襲撃
54 襲撃
「クソォ、何が起きた」
ヴァンズナーは、剣の柄を握り小屋の扉へと駆け出す。
ヴァンズナーが、扉を開けようと手を伸ばしたその瞬間、ヴァンズナーの体が飛ばされて小屋の壁に叩きつけられた。
何者かが、扉を蹴破ったのだ。
黒く大きな体躯が、騒々しく小屋の中に侵入する。
「アザリナ! いるね!?」
それは、クマの毛皮を被ったアンリッサであった。
「イテテテ――」
ヴァンズナーが、左腕を擦りながら立ち上がる。
「何やってんだい、お前は!」
アンリッサは、ヴァンズナーを見て罵る。
「・・・こっちのセリフだと思うんだが・・・」
ヴァンズナーの反論に、元気がない。
ダメージが大きいようだ。
「あんたは、カタナを取りに行きな! アザリナは、あたしから離れるんじゃないよ!」
アンリッサは、ヴァンズナーの襟を掴むと、小屋の外に放り出した。
それから、私の肩をしっかりと抱いて慎重に小屋の外に出る。
「まったく! ここが取り囲まれるなんて、相当な手練れだよ」
アンリッサは、忌々し気に呟いた。
「サルベルトなの?」
私は訊く。
すでに、集落は蜂の巣を突いたような騒ぎである。
「一向に姿を見せない。気配だけでこの有様だ・・・」
アンリッサは、悔しそうに唸った。
集落の中心部にある広間に移動すると、そこには首長らの姿があった。
男たちから報告を受けたり、指示を出したりしている。
「ズーイ!」
アンリッサは、私を抱いたまま首長に駆け寄る。
「アンリッサ、狩りの部隊を指揮しろ。敵の正体を掴み、背後からやれ!」
ズーイは、険しい目でアンリッサに命じる。
歴戦の豪将だ。
私は、そう感じた。
「リザードです!」
集落の入り口の方から、独りの男が必死な形相で駆けてきた。
リザード!?
「何だと!」
皆口をそろえて同じことを言う。
「代表者との面会を求めてきています」
男が言うと、自宅に向かったヴァンズナーが戻ってきた。
「俺が行く!」
ヴァンズナーは、入り口に向かって走り出す。
「待て!ヴァンズナー!」
その背をズーイが呼び止める。
「無謀だぞ!」
「いや、違うんだ! 俺が呼んだんだ」
ヴァンズナーは、苦虫をかんだような顔で言う。
「どういうことだい?」
アンリッサは、怪訝そうにヴァンズナーを睨む。
「すまない。みんな、武装は解除してくれて構わない」
ヴァンズナーは、そう言い残して走り去った。
その後を、私もアンリッサの懐から逃れて追いかける。
「アザリナ! 待ちなさい!」
金切り声のような、アンリッサの声が背後で響いた。
「大丈夫よ! アンリッサも来て!」
私は、駆けながら肩越しに告げた。
集落の門の前に、男たちに取り囲まれた一際大きなリザードがいた。
そのリザードは、駆けて来るヴァンズナーと私の姿を認めると、周囲の男たちを薙ぎ払って駆け寄ってくる。
「アザリナ姫様――」
そのリザードは、私の大好きなアルカナンサスだった。
アルカナンサスは、まっすぐに私に向かってきて私のことを捕まえると、まるで小さな子供にするように高く持ち上げる。
――ギャャャ――
あまりの高さに、私は悲鳴をあげた。
「ちょっと、アル! 怖い!」
私は、何度もアルカナンサスの腕を叩いた。
「ゴメンゴメン。良かったぁ~、無事で」
アルカナンサスは、私のことを地上に降ろすと膝をついて抱きしめる。
「本当に良かったぁ~」
そう何度も呟くアルカナンサスの背を、私は擦った。
ああ、この鱗の感触・・・数日しかたっていないのに、とても懐かしく感じる。
「遅かったですな。待ち侘びましたよ」
私の背後で、ヴァンズナーが言った。
「ゴメンね~。でも、ここを見つけるの、大変だったんだから~」
アルカナンサスは、私から体を離すと立ち上がった。
周囲の警戒する男たちが、どよめく。
「あんた! ここの場所を漏らしたのかい?」
アンリッサが近づいてきて、ヴァンズナーに詰め寄る。
「違う、違う! ちょっと違う――」
ヴァンズナーは、今にも殴りかからんとするアンリッサに必死で弁解した。
「アル! エリリカは!?」
私は、押し問答をしているアンリッサとヴァンズナーを横目に、今一番大事なことを訊ねた。
「無事・・・無事ではないか・・・生きているよ」
アルカナンサスは、思い出すような仕草で答える。
忘れるほど昔の事ではないのだから、答え方を思案しているようだ。
「無事ではない・・・と言うと?」
生きてはいるが、予断を許さないと言う状況なのだと思った。
「傷だらけだよ。塞がったけど」
ん? 塞がった?
「えーと・・・もう心配はないと言う事?」
「うん。寝ている時間は多いけど、たまに歩いているし――」
私は、それを聞いて安堵した。
「良かったぁ。他のみんなは? アスハは?」
「みんな無事だよ。むしろ、みんな姫様のことを心配していたんだから」
「そうなんだ・・・」
私は、安心したら足の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
「みなさん。アザリナ姫様の保護、ありがとうございました。心より感謝申し上げます」
アルカナンサスは、周囲で色めき立つエルジールの民らに、恭しく礼を述べる。
「正直、貴殿らは招かざる客だが、敵ではないと言う事なら、代表者だけは立ち入りを許可しよう」
首長のズーイが現れて、アルかナンスに告げる。
アルカナンサスが入村を許可され、案内されたのは私が詰問された薄暗い小屋だった。
あの時と同じように、この集落の代表者らが集っている。
「お初にお目にかかる。アルカナンサス特務隊長殿、私はこの村の首長を務めるズーイと申す」
一番奥の椅子に座り、横柄な態度でズーイは口を開いた。
アルカナンサスは、体が大きすぎて椅子には座れないので、床に胡坐をかいている。
「初めまして、あなた方は、エルジールの方々ですね?」
興味津々の面持ちで、アルカナンサスが言う。
「ご存じでしたか?」
「俺は、元商人で、この辺りにエルジールの民が暮らす集落の存在は、噂程度には聞いていたんですよ~」
「なるほど・・・」
ズーイは、不機嫌そうだ。
「ここの場所は、どうやって見つけたのです?」
「えっと~、俺は南の方に出かけていて~、エルスカの危急を聞いて~、慌てて戻って来たら~」
アルカナンサスは、身振り手振りを交え、この集落に至った経緯を説明した。
ジープに逃げ戻ったアスハらから事情を聴き、私たちの捜索に出てくれたようだ。
迷いの森の東側にいると予想して、しらみつぶしに捜索し、ここを見つけたと言う。
「よくわかりました。アルカナンサス特務隊長殿、今後はこちらに近づかないようにお願いいたす。そして、ここの所在は、他言無用で願いたい。貴方の部下にも、よくお聞かせいただきたい」
ズーイは、前かがみになって脅すような声色で告げた。
「良くわかりました。でも、これは提案なのですが~、我々は異種族ですし、過去の遺恨もございません。我々の国と隣接していることもありますし、貿易を結ぶのはいかがでしょう?」
アルカナンサスは、ズーイの脅しに屈しないどころか、貿易の交渉を始めた。
「我々なら、人族では中々たどり着けないこの場所にも、ひょいっとやって来られます」
アルカナンサスは陽気に語り出したが、エルジールの老人たちの反応は冷ややかだ。
「あと・・・エルスカに攻め込むなら、味方は多いほうが良いと思いますよ」
アルカナンサスは、変わらぬ調子でそう言うのだ。
私は、それを聞いて複雑な思いを抱く。
ズーイは、足を組んで膝の上で頬杖をついた。
しかし、腰が痛くなったようで、すぐに元の姿勢に戻る。
「実に良い話だ。ただし、今はそれよりも優先したいことがある」
ズーイの表情が和らいだ。
「貴国は、獣人連合に与していて、エルスカとは同盟を組んでいるようだが?」
「今はね、エルスカではなくサルベルトなのですよ。攻め放題ってわけです」
アルカナンサスは、陽気なままで怖いことをサラリと言う。
「そう言うことか・・・エルスカに仇なすわけではない・・・」
ズーイは、卑屈な笑みを浮かべてアルカナンサスを見やる。
「俺個人的なことを言うとね。エルスカもサルベルトも、エルジールも、どうでも良いの」
アルカナンサスがそう言うと、ズーイをはじめ周囲の老人たちが騒めいた。
「俺は、アザリナ姫が好きなんだ。彼女のために彼女の家を取り返したい」
アルカナンサスは、私を見てにっこりと笑った。
「良いじゃないか! ズーイ、アザリナもあの国はいらないと言っているんだ。取っちまおうぜ!」
アンリッサが、興奮して叫んだ。
「え・・・いらないの?」
アルカナンサスが、私を驚きの表情で見つめる。
私は、隅の方の壁際にいたのだけれど、ゆっくりと歩きだして、ズーイとアルカナンサスの前に出た。
「みなさん。私は戦いを望みません。戦になれば、皆さんの中にも犠牲が出ます。もうやめましょう」
私は、周囲の面々に向け頭を垂れた。
もう、みんなで静かに暮らせばいいと思う。
エリリカも、アスハも無事だったのだ。
もう、良いでしょう?
「フフフ、犠牲何てほとんど出ないよ。あ、味方はね」
アルカナンサスは、意味ありげに言う。
「どういうこと?」
犠牲が出ない戦争などありはしない。
「サルベルトは、今、虫の息だよ」
アルカナンサスは、勢いよく立ち上がろうとして天井に頭を強打する。
「エルスカの兵らも、サルベルトに与しているんだろう?」
腕組みをしてアンリッサが訊く。
「イテテ―― エルスカの兵なんて、ギノ大将軍がいない今、ただの雑用兵さ」
アルカナンサスが、そう言った。
皆、沈黙する。
「どういうこと? ギノ大将軍がいないって?」
私は、頭の中に浮かんだ疑問を率直に訊ねた。
「あれ、訊いてない? ギノ大将軍は――」
「待て! 言うな!」
アルカナンサスが語るのを、今まで黙って部屋の隅に潜んでいたヴァンズナーが叫んで制す。
「何? どうしたの?」
私は、訳が分からなくてアルカナンサスに歩み寄る。
「アル? ギノ大将軍は・・・どうしたの?」
私がアルカナンサスに訊ねても、アルカナンサスは苦い顔をしてヴァンズナーを見ている。
「言いなさい! アル!」
私は、アルカナンサスの腹を思いっきり殴った。
「言え! ヴァンズナー!」
私は、ヴァンズナーを振り返って睨みつける。
「ゴメン・・・」
アルカナンサスが、誰かに謝る。
「どうしたのよ! ギノ大将軍は、どうしたのよ!」
私は、叫んでいた。
叫びながら、アルカナンサスの腹を何度も殴った。
「・・・ギノ大将軍は・・・亡くなられたよ」
あ・・・。
それから、私は叫んだ。
全てを、否定しようとしたのかもしれない。
私の悲鳴以外、何も聞こえない。




