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もう姫じゃないの

51 もう姫じゃないの




 私は、治療を終え一人で簡単な食事を取った。

 小さな小屋をあてがわれ、ここから出ることは許されなかった。

 森の静寂を聞きながら、何も考えないで夜を過ごす。


 翌朝ヴァンズナーかアンリッサが迎えに来るまでは、この小さな小屋で膝を抱えていることしかできない。

 でも、朝はすぐに訪れた。

 いつの間にか眠ってしまっていて、いつのまにか朝になっていた。


「アザリナ、起きているかい?」


 そう言って、アンリッサが入ってきた。


「おい、呼び捨てはやめろよ」


 ヴァンズナーの声がする。

 でも、ヴァンズナーは小屋に入ってこなかった。

 私に気を使ってくれているのだろう。


「ヴァンズナー、構わないわ。入って」


 早く目が覚めたため、身支度は終わっている。

 アンリッサが用意してくれた服だ。

 羊毛のワンピースに、ごわごわした生地の厚いズボンだ。

 質素だが、温かくて良い。


「すみません姫様、食事をお持ちしましたが、粗末な物しかなくて――」


 恐縮しながら、ヴァンズナーは編みカゴを私に差し出す。


「バカ言ってんじゃないよ。この村じゃ御馳走だ」


 私は、受け取ったかご中を見てみる。

 黒パンに、クルミとミルクだった。


「充分よ。ありがとう」


 私は、アンリッサにお礼をした。


「姫様、食事が済みましたら、首長に会っていただきます。昨日のズーイって爺さんです」


「わかった」


 あの大きなお爺さんだ。

 ちょっと怖いなぁ。


「ヴァンズナー、エリリカのことは何かわかった?」


 私は、小屋を出ようとするヴァンズナーを呼び止めた。

 ヴァンズナーは、口だけで笑い首を振る。


 そうか――


 ジープにたどり着いてくれていると良いけど・・・。

 私が、独りでパンをかじっていると、外から威勢の良い声が聞こえてきた。

 席を立って、窓から外を窺う。


 少し離れた広場にて、大勢の男たちが上半身裸になって槍や剣の素振りをしていた。

 この村は、辺境の農村などではない。

 小さな国なのだ。


 忘れ去られた、小さな国――




 

「姫様、お迎えに上がりました」


 昼に近くなって、ヴァンズナーが迎えに訪れた。

 私は、やっと小屋を出ることができた。

 昨日は、あまり気にも留めなかったのだが、集落の人々や家屋の造りに目を配る。


 人々の生活は、質素なものだ。

 着ている服も、住んでいる家も、辺境であるが故、物資が潤沢とは言えないのだろう。

 先ほど剣の稽古をしていた男たちは、それぞれに身体を休めているようであったが、私の姿を見るなり、皆談笑をやめた。


 探るような眼で、皆が一斉に私を見る。

 身がすくむ。

 このような目を向けられたことがない。


「ヴァンズナー、私はどうなるの?」


 私は足元に目を落とし、少し前を歩く近衛銃士隊の正装に身を包んだ男に訊いた。

 ヴァンズナーは、足を止めて私に向き合う。

 私のことを見ながら、ため息をついた。


「姫様・・・お疲れのご様子ですな」


 ヴァンズナーは、屈みこんで私の顔を覗き込んだ。

 私は、目をそらしてしまう。

 何故だろう。


「姫様次第ですよ。エルスカを取り返すか、獣人連合軍に合流するか、ジープに戻るか・・・」


 ヴァンズナーは、いくつかの案を提案する。

 エルスカを取り返すとか・・・考えもしなかった。

 ヴァンズナーは再び歩き出し、私もその後について行く。


 バンモやギノ大将軍は、どうしているだろう?

 戦闘になったのだろうか・・・。

 無事にしていると良いのだが・・・。


「姫様、ここです。お入りください」


 ヴァンズナーは、一軒の家屋の前で止り、入り口の扉を開ける。

 私がいた小屋を少し大きくした程度で、造りは変わらない。

 石を積み上げた壁に、木の皮を張り付けた屋根、窓は跳ね上げ式の木の扉だ。


 私は、ヴァンズナーに促されるまま室内に入る。

 室内は昼中だと言うのに薄暗く、奥に燭台の火が見えた。

 目が慣れると、多くの人が座っていたり、壁に寄りかかっていたりすることに気づく。

 意外と、部屋は広かった。

 奥行きがあったようだ。


「ここに座りなさい」


 顔は良く見えなかったが、老人の声が私に席を進める。

 私は、隣に立つヴァンズナーを見上げた。

 ヴァンズナーは、わざとらしく笑顔を作り頷いて見せる。


 私は、年代物の木の椅子に腰を下ろした。

 座ると、体が少し傾く。

 私の正面に、ズーイと言う昨日の大きな老人が、腕組みをして座っている。


 そして、私の周りを囲むようにその他の人々が座していた。

 まるで、査問会にかけられる被疑者になった気分だ。


「アザリナよ。お前の国はサルベルトに占拠されたが、それについてはどう思う?」


 口を開いたズーイは、突然そのようなことを訊いてきた。

 私は、即答などできる訳もなく、隣に立つヴァンズナーを見上げる。


「ズーイ、質問の順番が違うだろう」


 ヴァンズナーは、私の肩に手を置いて正面の老人に冷ややかに言う。


「・・・まあ良い。アザリナよ。お前は、これからどう生きる? 国もない、財産もない、家族も――」


「ズーイ! いい加減にしろ!」


 ヴァンズナーが声を荒げた。


「事実じゃないか・・・」


 背後の扉が開き、アンリッサの声がそう言った。

 アンリッサは、私の横を通り過ぎズーイの隣に腕を組んで立つ。


「何もないんだよ。この子には・・・」


 アンリッサは、そう言って隣に座るズーイに顔を向ける。


「この村に置いて、放っとけばいいさ・・・誰かと所帯を持たせて、子供を産ませ・・・どうだいズーイ?」


 アンリッサは、老人をなだめる様に語る。

 ズーイは、鼻で笑った。


「誰がこの娘と所帯を持とうと思う? 穢れた血だ――」


 ズーイにそう言われると、アンリッサは不服そうに横を向いた。

 私、穢れているのか―― 


「この村で、奴隷として生きるか・・・死ぬかだ」


 ズーイの隣に座る体の小さな老人が言う。


「死に方については、色々選択肢がある。斬首か磔(はりつけ)か火あぶりか――」


「オムソン・・・黙れ」


 おどろおどろしい声で、ヴァンズナーが老人を制する。

 いつもふざけているヴァンズナーから、こんな怖い声が出るのは驚きだった。


「まぁ、アザリナの意見を訊こう。どうするアザリナよ?」


 ズーイが身を乗り出して私を凝視する。

 どうするなどと言われても・・・。

 私は、沈黙した。


――私は、どうしたい?


 死にたくは・・・ない。


――国に帰りたい。


 どうやって?

 わからない。


――何のために?


 みんなに会いたい。


――リリノ、ギノ大将軍、バンモ、サラ将軍、アルカンナンサス――


 何故だろう?

 急にアルカナンサスを思い出した。

 アルカナンサスを思い出したら、心の奥底から活力が沸いて来る。


 私は、立ち上がった。

 急に立ち上がったものだから、皆を驚かせてしまった。

 冗談じゃない!


 エリリカをあんなになるまで傷つけられ、バンモやギノ大将軍だってどうなったのかわからない。

 リリノが、自分の故郷に酷いことするわけがない! 

 リリノも危険な目にあっているはずだ!

 みんなを救わなければ――


「私は! エルスカを取り返す!」


 獣人連合は、サルベルトと交戦中だ。

 敵は、サルベルトだ。


「我が国は、獣人連合軍に与(くみ)している。サルベルトを落とし、エルスカを取り返す!」


 私は、面々を睨みつけ宣言した。


――アハハハ――


 高らかに、腹を抱えてアンリッサが笑った。


「お姫様、お前ひとりで何ができるって言うんだい?」


 アンリッサは、目に涙を浮かべて私を指さす。


「私は、もう姫ではありません。獣人連合軍の1兵に過ぎない。でも、奪われたものは取り返す」


 アンリッサが、私に向かって歩き出した。

 私の目前まで来ると、いきなり胸倉を掴む。

 足が、床から浮いた。

 すごい力だ。同じ女性とは思えない。


「あたしたちは、300年もの間、奪われた国を取り返そうと行動して来たんだ。小さな集落と、馬鹿にして見ているかもしれないが――」


「やめろ、アンリッサ」


 ヴァンズナーが、アンリッサの手を掴んでほどこうとする。


「世界中からかき集めれば、2万は兵隊が集まる。奪おうと思えばいつでもできたんだ。それを――」


 アンリッサは、私を掴み上げたままヴァンズナーを睨む。


「エルスカは・・・あなた達にお返しする・・・」


 私は、喉から声を振り絞って伝えた。

 突然、アンリッサの手から力が抜け、私は床に尻もちをついた。


「ひ、姫様―― 今、何と?」


 咽かえる私の背を、ヴァンズナーが擦りながら訊く。


「・・・私にとって・・・大切なのは、あそこに暮らす人たち・・・国なんて誰が治めたって良い」


 私は、面々の反応を知りたくて顔をあげた。

 表情からは、何も読み取れなかった。

 皆、難しい顔をして、考えているのかいないのか・・・。

 私の言葉に歓喜するほど、彼らは単純ではなかったし、私に彼らを納得させるだけの器量がないのだ。


「アザリナよ。話はこれで終わりだ。戻って良い」


 ズーイが、重そうに腰を上げる。


「姫様、行きましょう」


 ヴァンズナーが私を立たせ、入り口までエスコートする。


「ヴァンズナー、お前は残れ」


 ズーイが、ヴァンズナーを引き留めた。


「お一人で、お帰して良いのだな?」


 ヴァンズナーが確認すると、ズーイは黙って頷いた。


「ヴァンズナー、手を貸してほしい。エルスカの民を救うために――」


 私は、扉が閉まる間際にヴァンズナーに伝えた。

 ヴァンズナーは、頷いたような気がする。








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