↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/64

望みを失う

48 望みを失う




 激しく体をゆすられ、強制的に眠りを解除される。


「アザリナ姫様! 起きてください!」


 女の声?

 目を開けようとすると、光が強い。

 体中に、チクチクと不快感が押し寄せる。

 そして、寒い。


「何だこれは・・・」


 私は、全身の不快感で目を覚ました。

 顔に何かついている。

 私は、顔についている何かを手で払いながら、私を起こした人物に目をやった。


「キャリアン・・・」


 まだ朧気にしか見えないが、その輪郭はつい先日会ったばかりの宿の娘だ。


「すまないな・・・深夜に着いたのだ」


 私は、起き上がると全身に着いた干し草を払った。

 こんなところで眠るのは初めてだ。

 アスハは、干し草の中に倒れこんだまま寝息を立てている。


「姫様、大変なんです! すぐに来てください」


 キャリアンは、私の手を引いて外に連れ出そうとする。


「何だ?」


 厩舎の中には、近衛兵らがあちこちに転がって眠っていた。

 兵士らを横目に、私は手を引かれるまま厩舎を出た。

 昨晩閉ざされていた宿の扉は開け放たれており、空は青かった。

 私は、キャリアンに手を引かれ宿の2階へと階段を上(のぼ)る。

 寝起きに階段を駆け上(あが)るのは、つらい。


「ヴァンズナー様! 姫様をお連れしました」


 扉を開け放れた部屋に入る。

 そこには、すでにヴァンズナーがいて、ベッドの傍らに跪いていた。


「姫様!」


 ヴァンズナーが、険しい顔をして私を見ている。

 ベッドに誰かいるな。

 私は、ゆっくりとヴァンズナーの元まで歩いた。


 そして、ベッドで横たわる人物を眺めた。

 全裸の女だ。

 全裸と言っても、全身を包帯で巻かれている。


 包帯のあちこちが、血で赤く染まり痛々しい。

 顔も、半分ほどが包帯で隠れている。

 髪色に見覚えがあった。

 いや、よく知っている。


――エリリカ――


 私は、叫びながらエリリカに抱きついた。


「姫様!」


 ヴァンズナーが、エリリカから私を引き離す。


「重症です! 離れてください」


 エリリカは、苦悶の表情を浮かべていた。


「す、すまん・・・」


 私は、呆然とエリリカを見下ろす。

 訳が分からない・・・。

 どうして・・・。


「何が起きたのだ?」


 私は、ヴァンズナーを振り返って訊く。

 ヴァンズナーは、小さく首を振りキャリアンに目を向けた。





「昨日の夜、血だらけで――」


 キャリアンの説明によると、エリリカは昨日の夜、早い時間に全身に傷を負った姿で現れたそうだ。

 宿の主オルカンと妻ナナリは、ただ事ではないと急遽宿を閉めてエリリカの治療に当たる。

 エリリカの傷は、剣で切られたもので、傷の縫合と止血はしたものの、助かるかどうかはわからないと言う。

 説明を聞きながら、私は怒りに震えた。


「サジアとフカンを殺したやつか?」


 私は、隣でエリリカの手を握るヴァンズナーに訊いた。


「・・・違います。これは・・・短刀か・・・傷が浅い・・・」


 独り言のように、ヴァンズナーはエリリカを見ながら答える。


「姫様、それから―― お城の方がおかしいのです」


 キャリアンが、不安そうに言った。


「おかしい?」


「いつもなら、お城から来る商人や農夫がいるのに、一昨日から誰も来ないのです」


「仕入れが滞って、そろそろ私が王都に買い出しに行かねばと思っていたのです」


 外の通路から、主のオルカンが言った。


「城で―― 王都で何かあったのか!?」


 私は、誰ともなく訊く。

 皆押し黙ってしまった。

 その無言は、是(ぜ)ということだ。


「ヴァンズナー、馬と馬車を取りにいかせろ。エリリカを王都で治療しなければ――」


 私は、感情むき出しで声が大きくなった。

 冷静ではない。

 それは、自分でもわかった。

 ヴァンズナーは、部屋の窓を開け、下にいる兵士の誰かに馬と馬車を取りに行くよう命じた。


「ですが・・・姫様・・・王都に戻るのは、やめたほうが良い・・・」


 ベッド脇に戻って来たヴァンズナーは、再びエリリカの手を取りつつ私に言う。


「何故だ? エリリカをこんなにしたやつを、許せるものか! それに、王都ならちゃんと治療ができる」


――んっ――


 エリリカに反応があった。


「エリリカ! しっかりしろ!」


 ヴァンズナーが、エリリカの手を握りしめ声をかける。

 私も、エリリカのそばに駆け寄った。

 エリリカの目が、細く開いた。


「・・・ひめ・・・さま・・・」


 エリリカが、私を見て呟く。


「そうだ、ここに居るぞ」


 私は、エリリカの右手を取って胸に抱いた。

 エリリカは、もう片方の手を握るヴァンズナーに目をやる。


「お・・・お父様?・・・」

 エリリカは、虚ろな目でヴァンズナーを見て言う。

 父親と勘違いするなんて・・・。


「しっかりしろ! 何があった?」


 ヴァンズナーは、エリリカの顔に耳を近づける。


「お・・・王都は・・・せ・・・占拠・・・されました」


 私は、それを聞いてエリリカの手を放しその場に立ち上がった。

 なんだと・・・。


「誰だ! 敵は誰だ!?」


 ヴァンズナーは、大きな声でエリリカに訊く。

 エリリカの口が小さく動いたが、言葉は聞き取れなかった。


「エリリカ!」


 力なく目を閉じるエリリカに、慌てて私はエリリカの手を取る。


「大丈夫です。眠りました・・・」


 ヴァンズナーは、エリリカの手をベッドの上に置き、静かに立ち上がった。


「・・・姫様・・・よろしいですか?」


 ヴァンズナーは、視線を泳がせながら言う。

 私は頷いて、エリリカの手をベッドに置き立ち上がった。 





 宿の1階のロビーにて、ヴァンズナーは立ち止まって私に正対する。


「姫様、お心を確かにお聞きください・・・」


 ヴァンズナーは、そんな前置きをする。

 私は、固唾をのんでヴァンズナーの続きを待った。


「エルスカ王国は、奪われました」


 それは、先ほどエリリカの口から聞いた。

 しかし、改めて近衛銃士隊長の口から聞かされると、それが真実味を帯びて私を驚愕させる。


「なっ・・・」


 何故とか、何で、誰が、聞きたいことだらけだし、判らないことだらけだ。

 そして、そんなことが起こるはずがないと、否定する気持ちが大きく作用する。


「敵は・・・サルベルトです」


 ヴァンズナーは、険しい顔をして言った。


「何だと! サルベルトが何故?」


 そこまで言って、私は城に残してきた者に思いが至る。


「あ! リリノは! リリノは大丈夫なの!」


 私は、急にリリノの安否が不安になり、エリリカに訊こうと2階への階段へ足を向けた。


「お待ちください!」


 ヴァンズナーは、私の手を捕まえた。


「リリノ様は、無事です」


「何故、そう言い切れる!」


 私は、掴まれた手を振りほどこうとしながら訊く。

 ヴァンズナーは、黙った。

 言いにくいことを言おうとしているのか、何かを考えているのか。


「・・・たぶん・・・リリノ様は、敵です」


 頭を、何かで殴られたような衝撃だった。


「な、何を言うか・・・リリノが、そんなわけない・・・」


 私は、眩暈を起こしふらついた。


「姫様!」


 ヴァンズナーに、抱きかかえられる。

 とても立っていられなかった。


「え、エリリカはリリノに・・・」


 エリリカを傷つけたのが、リリノだと言うの?


「エリリカは、サンハにやられました」


 ヴァンズナーは、断言する。

 何故断言できるのか、私にはわからない。

 でも、ヴァンズナーは確信を持った目で言っている。


「エルスカには帰れません。ジープに戻りましょう」


 私は、ヴァンズナーの腕の中で黙って訊いた。

 頷くことも、頭(かぶり)を振ることもできない。

 何の感情も感じなかったが、涙がとめどなく流れた。





 私は、アスハに抱きかかえられて宿の前の道に立っている。

 馬車が到着した。


「アスハ様、馬には乗れますか?」


 兵士の一人が、馬を引き連れてアスハに訊く。


「乗れなくもないですが、私は馬車の中でエリリカさんの治療をしたいです」


 アスハはそう言って、私の顔を覗き込んだ。


「アザリナ姫様・・・馬に乗って」


 アスハは、私にそう言うのだ。

 横たわるエリリカを乗せても、私が乗れないことはない。

 でも、何か理由があるのかもしれない。


 治療の邪魔か・・・。

 仕方なく、私は小さくうなずく。

 乗れるだろうか・・・。

 身体に力が、全く入らない。


「おい、丁寧に急げ!」


 宿の2階から、ヴァンズナーが兵士らを指揮する声が聞こえる。

 エリリカを運ばせているのだ。


「アザリナ姫様!」


 キャリアンが、不意に私の手を握ってきた。

 キャリアンを見れば、短いスカート姿ではなく、ズボンをはいて背に弓をぶら下げた狩りのいでたちだ。

 その背後に、オルカンとナナリの姿もある。


「私たちは、しばらく身を隠します。ヴァンズナー様が、そうするようにって――」


 キャリアンは、私を抱きしめた。


「どうかご無事で・・・」


 耳元で、キャリアンが囁く。

 宿の出入り口から、簡易な担架に乗せられたエリリカが現れた。

 4人の兵士らが、慎重に運んでいく。

 エリリカの顔に、生気はない。


――ひーふーみーーー よーいーむーなーやーーー こーとーもーちーろーらーねーーー


 アスハが、エリリカに不思議な韻の呪文を唱え始めた。


「アザリナ姫様、急いでください」


 エリリカの後から現れたヴァンズナーが私を急かした。


「狙われているかもしれません。急がないと」


 ヴァンズナーが、私の肩を掴んで言う。


「お前たちも急げ!」


 ヴァンズナーは、キャリアンたちを急かす。

 急げ急げと言うが、私の頭はどんよりしていて急げない。


「姫様!」


 ヴァンズナーが突然私の前に現れて、力強く両肩を掴んできた。


「余計なことを申し上げました。今は、生き延びることだけを!」


 ヴァンズナーが、激しく私の肩を揺さぶる。

 私は、ヴァンズナーの手を借りて馬に乗った。

 振り返ると、エリリカを乗せた馬車の扉が閉められるところであった。

 馬車の中から、祝詞をあげるアスハの声が聞こえる。


――生き延びる――


 いや、エリリカを救わなくては――


「ヴァンズナー! エリリカを救うぞ!」


 私は、手綱を引いて叫んだ。

 余計なことを考えてはだめだ!

 今は、大事な人を救う。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。