白妙桜
53 白妙桜
「亡国の王が、あなたなの?」
薄暗いヴァンズナーの自宅の寝室で、私はとんでもない告白を、目の前にいる男から受けた。
「ええ、まぁ、どうでも良いことですけどね・・・そう言うことになります」
ヴァンズナーは、私の持つハクミョウザクラの柄を掴み、刀身を抜いて見せる。
鏡のような、美しい刀身であった。
「美しいでしょう? でも、切ればこの世の物とは思えない切れ味で、人間を鎧ごと切り裂くのです」
ヴァンズナーは、私に持たせている鞘にカタナを納めた。
「ハクミョウザクラは、真実を映し、オボロザクラは心の闇を映すとも言われています」
ヴァンズナーは、ハクミョウザクラを壁の鹿の角に掛け戻した。
「姫、2本揃いました。エルスカを落とせます」
私は、ヴァンズナーのその言葉に背筋が寒くなるのを感じる。
「すなわち、エルスカを取り返せると言うことです」
ヴァンズナーは、そう言い換えた。
私は、少しだけ安堵する。
「でも、たった2本のカタナで何が変わると言うの?」
「人間を、鎧ごと馬も一緒に真っ二つにできるのです。そんなのが2人先頭にいたら――」
私は、その光景を想像してみた。
敵にしたら、恐ろしいであろう。
恐怖が、隊列を瓦解させる。
「それから、この二振りのカタナは、2本で真価を発揮すると言います。おとぎ話のような言い伝えですが、2本のカタナを持つ者、天を舞い、光と闇の矢を放つと言われています」
ああ、さすがにそれはおとぎ話だ・・・。
と、思ったが・・・勇者召還の儀もおとぎ話のような奇跡だ。
「戻りましょう」
私はヴァンズナーに促され、彼の家を出た。
振り返って、ヴァンズナーの家を見る。
深い森の中に佇む一軒の古い家、そこに伝説のカタナが無造作に飾られているのだ。
私は、少し恐ろしいと感じた。
このまま、ここにあったほうが良い。
そうも、思わせる。
この集落にたどり着いてから、私は信じられないような真実を知ることになった。
しかも、立て続けに・・・。
まず、エリリカの母親はアンリッサで、父親はヴァンズナーであった。
それだけでも驚きなのに、ヴァンズナーは亡国エルジールの王だと言う。
となると・・・エリリカは王女と言う事か・・・。
二振りの伝説のカタナにも出くわした。
1本は、ヴァンズナーの家に代々伝わっていた。
ハクミョウザクラである。
もう1本は、サルベルトの兵士が持っていた。
オボロザクラ――
フカンとサジアを殺害したカタナでもある。
オボロザクラは、サルベルトに渡っていたのか?
「姫様、よろしいでしょうか?」
外からヴァンズナーに呼ばれた。
私は、扉を開けてヴァンズナーを部屋に入れる。
「その・・・姫様と言うのは・・・あなたも王様なのだし、私は国を追われて――」
私は、あの日からヴァンズナーとどう接すればよいのか迷っていた。
ヴァンズナーは、亡国の王であり、国を追われたとは言え王なのだ。
私も国を追われた身であり、エルジールの民らには憎まれている。
「姫様は、姫様です」
ヴァンズナーは、私の言葉を制し、そう言って笑った。
胸が、きゅっと締め付けられた。
嬉しいような・・・申し訳ないような・・・
それから・・・ヴァンズナーの存在はありがたかった。
彼無しで、今私は生きていない。
「姫様、不自由させて申し訳ありません」
ヴァンズナーは、布に包んだ何かをテーブルの上に置く。
何だろう?
ヴァンズナーは、包みを解いた。
それは、菓子のようである。
「朝食なら、先ほど頂いたわ」
今朝の朝食は、先ほどアンリッサが持ってきてくれて済ませている。
「いえ、甘い物でも食べて元気になってもらおうと思いましてね」
とても甘い香りがした。
蜂蜜の濃い香りがする。
パン生地に、蜂蜜を浸み込ませたもののようだ。
「貴重な物ではないの?」
「ええ、貧乏な村ですからね。こんな物しかなくて――」
ヴァンズナーは、恥ずかしそうに言う。
「頂けないわ」
私は辞退した。
正直、とても魅力的な差し入れではあったが、これを私が食べて良いわけがない。
「いや、姫様のために用意したのですから」
ヴァンズナーは、どうぞと進める。
本当に美味しそうだ。
蜂蜜の甘い香りの中に、パンの香ばしい香りが潜んでいる。
私は、生唾を飲み込んだ。
遠くから、子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。
どこの街でも、子供たちの声は一緒だ。
「姫様・・・」
ヴァンズナーが、パンを包みなおす私に怪訝な目を向ける。
「ありがとうヴァンズナー、頂くわ」
私は、包みを持って小屋を出る。
「姫様、どこへ?」
小走りで駆け出す私を、ヴァンズナーが呼び止めようとする。
私は、集落の子供たちが集っている広間を目指した。
「あ、敵の姫だ!」
腕白そうな男児が、木の棒を私に指し向けて言う。
「こっちに来るな、ブス!」
鼻を垂らした、正直お前にだけは言われたくないと思う男児に言われ、イラッとはする。
「これ、みんなで食べて――」
私は膝を折り、膝の上で包みを広げた。
「わー、フッサムだ~」
子供たちが、私の周りに集まってくる。
男の子が4人、女の子が3人。
子供たちは、私の膝の上の菓子を一頻り眺めた後、皆一斉に私の顔を見る。
いや、私の背後に立つヴァンズナーを見たようだ。
「頂きなさい。アザリナ姫様からだ。お礼を言うのだぞ」
ヴァンズナーは、そう言って許可したのだが、子供たちは菓子に手を出さない。
「お礼なんていらないわ。これはあなた達の物、お礼は、おうちに帰ってからお父様やお母さまに言いなさい」
私がそう言うと、私の膝の上に次々と手が伸びた。
あっという間に、膝が軽くなる。
私は、膝にこぼれたパン粉を払いながら立ち上がった。
「姫様・・・」
ヴァンズナーが、何か言いたそうな顔で私を見る。
私は、微笑を返し歩き出す。
「みんな忘れてくれないかしら・・・昔あった事、全部無かったことにしない?」
私は、歩きながら呟いた。
ヴァンズナーの返事など求めていない。
独り言だ。
「リザード族との争いも、エルジールとの争いも、サルベルトとの争いも、全部――」
それが、私の希望だ。
全部、無くなれば良い。
気の利く近衛銃士隊の隊長は、意見を挟むことなく無言でいた。
幾日か経った朝、いつものようにアンリッサが朝食を小屋まで運んでくれた。
最初は、怖かったアンリッサであったが、今はだいぶ打ち解けている。
この集落で、一番気兼ねなく話せる相手となった。
「アザリナ、これも返しておくよ」
アンリッサが、朝食のカゴと一緒に布の包みを差し出してきた。
開けてみると、それは私がこの集落に来ていた王族の制服であった。
「洗濯しておいたからね、それから防具や剣は後でヴァンズナーに持って来させるよ」
アンリッサは、カップにスープを注いだり、テーブルの上にパンと茹で野菜などを並べたりしながら言う。
私は、渡された制服に目を落とす。
これは・・・どういう意味なのだろう?
武器と防具も、返してくれると言う。
――ここを、出ていけ――
と、言う事か・・・。
私は、作業をするアンリッサの背に抱きついた。
「アンリッサ、私、ここに居たい」
アンリッサは、無言で作業を続ける。
しばらく黙っていたが、手を止めてため息を一つつくと、静かに語った。
「アザリナ、あんたここに居たって楽しくないだろう? あたしだって、最初は憎らしい敵の娘だと思っていたさ。でもね・・・」
アンリッサは、私に向き直ると正面から私を抱きしめた。
「こんなに可愛いんだよ。いつまでも憎んでなんていられないさ」
嬉しかった。
心の底から嬉しかった。
アンリッサは、私を体から話すと、私の頬を流れる涙を指で払う。
「あんたは、ここに居てはいけない。旅立つんだよ!」
アンリッサは、私の肩を強くつかんで揺らした。
それから、アンリッサはズボンのポケットから何かを取り出す。
「これは、お守りだ。吹き方はヴァンズナーに教わりな。ちょっとコツがいるんだ」
ポケットから取り出したのは、小さな横笛であった。
銀色に輝くそれは、ヴァンズナーが持っていたものと同じものである。
アンリッサは、私の首にそれを掛けてくれた。
「困ったときに吹くんだ。近くにいる私の仲間が助けてくれる。その時は、アンリッサの娘と名乗るが良い」
私は、アンリッサに抱きついて声をあげて泣いた。
アンリッサは、優しく頭を撫でてくれる。
我が子にするように・・・。
アンリッサが小屋を出た後、私は王家の制服を膝の上に乗せたまま考えた。
――旅立て――
行く場所なんて、一つしかない。
そうか・・・アンリッサは、エリリカを私に託したのだ。
ジープに行かなくちゃ・・・。
私は、今着ている羊毛のワンピースを脱いで、王家の制服に袖を通す。
おや・・・着慣れていたはずなのに、着心地が悪い。
「姫様、よろしいでしょうか?」
ヴァンズナーが来た。
「着替えている。ちょっと待って!」
私は、慌ててそう言いつつ胸のボタンを閉める。
着替えが済むと、私は扉を開けてヴァンズナーを向かい入れた。
ヴァンズナーは、私の剣と胸当てを持っていた。
「おお、やっぱり姫様はその格好が似あいますな」
嬉しそうにヴァンズナーは笑う。
何故だろう? あまり褒められたようには聞こえなかった。
いや、嬉しくなかった。
「首長さんたちは、私のことをお許しになったの?」
私は、ヴァンズナーから胸当てを受け取ると体に当てた。
ヴァンズナーが背にまわって、紐を締める。
「フフッ」
私の背後で、ヴァンズナーが笑ったようだ。
「どうした?」
私は、肩越しに訊いた。
「いえね、段々と爺さんたちも姫様の魅力にやられはじめましてね。首長の隣にいた小さい爺さん覚えています?」
私は、首長の姿を思い出してから、小さい老人の姿を記憶の中に探した。
「ほら、けっこうキツイことを言う爺さんですよ」
ああ、いきなり処刑するとか言っていた・・・。
私が思い出した様子を見せると、ヴァンズナーが続ける。
「最近は、この小屋の周りをウロウロしているようで、今日は元気そうだとか、何か困ってないかと私に訊いて来るのですよ」
・・・嫌だな・・・窓から覗かれたりしていないだろうか?
「この村で、所帯を持ってもらうなんて、アンリッサの案に賛同する者も出てきました」
所帯?・・・誰と?・・・。
「まぁ、許すとは言わないまでも、皆姫様の死を望むようなことは無くなりました」
そうなんだ・・・。
私の旅支度が整った。
さて、と・・・心の準備を整えようとしたその時だ。
――カン・カン・カン・カン――
どこかで、号鐘が打ち鳴らされた。
――敵襲――敵襲――
誰かが叫びながら走り去る。
集落全体が、突然に爆発したような大騒ぎになる。




