少数部隊の必勝法
58 少数部隊の必勝法
私とヴァンズナーは、城門を目指して馬を走らせていた。
前方では、近衛銃士隊の仲間らが城門から出て来る少数の敵と戦っている。
「あそこの銃士らと合流して、城内へ一気に行けないか!?」
私は、ヴァンズナーに声を張り上げて訊ねる。
「中の様子は、全く見えません。敵の本隊に、城内で囲まれるかもしれませんぞ!」
ヴァンズナーの危惧は、十分に理解できた。
しかし、他にどうするというのか・・・。
森から、サルベルト軍の横腹を突いたリザード兵らは、圧倒的な力の差を見せつけた。
体躯で勝るリザードの巨体が、サルベルトの兵士らを薙ぎ払う様は、まるで大人と子供の戦いである。
見ようによっては、無慈悲な制裁にも見えた。
サルベルト兵らは、リザードたちとの戦闘経験がない。
その姿を目にしただけでも、恐怖であろうに、そもそもの戦闘能力に雲泥の差がある。
リザードらは、瞬く間にサルベルトの軍勢を壊滅させた。
哀れなサルベルト兵らは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うのである。
「姫様!!」
リザードの兵らの中から、アルカナンサスの声がした。
並走していたヴァンズナーが、突然私に飛び掛かってくる。
私は、ヴァンズナーと共に地面に叩きつけられた。
同時に、何か大きな衝撃が周囲を揺らし、私の乗っていた馬が私の頭上を飛び越えて行く・・・。
いや、違う――
私の乗っていた馬の首が、鮮血をまき散らしながら飛んだのだ。
息が――
私は、したたかに背を打ったため、呼吸を求めむせ返る。
私を抱きかかえるヴァンズナーが、私の頭をかばいながら身を起こした。
「姫様・・・ご無事ですか?」
ヴァンズナーは、苦痛に顔をゆがめている。
「わ、私は平気だ――ゴホッ」
私は、ヴァンズナーの腕の中から辺りを見渡す。
いったい、何が起きたのだ・・・。
「大丈夫!? 姫様?」
アルカナンサスが、血相を変えてやってきて私の顔を覗き込む。
「アルカナンサス殿、助かりました。一瞬遅れていたら間に合わなかった・・・」
「次が来るよ、離れないと」
アルカナンサスが、城壁の上を指し示す。
何と言うことだ・・・あれにやられたのか――
私は、城壁の上に供えられた大きな物体に目をやり戦慄する。
それは、ギノ大将軍が考案した巨大な弓だった。
私のそばに、大きな丸太が斜に刺さっている。
その周囲には、四肢を粉々にされた馬の残骸が散らばっていた。
「リザードも・・・下げないと・・・」
私は、ヴァンズナーの肩を借り立ち上がると、リザードらを案じた。
次に狙われるのは、彼らかもしれない。
「あれを何とかしないと、うかつに近寄れないよね」
アルカナンサスは、リザード兵らに後方待機を命じながら、私の尻を掴む。
「!! ちょっと!」
私は、アルカナンサスを非難しようと振り返るが、その暇もなく巨体に担がれた。
「頼みますぞ! アルカナンサス殿!」
立ち止まったヴァンズナーの姿が、どんどん離れていく。
「な、何をしている!? ヴァンズナー!」
ヴァンズナーは、私の倒れていた場所に転がるハクミョウザクラを拾った。
城壁の上を見ると、巨大な弓には次の丸太が準備されている。
その射線は、ヴァンズナーに向いていた。
「逃げろ! ヴァンズナー!」
私は、アルカナンサスの揺れる肩の上で叫んだ。
どんどん小さくなるヴァンズナーの後ろ姿は、オボロザクラとハクミョウザクラの二刀を構える仁王立ち。
「うぉぉぉぉぉぅぅぅ」
ヴァンズナーは走り出した。
城壁から放たれた巨大な丸太が、そのヴァンズナーの頭をかすめて大地に衝撃を響かせて突き刺さった。
「お、やるのね?」
私を担ぎ上げるアルカナンサスが、立ち止まって振り返った。
アルカナンサスは、後方に下がってきたリザードらに何やら叫ぶ。
リザード兵らは踵を返し、扇状に広がりながら城壁めがけて駆けだした。
「降ろして、アル!」
私は、アルカナンサスの背を叩いてせがんだ。
まるで、子供だ。
「何をしようとしているの?」
地に降ろされた私は、動き出そうとするアルカナンサスの手を掴んで問いただす。
「たぶん、王都内に突入して、敵の混乱を誘うんじゃないかなー」
たぶん?
たぶんで良いのか?
私は、少し不安を覚えながらヴァンズナーとリザード兵らの後ろ姿を目で追う。
「リザードたちは?」
「的を絞らせないように、散開して王都内に入るよう指示したよ」
どういうことだ・・・さっきまで王都に入るのを躊躇っていたヴァンズナーなのに。
「王都の中には、敵の本隊がいるのでしょう?」
アルカナンサスは、周囲を気に掛けながら前進する。
私も置いて行かれないよう、アルカナンサスの手を必死で掴んで走った。
「姫様は、ここに居てよ。ヴァンズナーさんに頼まれたんだから」
アルカナンサスは、手をつかんで離さない私を振りほどこうとする。
「・・・いないかもよ・・・」
アルカナンサスは、考えるしぐさをしてから言う。
「いない?」
「動きがね・・・たどたどしい。優秀な指揮官が、いない。と言うことは、本体がない」
「えっ、あれで全部だったってこと?」
私は、私とヴァンズナーで切り殺したサルベルト兵らの亡骸を眺めまわした。
東の方には、リザード兵らに倒された兵らが転がっている。
「いや、まったくいないわけじゃないよ。ただ、大規模な兵力はもうないんじゃないかな」
ヴァンズナーは、それに気づいて――
ヴァンズナーは、城門前にたどり着いていた。
王都内からは、大勢の兵士らが出てきてヴァンズナーを押し留めようとしている。
しかし、オボロとハクミョウを振るうヴァンズナーを止められるものなどいない。
ヴァンズナーは、まるで動かぬ人形でも切るかのように、次々と兵士らを細切れにして行った。
その後を、リザードらが難なく続く。
城門付近で、怒号や罵声、悲鳴が何重にも重なって騒ぎとなる。
しかし、それが静かになると、ヴァンズナーの姿は城壁の上に移った。
ギノ大将軍の大弓を無力化したようだ。
「聴け! 我は近衛銃士隊隊長、ヴァンズナー・アルベイユなり! アザリナ姫様は健在だ! アザリナ姫様が、王都の奪還にまいったぞ!」
城壁の上で、ヴァンズナーが声を張り上げていた。
何度も何度も、私の健在を告げるのである。
「何をやっているのだ? ヴァンズナーは?」
私は、アルカナンサスの脇に抱えられ、城門前まで来ていた。
「なるほどね・・・終わったよ、この戦い」
アルカナンサスは、ヴァンズナーを見上げながら感嘆の声を漏らす。
「もう! どういうことなのよ! わかるように説明してよ」
私は、アルカナンサスに抱きかかえられたまま不平をこぼす。
城門の中には、細切れにされた人間の部位がいくつも転がっている。
私は、その凄惨さと異臭に顔をしかめた。
城門を抜け、王都に入ると、また多くの遺骸が転がっていて、生存者は一か所に集められリザード兵らに槍で囲まれている。
私は、辺りを見渡してから城に目を向けた。
ああ、帰ってきた。
でも・・・何なんだこの有様は・・・。
私が、周囲を観察しながらそんなことを想っていると、王城の方でざわめきが起こった。
なんだろう? と耳を澄ます。
――アザリナ姫様だ――
大勢の人々が、私の名を連呼している。
――カーンカーンカーンカーン――
城の鐘だ。
危急を知らせる鐘の音・・・何故、今になって?
王城の方で、立て続けに大きな音がした。
怒号のような声もする。
「アルカナンサス殿、姫様を降ろしてあげてください」
城壁から、血だらけのヴァンズナーが顔を布で拭いながら降りてきた。
どうやら全て返り血のようだ。
私は、アルカナンサスの脇から降ろされて自分の体も見てみた。
全身が真っ赤だ。
今は興奮していてはっきりとは言えないが、私の血ではない。
これも全て返り血だ。
王城の門の方から、誰かが2人姿を見せた。
白いエルスカの騎士装束だ。
「お前たちは・・・」
私は、ヴァンズナーに手渡された布を使い、顔や王家の正装に付いた血を拭う。
私の目の前には、騎士の正装姿の兵士が2人やってきていて、恭しく跪座していた。
「アザリナ姫様・・・ご無事で――」
兵士の一人が顔を上げ、目を見開いて私を見ている。
その目には、涙がたまっていて今にもこぼれそうだった。
2人の兵士は、ギノ大将軍直下の部下だ。
名前は確か、シノイレとアークマンだったか・・・。
「皆、無事か?」
聞きたいことはいっぱいあるのだが、私はそれだけを訊ねる。
「はい。皆無事でおります」
2人にも、報告したいことが多くありそうだったが、今は時間がない。
「シノレイ殿、状況を確認したい。敵はあとどれくらい残っている?」
ヴァンズナーが、跪座するシノレイに訊いた。
「もう、ほぼ制圧できている頃かと思います」
シノレイが立ち上がり、ヴァンズナーに向き合う。
アークマンも立ち上がって、ヴァンズナーの奮闘を称えた。
「ヴァンズナー殿、本当によくやってくださった。本当によく姫様を――」
シノレイは、ヴァンズナーの手を取り、声を詰まらせる。
私とヴァンズナーは、城へ向かう途中で2人から状況の説明を受けた。
エルスカの兵は、500人ほど城内にいて城の警護を任されていたらしい。
戦闘にはサルベルト兵らが出陣し、エルスカ兵らには何と戦っているのかも知らされていなかったようだ。
「アザリナ姫様ご存命の報を受け、我々は騙されていたことに気づいたのです」
アークマンが、悔しそうに言う。
どうやら私は、すでに死亡していることになっていたらしい。
「ギノ大将軍の事は知らないのか?」
私は、シノレイに訊く。
「ギノ大将軍は、姫様を殺害したとされる――」
シノレイは、言いにくそうにヴァンズナーを見やった。
「あ・・・俺が姫様を殺したことにしたんだ! なるほどね」
ヴァンズナーは苦笑する。
「ああ、貴殿を討伐するために、総勢100名の討伐隊を編成し・・・」
アークマンが、そこまで言って絶句した。
「まさか・・・ギノ大将軍は・・・」
「その討伐隊の中には、サルベルトの貴族も?」
ギノ大将軍の事には触れず、ヴァンズナーは訊く。
「ああ、シーバル侯爵が最高指揮官として同道された」
「あいつ侯爵だったんだ・・・アンリッサがあっけなく殺しちまったが、色々聞けたなぁ」
ヴァンズナーは、残念そうに項垂れる。
「リリノは・・・」
私は、近くにいたアークマンに声をかけた。
「リリノ女王殿下は、ご健在でございます」
アークマンのその発言で、私とヴァンズナーはお互い見合って顔を曇らせた。
「女王殿下・・・だと?」
ヴァンズナーの声に、苛立ちが込められている。
どういうことだ・・・リリノが、女王に?
私の同意もなしに・・・否、私は死んだことになっている。
しかし、大臣や将軍の推挙が必要なはずだ。
私は、前方に近づくエルスカの王城に目をやった。
バルコニーや城門前に、白いエルスカの制服に身を包んだ兵士らが、私に向かって手を振っている。




