焦燥
62 焦燥
私は、目を覚ました。
朝だ......
混乱した。
何故......朝なのだろう?
何故寝ていたのか......
私は、ベッドから出て窓の外を窺う。
空は明るいが、まだ日は見えない。
東の森に隠れている。
だいぶ早い朝だ。
城の前で、ギノ大将軍のご遺体を迎えた......
棺の中の、ギノ大将軍を・・・階段の上から見て......
そこからの記憶がない。
私は、ベッドに戻ってベッドに腰を降ろした。
気を失ってしまったのか......
どこか怪我をしていないか、あちこち確認してみるが、サンハに噛まれた右手の他、痛むところはない。
ショックだったのだな?
私は、私に訊ねる。
そりゃそうだ。
私は、私に答えた。
部屋の扉が、控えめにノックされた。
空耳かと、疑ってしまうほど控えめだった。
私は、訝しみながらドアを開ける。
「起きてらっしゃいましたか......物音が聞こえたもので」
申し訳なさそうな顔で、サラ将軍が小声で言う。
「どうしたの?」
サラ将軍は、寝間着姿だ。
何かが起きたのは、推察できる。
サラ将軍の後ろに、真っ白な近衛銃士隊の制服を着たヴァンズナーが立っている。
サラ将軍は、言いづらいことを託すかのよう、ヴァンズナーに顔を向けた。
「姫――いや女王様、申し訳ございません」
ヴァンズナーは、頭を下げ謝罪する。
「私の配慮不足でした......」
私は、このあとに続く結果を無言で待った。
「バンモ殿が、牢で自害されました」
心臓に、針を刺されたような衝撃だった。
しかし、私は驚きを見せなかった。
と、言うより表現できなかった。
いや、十分にあり得ることと、予見していたのかもしれない。
ヴァンズナーは、4つに折られた紙片を私に差し出す。
広げると、そこには細かい字がびっしりと綴られていた。
よく見れば、バンモの字である。
部屋の入り口では暗くて読めないので、私は2人を部屋に招き入れベッドわきのランプに火を灯した。
小さくて、読みにくい字だ。
老眼のバンモが、良く書けたものだ。
親愛なるアザリナ姫様――
本当に、心より愛しております。
私には子はおりませんが、失礼ながら孫のようにも密かに思っておりました。
此度の事、すべてこのバンモが至らぬばかりに生起した事象にございます。
老いとは恐ろしいもので、何故事前に察知できなかったのかと、自嘲する日々でございました。
まず、リリノ様のご帰国は、最初からサルベルトの策略にございました。
リリノ様が、ご帰国されたリンド・リンリア号には、水夫や商人と偽ったサルベルトの兵士らが乗っていたのでございます。
アザリナ姫様が、ジープへの外交へ旅立ってすぐ、彼らは行動を起こします。
ギノ大将軍の暗殺と、厳重に保管していたオボロザクラの奪取でした。
私は、驚きのあまりバンモの手紙から顔を上げて、ヴァンズナーに目を向ける。
「どういうことだ! オボロは、この国にあったのか!? 」
「ええ、そうです。私もどこにあるのかまでは知りませんでしたが、この国のどこかにあるというのは、存じておりました」
ヴァンズナーは、感情の無い声で答える。
いったいどこに......
私は、その答えを求めて、再びバンモの手紙に目を落とす。
この2つを成された時点で、私は敗北を受け入れました。
まさか、ギノ大将軍が凶刃に倒れるとは......
まさか、リリノ様がオボロザクラの所在をご存じだったとは......
この2つのまさかが、敗因であり、私の罪です。
サルベルトは、リリノ様をこの国の王として立て、この国をサルベルトの隷国とする計画でした。
いずれ、リリノ様はシーバル侯爵を夫として迎え、シーバル侯爵がこの国の領土を手に入れる手筈だったのでしょう。
その時には、この国の名は、ただの地名となっているはずです。
私が、それらの計画に気づいたとき、私が成すべきことはサルベルトに従い、リリノ様の王位継承を薦め、それを堅持することでした。
このエルスカを守るため、エルスカの国を未来に繋ぐため、リリノ様の王位を世に知らしめること、そして、リリノ様にはリリノ様がお認めになる御仁と婚姻していただく、これしか私がこの国を守る算段はないと判断したのです。
そのために、私は最愛なるあなた様を、切り捨てました。
これが、老いです。
まさか、姫様がご帰還成されるとは......
まさか、オボロだけならず、ハクミョウまで揃えるとは......
重ねて申し上げます。
全ての責は、このバンモにあります。
妹君であらせられるリリノ様は、サルベルトに利用されていたにすぎません。
どうか、お責めになりませぬよう、心からお願い申し上げます。
それから、勇者ヒデオ、パスカル――
手紙は、そこで終わっていた。
悔しい――
許せない――
私は、読み終わったその手紙を握りつぶしていた。
バンモに裏切られたのはショックであったが、そのバンモの心情を考えると胸が締め付けられる。
幼い頃から側にいて、尽くしてくれた。
私も、祖父のように思っていた。
「姫様......」
サラ将軍が、私の傍らで膝をつき背を撫でる。
「大丈夫だ」
私は、握りつぶしてしまった手紙を、丁重に広げ皺を伸ばす。
「大事な記録だ。丁重に保管してくれ」
私は、立ち上がりながらヴァンズナーにそれを手渡した。
「ご遺体は、反逆者として晒しますか?」
ヴァンズナーは、手紙を懐へ納めながら訊く。
「まさか......」
私は、少し考えこんだ。
サラ将軍が、私を心配そうに見ている。
「まず訊くが、何故バンモは自害できたのだ?」
私がそう訊ねると、ヴァンズナーは叱られた子供のように項垂れた。
「申し訳ありません......ニードルです......」
ヴァンズナーが、私の顔色を窺いながら言う。
「ニードル? あ! 」
以前、私が獣人との会合の席で自分の首を切った短剣だ。
サラ将軍に、散々殴られ叱られた。
あれを、隠し持っていたのか......
なるほど......
所持品の検査を怠ったということか......
それは、確かに不手際だったな。
しかし、ヴァンズナーを責める気にはなれない。
私は、罪を告白し、私の前で膝をつくバンモの姿を思い出した。
あの時、私にニードルを向けることもできたはずだ。
バンモは、私が無事に帰ってくることを確信していたのではないだろうか?
こうなることを、すべて予見していたのではないだろうか?
そう考えると、私の殺害を命じたというバンモの言葉が、芝居じみて見えてくる。
「バンモの取り調べは、どうだったのだ? 」
取り調べの記録とも、整合が必要だ。
「なにぶん、バタバタしておりましたから――」
ヴァンズナーは、わざとらしく頭をかく。
大したことは訊けていないのだなと、私は理解した。
「文末の、勇者とパスカル様については?」
「それは......不明です。両名を頼れと書きたかったのか......もしくは――」
ヴァンズナーは、言葉尻を濁す。
もしくは、気を付けろ、だったのかもしれない。
しかし、ヒデオに気を付けるのはわかるが、賢者パスカル様にそのようなことは言わないだろうから、これは頼れと言うことだろう。
「わかった......今回のことは伏せておく、国務大臣として丁重に埋葬しよう」
「ん~、今更伏せるというのも......」
ヴァンズナーも、バンモの遺体を晒したいわけではなさそうだが......
「バンモ様は、幼い頃からお仕えしていたアザリナ姫様と、リリノ姫様とのどちらかしか救えないという、苦渋の選択を迫られました。この国に対する反逆と言えましょうか?」
沈んだ声で、サラ将軍が言う。
その通りだと思った。
「不要なことは公表するな。ただ、バンモの功績だけを連ね国葬とする」
私は、2人に命じた。
2人は、恭しく頭を垂れる。
「準備ができ次第、ギノ大将軍とバンモ国務大臣の葬儀を執り行う」
「御意――」
近衛銃士隊長と将軍が、一礼して部屋を出ようとする。
私は、それを呼び止めた。
「近衛銃士隊隊長――ヴァンズナー・アルベイユ」
「ハッ!」
ヴァンズナーは、不思議そうな顔をして振り向いた。
「部隊の再編成を行う。貴殿には将軍職を任せたい」
私は、ヴァンズナーを睨みつけた。
これでどうだ?
本当なら、この国の王を任せたいのだが......
「かしこまりました」
ヴァンズナーは、膝をついてかしこまる。
「サラ将軍も、それでよろしいか? 」
私は、すでに部屋の外に出てしまっているサラ将軍に問いかける。
「ええ、もちろん。その後すぐ大将軍に推挙いたしますわ」
ドア枠から、顔だけをのぞかせてサラ将軍は言った。
えぇぇぇぇ――
私もヴァンズナーも、変な声をあげてサラ将軍を見る。
「まず将軍に指名し、その後、今回の功績を称します。そこで大将軍に任命すればよろしい」
サラ将軍は、にっこり笑って言う。
「サラ将軍は、それで良いのですか? 」
私は、サラ将軍に訊ねる。
本人が、良いと言っているのだから良いのだろうが......
「いや、サラ殿! それは良くない」
ヴァンズナーは、立ち上がってサラ将軍に向かい合った。
そのヴァンズナーに、突然サラ将軍が抱きつく。
どうした?
サラ将軍は、ヴァンズナーを抱きしめながら泣き出した。
まるで、幼子のように声を上げて、わんわん泣き出したのだ。
私もヴァンズナーも、ただ立ち尽くして、その姿を見ているだけだった。
堰が切れたように泣くサラ将軍の姿に、私も泣き出したかったが、泣かなかった。
サラ将軍を、これほどまでに悲しませた相手が憎い。
私たちから、家族のように接してきたギノ大将軍とバンモ奪った相手が憎い。




