出陣
56 出陣
アンリッサに身体を綺麗にしてもらうと、私は再び王家の正装を身にまとい。軽鎧の胸当てを着け、ヴァンズナーから託されたハクミョウザクラを腰のベルトに吊るした。
門には、アンリッサを伴い向かった。
すでにヴァンズナーがいて、その隣にはリザード族のアルカナンサスもいる。
「アル!? あなたまで・・・」
私は、アルカナンサスの前に駆け寄る。
「アザリナ姫様、本当にごめんなさい。配慮の足りない伝え方をして、とても傷つけてしまった」
アルカナンサスは、屈みこんで私の手を取り謝罪する。
「良いのよアル。あなたが伝えてくれたから、私は目が覚めたのだから」
「目が覚めた?」
屈みこんだまま、アルカナンサスは不思議そうな顔をする。
「王都を奪われて、何もしない王女なんて、王家の人間失格だわ」
私は、アルカナンサスの手を引いて立たせる。
「でもアル。あなたまで巻き込むわけにはいかない。これは私の責任だし、私の問題・・・マルベリア王にも申し訳ないわ」
「いやいや、俺たちはマルベリア王の命を受けてここに居るんだよ。このまま帰ったら、王様やリーズル母后様に怒られちゃうよ」
何てことだ・・・あの厭味ったらしいマルベリア王が、私のために兵を派遣してくださるなんて・・・。
私は、目をつむり両手を組んで、ジープの王都にいるマルベリア王とリーズル母后に感謝した。
「姫様、すぐに出立します。戦略はすでにアルカナンサス殿と練っております。道中説明いたしましょう」
ヴァンズナーの報告が済み、私が了承すると、目の前にいたアルカナンサスがいきなり私を担ぎ上げる。
「ちょっ――」
「じゃぁー、行くよ――」
掛け声とともに、アルカナンサスは大地を蹴って飛び出す。
――キャァァァ――
真っ暗な夜道――
いや、道なんかない。
崖を飛び越え、飛び降り、木から木を飛び移り――
悲鳴以外の言葉を、発することができない。
アンリッサと、別れの挨拶すらかわせなかった。
あんなに苦労してたどり着いたエルジールの集落だったのに、アルカナンサスに担がれて下るとあっという間であった。
「アル! もう降ろして! 自分で歩ける!」
私たちは、森を抜けて刈り入れの終わった麦畑の中を移動していた。
「もう少しだからこのまま行っちゃおう。今日は宿場まで行くんだ」
アルカナンサスは、私を担ぎ上げたまま高速で移動する。
正直、吐きそうだった。
ヴァンズナーは、どうしたのだろう?
背後から、ついてくる気配はなかった。
ほどなく、私は宿場に到着する。
「アザリナ姫様、お疲れ様です。お待ちしておりました」
出迎えてくれたのは、キャリアンであった。
いつもの丈の短いスカートの接客姿ではなく、別れた時に着ていた狩人姿であった。
「キャリアン!? 身を隠すって言っていたのに・・・」
私は、アルカナンサスの肩から降ろされた。
ふらつく私を、キャリアンが抱き支える。
「アルカナンサスさんに言われて、私だけ戻ってきました。今日だけ宿を開けます」
「私たちのために!?」
「お得意様のお願いですから」
キャリアンは、にこりと笑って見せる。
「ありがとう。キャリアン――」
私は、キャリアンを抱きしめて感謝を伝えた。
「あっ・・・恐れ多いです。アザリナ様・・・」
宿の入り口から、人の気配を感じて私は刹那戦慄する。
でも、すぐ安堵し歓喜した。
「姫様! ご無事で何よりです!」
農民の格好をした男たちが、ぞろぞろ出てきて私を取り囲む。
近衛銃士隊の隊士らであった。
「みんな無事だったのね!」
「ええ、姫様が身を挺してくださったおかげで、我々は皆無事です」
隊士の一人が言う。
ん?
身を挺した覚えなど無いが・・・。
「姫様!」
聞き覚えのある、可愛らしい声で呼ばれた。
「アスハ! あなたも無事ね!」
飛びつくアスハを抱きとめたが、キャリアンに支えられてなかったら、2人で倒れていただろう。
「もう! 私たちの囮になんてならなくて良かったのに!」
アスハは、口を尖らせながら言う。
なるほど、私がおとりになったと思っているようだ。本当は逆なのだが・・・。
いや・・・結果的に囮は私だな。
「・・・でも、結果としてみんな無事だったから――」
「良くない! あのまま私と一緒だったら、みんな無事にジープに行けたのですから!」
アスハは、怒っている。
どういうことかと訊ねると、アスハの被災の術で追っ手を眩ませることができたそうだ。
別れ際に、窓を開けて叫んでいるアスハの姿を思い出す。
私とヴァンズナーは、無駄なことをしたと言うわけか・・・。
しかし、あそこで別れたからこそ、私はアンリッサと出会えたし、二振りのカタナを得ることもできた。
結果的には、これで良かったとも思える。
「アザリナ姫! そ、それは!」
アスハが、私の腰にあるカタナに目を止め叫ぶ。
「ええ、ハクミョウザクラよ」
「ど、ど、どうして――」
アスハは、恐る恐るカタナに手を伸ばす。
「ヴァンズナーから預かっているの。オボロザクラは、ヴァンズナーが持っているわ」
「な、なんと! オボロも手に入れたの・・・」
アスハはふらついて卒倒しそうになった。
それを、背後からキャリアンが抱きとめる。
「遅い! 遅いよ。ヴァンズナーさん」
暗闇の中で、アルカナンサスの咎める声がした。
「仕方ないだろう。馬を連れているんだから――」
ヴァンズナーの声と、馬の蹄の音が近づいて来る。
「ヴァンズナーさん! オボロをお持ちなのですか!?」
気を取り直したアスハが、ヴァンズナーの声がする方へ駆けだした。
「おお、アスハ様! ご無事で何より――」
「おお! それは――まさしくオボロ!」
アスハが、歓喜の声を響かせた。
「我々を追いかけてきた、サベルトの貴族が持っていました。」
ヴァンズナーは、私たち傍まで来て馬を降りる。
私の愛馬も連れていた。
どうやら、私の馬も引いて来てくれていたようだ。
私は、数日ぶりに会う愛馬に駆け寄り、顔を撫でてやる。
派手にこけてしまったが、足は大丈夫?
どうやら、大丈夫のようだ。
そう言えば、私の肩も痛みはもうない。
「返して!」
珍しく、アスハの荒げる声がした。
「無理です」
ヴァンズナーは、首を横に振って取り合わない。
「アザリナ姫! あなたも、そのカタナを返してください!」
アスハは、私にも迫ってきた。
「ど、どうしたの? アスハ!?」
私は、驚いて身をこわばらせる。
こんなアスハを見たことがない。
「そのカタナは、この世界に有ってはならないものなのです! 返してください」
アスハは、必死だった。
「いずれお返ししましょう。でも、今はダメです」
ヴァンズナーは、冷たく言い放った。
「そのカタナを使ってはいけない! そのカタナは、切った方も切られた方も不幸にします」
アスハは、私たちに懇願する。
「存じております。私の祖先は、それで滅びかけたのですから・・・」
「だったら、わかるでしょう?」
アスハは、歩き去ろうとするヴァンズナーの袖を掴んで押し留めようとする。
「わかります。おっしゃりたいことは、重々理解しています。ですが、今回は使わせていただきます」
ヴァンズナーは、自分を掴むアスハの手を強引にはがした。
「姫様、長居はできません。出ましょう」
ヴァンズナーは、私に出立を促す。
少し休みたいとも思ったが、致し方ない。
私は黙って頷き、アスハを見る。
アスハは、悔しそうに唇を噛み、ヴァンズナーを睨みつけていた。
私たちは、宿場について早々に出立した。
アスハは、不貞腐れて宿の部屋に籠ってしまった。
戦場には連れていけないので、かえって良かったのかもしれない。
キャリアンもいるし、宿に居れば心配はないだろう。
私は愛馬に跨り、並走するヴァンズナーから作戦の説明を受ける。
私とヴァンズナーが率いる近衛銃士隊、計20名――
これが、正面からエルスカ王都に向かう。
アルカナンサス率いるリザードの部隊役500名は、機動力を生かし伏兵として森を進む。
サルベルト軍は、私たちの進軍に気づき城の前に布陣する。
ヴァンズナーの見積もりでは、多分200~300の布陣であろう。
サルベルト軍は、私たちが少数であることから、本体は城内に留めている。
それを、私とヴァンズナーで先陣を壊滅させることで誘き出すのだ。
近衛銃士隊の隊士らは、一人足りと死なせない。
彼らには、敵の注意を引いてもらうことに徹してもらう。
敵の総数は、1500~2000程度と見積もっている。
サルベルトが、現在獣人連合軍と戦闘状態であることで、それ以上の規模ではないことと、それ以上の増援は無いとみている。
敵の本陣を、王都から引きずり出したところで、リザード隊が側面を撃つ。
そういう手筈であった。
この作戦の要となるのが、私とヴァンズナーの先陣の壊滅なのだ。
特に、私だ。
私は、実戦で人と戦ったことがない。
さらに言えば、直接手を下し、人を殺したことなど無い。
今は、怒りに些末なことは考えられないが、いざ戦闘となって人間相手に刀を振るえるのか・・・。
如何に強力な武器を持っていようと、私が槍で突かれ死ぬかもしれない。
矢を受けて、落馬するかもしれない。
王都に近づくにつれ、恐怖と言うよりは、緊張してきた。
まだ、怖くは・・・ない。
夜明けとなって、私たちは宿場と王都との中間あたりにいた。
王都には、昼過ぎにたどり着く予定となる。
速やかに開戦し、日が沈む前には決着をつけたい。
ヴァンズナーは、そう希望していた。
「もし、先陣を撃滅できたとしても、本陣が出てこなかったらどうする?」
私は、隣を走るヴァンズナーに―訊ねた。
籠城されたら、手も足も出ない。
「その時は、一時撤退ですな。ただ、あちらの目的は姫様のお命と・・・」
ヴァンズナーは、腰のカタナを叩いて見せる。
「これも手に入れたいでしょうから、籠城はしないと思いますけどね」
「馬も心配だ。夕方までは持つまい・・・」
私は、深夜から走り続ける愛馬を気遣い、首を撫でた。
「先陣を瓦解させたら、馬を奪います。本隊が出てくる前にそうしたいですな」
ヴァンズナーは、容易くそう言うのだが、私に敵の馬を乗りこなせるだろうか?
私とヴァンズナーは、敵の隊列や切り込む角度などを念入りに打ち合わせた。
横陣なら、中央から斜め後方に切り抜け、鶴翼「Ⅴ字」なら左右の頂点から真っすぐ後ろに抜ける。
近衛銃士隊は、私たちの背後を弧状に散開し、敵の目を分散させる役割だ。
そろそろエルスカの城が見える頃となって、麦畑の遥か先に粉塵を認める。
「敵は、布陣中のようですな」
ヴァンズナーが、私に微笑を向ける。
不敵な笑みと言うべきか・・・。
私は、手綱を握る手に力を込めた。
やる・・・やってやる!
ギノ大将軍の弔い合戦だ。
ギノ大将軍の敵を討ってやる。
私の大事なものを、傷つけ奪い取ったことを後悔させてやる!
私は、心にそう誓いを立て、鐙を蹴った。




