れちまうよ。いい加減離れないか」
アンリッサは、私の頭を撫でながら優しく言った。
「その通りだ、アンリッサ。早く女王様から離れろ」
背後から、階段を降りながら言うヴァンズナーの声がした。
「貴様! ヴァンズナー! 王を辞退したとはどういうことだ!?」
アンリッサの背の後ろから、声を荒げる老人の声がする。
私は、アンリッサの胸から体を離しその老人に向き合う。
「ズーイ殿、お足をお運び頂き感謝申し上げます」
私は、ドレスの裾を摘まんで恭しく礼をした。
どうやらヴァンズナーは、状況をたいして説明もせず彼らを連れてきたようだ。
「この度、城下の民らとサラ将軍の承認を得て、エルスカ国の王となりました」
私は、20名ほどのエルジールの民らに語った。
「今回の侵略は、国王が不在であったため敵対国に隙を与えたと理解し、国王として玉座に座する決意をいたしました。しかし、エルジールの皆様の同意なくして実現できるものではありません」
私は、一行の先頭にいるズーイの前に歩み出た。
老人だが、とても大きい。
私は、頭の上のティアラを外し、それを彼らの前に差し出した。
「姫様! 何を――」
背後から、サラ将軍が悲鳴のような声を上げて駆け下りてくる。
「エルジールでも、エルスカでも構いません。この土地を守るために、ともに手を取り合い、戦いましょう」
私は、ティアラを差し出したまま膝を曲げる。
エルジールの民らが騒めいた。
「姫様! いや、女王殿下! なりません!」
脇に来たサラ将軍が、私の姿勢を正そうと肩を掴む。
「まったく......ここに、そんなもんが似合う奴がいるかい?」
隣にいたアンリッサが、私からティアラを取り上げると私の頭に飾る。
「私たちの宿敵エルスカ王国は、ちょっと前に倒れた。そして新制エルスカ王国が、新女王の元にたった今、建ちあがったのさ」
アンリッサは、そう言って私のひざ元で跪く。
「我々エルジールの民は、サルベルトを倒し、新たに新制エルスカ王国として建国する貴女を、この国の王として承認する」
ズーイは大きな声でそう宣言すると、私の前で膝をついた。
他のエルジールの民らもそれに倣う。
いつの間にか、城下の民らも集まってきていて、辺りには歓声や拍手で祝福される。
こうして、私はこの国の王として改めて認められた。
正式な載冠の儀ではないけれど、これほどまでの祝福を受けた儀式を、認めぬ者などいないであろう。
私たちは、3日後の葬儀の準備を進めるとともに、新体制への改正を議論した。
まだ完全ではないけれど、大枠としてはこうなる。
エルスカ王国 国王 アザリナ・ファス・エルスカ
同 国務大臣 ズーイ・エイレイ
同 財務大臣 オムソン・カルカラ
同 法務大臣 選考中
同 大将軍 選考中
同 赤装隊将軍 サラ・サーラ
同 青装隊将軍 選考中
同 白装隊将軍 ヴァンズナー・アルベイユ
同 黒装隊将軍 アンリッサ・パイナム
法務大臣については、私はパスカル様を推したのだが、ヴァンズナーが反対したため保留となった。
実は、パスカル様には何度も大臣職に就いてもらうよう打診しているのだが、頑なに固辞されている。
ヴァンズナーが反対するのは、その為だと思うのだが......
青装隊将軍については、ギノ大将軍が昇格した時点で置くべきだったのだが、色々あって放置してしまっていた。シノレイとアークマンのどちらかが就く予定ではある。
しかし、ギノ大将軍暗殺の責を問う声があるもの事実で、他の者が就く可能性もあった。
新設された白装隊は、元々青装隊下の近衛銃士隊を分離増強してヴァンズナーを将軍に充てる。
ヴァンズナーのために、作ったと言っても良い。
此度の王都奪還において、近衛銃士隊の功績は甚だしく、副長のフォルカーを、隊長職を飛ばして、将軍に充ててもよいのではないかと言う意見も出た。
サラ将軍が、ヴァンズナーを大将軍に推挙していることから、白装隊の将軍に充てる可能性もある。
新設された黒装隊は、エルジールの傭兵部隊と狩猟部隊から編成する。
そして、此度命がけで危急を知らせたエリリカの名も挙がった。
サンハ・ルーインに、あれ程までの深手を負わせた能力も買われている。
「青装隊の将軍に、エリリカを充てるのはどうか?」
私は、提案した。
反対意見が出るのは、重々承知している。
案の定、皆唸るばかりだ。
「ヴァンズナーは、どう思う?」
私は、エリリカの父親であるヴァンズナーの意見を求める。
すでに、2人が親子であることは皆の知る所であった。
「私は――構いませんがね......」
ヴァンズナーは、同席するアンリッサの顔色を窺っていた。
「是非、そうして欲しい......が、あの子は兵士じゃなかったんだ。いきなり将軍なんて勤まるかい? 他の兵士らも良く思わないだろう?」
アンリッサの危惧するところは、私も考えていたことだ。
「エリリカには、功績がある。功績を称えたうえでの任用としたい」
また、皆唸ってしまった。
難しいことを言っているのだろうな......私は......
「同時に――先にも言ったが、ヴァンズナーも功績から大将軍に任じたいと考えている」
「賛同します」
サラ将軍が、間髪を入れず同調してくれた。
これなら、問題あるまい。
国王と将軍の推挙だ。
「こう言っちゃなんですが~、大将軍なんて名誉職でしょう? 無理につけなくても良いのではないでしょうか?」
ヴァンズナーが言う。
この男には、欲がないのか......
国王にだって、なれたのに。
「じゃぁ~、あたしがなってやろうか?」
アンリッサが、薄ら笑いを浮かべながら言う。
「すまないが、それは無理だ」
私は、丁重に詫びる。
さすがに、この国での実績がないのに大将軍には就けられない。
将軍職だって、不平が出るだろう。
「まぁ、大将軍は慌てる必要は無かろう。ギノ大将軍を失ったばかりだ。空けておいても問題はない」
ズーイが、静かにそう語った。
この巨漢の老人が言うと、説得力がある。
皆が同意した。
「エリリカも、まだ療養中の身だ。休ませてやってほしい」
引き続き、ズーイが言う。
その通りだと思った。
私は、何て思いやりのない提案をしたものか。
アンリッサとヴァンズナーも、無言で頷きズーイの意見に同じる。
「元々、この国には大臣も将軍も欠けていたのだ、今無理に空席を埋める必要もあるまい」
財務大臣を任せるオムソンが言う。
オムソンは、エルジールの村で私に厳しかった老人だ。
今は、それほどでもないが、言い方に棘がある。
元来の性格かもしれないが......
「この件は、また話し合おう」
私は、若干の苛立ちを覚えながらも、平静を保って話題を変えた。
「サルベルトの残存兵は、どうしている?」
私は、隣に座るサラ将軍に訊ねる。
戦意を喪失した、多くのサルベルト兵が投降した。
「現在、城壁前のサルベルト側の遺体を処置させております。終われば、本国へ帰国させるつもりです」
サラ将軍は、席を立って皆にそう説明する。
これは、サラ将軍に私がお願いしたことだった。
私たち敵国の者に、友人や仲間の遺体を触られるのは、良く思わないだろうと考えたのだ。
「それは、良くない!」
オムソンが否定する。
「何故だ?」
私は、少し強めに訊ねた。
「まず、遺体の処理をさせるなど、敗者に鞭を打つようなものだ。それから、敵に兵力を返してどうする? また攻めてくるぞ」
くぅぅぅ――
悔しいが、その通りのような気もする。
「彼らが、攻めてくることはありません」
微笑を浮かべて、サラ将軍が答える。
今度は、オムソンが何故かと訊いた。
「サルベルトは、今苦境に立たされているからです。我ら獣人連合軍は、すでにサルベルトの首都オーガルを占拠しております」
「何だって!」
皆が驚愕した。
オムソンもだが、私も驚きのあまり席を立っていた。
サルベルトと獣人連合が、戦闘になっているのは知っていたが、まさかオーガルを占拠しているとは......
「サルベルトは、エルスカを攻めている場合ではなかったのです。タイミングが悪かったのでしょうけど」
「サルベルトは、7万の兵を抱える大国家だぞ!」
オムソンは、サラ将軍の発言を嘘だと言わんばかりの態度だ。
「私は、サルベルトから船で来たのですよ」
サラ将軍は、おかしそうに笑った。
反論を諦めて、オムソンは静かに席に着く。
「それから、敗者に鞭を打つとおっしゃいましたが、打たれて当然! それだけのことをしたのですから」
サラ将軍は、笑みを消して厳しい口調で言い放った。
もう、反論する者はいない。
私は......情けのつもりであったのだが......鞭を打っていたのか。
「女王殿下、受け止め方は人それぞれ、殿下に感謝しているサルベルト兵もいると思いますよ」
机の下を眺めていた私に、サラ将軍はそう耳打ちした。
そっか......そうだと良いな。
私は、サラ将軍に微笑を返した。




