手を切断!?
60 手を切断!?
「サラ! 」
それは、私の歓喜の叫びだ。
会いたかったし、この人はまた私を救ってくれた。
私は、待ち焦がれた女戦士サラ・サーラ将軍の元へ駆けだそうと一歩を踏み出した。
しかし......
リリノの傍にいたサンハ・ルーインの、まるで物のように倒れる音に、私は立ち止まって振り返った。
直観的に、嫌な気がする。
私は、踵を返して玉座への階段を駆け上がった。
リリノの座る玉座の脇で、サンハが天井を凝視したまま横たわっている。
その右肩の付け根に、サラ・サーラ将軍が放った矢が刺さっていた。
私がサンハの元に駆け寄ると、サンハは私を見て微笑する。
私は、僅かに笑うサンハの口に右手の指を差し入れた。
その瞬間、強い痛みが走った。
「姫様! 」
ヴァンズナーと、サラ・サーラ将軍が同時に叫ぶ。
「イタッ! 」
私は、右手の指に強い痛みを感じながらも、サンハの口の中にさらに奥へと指を突っ込んだ。
ヴァンズナーが、私の傍らに座り込んで、私の腕をサンハから引き抜こうとした。
「ダメ! 舌を噛もうとしている! 」
私は、苦痛に耐えながらヴァンズナーの体のどこかを左手で叩いた。
「姫様! これで! 」
サラ・サーラ将軍も、私の脇に屈みこみサンハの口に短剣の柄を噛ませる。
サンハは激しく抵抗し、奥歯の一本が折れて口元からこぼれ落ちた。
ヴァンズナーとサラ将軍とで、サンハはハンカチやマント、ベルトなどで体のあらゆる場所を固定される。
私は、サンハの口から手を引き抜いた。
ズキズキと、痛みと脈打つのを感じる。
血が滴っていた。
「姫様! 何という無茶を! 」
私の手を見て、サラ将軍が険しい顔を向ける。
「ゴメン......」
痛い――本気で噛まれた。
指が、ちぎれるかと思った。
「連れて行け! 絶対に目を放すなよ! 」
ヴァンズナーは、近くにいた兵士にサンハの身柄を預ける。
サンハ・ルーインは、4人がかりで抱えられ牢へと運ばれていった。
「リリノ様に置かれましては、お部屋にて待機くださいますよう」
ヴァンズナーは、リリノには自室待機を指示する。
リリノも、兵士らに囲まれてその場を後にした。
「骨は大丈夫そうね......」
サラ将軍が、私の右手に応急処置を施してくれた。
「良く戻ってくれました」
私は、すぐ傍にあるサラ将軍の横顔に安堵する。
「エルスカの危急を聞きまして、サルベルトから船で戻りました。遅くなり申し訳ございません」
「そうでしたか・・・獣人連合とサルベルトが交戦中と聞きましたが......」
「ええ、ですがヒデオ殿の策で、今は直接には戦っておりません」
私は、サラ将軍に支えられて立ち上がった。
「どういう事でしょう? 」
「治療をしながら、ご説明しましょう」
そう言って、サラ将軍は私と執務室に向かう。
「ヴァンズナー隊長、あなたも来てください」
サラ将軍は振り返り、部下らにあれこれ指示を出しているヴァンズナーを呼ぶ。
執務室に着くと、私は医師の手当てを受けた。
城に勤めるフォッフォウという年老いた医師が、助手のノーノウを連れて駆けつけてくれた。
「痛いの~痛いの~飛んでいけ~ 」
フォッフォウは、私の手の傷を見て真剣な面持ちでおまじないをする。
「フォッフォウ・・・私はもう子供ではないのだ......」
私が冷たくそう言うと、フォッフォウは満面の笑みを浮かべる。
「そうでございましたな」
フォッフォウは、眼鏡の奥の目を細め私を見る。
いつも優しい目で患者を診る。
その目で治療しているのだと、幼い頃から感じていた。
「あららら~駄目だこりゃ~、先生この指もう使い物になりませんね? 」
助手のノーノウが、私の手に巻かれたハンカチをほどきながら悲痛な顔をする。
ノーノウは、私より2~3歳年上で色の濃い銀髪の女性だ。
三つ編みの銀髪を背に垂らし、白い三角巾を巻いている。
「ノーノウ、患者様が不安になるようなことを言うでない。いつも言っているだろう」
わざとらしい、しかめっ面をしてフォッフォウは助手を叱った。
「実際どうですか? 先生? 」
サラ将軍が、小声でフォッフォウに訊く。
「ふむ・・・かすり傷ですな。大丈夫」
うんうんと頷きながら、フォッフォウは満面の笑みを崩さない。
「ええ~、先生私の見立てでは切断した方が良いと思うんですけど~ 」
助手のノーノウが、遠慮なく言う。
「ノーノウ、君は少し黙っていなさい」
にこやかに、フォッフォウは助手を叱る。
私の指は、大丈夫なのだろうか......
「ヴァンズナー? こっちへ......」
入り口付近で悲痛な顔をしているヴァンズナーを、サラ将軍が呼ぶ。
「ヴァンズナー、本当によくやってくれた。心より感謝する」
サラ将軍は、ゆっくりと椅子から立ち上がると、ヴァンズナーに手を差し出す。
照れくさそうに手を差し出したヴァンズナーを、サラ将軍は突然抱きしめた。
「ああ、ヴァンズナー。愛おしいほどに感謝している。ありがとう」
サラ将軍と、ヴァンズナーの背丈はあまり変わらない。
ヴァンズナーは、身体を締め付ける紅い鎧から逃れようともだえる。
「サラ・・・ギノ大将軍の事は訊いていますか? 」
私は、つい先ほど遺体発見の報があったギノ大将軍の事を思い出した。
考えないようにしていたけど、サラ将軍には知らせておかなければ......
「ええ、存じております。入城してすぐ聞きました」
サラ将軍は、特段驚く様子もなく答える。
「そ、そうでしたか・・・」
私は、あれほど仲の良かった2人なのに、こんなに簡単に受け入れられるなんて、不思議でならない。
それ故、訊かなくても良いことまで聞いてしまった。
「悲しくはないですか? 」
「悲しいです。泣き叫びたいですが、今ではない。後で泣きます」
強い目で、サラ将軍は言った。
ごめんなさい......
私は口には出さず、心の中で詫びた。
「ヴァンズナー、お前・・・サンハにリリノを殺させようとしただろう? 」
私は、矛先をヴァンズナーに向けた。
ヴァンズナーは、口を閉じ難しい顔をして答えない。
「まぁ、サラ将軍が助けてくれたから、良しとするが......あのような振る舞いは二度と許さん」
私は、厳しく忠告する。
ヴァンズナーは、一切の反論をしなかった。
私の手を見下ろしながら、悲痛な顔をするのみである。
「痛そうな顔をするな! お前が痛いわけじゃないだろう! 」
イタタタ――
傷口を、治療用の酒で洗われている。
「うん。縫うほどではないようですね」
ノーノウが、私の手の傷を凝視しながら言う。
眼鏡の奥にある目が、眼鏡の所為だろうか、ものすごく大きく見えた。
お前、さっき切断とか言っていただろうが......と心の中でノーノウを非難する。
「サラ将軍、先ほどの話の続きですが――」
私は、サラ将軍がエルスカに帰国するまでの経緯について訊ねた。
獣人連合とサルベルトの戦闘の状況が、いったいどうなったのか......
獣人連合軍は、我が国を出発して3日後にはコンカナに到着していた。
ゴブリン族が治めるコンカナは、火山活動の影響で北に位置しながらも、エルスカより暖かいそうである。
ゴブリン族と合流した獣人連合軍は、勇者ヒデオの指揮のもと北東から攻め入る人形との戦闘を開始した。
ゴブリンたちが、そのパシュモと戦い始めた時は、木でできた人形であったらしい。
戦闘能力も低く、全く脅威ではなかったそうだ。
しかし、人形の素材は、雪から氷、岩石に変わり、その戦闘力は日増しに増強されていった。
ヒデオらが戦闘に加わった時には、大きな氷や岩石の巨人となっていたのだ。
氷や岩石に、通常の武器は役に立たず、ゴブリンが用意した巨大なハンマーなどが役に立ったという。
「あの大軍でも、苦戦したのね......」
私は、戦況を想像しながら呟いた。
「ええ、そこにサルベルトが背後に現れたのです」
サラ将軍は、悔しそうに唇を噛んだ。
パシュモらと交戦中の獣人連合軍の背を突く型で、雪原を越え進軍して来たサルベルト兵に襲撃されたのである。
サルベルトの兵力は、約2000人であったそうだ。
虚を突かれたことで、最初は混乱が生じたそうだが、兵力としてはそれほどでもなく、3日ほどでサルベルト軍は後退する。
「ここで、ヒデオ殿は良案を考え出しました」
うっとりとした面持ちで、サラ将軍が言った。
あれ......そう言えば、サラ将軍はヒデオを呼び捨てにしていなかったっけ?
「良案とは? 」
何故か黙り込んだサラ将軍に、ヴァンズナーが先を促す。
「パシュモらの軌道をそらし、サルベルトにぶつけたのです」
サラ将軍が、簡単に言うのだが......
「どうやって!? 」
驚きの声を上げたのは、ヴァンズナーであったが、私も同じ気持ちだ。
「あえてパシュモを倒さずに受け流し、後方のサルベルトの隊列にぶつけたのです」
まったく想像ができなかった。
言うのは簡単だが、敵を受け流すなどと言う戦法は、見たことも聞いたこともなかった。
「サルベルト兵らは、獣人との戦闘にも慣れていなかったし、ましてパシュモなど初めて見る存在です」
なるほど......サルベルト兵らの逃げ惑う姿は容易に想像できる。
私も、動く氷の巨人など見たことがない。
逃げるだろうな......
「自国まで撤退したサルベルト兵らを、面白いことにパシュモは追撃したのです」
「なるほど......で、獣人連合軍には余裕が生まれたわけですね」
ヴァンズナーは、感心したように頷く。
「実は、獣人連合軍にも大きな問題が発生していました――」
サラ将軍は、懺悔をするかのように悲しげに語り出す。
その問題とは、リザード族であった。
もともと寒さに弱いリザード族が、寒冷地での戦いには不向きだったのである。
――コンコン――
執務室のドアがノックされた。
「アザリナ姫様? 大丈夫? 」
入ってきたのは、いつになく元気のないアルカナンサスだった。
「ええ、大丈夫よ」
私は、治療が終わり包帯でぐるぐる巻きにされた右手を上げて見せた。
「それでは、我々はこれで――」
治療をしてくれたフォッフォウは、片付けを済ませて席を立つ。
「姫様、大事になさってください。化膿したら切断です」
ノーノウが真顔で言う。
真剣な眼差しが、眼鏡の奥で実際よりも拡大されて見えた。
「怪我をしたって? 」
アルカナンサスが、私の手の様子を窺う。
「ええ、かすり傷ですって」
私は、出来るだけ陽気に言った。
「アル、北に向かっていたリザードは、大変だったようで......」
「うん――あいつらには、付いて行ってやれなくて申し訳ないことをしたよ」
「船に乗れて動ける者は、大多数連れてきましたが、状態の良くない者は、今もサルベルトで療養中です」
サラ将軍が、アルカナンサスにそう告げた。
「いや、サラさん。大勢連れてきてくれてありがとうございます。さっき無事な姿を確認しました。あいつらは、国に帰して休ませます」
「ええ、そうしてください。彼らは、本当によくやってくれました」
サラ将軍は、にこやかな笑みをアルカナンサスに向ける。
「北に行くときには、もっと装備を考えなければいけないなぁ」
アルカナンサスは、考えるしぐさをしながら、窓際のソファーに腰を降ろす。
身体が大きいので、座れる椅子はそのソファーだけだ。
「姫様、お疲れでしょう? 少し休まれては? 」
サラ将軍は、優しい目をして私を労わる。
「我々で、状況の分析をしておきますので、姫様はお休みください」
ヴァンズナーは、私の服の汚れを指し示しながら言う。
ああ、そうだった。
私の真っ白だった王家の正装は、返り血で真っ赤に染まっていた。
「いや......もう少し......」
大事なことを、今やらなければならない。
丁度、役者はそろっている。
私は、集った面々に宣言する。
「この国は、エルジールにお返しする」




