危機への進行
46 危機への進行
日が昇っても、森の中は薄暗く、まるで悪魔の体内にいるかのようだった。
いや、これは私の気分の問題かもしれない。
往路は、初めての外遊と言うことで、不安はあったが浮かれもしていた。
馬車の窓を誰かが叩いた。
見れば、ヴァンズナーが車内を覗き込んでいる。
「どうした?」
私は、すぐさま窓を開け訊く。
「いえ、特異な点はありません。少し馬足を速めますが、よろしいですか?」
私は、窓から首を出して周囲に注意を払った。
鳥の鳴き声と、馬の足音がするだけだ。
「わかった。良いだろう」
私は、了承すると窓を閉める。
徐々に、馬車の振動が大きくなっていった。
殺されたフカンとサジアは、どこで襲われたのだろう?
馬が、ジープの森を彷徨っていたと言うことは、湿地かこの森ではないだろうか?
馬の尻を叩いて馬を逃がしている。
この森の外で襲われたのなら、この森に逃げ込むだろろうし――
森の外の景色を思い浮かべていると、宿場のキャリアンを思い出した。
「キャリアンは、大丈夫かな?」
私は独り言ちる。
「スカートの中に、短刀を忍ばせているような子ですから大丈夫ですよ」
隣に座るアスハが、私の独り言に答える。
「今日、宿まで行けるかしら?」
不謹慎だが・・・私は温泉に浸かれるのではと期待した。
「さぁ~、ヴァンズナーさんがどう考えているか・・・」
アスハは、向かいで座って眠る兵士の毛布を直す。
いつの間にか、静かになっていた。
馬車の振動がない。
私は、いつのまにか眠ってしまっていた。
アスハと2人、お互いに寄りかかって・・・。
馬車のドアがノックされる。
「姫様、休憩を取ります」
向かいの兵士がドアを開けると、ヴァンズナーが外から手を伸ばしてきた。
私は、その手を取って馬車を降りる。
そこは、少し明るかった。
今は、昼過ぎだろうか?
森の中の、少し開けた場所だ。
私たちは、馬車2台を壁にして周囲を警戒しながら食事をとる。
硬いパンに、しょっぱいハムを乗せただけの簡単な食事だ。
馬たちにも水をやり、干し草を食べさせた。
「ヴァンズナー、2人が襲われたのはこの森ではないか?」
私は、馬車に寄りかかりながらパンをかじっているヴァンズナーに訊ねた。
「どうでしょうねぇ」
「宿のキャリアンたちは、大丈夫だろうか?」
「大丈夫でしょう」
ヴァンズナーのそっけない態度に、私はイラっとした。
「理由を言え!」
私がイラついていることに、ヴァンズナーも気づいたようだ。
「失礼しました。あいつらが襲われた場所は、この森かもしれませんし、その先かもしれません。ただ、ここまででその痕跡はありませんでしたから、ここより先となります」
私は、腕組みをしてヴァンズナーに説明を続けさせる。
「宿は―― 何となく・・・」
申し訳なさそうな顔をして、ヴァンズナーは説明を終えた。
「今日、宿まで行けるか?」
私は、腕組みを解いて訊ねた。
「夜になりますが、行くつもりです」
「宿で襲われることはないか?」
「いえ、宿で襲撃を受ける可能性は十分にありますが、野宿よりはましです」
「あの親子には、迷惑をかけるな・・・」
「案外、野盗とつるんでいるかもしれませんがね」
こいつは―― 何故、私をイラつかせることばかり言うのか――
私は、ヴァンズナーを渾身の目力で睨みつける。
「姫様・・・何事にも用心しなければ・・・」
ヴァンズナーは、私の視線から逃れるようにその場から離れた。
休憩を終えると、再び馬車に揺られる。
馬車に乗っていた兵士2人は、馬に乗り換えていた。
私は、窮屈だが安心できると、兵士の同乗を望んだのだが、兵の数は少しでも多く見せたいと近衛銃士隊の隊長に却下された。
馬足は、ずいぶんとゆっくりになった。
理由を聞きたかったが、もうヴァンズナーに任せることにする。
アイツの言い訳を聞くのに、うんざりしていた。
ずいぶんと時間がたち、窓の外の景色は闇に変わった。
まだ森の中を進んでいる。
外を見れば、ランタンの火が揺れているのが見えるだけだ。
フクロウが鳴いている。
もう夜なのだと、知った。
夜の森は、嫌いだ。
馬足を速めていれば、日が沈む前に森を抜けられただろうに――
ヴァンズナーの判断を、恨めしく思ってしまうが・・・仕方がない。
しばらくすると、馬の足音が変わった。
窓の外を見ると、闇しか見えないが、空間の広がりを感じる。
森を出たようだ。
空に星を探してみる。
星は、見えない。
曇天か・・・。
揺れるランタンの明かりが、近づいてきた。
「姫様、森を抜けました」
ヴァンズナーが報告に来たのだ。
そんなことは知っている―― と言いたかったが、黙ってうなずいた。
少し冷えるな。
私は、薄着の肩を抱いて震えた。
森を抜けたら、冬だった。
「姫様、入ってください」
アスハが、自分の打ち掛けの半分を私の肩にかけてくれた。
私は、アスハの温もりに身を寄せる。
馬のいななきがして、進行が止まった。
前の方で、ざわめきがあって、怒号が聞こえる。
何となく、私は何が起きたのかを感じ取った。
アスハが掛けてくれた打ち掛けから抜け出て、馬車を降りる。
外に出ると、一層の寒さに身がすくむ。
前の方で、私を呼ぶ声がした。
見ると、ヴァンズナーが馬を降りてランタンを掲げている。
私の後から馬車を降りたアスハが、誰かに私のコートを用意するよう依頼する。
私は、私を呼ぶヴァンズナーの方へ、ゆっくりと歩き始め―― 駆け出した。
「姫様! 居ました!」
私が走り来るのを確認すると、ヴァンズナーも前に向かって走り出す。
そして、すぐに止まった。
ヴァンズナーが足元を照らしていて、遠くからでもそれが何であるかわかった。
私は、ヴァンズナーのもとにたどり着くと、大きく息を吸って吐き出した。
そこには、目を見開いて何かを叫ぶよう大きく口を開き、絶命したサジアの遺体が横たわっていた。
「姫様、これを――」
背後から、アスハがコートを掛けてくれた。
私は、コートの襟を寄せて自分の胸を抱きしめる。
街道の両側に分かれて、サジアとフカンの遺体は見つかった。
サジアは、肩から腹にかけて袈裟に切られていた。
鎖骨や肋骨も切断され、ヴァンズナーは大剣ではないかと言っている。
フカンは、首から上がなかった。
兵士らが付近を探して、頭部は発見される。
「どちらも、一刀でやられてますな・・・」
ヴァンズナーは、屈みこんでフカンの首の切断面を検分している。
「フカンも、大剣か?」
私は、直視するのを避けて横目で訊いた。
「ええ、そうでしょうね。切り口がきれいだ―― いや・・・きれいすぎるな」
ヴァンズナーは、遺体を見ながら唸った。
大剣と言う武器は、我が国ではあまり見られない。
我がエルスカ王国で、採用している武器ではないのだ。
我が国の兵士らが帯刀する武器は、長剣か細剣であり、供えている長物は槍と大斧だ。
大剣も無いわけではないが、少数だし使われることはほとんどない。
「日本刀ではないでしょうか?」
私の背後にいたアスハが、遺体をちょっとだけ見て呟いた。
「日本刀?」
私には、聞き馴染みのない単語である。
「何ですかそれは?」
私は、振り返って訊ねた。
「皆さんの持ってらっしゃる剣と同じくらいの長さですが、こう、少し曲がっていて切れ味が鋭いのです」
アスハは、身振りを交えて説明する。
「カタナか!」
ヴァンズナーが立ち上がって、驚いたように言う。
ヴァンズナーは、知っているようだ。
「知っているのか?」
私は、ヴァンズナーが知っていることに驚いた。
「岩をも切り裂くと言う曲刀です。」
ヴァンズナーは、アスハに近づいた。
「遺体を見ていただけますか?」
ヴァンズナーは、アスハの手を掴んで遺体のそばに連れて行こうとする。
「いや、いや、嫌です~」
アスハは、身をよじって拒絶する。
「教えてくれ! これがカタナの傷なのか!」
ヴァンズナーは、強い口調でアスハに言う。
「見たってわかりませんよ~」
アスハは、腰を引いて拒否した。
「やめろ!」
私は、ヴァンズナーを制した。
ヴァンズナーは、アスハを睨みつけてはいたが、手は離した。
「アスハに、怖い思いはさせないでくれ」
アスハは、私の背に隠れる。
「申し訳ありません・・・」
ヴァンズナーは、頭を垂れた。
「すまなかった。アスハ」
私は、背後のアスハの肩を抱いて謝罪する。
「ヴァンズナー、遺体の検分はもう良いだろう? 埋葬してあげよう」
私は、再び遺体に屈みこむヴァンズナーに提案した。
「ええ、ですが・・・埋葬は明日にしましょう。ここに居てはいけない」
「先ほどは失礼しました」
そう言って、ヴァンズナーは目の前に座るアスハに深々と頭を下げた。
「いえ・・・凄惨なご遺体は・・・ちょっと・・・」
アスハは、伏し目がちに答える。
私たちは、馬車に乗り込み宿場を目指していた。
この馬車に、近衛銃士隊長のヴァンズナーもアスハに訊きたいことがあると、乗り込んでいるのである。
警護指揮よりも重要なことなのかと、私は訝しく思うのだが・・・。
「アスハ様、あなた様はカタナをご存じですね?」
ヴァンズナーは、手を組んでアスハに訊く。
その姿は、まるで尋問するかのようだ。
「ええ、私の住んでいた世界―― 国の伝統的な武器ですから」
「姫様、これから話すことは、忘れていただくか、口外しないようお願いいたします」
真剣な眼差しで、ヴァンズナーが言う。
王族の私に、忘れろとか、口外するなとか、何を言っているのだコイツは?
ヴァンズナーは、カタナについて語り始めた。
最初は俯いていたアスハであったが、次第に顔をあげ驚きと興味を持ってヴァンズナーの話に聞き入るのだ。
もちろん、私もその話には驚きを隠せない。
それは、エルスカがこの土地を治める前に、ここを統治していた国の話である。
その国の名は、エルジール――




