開戦
57 開戦
馬の吐く息が荒い。
少し休ませたいな・・・。
ヴァンズナーと私は並走し、隊列の先頭を駆けている。
他の隊士らは、その後を追従した。
「敵の布陣が終わったようです」
目を細めて先を見るヴァンズナーが、そう報告した。
「敵の数は、50~70でしょうか・・・なめられたものです」
ヴァンズナーは、私を見て笑う。
50~70でも、私たち近衛銃士隊の倍から3倍の数だ。
この男の自信は、何を根拠に出てくるのだろう?
伏兵のリザード族か・・・このカタナか・・・。
敵の装備が、視認できる距離まで来た。
弓兵は、いないようだ。
槍など大物武器を持つ者もいない。
装備は、完全になめられている。
お互いの顔が識別できる程度の距離になると、サルベルトの布陣から単騎で出てくる者がいた。
ヴァンズナーが馬足を落としたので、私もそれに倣う。
「エルスカ王国第1王女アザリナ姫様と、近衛銃士隊の皆々様とお見受けします!」
単騎で私たちの方へ向かってくる、サルベルトの兵士が叫んだ。
「いかにも!」
ヴァンズナーが、答える。
「私は、サルベルト帝国 マオル連隊 1番隊隊長のオルダインと申します。姫君のお迎えに参上いたしました」
お迎えだと?
よくも白々しく、そのようなことが言えるものだ。
私は、ヴァンズナーに目をやり相手の真意を問う。
「お出迎えかたじけない。しかし、何故サルベルトの方が?」
ヴァンズナーは、他の銃士隊士を待機させオルダイン隊長の元へ馬を歩かせた。
「突然の事で、驚かれているのは重々承知しております。城内でアザリナ姫様をお迎えする準備が整っておりますので、その場にてご説明致します」
オルダイン隊長は、端正な顔立ちをしていた。
兜の庇を上げた素顔は、傷一つない美しいものだ。
ただ、その目は感情がなく、口から出る言葉も丸暗記した文言を唱えているかのように聞こえる。
「貴方の最高指揮官は誰か?」
私もヴァンズナーの隣に馬をつけ、オルダイン隊長に問う。
「リリノ様にございます」
オルダイン隊長は、当然のようにそう答える。
「リリノは無事なのだろうな!?」
私は、声を荒げ詰問した。
オルダイン隊長は、肩をすぼめて見せる。
「おっしゃっている意図が分かりかねますが、もちろん元気にされています」
私は、ヴァンズナーを見て、目でどうするか問うた。
ヴァンズナーは、一つ頷いてオルダイン隊長に問いかける。
「ギノ大将軍が、亡くなられたと聞いているが?」
「左様です。誠に残念なことですが、気が触れていらしたようで、取り押さえることもかなわず、止む無く処刑いたしました」
オルダイン隊長は、抑揚のない声で言う。
「気が触れてなどいない! お前ら不意打ちにしたのだろう!」
私は、瞬時に苛立ちを覚え目前のサルベルト兵に食って掛かった。
「それは誤解です。我々はエルスカの高名な大将軍を心より尊敬しておりました」
オルダイン隊長は、呪文のように唱える。
「何故、サルベルトがここに居る?」
オルダイン隊長の、口ばかりの綺麗ごとを遮るようにヴァンズナーは問う。
「ですから、それも含め城内に場を設けておりますので――」
オルダイン隊長は、苛立ちを見せた。
押し問答に辟易しているのだろう。
「ギノ大将軍の、葬儀はどうしたのだ? ご遺体はどこにある?」
私は、オルダイン隊長を睨みつけながら馬を寄せた。
オルダイン隊長は、舌打ちをして面倒くさそうに答える。
「葬儀なんて、するわけないでしょう。遺体は、その辺に――」
オルダイン隊長は、適当に指を振り東の森の方を指した。
その一言だ。
その一言で、私の中が真っ白になった。
私は、腰にぶら下げていたハクミョウザクラを抜き、オルダインの兜に叩きつける。
何の抵抗もなく、カタナを振り切ってしまった。
空振りしてしまったと思い、オルダインを見上げる。
空から、赤い雨が私に降り注いだ。
オルダイン隊長の体は、体の中心から2つに分かれ、血の雨を振り撒きながら地面へと落ちる。
馬の胴体からも、真っ赤な液体が噴き出していて、重い音を立てて地面に崩れた。
「姫様!」
ヴァンズナーの叫びが、耳に痛い。
私は、呆然と地面に転がるオルダイン隊長を眺める。
もう血は吹き出していないが、冷たい大地に黒いシミを作っていた。
「行きますよ!」
ヴァンズナーが、私の背を叩き抜刀した。
私は、我に返る。
忘れていた呼吸をする。
ヴァンズナーは、サルベルト兵らの先陣向かって駆けて行く。
――おまえらぁぁ――
私は、顔を汚した血糊を腕で拭い、ヴァンズナーを追った。
サルベルトの兵士らは、まるで並べられた人形のようであった。
攻撃も抵抗もしない。
ただ茫然と立ち尽くしているのだ。
私は、敵陣にたどり着くと馬足を落とすことなく隙間を駆け抜ける。
カタナの届くところにいる者は、横に斜めに切り払った。
周囲から、絶叫が響く。
背後から、ドスドスと地面に大きなものが落ちる音がする。
敵の隊列を抜けた。
すでにヴァンズナーが隊列を出ていて、馬をその場で旋回させているところであった。
真っ白い近衛銃士隊の制服が、前半分だけ真っ赤に染まっている。
顔と髪も、真っ赤だった。
ふと、私も自分の両腕と胸を見下ろす。
真っ赤だった。
私も馬を回し、敵の隊列に目を戻す。
彼らは、悲鳴をあげながら四方に逃げ散っていた。
それを、待機させていた近衛銃士の隊士らが追撃している。
背後で大きな音がして、多くの人の気配がした。
肩越しに見ると、城門が開け放たれ、多くのサルベルト兵を吐き出している。
「姫様! 森に引きつけます!」
私の前を、馬上のヴァンズナーが通り過ぎる。
私も鐙を蹴って、ヴァンズナーを追った。
手綱を持つ手が震える。
私の心の中にない感情を、体が感じている。
恐怖か・・・?
私は手綱を離し、右手で持つカタナの柄で左手の掌を叩いた。
恐怖など、感じている場合ではない。
私とヴァンズナーは森に向かって馬を進めた。
背後からは、私たちを追って城門から出てきたサルベルト兵らが迫ってきている。
振り返れば、その数は先陣の比ではない。
最初から、私たちを迎え入れるつもりなど無かったのだ。
でも・・・当初の見積もりよりはだいぶ少ない。
今も城門からポツポツ出ては来ているが、総じて200に満たないだろう。
「姫様! 馬を変えられませんでした」
先を行くヴァンズナーが、振り返りながら言う。
「私もだ!」
もう馬は限界だ。
背後から、サルベルトの軍勢が迫っている。
もうじき追いつかれる。
「姫様! 馬から馬へ移れますか?」
それは、馬に乗った状態から他の馬に移れるかと言う意味だった。
「わからない。やったことはない!」
「やっていただきます! 追いつかれる直前で切り返し、馬を移ります!」
そう言っている矢先に、サルベルトの兵がヴァンズナーの馬に近づいてきた。
「良い馬だ!」
ヴァンズナーは、横目でそれを見やり、急な動作でサルベルト兵の馬に馬を寄せる。
馬上のサルベルト兵が、ヴァンズナーに向け長剣を振り上げる。
その腕を、ヴァンズナーの持つオボロザクラが追いかけ、頂点に達した辺りで切り払われた。
ヴァンズナーは、返す刀で手綱を持つ手も切り落とし、サルベルト兵が乗ったまま、その手綱を奪う。
両腕をなくしたサルベルト兵は、苦悶の表情でしばらく馬上にいたが、そのうち落馬した。
「姫様! この馬を――」
ヴァンズナーはそう言うが、私にも敵兵が迫ってきていた。
「とまれ―― 女――」
私のすぐわきまで上ってきたサルベルト兵が、私をそう呼びながら長剣を振り上げる。
オンナなどと呼ばれたことが無いから、自分のことだと瞬時には気づかなかった。
振り下ろされた剣撃を、私はカタナで振り受ける。
金属と金属がぶつかり合う音がするはずなのだが、音はしなかった。
相手の刀身が、真っ二つになってどこかへ飛んでいく。
相手は、驚いた顔をして自分の持つ長剣の切断部を見ていた。
私は、カタナの切っ先を敵に向け2回突き出した。
突かれたサルベルト兵は、悲鳴をあげながら落馬する。
「貴様ぁぁぁ」
私の背後から、新たなサルベルト兵が迫ってくる。
「姫! 乗り移れ!」
背後からヴァンズナーが言う。
敵の悲鳴と重なって、聞き取りにくかった。
私は、カタナを鞘に戻して、隣を走る空馬の手綱を引き寄せた。
私の愛馬と、その馬の頭がぶつかった。
私の愛馬が、前のめりにつんのめる。
――まずい――
私は、体勢を崩しながらも隣の馬に飛びついた。
鞍につかまって、かろうじて落馬を逃れる。
できた・・・。
うまくいったが、安堵している場合でもない。
サルベルトの軍勢に追いつかれたのだ。
敵の隊列の、先頭に飲み込まれている。
「姫様!」
ヴァンズナーが私を呼び、敵に悟られないよう胸の前で指信号を送っている。
人差し指を前に3回指した後、親指で右を3回差す。
向きの意味はわかったが、回数の意味がわからなかった。
ヴァンズナーの動きに注意しなければ――
そう思っている矢先に、ヴァンズナーは大きく右旋回をした。
危うく、ヴァンズナーの馬とぶつかりそうになる。
私も馬を旋回させ、2頭の馬がぴったりくっついて旋回する形になった。
「おそい!」
ヴァンズナーが、私を叱責する。
「す、すまん」
私は、手綱を操って、少しだけヴァンズナーの馬から距離を取った。
サルベルト兵らも、少し膨らむ形になって私たちを追う。
ヴァンズナーが、懐から金属の笛を取り出した。
――ピィィィィィ ピィィィィィ ピィィィィ――
短音の3連奏が、繰り返される。
これは、伏兵として森に隠れているリザード兵らへの合図だ。
森が騒めく。
反転したサルベルト兵らの背後を突くように、リザード兵らが森から飛び出してくる。
――リザードだ!――
背後を取られたサルベルト兵らは、混乱に陥った。
私とヴァンズナーを、追う速度が落ちる。
敵の指揮官が、判断に躊躇しているのだ。
「ヴァンズナー! 城門が開いているぞ!」
私は、馬を走らせながら城門を指した。
「まだ、敵の本隊が出てきていません――」
ヴァンズナーは渋った。
では、何故笛を吹いたのだ。
私は単純にそう思ったが、よく考えれば私たちが舐められすぎていて、敵がそこまでの準備をしていなかった・・・。
と、言う事なのだろう。
「王都内で、大きな戦闘になりますぞ!」
確かに・・・それは避けたかった。
民らに、犠牲も被害も出したくはない。




