逃走
49 逃走
私は、ヴァンズナーと並走する形で隊の先頭にいた。
馬を走らせながら、何度も後方を顧みる。
馬車がちゃんとついて来ているか、気になった。
宿場が、ずいぶんと遠くに見える。
街道の両脇に広がる広大な農地が、この状況では恨めしい。
早く森に入りたい。
何の保証もないのだが、森に入れば救われるような気がした。
私たちのずいぶん前方に、空馬が1頭走っている。
それは、ジープに私たちの窮状を知らせるための馬だ。
鞍に、手紙の入ったポーチを取り付けてある。
ちゃんとジープまで行ってくれれば良いのだが・・・。
「隊長! 右正横に粉塵!」
後方の兵士から報告が上がった。
見れば、西の大地に茶色い煙のようなものが上がっている。
「ヴァンズナー?」
私は、それが何を意味するのか分からず、隣を走る近衛銃士隊長に訊く。
「見つかったようです――」
ヴァンズナーは、歯を食いしばり痛みに耐えるような顔をする。
「隊長! 右隊尾に粉塵!」
別の兵士が、新しい報告をする。
私たちの右後方に粉塵が上がっていた。
「二手に分かれたか!」
それを見たヴァンズナーがうなだれる。
「隊長! 右正横に騎馬隊視認!」
粉塵の中から、馬を走らせる隊列が見えた。
まだ遠くで、はっきりとはわからないが、赤地の旗がひらめいている。
サルベルトの旗は、赤地に円状に並ぶ12本の剣だ。
しかし、まだ旗印までは見えない。
「隊長! 右の目標、方位のぼる、距離近づく!」
兵士たちが、次々と報告をあげる。
状況が、刻一行と変化していく。
「あれは、何処へ向かっている?」
私は、ヴァンズナーに声を張り上げ訊いた。
「我々の行く先に回り込もうとしているのです。先に森に入れれば良いのですが――」
ヴァンズナーは、言いながら後方を気に掛けた。
「駄目だ!」
ヴァンズナーは、舌打ちをした。
「荷馬車を捨てろ!」
ヴァンズナーは、後方の兵士らに指示する。
荷馬車に乗る兵士らが、荷馬車と馬をつなぐベルトを外した。
「右後方の目標、真隊尾!」
私たちの後方に、大きな粉塵が迫ってくる。
「むぅぅぅぅ」
ヴァンズナーが、馬上にて屈みこむように項垂れる。
「――旗を――」
意を決したように、ヴァンズナーは背筋を伸ばし部下の馬に手を伸ばした。
旗を持っていた兵士が、ヴァンズナーに手渡す。
青地に金の刺繍が施された我が国の旗を、ヴァンズナーは高々と掲げる。
「姫様、左の森に逃げます。ついて来てください」
私は、街道の左側を見る。
遠く正面に見える迷いの森よりも、左側の森の方が近い。
「フォルカー! 後の指揮はお前に任せる!」
ヴァンズナーは、私の後方にいる兵士に向かって命令する。
副隊長のフォルカー、ヴァンズナーよりまともな兵士だ。
「我が隊の威信にかけ、馬車をジープまで送り届けます」
爽やかな笑顔で、フォルカーは言う。
「・・・すまん」
ヴァンズナーは、険しい目つきでフォルカーの肩を叩く。
「旗を掲げよ!」
フォルカーは、旗を持つ兵に指示する。
その兵士は、旗を掲げながら隊の前方まで上ってきた。
2本の旗が並走する形となる。
「姫様! 行きます!」
ヴァンズナーは、旗を掲げたまま馬を左に旋回させた。
私もそれに追従するよう馬を回す。
ヴァンズナーと私の馬だけが、枯れた農地に逸れて行った。
「待て! どういうことだ?」
私は、他の兵士らや馬車がついてこないことに、不安を覚える。
「私たちが、囮になると言う事か?」
「・・・いえ、囮は向こうです」
ヴァンズナーは振り返らずに言った。
「な・・・」
私は、絶句した。
「馬車には・・・エリリカが・・・」
私は、振り返って馬車を見る。
馬車の窓が開いていて、アスハが顔を出していた。
何かを叫んでいるようだが、聞こえはしない。
私たちの真後ろにいたサルベルトらしき隊列が、二手に分かれた。
ヴァンズナーは、それを見ると、良しと、呟く。
後方の部隊から分離した隊列は、明らかに少数であった。
直角に街道を逸れた私とヴァンズナーは、敵に一番近い形となる。
既に、相手方の旗印も視認できていた。
それは、間違いなくサルベルトのものであった。
大多数の敵が、馬車を追っていったのである。
「ヴァンズナー! 何故だ! 何故?」
私は、ヴァンズナーの背に抗議する。
エリリカを救うのではなかったのか・・・。
「姫! 必要がなければ喋らないでください。姫の存在はギリギリまでバレないほうが良い」
ヴァンズナーは、一度だけ振り返って私を叱る。
――ホヒィィィィ ホヒィィィィ ホヒィィィィ――
背を向けるヴァンズナーから、笛の音が鳴り響いた。
聞いたことの無い笛であった。
音色も、吹き方も。
「ヴァンズナー?」
それは何か、と訊こうとしたが、それどころではない。
左後方に、サルベルトの隊列が迫っている。
「女だぁぁ、女がいるぞ――」
サルベルトの方から声が聞こえた。
ヴァンズナーが、驚いた顔をして私を振り返る。
「しまった! 髪の毛か!」
ヴァンズナーは、私を見ながら舌打ちをする。
今更仕方がないが、私の金色の長い髪が馬の作る風になびいている。
せめて、縛っておけばよかった。
「姫! 森に入ります。私とは2馬身空けてついて来てください」
何故2馬身? とは思うが、私は言われた通り2馬身空けてヴァンズナーに追従する。
森に入ると、すぐその理由を理解した。
森の中の、獣道のような道なき道を行く。
ヴァンズナーは、上手に右へ左へと馬を操った。
すぐ後ろを走っていたら、とても真似できない。
背後のサルベルト兵らも、森に入ったようだが、不慣れな道に少しずつ差が広がりつつある。
――ヒィィィホォォォ――
ヴァンズナーが、また笛を鳴らした。
敵にバレるのではないかと、訝しく思う。
まぁ、まだすぐ後ろにいるのだが・・・。
敵の挑発する声や、馬の足跡がずいぶん離れた。
少しだけ、心に余裕が生まれる。
そんな時だった。
私の乗馬技術が未熟だったためか、たまたまの不運だったのか・・・。
私の馬が、木の根に足を取られた。
私は、宙に投げ出され地面に叩きつけられる。
「姫!」
ヴァンズナーが、すぐに気づいて馬を降り駆け戻る。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、すま――アッ――」
ヴァンズナーに手を伸ばすと、左の肩に激痛が走った。
「いたぞ!」
すぐそばに、サルベルトの兵士が迫っていた。
「クソッ」
ヴァンズナーは、私を抱き起こしながら首にぶら下げた銀色の笛を口にくわえる。
――ピィィィィィィィ――
「アザリナだ!」
木の陰から、サルベルトの兵士が現れた。
私たちが動けないのを確認すると、笑いながら馬を降りる。
「シーバル様! アザリナです! アザリナがいます」
ニタニタと笑いながら、その兵士は後方の誰かを呼んだ。
「おおお――大当たりだ! 殺し損ねた女を追っていたら、大当たりを拾ったぞ」
丸い顔をした大柄な男が、サルベルトの甲冑姿で現れた。
「アザリナは好きにして良いと言われているからな。絶対に傷をつけるなよ!」
大柄な男は、目を見開いて私を見る。
「これは、美しい―― 俺が遊び飽きたらお前らにも回してやるからな」
大男は、ガハハと笑った。
笑うその口には、歯が数本しかなかった。
「姫様、このまま南東に進んでください・・・」
ヴァンズナーは、言いながら立ち上がると剣を抜いた。
「ヴァンズナー ウゥ」
私も立ち上がろうとするも、肩に激痛が走る。
折れたか――
「フン、その身なりは、近衛銃士か? ん? 隊長かな?」
大柄な男も、腰の剣を抜いた。
それを見て、ヴァンズナーが気色ばむ。
「お前か! サジアとフカンをやったのは!」
大男の抜いた剣は、変わった形をしていた。
片刃の剣で、刀身は緩やかに弧を描いている。
「ほほう。これを見ただけでわかるかね。なかなかの人物と見た。名を名乗られよ」
大男は、笑うのをやめてヴァンズナーに問うた。
「さぁて・・・どう名乗ろうかね・・・」
ヴァンズナーは、不敵に笑う。
――ピピピ――
鳥の鳴き声?
この騒ぎで、鳥などとうに飛び立ってしまったはずだが、割と近くから聞こえた。
「フフフ、お前たち――大当たりを引いたな」
ヴァンズナーは、剣を鞘に納めると、笛を口にくわえる。
――ピィィィィィィィィ――
ひときわ大きく、ヴァンズナーは笛を吹きならした。
その時だった。
森の奥から、地鳴りのような振動がしたかと思うと――
大勢の何者かが、茂みから飛び出してきて、サルベルトの兵士らに襲い掛かる。
獣の群れのように見えたが、それは人間だった。
手には、手斧や星のついた棍棒といった武器を持っている。
サルベルとの兵士らは、傾斜の上から襲い掛かられ、一撃で倒されていった。
一瞬の出来事で、何が起きたのか理解できないでいる。
「ようヴァンズナー、何か用かい?」
私たちの前に、大きな男が現れた。
クマの毛皮を羽織っていて、肩に大きな鉄の棍棒を担いでいる。
でも、声はしわがれているが、女性のようにも聞こえた。
「アンリッサ・・・狩りの途中か? すまないな、寄り道させて・・・」
ヴァンズナーは、私を近くの木の幹を背もたれに座らせると立ち上がった。
「あんた、その娘はもしかして?」
アンリッサと呼ばれたその人物が、私を獲物でも見るような眼で睨む。
「そんなことより、これを見てくれ・・・」
ヴァンズナーは、サルベルトの大男が持っていたカタナを拾い上げる。
「お・・・ぉぉぉおおおぉお」
アンリッサは、雄叫びのような歓声を上げた。
「オボロザクラだ・・・これで2本そろったぞ・・・」
「いよいよエルスカ落としだな・・・」
アンリッサは、クククッと笑いをこらえている。
「この雑魚が持っていたのかい?」
アンリッサは、地べたに転がるサルベルトの大男を足で蹴飛ばす。
「雑魚でもないのだろうさ・・・一応、貴族のようだ・・・」
ヴァンズナーは、大男の羽織っていたマントの刺繍を検める。
「アンリッサ・・・寄り道ついでに、エリリカも救ってほしい。迷いの森にいるはずだ」
ヴァンズナーがそう言うと、アンリッサの態度が豹変する。
「あの子に何があった! 無事なんだろうね!?」
アンリッサは、ぞろぞろと集まってきたアンリッサと同じような身なりの男たちに、迷いの森へ行くよう指示を出す。
「重症だ・・・それと――」
ヴァンズナーが何かを言いかけたが、アンリッサが言わせなかった。
ヴァンズナーを殴り飛ばしたからだ。
「どういうことだ! あの子が死ぬようなことがあったら、お前――」
アンリッサは、皆まで言わず歯ぎしりをする。
「アンリッサ・・・もうエルスカはない。サルベルトに取られた」
ヴァンズナーは、頬をさすりながら立ち上がる。
アンリッサは、棍棒を握りしめながら震えている。
「何て日だ・・・最悪だ・・・」




