亡国の村
50 亡国の村
私は、ヴァンズナーの肩を借りて森の中を歩いている。
険しい森だった。
肩は、折れてはいないようだ。
ヴァンズナーの見立てでは、脱臼したようだ。
今は、はまってはいるが、激痛は治まらない。
「おいヴァンズナー? その女・・・本物かい?」
私の先を歩いていたアンリッサが、振り返って訊く。
「見ればわかるだろう? こんな綺麗な方が、2人といるか?」
アンリッサは、私を見て鼻で笑う。
「どうするんだい? 村で吊るすのかい?」
アンリッサは、怖い顔で言う。
どういう意味だろう?
吊るすって・・・。
痛みに耐えながら森の中を進むと、少し開けた場所に出た。
決して広くはないが、畑のようである。
この森の中に、こんな場所があるなんて・・・。
「アンリッサ――」
私たちの来た方から、動物の毛皮を羽織った男が駆けて来る。
「おお、早かったね? どうだった?」
アンリッサは、駆け寄ってきた男と会話を始めた。
会話の内容からすると、エリリカを乗せた馬車は見当たらなかったとのこと。
ジープに逃げ切ったのではないかと言っている。
確信の持てない内容ではあったが、私は少しだけ安堵した。
「この森に?」
アンリッサの顔が曇る。
馬車を追っていた兵士らが、この森での異変に気付いて集まってきていると言っている。
「どうする? ヴァンズナー?」
アンリッサが、私の肩を担いでいるヴァンズナーに訊いた。
「カタナが2本ある。問題ない・・・」
ヴァンズナーがそう言うと、アンリッサは黙ってうなずいた。
「ヴァンズナー? どういうことなの? あなたは・・・」
私は、すぐそばにある中年男性の横顔に訊ねた。
「びっくりしていますよね・・・まぁ、後で説明します」
それだけ言って、ヴァンズナーは歩き出した。
「ヴァンズナー、あたしは先に行ってジジイどもに説明しておく・・・」
「ああ、そうしてくれ」
アンリッサは、巨体を揺らしながら駆けて行った。
小さな畑を過ぎると、また深い森の中に入って行った。
道なき道を、厳しい傾斜を、這いつくばりながら進んだ。
どこをどう通ったのかのかもわからない。
しかし、日が沈むころになって、私はたどり着いた。
そこは、森の奥にある小さな集落であった。
「ここは?」
我が国に、この様な場所があるなんて、知りもしなかった。
「ここは、誰も知らない村です・・・」
集落の入り口に差し掛かると、大勢の村民の出迎えがあった。
しかし、どうも歓迎されてはいない雰囲気である。
「ヴァンズナー、よく帰ってきた」
身体の大きな屈強そうな老人が、腕組みをして待ち構えている。
「ズーイ、事情は聴いていると思うが・・・この方の治療を・・・」
ヴァンズナーがそう言うと、村人たち老若男女すべてが、ヴァンズナーを非難する。
「お前は、エルスカの飼い犬に成り下がったか・・・」
ズーイと呼ばれた巨漢の老人が、溜息交じりに言う。
「聞いてないか? エルスカはもう無いのだ」
「じゃぁ、そこにいるのは誰なんだい?」
ズーイの隣で、アンリッサが問いただす。
ヴァンズナーは、深呼吸をして私を紹介する。
「こちらにおわすは、エルスカ王国第一王女アザリナ王女殿下である」
騒めきどころではない。
罵声が飛び交い、石などが飛んできた。
ヴァンズナーが、私の盾になってかばってくる。
ズーイが、手をあげると、村人たちは騒ぐのをやめた。
「ヴァンズナーよ・・・処刑する者を、治療する必要はないと思うが・・・」
ズーイの隣にいる身体の小さな老人が、穏やかに恐ろしいことを言う。
私・・・処刑されるの・・・。
「まぁ、聞けよ」
ヴァンズナーは、石が当たったのであろう額を擦りながら言う。
「エルスカは、サルベルトに取られた。と言うことは、まずは俺たちの敵はサルベルトだ」
また村人たちの怒号が飛んだ。
ふざけるな―― 馬鹿かお前は―― アザリナを殺せ――
何て所に連れてきてくれたんだろう。
私は、身を挺して私をかばうヴァンズナーに感謝しつつ、恨めしく思った。
ここは、今は亡きエルジールの生き残りが暮らす集落だったのである。
私は、この人たちから故郷を奪った大罪人の子孫なのだ。
「お前たちは、何が欲しい! 奪われた故郷じゃないのか!? お前たちは、血肉を欲しがるだけの獣だったのか!」
ヴァンズナーが叫ぶ。
それで、怒号はさらに激しさを増す。
村人たちは、暴徒となりかけていた。
が、突然静かになった。
私は、ヴァンズナーに抱かれ小さくなっていたが、そっと目を開けてみる。
幼い女の子の背があった。
シクシクと泣いている。
頭を、押さえている?
――あっ――
私は、ヴァンズナーの胸の中から飛び出して女の子の正面に回る。
歳は、6歳か、7歳か・・・栗色の髪でその額が赤く腫れていた。
「ごめん! ごめんね!」
私は、女の子を自分の背に隠した。
「もうやめて・・・私は・・・もうどうなっても構いません。でも、仲間同士で傷つけあったりしないで・・・」
村人たちは、黙ったままでいた。
一人の若い女性が、村人たちの人垣から飛び出してくる。
この女の子の母親だろう。
私は、母親に女の子を引き渡すと謝罪した。
母親は、娘を受け取ると小さな手を引いて去って行く。
「待って、このお姉ちゃん何も悪いことしてないのに、何でいじめるの?」
女の子は、母親の手を振りほどいて私を指さして言うのだった。
何て嬉しい言葉だろう。
私は、救われた。
この子にだけは、許されたのだ。
私は、微笑して女の子に礼を述べる。
「ヴァンズナー、あなたももう良いわ。ありがとう・・・」
私は、最後に近衛銃士隊の隊長に一礼して村人たちの方へ向かった。
私には、もう城もない。
国もないし・・・妹にも捨てられたのだろう。
エリリカが無事だと良いけど・・・。
私・・・何か間違えたのかなぁ。
そんなことを、考えていた。
「私は、エルスカ王国近衛銃士隊隊長、ヴァンズナー・アルベイユである。アザリナ王妃殿下にあだなすならば、このオボロザクラの錆にしてくれよう」
ヴァンズナーが私の前に走り出て、カタナを抜いた。
騒めきが生じる。
先ほどの喧騒とはまた違う。
感嘆の声のようであった。
「あいわかった。治療を認める!」
ズーイが、大音響で叫んだ。
「このアザリナに手出しは無用!」
ズーイがそう宣言すると、村人たちは静かに去って行った。
集落の小さな小屋に案内され、私はそこで治療を受けることとなった。
アンリッサに服を脱ぐように言われた時は、正直驚き戸惑ったがこの人は女性だった。
「フン、綺麗な身体をしているじゃないか・・・あたしの若い時みたいだ」
アンリッサが言う。
それが冗談なのか、本当の話なのか判断に苦しんだ。
――イタッ――
アンリッサは、見たことの無い薬草を私の肩に塗り込んで布をあてがった。
「別にオッパイ隠さなくていいよ。それとも何かい? 王族のお嬢さんは庶民にオッパイ見せられないのかい?」
私が、はだけた乳房を片手で隠していると、そんなことを言われた。
「王族だからとかではなく・・・人前で肌を出すのが恥ずかしいのです」
私がそう答えると、アンリッサは鼻で笑った。
「あんたいくつだい?」
「17です・・・あ、もうじき18になります」
春になれば、私は18になる。
「そうかい・・・まぁ、恥ずかしい年頃か・・・」
治療が終わり、私は着ていた服に袖も通す。
「エリリカをご存じなのですか?」
この人が、エリリカを知っていることを不思議に思っていた。
エリリカは、幼い頃から私のそばにいた。
この村の育ちでもないだろうに・・・。
アンリッサは、片付けをしながら黙ったままでいた。
答えてはもらえないと、あきらめかけた時――
「エリリカは、あたしの娘だよ」
――えっ!? ――
えぇぇぇぇぇぇぇ!!
「だって、えっ! でも・・・」
大混乱である。
どういうことだ?
私が狼狽しているのを見て、アンリッサは笑った。
「あの子が、しっかり務めを果たしていたってことだね」
「務め?」
「あの子は、小さい頃からエルスカに忍ばせていたのさ、父親と一緒にね」
「えっ? 父親と?」
もう訳が分からない。
「おっと、あんたを生かすとなったなら、喋りすぎは良くないね」
アンリッサは、道具箱を抱えて出て行こうとする。
「待って! いったい、何が何だか――」
私がアンリッサを引き留めていると、外から扉がノックされる。
「良いよ。入りな」
ヴァンズナーであった。
「よう。俺も頼めるか? 頭が痛い」
ヴァンズナーは、額の髪をかき上げて腫れあがった瘤をアンリッサに見せた。
「ふん。裏切り者が・・・いい気味だ」
アンリッサは、ヴァンズナーの額の瘤を指ではじく。
――うがぁぁぁぁ――
ヴァンズナーは、うずくまって苦しんだ。
「ヴァンズナー、あなたは一体・・・」
この男も、いったい何者なのだろう?
「まぁ、教えといてやるか――」
アンリッサが戻ってきて、テーブルに道具箱を置く。
「さっき言ってたろう? エリリカの父親だよ」
――はぁぁぁぁ――
もう・・・何でもいいや・・・。
驚きを通り越して、どうでもよくなった。
「2人は、夫婦なのね?」
常識的に言えばそうなる。
「違います。こんなのと夫婦生活ができると思いますか?」
ヴァンズナーは、汚い者でも見るようなアンリッサを見る。
「あんた、手当てしてもらいたくて来たんじゃないのかい?」
アンリッサは、腕組みをしてヴァンズナーをにらんだ。
「頼むよ」
ヴァンズナーは、近くの椅子に腰かける。
「こいつも、昔は綺麗だったんですけどねぇ」
ヴァンズナーは、冷笑して言う。
「人のこと言えるかい! あんただって、昔はまだ見れたツラしてたよ」
アンリッサは、また鼻を鳴らした。
こうしていると、お似合いにも見えて来る。
なるほど・・・ヴァンズナーは、この村の出身―― エルジールの民なのだ。
城にいたのは、諜報のためか・・・ということは・・・。
「エリリカも、諜報を?」
私は、2人のやり取りを眺めながら訊ねた。
2人は答えない。
どちらかが答えるのを、待っているようにも見える。
「あんたや、王家の人間を暗殺するためさ」
おもむろにアンリッサが答えた。
「おい!」
ヴァンズナーが慌てて訂正する。
「アザリナ姫様――まぁ、最初はそうだったかもしれません。でも、私もエリリカも――」
ヴァンズナーは、どういえば良いか迷っていた。
「フン、裏切り者が・・・良い顔ばかりしやがって」
「俺には無理だったのさ。エリリカにだって、そんなことはさせられない。父親として」
「何が父親だよ、あたしに種植え付けただけじゃないか」
「品の無い言い方をするなよ。姫様の前で!」
二人のやり取りは面白かったが、中々真意にたどり着けないのがもどかしい。
ああ、エリリカ――
今、あなたのお父さんとお母さんと一緒にいるよ。
どうか、どうか無事でいて――




