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ゆるさない

55 ゆるさない





 私は、私にあてがわれた小さな小屋で、椅子に縛り付けられている。

 王家の正装であったはずだが、今は羊毛のワンピースを着ていた。

 着替えた記憶はない。

 両手に痛みを感じる。

 今頃痛みを感じ始めた。


 私は、ギノ大将軍の訃報を聞いた後、取り乱して床を拳で何度も打ち付けたのだ。

 誰かに動きを封じられて、こうして椅子に縛られることになった。

 窓の外は、夜だ。


「アザリナ姫様、本当にごめんなさい。俺の配慮不足で――」


 アルカナンサスが、外にいる。

 窓の外は、夜だ。

 ずっと夜のような気がする。


「お願いだから、暴れて自分を傷つけたりしないで。お願いだから、ご飯食べて」


 アルカナンサスは、それだけを言った。

 その後は、そこにいたのか、去ったのか・・・。





「アザリナ・・・困ったねぇ」


 アンリッサが、私のすぐそばにいた。

 後ろ手に縛られている、私の手を見ていた。

 窓の外は、朝のようだ。

 やっと、夜が明けたのか・・・。


「アザリナ・・・もう3日も何も食べてないんだよ。死んでしまうよ?」


 私の捕縛を解きながら、アンリッサが耳元で言う。

 え・・・。

 もう3日も経つの?

 手が痛いな。


 捕縛を解かれ、私は椅子に座ったまま自分の両手を見てみた。

 拳が傷だらけで、腫れていた。

 手首も、赤く線ができて血がにじんでいる。

 アンリッサが、私の前で屈みこんで、私の手を擦った。


「アザリナ・・・何もかも忘れて、この村にいると良い。もう誰もあんたに恨み言を言ったりしないよ。いや、あたしがそんなこと言わせやしないよ」


 アンリッサが、私の拳と手首に緑色の軟膏を塗り込む。

 ズキッと痛みが走った。


「可愛そうに・・・」


 アンリッサは、そう言って私を抱きしめた。





 また夜が来た。


「アザリナ姫様・・・起きていますか?」


 ヴァンズナーの声だ。


「ヴァンズナー・・・入って・・・」


 私は、椅子に縛られたまま、ヴァンズナーを呼んだ。


「は? 姫様? 何か申されましたか?」


 聞こえなかったようだ。

 私は、咳をしてもう一度同じことを言った。


 水が、飲みたいな・・・。

 ヴァンズナーが、燭台を手に恐る恐る小屋に入ってきた。

 蝋燭の火に照らされた私を見て、一瞬驚いた様子を見せた。

 酷い姿をしているようだ。


「ヴァンズナー、水が飲みたいんだ・・・」


 私がそう言うと、ヴァンズナーは返事をする代わりに素早く動いた。

 私は、カップに注がれた水を唇に当てられ、二口ほど喉に流す。


「ありがとう―― ヴァンズナー」


 ヴァンズナーは、ほっとしたような安堵の溜息を吐く。


「よかった。3日も何も口にされていないと聞いていましたから・・・」


 ヴァンズナーは、近くの椅子を取り私の正面に座る。


「ギノ大将軍は、亡くなられたのだな?」


 私は、訊いた。

 知っているのだが、何故か聞いたのだ。


「・・・はい。我々がジープに出立してすぐの事だったようです」


 ヴァンズナーは、私から目を離すことなく告げる。

 私を観察しているようだった。


「どのような最期だったのだ?」


 私が訊ねても、ヴァンズナーは私の顔を凝視したまましばらく黙っていた。


「大丈夫だ。ヴァンズナー、教えてくれ」


 私は、微笑んで見せた。

 ちゃんと笑えたかはわからない。


「城下町の隅に呼び出されて、そこで待ち構えていたサルベルトの兵らに不意を突かれたようです」


 そうだろうな・・・。

 ギノ大将軍を倒すなら、不意打ちしかないだろう。


「何人がかりで、討ち取られたのだ?」


「10人以上だと聞いています」


「そうか・・・」


 私は、在りし日の豪傑の姿を思い浮かべる。

 オークらとも対等に戦ってきた強者だ。


「槍で突かれたのだな?」


 私が訊くと、ヴァンズナーは驚いた顔をした。


「どうしてそれを?」


「・・・いや、そんな気がしただけだ」


 10人ものサルベルト兵に、槍で突かれたのだ。

 さすがのギノ大将軍でも、さばききれなかったのだろう。


「遺体は、どうされたのだ?」


 サルベルトは、歴史もあり規律の整備された国だ。

 敵将を不意打ちに掛けたとはいえ、遺骸をぞんざいには扱うまい。

 しかし、その問いにヴァンズナーは答えなかった。

 私も、訊き返したりはしなかった。


「ヴァンズナー、縄を解いてくれないか? もう暴れたりしない。パンを食べたいのだ」


 私は、テーブルの上に置かれたままのパンに目をやる。


「わかりました。姫様―― どうか早く体調を整えられ、ご指示をお授けください」


 ヴァンズナーは、縄をほどきながらそう告げる。

 私は、出来るだけ軽やかな声で了承する。

 捕縛が解かれ、ヴァンズナーが小屋から出ると、私は立ち上がってテーブルのパンを掴んだ。

 少しだけ、かじる。

 口の中が乾いていて、なかなか飲み込めなかった。


――ゆるさない――


 私の体の中に、ポツリと小さな怒りが沸き上がった。


――ゆるさない――


 私は、口の中のパンを水で流し込むと、持っていたパンにかじりついた。

 ゆるさない!!

 絶対に、ゆるすものか!!





 深夜だろう。

 私は、燭台を手に森の中を歩いていた。

 小屋に置かれていた、王家の正装に着替えている。


 羊毛のワンピースは、粗相をしたようで、酷く汚れていたのだ。

 何日も洗っていないごわごわの髪は、後ろに一つで縛った。

 こんな姿、エリリカに見られたら何を言われるか・・・。


 燭台を掲げて、目的地に着いたことを確認する。

 森の中に、ひっそりと佇む古い教会のような建物だ。

 入り口の扉は、少しだけ開いていた。


 私は、その隙間に身体をねじ込んで入室する。

 ヴァンズナーが、寝ているかもしれない。

 私は、音をたてないように慎重に寝室へと向かう。


 ベッドに、ヴァンズナーの姿はなかった。

 触ってみても、冷たいままだ。

 今日は、帰ってきていないようだ。

 私は、壁に目を向ける。


 鹿の角に掛けられた、二振りのカタナがあった。

 私は、ベッドに膝で登りその二振りを取る。

 黒色と白色の鞘に収められたそのカタナは、ずしりと重く取り落としそうになる。

 遠い昔に、最強を謳いエルジールに繁栄をもたらせた異形の剣・・・。


「姫様――」


 背後から、突然声を掛けられる。

 驚きのあまり、左手で持っていたオボロザクラを落とした。

 声の主は、ヴァンズナーであることは見るまでもなくわかったのだが、私は動揺した。


 恐る恐る振り返ると、やはりそこにいたのはヴァンズナーであった。

 彼は、何故か跪座している。


「――よくぞ、よくぞご決断されました」


 顔をあげ、真剣な眼差しでヴァンズナーは言った。


「すまぬが、このカタナを借りていくぞ」


 声がかすれ、ちゃんと声が出なかったが、聞こえただろうか?


「・・・ハクミョウザクラをお持ちください。私はオボロザクラを――」


「お前は良い。お前は―― いや、貴殿はこの国の王ではないか、この村の民を導かねば・・・」


 私がそう言うと、ヴァンズナーは立ち上がり微笑する。


「我々の宿願でもある王都の奪還ですが・・・エルスカから奪わなければ意味がない。後からしゃしゃり出てきたサルベルトに、長年の苦労を奪われちゃ、黙っては置けないのですよ」


 ヴァンズナーは、屈みこんで私が落としたオボロザクラを拾う。


「姫様、このカタナを使っていただくのに、2点ほど注意点がございます」


 ヴァンズナーは、左手にオボロザクラを持ち、腰に鞘をあてる。


「カタナは、この様に持ちます。そして、抜刀するときは――」


 ヴァンズナーは、カタナの鍔に親指をかけ鞘から少しだけカタナを抜く。


「真っすぐ抜きます」


 ヴァンズナーが、オボロザクラを抜いた。

 美しい暗黒色の刀身だった。


「切れ味が凄まじいので、真っすぐ抜かないと鞘が切れ自分も切ってしまうかもしれません」


 ヴァンズナーは、すぐさま納刀する。


「それから、美しいからと言って、刀身に見入ってはいけません。このカタナは、人の心を吸い込んでしまうのです」





 私は、ヴァンズナーに連れられて小屋に戻ってきた。

 小屋には、アンリッサがいた。

 アンリッサは、小屋を抜け出した私に何も言わなかった。


「姫様、夜のうち出発します。身支度を終えましたら、門までお越しください」


 ヴァンズナーは、アンリッサに私を任せると、去って行った。


「さぁ、アザリナ・・・綺麗にしよう」


 アンリッサは、すでに準備してあった桶に湯を満たす。

 私に服を脱ぐように言い、布を湯に浸した。

 アンリッサは私の体を拭い、髪を梳(と)いてくれた。

 気持ちが良かった。 

 エリリカに体を拭かれているような、錯覚に陥る。


「フフ、最初は恥ずかしがってオッパイ隠していたくせに、堂々としたもんだよ」


 アンリッサにそう言われ、平気ですべてをさらけ出している今の自分を不思議に思った。


「あなたは・・・母のようです」


 私がそう言うと、アンリッサは黙った。

 背後にいるので、どんな顔をしているのかはわからない。


「・・・そうだね。あんたは、娘のようだ・・・」


 しばらくしてから、アンリッサはそう呟く。


「エリリカは、無事と聞きました」


 アンリッサも知ってはいるのだろうが、一応伝えた。


「ああ、言っただろう。あの子は、強いんだよ」


 アンリッサは、私の正面にまわって私の首を拭う。


「・・・あたしはね。エルスカって音が嫌いだね。あと、今はもういないけど、なんたら大臣とかいう奴らは、大嫌いだった」


 私は、乳房や脇の下を拭われながら黙ってアンリッサの愚痴を聞いた。


「でもね・・・あそこで暮らしている民らは好きだよ。友達もいる」


 アンリッサは、屈みこんで私の太腿を拭う。


「アザリナ――」


 アンリッサは、屈んだまま私を見上げて言う。


「民は傷つけないでおくれ。あいつらに罪はないんだ」


 真剣な眼差しであった。

 私は微笑んで見せ、それに答える。


「私も、あそこで暮らす人たちが好き。誰一人、傷つけるものですか」


 私がそう言うと、アンリッサは満足そうに笑った。







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