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返還

61 返還




 私は、この国エルスカの未来を決断した。

 もう、国としての存続は厳しい。


「姫様! 何をおっしゃいます! 」


 険しい顔をして、サラ将軍が私に詰め寄った。


「サラ将軍、あなたに伝えておかなければいけないことがあって……」


 私は、サラ将軍の少し後ろに立つヴァンズナーに目を向けた。


「実は……そこにいるヴァンズナーは、エルジールの人間なのです」


 私がそう言うと、サラ将軍はゆっくりと背後のヴァンズナーに目を向ける。


「それも、エルジール王の血筋です」


 私は、ヴァンズナーから預かっている腰のハクミョウザクラを抜刀する。

 美しい刀身だ・・・鏡のようで……


「姫雅! 刀身を見入ってはいけません! 」


 ヴァンズナーに指摘され、私は慌てハクミョウザクラを鞘に戻した。


「この国は、ヴァンズナー……いえ、エルジールの王にお返ししようと思います」


 私は、ハクミョウザクラを腰のベルトから外し、ヴァンズナーに差し出した。

 何故か、サラ将軍とヴァンズナーは同時にため息をつく。


「私が、知らないと思いました? 」


 サラ将軍は、肩をすぼめて見せる。


「し、知っていたのですか!? 」


 私は、驚いた。

 知っていたのは、ギノ大将軍だけなのかと思っていたからだ。

 いや、バンモも知っていたとは思うが……


「ええ、ギノ大将軍から聞いています。口外するなと言われていましたが」


 なんだ……知らなかったのは、私だけなのか……


「へぇ~、ヴァンズナーさん。王様だったんだぁ」


 アルカナンサスが、興味津々の目をヴァンズナーに向ける。


「もう私では、この国の再興は望めません。エルジールの皆さんの悲願でもあった事ですし、今後はヴァンズナー……いや、エルジール王にこの国の再建を委ねたい」


 私は、本気だ。

 ここ数日、ヴァンズナーの働きを見てきた。

 まぁ、少々言いたいことはあるが、私よりも王に相応しいのは間違いない。

 何より、今回のサルベルトからの奪還は、彼の働きなくしては成せなかった。


 その功績だけでも、一国の王に相応しい。

 ヴァンズナーは、腕組みをして窓際に歩き出した。

 私は、それを目で追い彼の反応を窺う。


「城下が、騒がしいですなぁ」


 窓の外を見て、ヴァンズナーが呟く。


「解放されて、民らも喜んでいるのだろう……」

 サラ将軍も窓辺に移動し、窓の外を窺う。


「国民にも伝えなければなりません。返還の儀を行いましょう」


 私は、席を立たない。

 国民が、喜んでくれているのは良いことだけど……

 国民を、危険にさらしてしまったのは私の責任だ。


「どれ……行ってみますか? 」


 ヴァンズナーが、私に訊く。

 えっ……どこへ?

 ヴァンズナーは、行先も告げず歩き出す。

 サラ将軍は、仕方なさそうな顔をしてヴァンズナーに続く。


「ど、どこへ行くの? 」


 私も小走りで後に続くが、意図が分からない。


「姫様、姫様、これ掛けたら」


 背後から、アルカナンサス駆け寄って来て、私の背に王家の紋様の入ったマントを掛けてくれた。


「ありがとう」


 血だらけの衣服を隠すのにちょうど良い。

 ヴァンズナーは、大広間に入ると2階へと上がる階段を上り始めた。

 その先には、城下を一望できるバルコニーがある。


 そうか……なるほどと私は思った。

 そのバルコニーは、国民に対して重要なことを下知(げち)したり、祝い事のお披露目をしたりする際に使用される。

 気の早い男だ。


 早速、返還の儀……とまではいかないまでも、私の口から返還を宣言させる気なのであろう。

 バルコニーに出ると、入城の際には人の気配など無かった大通りに、大勢の民らが集っているのが見えた。

 見れば、手を取り合い、皆抱き合ったりして平和の訪れを喜んでいるようだった。


――アザリナ姫様――


 遠くから、私の名を呼ぶ声がした。

 その声に同調するように、次々と私の名が連呼される。

 バルコニーにいる私の姿を見つけた民らが、歓声を上げた。

 私の前に立つ赤い甲冑のサラ将軍が、振り返って微笑する。


「姫様、答えて差し上げてください」


 サラ将軍は、恭しく頭を垂れた。

 私は、前に出て眼下の民衆に目を落とす。

 皆が私の名を呼び、手を振ったり拍手したりしている。

 私は、手を上げてそれに応え、皆が静まるのを待つ。

 しばらくすると、私の声を聴こうと民衆に静寂が伝播する。


「皆、苦労をかけました。でも、もう大丈夫です」


 それを言っただけで、民衆から大歓声が上がった。

 また静寂を待つ。


「獣人連合軍に参加してくれていたサラ将軍が、危急を聞きつけ駆けつけてくれました」


 私がサラ将軍を紹介すると、サラ将軍の名を呼ぶ大合唱となる。


「そして、今回の戦いで一番の功績を上げたのが――」


 私は、背後に控えていたヴァンズナーを手招きして呼んだ。


「近衛銃士隊隊長、ヴァンズナー・アルベイユです! 」


 私は、力強くヴァンズナーを紹介する。

 サラ将軍と同じように、大歓声が上がった。

 なかなか歓声がやまないので、私は手を上げてそれを制す。


「それから、実は――」


 私が、真実を国民らに告げようとした時だ。

 隣にいたヴァンズナーが、私が身を包んでいたマントを奪うようにはぎとる。


「キャァ」


 別に、裸にされたわけではないのだが、思わず声が出てしまった。


「何をする! ヴァンズナー! 」


 私は、自らの手で身体を隠しながら、ヴァンズナーを非難する。

 私の血染めの姿を見て、民衆は騒めいた。


「アザリナ姫様は、王女の身でありながら、文字通り先陣を切って戦わられた。お前たちを救うために! 」


 民衆が、静まり返る。

 皆、どう思っているのだろう?

 恐ろしい女だと、思われてはいないだろうか……

 血で汚された、気味の悪い女だと思われただろうか……

 私は、斜め前にいるヴァンズナーの背を睨んだ。


――アザリナ様――


 小さく、私を呼ぶ声が聞こえた。

 それは、段々と大きくなり、しだいに私の名を呼ぶ大合唱となる。

 突然、ヴァンズナーは両手を上げてその大合唱を静める。


「しかしながら! 一番頑張ったのは俺だ! 俺はこの国の王になる! 」


 ヴァンズナーは、宣言した。

 ここで?

 ちょっと呆気に取られてしまった。

 このタイミングで言うか?


――引っ込め、ヴァンズナー ――


 民衆の中から、ヤジが飛んだ。


――消えろ、ヴァンズナー! 酔っぱらいが――


 ヤジの大合唱となる。


――お前ごとに、王が務まるか――


――よくやった、ヴァンズナー 隊長でガマンしろ――


 ヴァンズナーは、振り返って私を見ると肩をすぼめて見せた。

 背後から、背を押される。

 振り返ると、サラ将軍だった。


 にこりと笑って頷く。

 さらに、その背後にはアルカナンサスがいて、拍手を高速連打している。

 私は、一歩前に出て眼下の民らを見回した。


――アザリナ女王――


 誰かが、そう声を出した。

 皆それに合わせて連呼する。


――アザリナ女王――


 城下に、割れんばかりの合唱が響き渡る。


「アザリナ様、失礼いたします」


 サラ将軍が、私の隣に来て私の頭に何かを乗せる。

 それは、いつの間に取り返したのか、リリノが付けていた女王のティアラであった。





 私は、自室に戻りサラ将軍に身体を拭いてもらった。

 返り血で汚れた王家の正装は、部屋の隅のゴミ箱に入れられた。

 もう使い物にならない。


 私は、純白のドレスに袖を通した。

 母の着ていたものだ。

 髪を整えられて、宝石が散りばめられた白銀のティアラを身に着ける。


「申し訳ありません姫様――いや、女王様」


 サラ将軍が、私の足元に傅(かしず)いて何かを詫びる。


「慣れないもので、お仕度が満足に……」


 サラ将軍が気にかけているのは、私の身支度の手伝いが不慣れと言う事だった。


「この状況ですもの、充分よ。ありがとうサラ将軍」


「あまり私と変わらないかもしれませんが、以後ノーノウにお側にいるよう伝えておきます」


 あっ……ノーノウか……あいつは適当だからな……

 私は、すぐに切断したがる医療助手のノーノウの眼鏡の奥の目を思い出した。

 きっと猟奇趣味なのだ。

 しかし、女王と呼ばれるのは、こっちこそ慣れないし責任重大で恐ろしい。


「女王様――」


 サラ将軍が、私の左手を握りしめる。

 気づかれていたか……

 私の手は、ずっと小刻みに震えていたのである。

 サルベルトとの戦闘中からずっと……


――はぁ ――


 ため息のような、声が出る。

 瞬(まばた)きするのも躊躇われるほど、あの光景が脳裏に焼き付いて離れないでいる。

 私の上に降り注ぐ、真っ赤な血の雨――

 怒りと、悲しみと、絶望のこもった目――

 何かをしていないと、私が切り殺した男たちの断末魔が空耳で聞こえるのだ。

 私は、甲冑を脱いで軽装でいるサラ将軍にしがみついた。


――はぁ、はぁ――


 涙など出ない。

 ギノ大将軍を失った悲しみよりも、リリノやバンモに裏切られたことよりも、今は自分の犯した行ないの

方が恐ろしくて、涙など出ない。





 すでに夕刻になっていたが、休んでいる暇など無かった。

 もうそろそろ、ギノ大将軍のご遺体が到着するはずである。

 ご遺体を発見した後、棺搬送用の馬車を向かわせた。


 冬季とは言え、死後数日たっている。

 ご遺体の様相を整えたうえでの、搬送となった。

 サラ将軍は、着慣れないドレス姿の私の手を取り、エスコートする。


 自室を出て、長い通路から大広間に降りる階段を踏む。

 遠くから、かすかにラッパの音が聞こえた。

 少し遅れて、城の警鐘がゆっくりと打ち鳴らされる。


 どうやら、ご遺体が到着されたようだ。

 私は、階段の途中で足を止める。

 足が、進むのを拒んだ。


 受け入れたくない現実に近づくと、人はそれから逃れようと試みるのだ。

 試みたところで、現実は変わらない。

 私の手を引くサラ将軍が、前に進めと目で言うのだ。

 意を決して、私は進んだ。


 大広間を抜け、城門を抜けると大勢の兵士らが、と列(れつ)を作っていた。

 その中には、ラッパを携えた兵士らがラッパを口に構えている。

 城下は、城壁と家屋が作る闇の中に沈んでいたが、大通りには僅かな西日が届いている。


 大通りを挟んで、民衆は英雄の帰還を迎えた。

 彼らの持ちよるランプの灯が、斜陽と同じ色をしていて、夕日の光が蛍のように飛び交っているかのようだ。

 大通りの遠く先に、棺を引く馬車が見え、正装姿の兵士らが捧げ剣の姿勢で先導する。


――ギノ大将軍、帰還――


 号令がかかると、城門前に並ぶラッパ兵らが、一斉にラッパを吹鳴(すいめい)する。

 華々しく勇ましいその音は、私の気分とは真逆の音色であったが、それはそれで……







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