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亡国の王

52 亡国の王




 ここ、エルジールの民たちが暮らす集落は、深い森の中にある。

 道なき道の、険しい山道の先にあり、誰にも知られていない辺境の場所だ。

 300年もの間、エルスカへの憎悪を糧にひっそりと暮らしてきた。


 ここの住民が、私を見る目は冷たい。

 憎悪の対象だからだ。

 ただ、無垢な子供たちの中には、興味の対象として見る者もいる。


 この集落に、外から人がやってくることも少ないからだろう。

 昨日、私を庇ってくれた幼女が遠くから私を見ていた。

 私は、小さく手を振る。


 怪我をさせてごめんなさい。

 助けてくれて、ありがとう。

 私は口を動かすだけで言った。


 幼女も手を振り返そうとしたのだが、母親に手を引かれ連れていかれてしまった。

 あまりウロウロしていても怪しまれるだろうから、私は真っすぐ小屋に戻る。

 天井の低い、小さな小屋だ。


 何かの、作業小屋なのだろう。

 私は、窓辺に小さな木の椅子を置きそれに座った。

 窓の外を、ぼんやりと眺めながら考える。


――動けないときは、頭を動かせ――


 昔、誰かに言われた。


 考えよう。今、何をすべきか――





――ドン・ドン・ドン――


 小屋の扉が、蹴破られるような衝撃を受ける。

 小屋全体が揺れ軋み、今にも倒壊しそうだ。


「アザリナ! 昼飯だ! 開けろ!」


 アンリッサの声であった。

 恐る恐る扉を開けると、両手でトレイを持つ彼女が立っていた。


「どきな! 入れないじゃないか!」


 私が、入り口で立ちすくんでいると叱られた。

 朝食とは違い、昼食は豪勢とは言えないまでも、量は多かった。

 黒いパンが2つ、何かの肉を焼いて香草を振りかけたもの、スープのようなものとリンゴ・・・。


「何だい! 文句あんのかい?」


 私が、不思議そうに見ているものだから、アンリッサは不快に感じたようだ。


「こんなに、頂いても良いのです?」


「・・・怪我を治すには、肉を食わなきゃならないだろうが・・・」


 鼻を鳴らして、アンリッサは言う。


「アンリッサ、エリリカの事、ごめんなさい。大変な怪我を負わせてしまいました」


 アンリッサは、無言で食事をテーブルに並べる。

 カップにスープを注ぎ、準備が整うと、アンリッサはベッドの上に大きな腰を降ろした。


「あの子は、私とヴァンズナーの子だ、簡単にはくたばらないさ」


 感情の無い顔で、アンリッサは言う。

 私は、窓際から椅子を運び、テーブルの前で座った。

 温かいスープがありがたかった。


 私はまず、スープの入ったカップで手を温めて、それに口をつける。

 生姜のスープだった。

 濃厚な味がするが、具材はないも入っていない。

 でも、とても美味しい。 


「エリリカには、もう何年も会っていないの?」


 私は、パンをちぎって口に運びながら訊く。

 エリリカには、家族がいないものだと思っていた。

 まさか、こうして彼女の母親に出会うとは思いもしない。


「会っていたさ・・・毎週とは言わないまでも、月に1度2度は・・・」


 そう答えるアンリッサに、私は驚きの顔を向ける。


「そ、そんなに――」


「別に、多くはないだろう?」


 アンリッサは、私の反応に不思議そうな顔をする。


「ど、どうやって?」


 私は食事の手を止め、アンリッサを向く。


「どうやってって―― 城下町であの子を見かければ、声をかけるだろう? 母親だもの」


 アンリッサは、私を見ながら首を傾げるのだ。

 何が不思議なの? と、言わんばかりに。


「城下に来ていたの?」


「この辺りに街は無いからね。毛皮を売りに言ったり、必要なものを買いに行ったりはするさ」


「そ・・・そうなんだ」


 私は、食事を再開した。

 憎んでいるエルスカの王都にやってきて、買い物をしに来るついでに、娘にも会っていたと言うのだ。

 驚いた。

 しかし、エルスカの領内からやってくる彼女らを、我が国の者も不審には思わないだろうし、自由に出入りできたわけだ。


「王都には、知り合いがいるの?」


「何だい! 質問ばかりだね」


 アンリッサは不満顔をするが、質問には答えてくれた。


「みんな顔なじみだよ。そうだ! イタヤの婆さんは元気かい? 寝込んでいるって聞いたけど」


 逆に質問されたが、私はそのイタヤと言う人物を知らない。


「イタヤさん?」


「雑貨屋の婆さんだよ? ほら、奥でいつも豆の皮剥いていただろう?」


「ごめんなさい。存じません・・・」


 私がそう答えると、アンリッサはがっかりした顔をする。


「これだから、王家の人間は・・・」


 私は、何だか申し訳なくなって俯き、アンリッサも黙り込んでしまった。





 私の昼食が済むと、アンリッサは片付けをして小屋を出て行った。

 どうやら、機嫌を損ねてしまったようだ。

 その代わりに、ヴァンズナーがやってきた。


 集落を案内すると言うのだが、私は躊躇する。

 昨日の今日だ。

 あまりウロウロしないほうが、良いような気がする。


「ヴァンズナー? お話の方はどうなったの?」


 私への聴収が終わったところで、この村の有力者らで色々と語り合ったのであろう。

 私に対する処遇やら、今後のエルジールの民たちがどう行動するかなどだろう。


「もめにもめましてね。振り出しですよ」


 ヴァンズナーは、両手をあげてお手上げの仕草をする。


「協力は得られないのね・・・」


 私の頭の中も振り出しだ。

 これから、どうすれば良いのだろう。


「もうじき・・・得られますよ」


 ヴァンズナーは、窓辺に立ち窓の外を見やる。

 まるで、誰かを待っているかのようにも見える。


「そうだ、昨日言っていたけど、もう1本のカタナは亡国の王が持っているって?」


 私は、昨日の馬車での会話を思い出し訊ねた。

 ここに、この集落のどこかに、伝説のカタナがあるのだろうか・・・。


「ええ、ありますよ。見に行きますか?」


 ヴァンズナーは、サラリと言った。


「良いの?」


「もちろんです」


 ヴァンズナーは、小屋から私を連れ出した。

 集落を案内すると言っていたが、最初からカタナを見せるつもりだったのかもしれない。

 集落を歩くのは緊張するが、ヴァンズナーがいると幾分安心できた。


 私は、憎きよそ者だ。

 何が起きても、おかしくはない。

 でも、ヴァンズナーがいれば必ず助けてくれる。

 私は、そんな頼もしい中年の近衛銃士隊長の背に感謝した。


「ヴァンズナー? あなたは、エリリカのお父様だったのですね? 何故黙っていたのです?」


「やめてくださいよ。お父様だなんて――」


 ヴァンズナーは、頭を掻いて照れる。


「他人の方が、安全ですからね・・・エリリカにも、城内ではそれを守るように幼い頃から言い聞かせてきました」


「エリリカは・・・寂しかったのでは?」


「さぁ、でも、あなた様がいつもそばにいてくださいましたから、寂しくはなかったと思いますけどね」


「私じゃないわ、エリリカがいつもそばにいてくれたのよ」


 そんなことを話しているうちに、集落の中心部からだいぶ離れた森の中に来ていた。

 前方に、教会のような古びた建物が見える。


「あれは?」


 その建物は、集落の中では一番立派な建物だが、ずいぶん手入れがされていないようで、屋根には枯れ草が積もり、石壁には蔓草が巻き付いていた。


「私の家です。実家と言うべきか・・・昨日、久しぶりに帰ってきたら、荒れ放題ですよ」


 ヴァンズナーは、玄関の扉の前で片足を上げる。

 何をするのだろう?

 と、思ったそばから、ヴァンズナーは扉を蹴破る。


「建付けが悪くて、こうしないと家に入れないのです」


 ヴァンズナーは、笑いながら言った。

 家の中は、薄暗い。

 目が慣れるのに、時間がかかった。


「昼でも、蝋燭が必要なくらい暗いんですよ・・・足元にお気を付けください」


 ヴァンズナーの後について、私は彼の家の中に入る。

 ダイニングであろう部屋を通り、居間のような部屋に入った。

 テーブルには、空いた酒瓶やら読みかけの本などで埋め尽くされている。

 床にも酒瓶が転がっていて、危うく踏みそうになった。

 汚い・・・。


「すみませんね。汚くて・・・」


 わかっているなら、片つければいい物を・・・。

 いったい何年前のゴミなのか・・・。

 居間を抜けると、寝室に入った。


 壁際にベッドがあるだけの質素な部屋だ。

 その壁に、鹿の角が取り付けられていて、2本のカタナが飾られていた。

 ヴァンズナーは、そのうち1本を手に取ると、私に差し出す。


「そこにあるのが、昨日サルベルト兵から回収したオボロザクラで、こっちがハクミョウザクラです」


「で、伝説のカタナなのでしょう? こんな――」


 こんな所にと言いそうになり、私は言葉を飲んだ。


「こんな、無造作に?」


 私は、ヴァンズナーからハクミョウザクラと呼ばれるカタナを受け取った。

 お、重い・・・。

 意外と重かった。


「隠せば、探したくなるでしょう? 無造作に置かれていれば、怪しむ・・・かもしれない」


 あまり深くは考えていない。

 そんな口ぶりであった。


「これの所有者は、亡国の王なのでしょう?」


 エルジールの王家の人間が、生き残っているのだろうか?

 私は、そんな疑問をヴァンズナーに訊ねたのだ。


「ええ、私ですよ」


 ヴァンズナーは、サラリと言う。

・・・えっ・・・






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