王都奪還
59 王都奪還
城に入ると、私はエルスカの兵士たちから大歓迎を受ける。
彼らの近くには、拘束されたサルベルトの兵士らが座らされていた。
エルスカは、戦わずにサルベルトに奪われていたのだ。
うまいことやられたと、私は歯ぎしりをする。
大広間に入ると、そこにはやはり大勢のエルスカ兵士らがいて、皆口々に私の帰還を歓迎してくれた。
そして、大広間の奥の玉座には、漆黒のドレスに身を包んだリリノがいた。
明るい色を好むリリノが、漆黒のドレスなど・・・葬式でもなければ着ることなど無いだろう。
それから、リリノの頭には煌びやかなティアラが飾られている。
「リリノ・・・誰かの葬儀でもあるの?」
私は、なるべく平静を保って訊ねた。
リリノは答えず、目を細めて私を見下ろしている。
私は、リリノの隣に控えているバンモに目を向けた。
「バンモ、留守中苦労をかけた。大事ないか?」
私は、老人の労をねぎらったつもりであったが、反応はなかった。
バンモの背後に隠れるように、サンハの姿があったが、その姿は痛々しく、杖をつき顔の半分は包帯に覆われていた。
「姫様、ご両名には、私から問いたいことがございます。よろしいでしょうか?」
私の隣に立つヴァンズナーが、腰をかがめて求めてきた。
私は、無言で頷き承諾する。
「まず、リリノ様に申し上げます。その席は、王の代理であるアザリナ姫様がお座りになられる席にございます。アザリナ姫様にお譲りいただきますようお願い申し上げます」
ヴァンズナーは、玉座の前で片膝をつき丁重に述べる。
リリノは答えず、不快そうな目でヴァンズナーを見下ろしていた。
「こちらにおわすは、載冠の儀を終えられ、正式に我が国の王となられたリリノ女王殿下にございます。姉君であらせられるアザリナ姫様にも、王の御前である事をご理解いただきたい」
バンモが、冷たく言い放った。
丁重な言い回しだが、バンモは女王であるリリノに対し、私にも傅けと言っているのである。
それを聞いたヴァンズナーは、やれやれと呟きながら立ち上がる。
「ヴァンズナー隊長、無礼ですぞ!」
許しなく王の御前で立ち上がったヴァンズナーを、バンモは叱責する。
「王への推挙は、我が国の法で大臣と将軍の推挙が必要なはずでは?」
「推挙は、私バンモ国政大臣とギノ大将軍、それにサルベルト帝国シーバル侯爵にてなされた」
「なるほど・・・」
ヴァンズナーは、顎を摘まんで歩き出した。
「では、ギノ大将軍が推挙されたという証はございますか?」
ヴァンズナーは、歩みを止め訊いた。
「ある。しかし、貴殿に見せるものではない」
「アザリナ姫様が、求めれば応じになりますね?」
「もちろんだ」
「でも、アザリナ姫様だったら、筆跡を見たら偽物であることがばれちゃいますよ?」
「何を言うか!」
バンモは、口泡を飛ばし叫ぶ。
しかし、その顔には緊張と焦りの色が見て取れた。
「もう一つ、ここに生きた証拠がございまして――」
ヴァンズナーは、大広間に集うエルスカの兵士らに手を広げて見せた。
「ギノ大将軍が、私を討伐に向かったそうですが、私はこうしてここにおります」
ヴァンズナーがそう言うと、周囲にざわめきが起こる。
「ギノ大将軍が、私ごときに後れを取ることなどありますまい」
騒めきの中に、どういうことだと、訝しむ声がいくつもあがった。
そこへ、近衛銃士隊の兵士の一人が慌ただしく大広間に駆け入った。
その兵士は、ヴァンズナーに抱きつくようにしがみつく。
「・・・そうか・・・よくやった」
ヴァンズナーが、そう兵士を労うとその兵士はその場に泣き崩れてしまった。
いったいなにがあったのか、私は不安に駆られる。
「ギノ大将軍のご遺体が、今しがた近隣の森の中で発見された。もう、言い逃れはできませんぞ! ご両名!」
ヴァンズナーが玉座に向かって叫んだ。
それを聞いた周囲の者たちは絶句し、大広間は静寂に包まれる。
「お前が―― お前がやったんだろう!」
バンモが叫ぶ。
「ご遺体には、多くの槍で刺された跡があったそうです。背中にそれは多かった」
ヴァンズナーは、エルスカの兵士らに向かって、淡々と説明する。
「それから、サルベルトのシーバルですが・・・」
ヴァンズナーは、腰のオボロザクラを抜いて見せた。
「すでに、討ち取ってございます」
それを聞いて驚いたのは、玉座にいる2人であった。
ヴァンズナーの持つオボロザクラは、その証拠たるに十分すぎるものだ。
リリノは驚愕の表情で玉座を立ち、バンモはその場に膝をついた。
「な、なんてことを・・・あのお方は、サルベルトの侯爵なのだぞ・・・」
「よくも・・・よくも――」
ヴァンズナーの足元で泣き崩れていた近衛銃士が剣を抜いて立ち上がる。
「よくもギノ大将軍を、だまし討ちに――」
玉座に向かい飛び出そうとするその兵士を、何者かが羽交い絞めにして止める。
シノレイとアークマンであった。
「その怒り、ありがたい。しかし、それは我々に譲っていただきたい」
シノレイは、怒りに満ちた顔で、静かに涙を流していた。
「リリノ! 何でそんなこと!」
私の中にも、怒りが再出した。
私は、そう叫んでリリノの声を求める。
「小さい時、遊んでくれたじゃない! 肩車してくれたじゃない!」
「私は、されてない!」
リリノが、口を開いた。
「お姉さまに、国王なんて無理なのよ! 勝手に獣人に仲間入りして、サルベルトにいるお婆様が、どれだけ肩身の狭い思いをしたか、お家だって召し抱えられるところだったのだから!」
「リリノ様! 落ち着いてください」
端を切ったかのように語り出すリリノを、バンモが必死でなだめる。
リリノは、唇に拳をあて肩でする呼吸を治めようと試みているようだ。
「・・・アザリナ姫様の殺害を指示したのは誰です?」
ヴァンズナーが、静かに訊ねた。
それを聞いた周囲の兵士らが、再び騒めき立った。
玉座の2人は答えない。
「サルベルトの、シーバル侯爵が言っていましたよ。アザリナ姫は、好きにして良いと言われているとね」
エルスカ兵らの騒めきは、怒号に変わった。
その様子に、バンモとリリノは顔をこわばらせて耐える。
「まさか、同じ女性であり姉妹であらせられるリリノ様は、そのようなことおっしゃいませんよね?」
ヴァンズナーは、穏やかな口調で追い打ちをかける。
それを聞いたバンモは、大きく息を吐いてゆっくりと語り出した。
「アザリナ姫様・・・ご無事でのご帰還、何よりでございました。強く・・・なられたのですね」
バンモは、皺だらけの顔をさらシワシワにして笑った。
「すべては、このバンモが不甲斐ないばかりに、この様なことになりました」
バンモは、玉座のある高みから階段を降りて私の前に進み出る。
「すべて、私の責任にございます。御処断くださいませ」
バンモは、私の前で膝まずき頭を垂れた。
「アザリナ姫様の殺害を、誰が命じたのかと訊きました」
ヴァンズナーは、私の隣でバンモを睨みつけながら強い口調で詰問する。
「私にございます・・・なるべく・・・苦しまぬようにと、シーバル侯爵にお願いしたのです」
そんな・・・ことが・・・バンモの口から・・・。
私は、急に立っていられなくなって、その場に尻を着く。
「姫様――」
ヴァンズナーが、私の肩を抱き立たせようとするのだが、足が震えて立てない。
「バンモ殿、場所を移して詳しくお話を伺います」
ヴァンズナーは、背後に控える部下らにバンモを連れて行くように指示した。
「さて・・・次は君だ・・・サンハ」
ヴァンズナーは、私を立たせるのを諦めて、リリノの傍にひっそりと立つ元暗殺者であるリリノの護衛兵に声をかけた。
サンハは、包帯で隠されていない片方の目で、じっとヴァンズナーを見ている。
「フフッ、その傷はエリリカにやられたのかい?」
ヴァンズナーは、不敵に笑う。
嘲笑とも言える。
「そうか・・・あの女は、あんたが仕込んだんだね?」
サンハは、ぼそりと独り言のように訊く。
「君は、今からこの場で処刑する」
ヴァンズナーは、そう言って一度は鞘に戻したオボロザクラを引き抜いた。
「・・・その前に・・・もう一人はどこだ? おかっぱ頭の――」
ヴァンズナーは、下に降りるようサンハに手招きする。
「立ち位置は、警戒すべきだろう・・・」
サンハは、リリノのすぐ隣に身を寄せた。
あ! リリノ!
一瞬にして、私は全身の体温を失った。
どうして、こうなることを予見できなかったのか。
リリノに密着して、サンハは杖をリリノの首にあてがう。
その杖は、中に細身の剣が仕込まれていたのである。
「私の相棒は、一足先にサルベルトに戻ったよ。大軍を引き連れて戻るだろう」
リリノの首に剣を突きつけて、サンハは薄ら笑う。
「彼は、戻らないよ・・・」
ヴァンズナーは、言いながら玉座に続く階段を上り始める。
「止まれ! この娘を切るよ」
サンハは、険しい顔で忠告する。
「そのままそこにいろ、君は死刑だ」
ヴァンズナーは、オボロザクラを振りかぶった。
「まって、ヴァンズナー! リリノが!」
私は、叫んだ。
このままでは、リリノが殺されてしまう。
「貴様! 私にこの娘を殺させるつもりだな!」
リリノは、細身の剣をリリノから離して、ヴァンズナーに向けた。
「やめろ! ヴァンズナー!」
私の体が動いた。
私は、階段を駆け上がって背後からヴァンズナーに飛び掛かる。
私とヴァンズナーは、抱き合うようにして階段を転げ落ちた。
「姫様!?」
咄嗟に、ヴァンズナーは私の体をかばって私を包むように抱いたのだ。
「リリノ! こっちへ!」
私は、ヴァンズナーの体を押しのけて、リリノに手を伸ばした。
「サンハ・・・やってちょうだい」
リリノが、私から目を放してサンハに言う。
まって!
玉座に座るリリノが、冷たい視線を私に向けていた。
そのリリノに、サンハが逆手に持った剣を突き刺そうと振り上げる。
「やめてぇぇぇぇえええ」
私は、這いつくばったまま必死に叫んだ。
静まり返った大広間に、私の悲鳴が反響する。
今、リリノが殺されようとしている。
私の傍にいたシノレイとアークマンが飛び出そうとしていた。
ヴァンズナーは、オボロザクラを抜いたまま、ゆっくりと立ち上がる。
誰も間に合わない――
私は、絶望して、泣き叫ぶ。
「リリノォォォ――」
―― トーーン ――
そんな、乾いた音がして、私の目前を何かが通過した。
風を切る音がした。
サンハが――
リリノに剣を突き刺そうとしていたサンハが、後方へと倒れていく。
何が――
私は、背後を振り返った。
大広間の入り口に、真っ赤な甲冑を着たあの人が、矢を放った残姿で立っている。
長い金色の髪をなびかせて、その人は私を見て微笑した。




