亡国エルジール
47 亡国エルジール
今から300年ほど前までは、この土地はエルジールという国が治めていた。
我が国エルスカは、エルジールを制した、エルジールを倒したという意味が短縮されたものである。
我が国の歴史なので、自国に都合よく語られている部分もあるのだが、悪逆非道の限りを尽くしたエルジールという国を、エルスカの初代王となるクース・アレイアスが各国の勇者を集い倒したと伝わっていた。
「カタナと言う武器は、エルジールを当時最強国家と言わしめた最強の武器だったのです」
ヴァンズナーは、窓の外に目を向ける。
外は、闇夜で何も見えはしない。
「たった2本のカタナでしたが、敵の武器や防具を紙のように切り進む様は、敵にしたら恐ろしかったでしょう」
「クース・アレイアスは、よくそんな国を倒せたものです」
私は、感心したように頷いて見せる。
「運が良かったのでしょう・・・」
冷ややかな目をして、ヴァンズナーは私を見る。
「今は、誰が持っているのです?」
アスハが、身を乗り出して正面に座るヴァンズナーに訊く。
「さぁ、それが分かれば犯人の目星もつくというもの」
ヴァンズナーは、窓の外を眺めながら、落ち着かなそうにしている。
「我が国には、そんな武器の話はないし、見たこともない」
我が国にも、武器庫には建国時の武器なども保管されているが、そのような剣は知らない。
持っているのなら、使わない手はないのだから、存在を知らないと言うことは、無いと言うことだ。
「あの戦争の後、2本のカタナのうち、1本は所在不明となりました」
「まて、どちらも所在不明だろう?」
私は、素朴な疑問をぶつけた。
ヴァンズナーの言いようだと、もう1本の所在はわかっているような口ぶりだ。
私の問いに、ヴァンズナーは口を堅く結んで唸った。
「・・・アスハ様は、たぶんご存じなのでしょうから言いますが・・・」
ヴァンズナーは、私の方をちらちら見ながら言いにくそうにしている。
「何よ! 言いなさいよ」
何故か、私が邪魔みたいな扱いだ。
「このカタナは、オボロザクラとハクミョウザクラと言います」
ヴァンズナーは、歯に物が詰まったような言いぐさで言う。
すると、突然アスハが前に乗り出してヴァンズナーの手を掴む。
「やはり! ここにあったのですね」
「・・・そういうことですか・・・あなた様は、この二振りを探していたのですな?」
今度は、ヴァンズナーがアスハに問う。
「あのカタナは、この世界に有ってはいけないものなのです」
アスハは、ヴァンズナーの手を放して椅子に座りなおした。
「あの戦争で失われた1本が、出てきた――」
ヴァンズナーも、椅子の背に身を預けて軽く伸びをする。
「1本は、行方不明―― では、もう1本はどこにあるの?」
私は、足と腕を組みヴァンズナーに問う。
ヴァンズナーは、私を見ない。
真っすぐに、アスハを見つめていた。
アスハも、それを聞きたそうな顔をしている。
「亡国の王が、所有しています――」
ヴァンズナーは、窓の外を眺めながら囁いた。
ヴァンズナーのその一言は、衝撃的だった。
滅びたはずのエルジールが、存在している――
そして、何故この男がそれを知っているのだ!
「何故、お前がそれを知っているのだ?」
私は、ヴァンズナーを睨みつけて問う。
「これは・・・機密事項なのです。姫様も載冠の儀が終われば知らされたのでしょう」
王と極一部の者しか、知り得ぬことか・・・。
私は、王ではない・・・あくまで王の代理・・・しかし・・・。
「何故お前が知っている?」
私は、もう一度訊く。
近衛銃士隊の隊長ごときが、知っているのはおかしいだろう?
「まぁ、それは追々お話するとして――」
ヴァンズナーは、ごまかそうとした。
「言えと言っている!」
私だって引けない。
「話すと、また複雑で深みにはまりますぞ」
なだめる様な口ぶりで、ヴァンズナーはさらにごまかす。
「今回使われたカタナは、どちらですか?」
アスハが、割り込んできた。
それ、重要かなぁ?
「オボロザクラです」
「あっ、もしかしたら、敵が2本持っているかも?」
思いついて口にしたが、それはすぐに否定された。
「もう1本の所在は明らかです。それはありません」
幼子をなだめる様な口ぶりで、ヴァンズナーは私に言う。
馬鹿にされているようで癪だが、私が訊きたいことはこんな事じゃない。
「敵は・・・エルジールなのか?」
「違います!」
私がそう訊くと、ヴァンズナーは即答した。
「じゃぁ、誰よ?」
否定ばかりされて、私は不機嫌になる。
「まだわかりませんし、本当にカタナなのだろうか・・・」
少し考える素振りをして、ヴァンズナーはアスハに目を向ける。
「この世界の武器で、あの切れ味は―― カタナで間違いないと思います」
アスハは答えた。
「さっきも言いましたが、アレはこの世界に有ってはいけないものです。私は、アレを回収するためにここに居るのです」
アスハは、膝を揃えて姿勢を正し、穏やかにそう告げる。
異世界では女神であると言うこの巫女の、本来の目的が判明した。
遺体の検分に時間を取ったため、行程はだいぶ後れを取った。
もう夜になって久しい。
馬足も遅い。
警戒のために、そうしているのだろう。
まだ宿には着かないのだろうか・・・。
馬車の中は静かだ。
隣に座るアスハは、私に寄りかかって寝息を立てている。
向かいのヴァンズナーは、窓の外を眺めながら考え込んでいるようだ。
馬車の速度が遅くなる。
そして、止まった。
「隊長! 馬がもう無理です!」
馬車の扉の前に兵士がやってきて、外からそう告げた。
深いため息をついてから、ヴァンズナーは馬車を降りた。
「姫様、少し馬を休ませます」
すぐに戻って来たヴァンズナーは、馬車の外からそう言った。
「・・・わかった。警戒は厳となせ」
ヴァンズナーは、了解してまたどこかへと走って行く。
夜明け前から走らせていたのだ、馬も限界のはずだ。
宿までは、もうすぐのはずなのだが・・・。
私に寄りかかるアスハを、そっと椅子に寝かせ、私も馬車の外に出る。
ほとんどの馬が、地べたに座り込んでいた。
「すまないな。無理をさせている」
私は、馬車を引く馬たちの顔を撫でながら労をねぎらう。
「姫様! 馬車に乗っていてください」
前の方から、私を見つけたヴァンズナーが駆け寄って来た。
「ヴァンズナー、少し休んだら荷を置いて皆で歩こう」
私は、そう提案した。
いや、提案するまでもない。
もうそれしかないのだ。
「・・・申し訳ありませんが、そうしていただけますか・・・姫様とアスハ様を取り囲んで危険の無いようにします」
ヴァンズナーはそう言うが、安心などできるはずがない。
敵は、最強と謡われるカタナという武器を所有しているかもしれないのだ。
まぁ、それを知っているのと、知らないでいるのとでは雲泥の差がある。
私たちは、荷と馬を置いて歩き出した。
眠気眼のアスハは、私が掴んでないと倒れてしまいそうだ。
「アスハ、もう少しだからしっかりして」
私は、アスハの肩をゆすって声をかけ続けた。
遠くに、宿の明かりが見えてきた。
ほら、もうすぐそこだ。
これくらいだったら、何とか馬も頑張れたのではないか?
皆疲弊している。私もだ・・・。
判断を誤ったか・・・。
宿場にたどり着く。
もう深夜だろうか?
辺りは静まり返っていて、道と入り口を照らすランプの他、明かりは消されていた。
もう皆寝てしまったのであろう。
やっとたどり着いたのに・・・。
私は、深いため息をついた。
「主を起こしてきます」
ヴァンズナーは、閉ざされている宿の入口の戸を叩こうとする。
「まて・・・」
私は、宿の壁を背もたれに、アスハを座らせる。
少し考える。
宿の主らを起こせば、騒がしくなるだろう。
明かりも灯されるだろうし――
「どこか休める場所はないか?」
私は、ヴァンズナーに訊ねた。
ヴァンズナーも、私の懸念を理解したらしく宿の扉から離れた。
「厩舎ぐらいでしょうか?」
ヴァンズナーは、辺りを見渡しながら呟く。
私たちは、宿に隣接する厩舎に向かった。
うわっ、クサぁぁ。
厩舎には、2頭の馬がいた。
宿で保有している馬であろう。
他の馬房に馬はない。
客はいないのか?
馬は起きていた。
私たちの気配で、目を覚ましたのかもしれない。
私たちが厩舎に入ると、2頭の馬は訝し気に私たちに目を向ける。
嘶かれたら、元も子もない。
「私が馬にエサをやりますので、姫様はアスハ様と奥に――」
ヴァンズナーは、厩舎の奥を指し示した。
干し草の束が、山になっている。
あそこで寝ろと言うのか・・・。
私は、宿の入り口に戻り、すでに寝息を立てているアスハを迎えに行った。
この巫女は、何処ででも寝る。
すごい精神の持ち主だ。
「アスハ、もうちょっとだから――」
私は、アスハ無理やり立たせ、引きずるようにして厩舎へ戻る。
近衛兵らが、隊長の指示で馬にエサをやったり顔を撫でたりしていた。
私は、彼らの脇を通り干し草の上に倒れこむ。
私も、アスハもそのまま動けなくなった。
疲れた――
干し草が全身にチクチクと刺さって不快だが、その干し草に吸い込まれるかのように眠りに落ちていく。




