姿なき敵
45 姿なき敵
昨日、近衛兵を2名、エルスカ王国の王都に向け伝令として走らせた。
獣人連合軍が、サルベルトと戦闘になっている件と、私たちがジープにしばらく滞在することを知らせるためであった。
その伝令の馬が、人を乗せていない状態で帰って来たのである。
「こちらに向かっていたフーレン・パイが、森の中で彷徨っていた馬を見つけ、連れてきてくれたのです」
ヴァンズナーが、部屋の外にいたフーレン・パイを手招きして呼ぶ。
呼ばれて顔を見せたフーレン・パイは、白い割烹着のような作業服姿であったが、その右半分、右肩から脇腹にかけて真っ赤に汚れていた。
「フーレン! 怪我を!」
私は、席を飛び出してフーレン・パイのもとに駆けよった。
「ちがうよ。お馬さんについてたよ」
フーレン・パイが無傷で安堵するも、彼女の服についていた血は相当な量の出血を物語っている。
「これは・・・」
私は、ヴァンズナーを振り返って訊ねた。
「何者かに・・・襲われたのでしょう」
険しい顔で、ヴァンズナーは言う。
「すぐに、捜索隊を――」
私は、兵士らの身を案じた。
「無駄です。この出血では・・・」
小さな声で、ヴァンズナーは言う。
もう死んでいると?
「誰が、一体――」
私の中で、沸々と怒りがこみあげて来る。
「伝令は、誰と誰か?」
私は、拳を握りしめ訊いた。
「フカンとサジアです」
近衛兵の2名の名をあげ、ヴァンズナーは悔しそうに俯く。
若い兵士だ。
まだ初陣も経験していない、私よりも若い兵士だ。
私は、怒りに耐えきれず床を蹴りつけた。
そこに、何者かが近づいてきた。
カイカラス特務隊長だった。
こいつか!?
私は、激しい憎悪の目でカイカラスを睨みつける。
カイカラスは、じっと私の目を見据えて語る。
それを、隣のフーレン・パイが通訳した。
「私たちではない。それは断言する。一緒に、馬を見て――」
フーレン・パイは、途中でどう訳すべきか思案しているようだった。
「大丈夫よ、フーレン。馬を見に行こう」
私は、フーレン・パイの手を取って部屋を出た。
「こちよ」
フーレン・パイは、私を馬の居るところまで案内しようと駆け出した。
私は、小走りでその後を追う。
背後に続くカイカラスの気配を感じながら。
2頭の馬は、城の入り口にあたる浮橋にてリザード兵に手綱を預けられていた。
2頭とも麦わら色の毛色であったが、背から腹に変えて濃い茶色に変色しているのが、遠くからでも分かった。
馬は、何事もなかったかのような顔をして、リザード兵から与えられた植物を食んでいる。
馬を見れば、乗っていた人物の出血量が尋常でないことが一目瞭然であった。
「装備は?」
私は、ヴァンズナーに訊ねる。
「馬を急がせるために、軽装でした。危険が及ぶことなど、想定していませんでしたし――」
言い訳に聞こえたが、悔しそうに唇を噛む近衛銃士隊長の顔を見て、咎めることはしなかった。
「これは、剣の攻撃、私たちは、槍を使う」
フーレン・パイが言った。
カイカラスの言ったことを訳したのだ。
「馬に、これほどの出血を残すのは、剣による攻撃と見て取れます」
ヴァンズナーも同意する。
「それから、相手も馬でしょう。馬上から切り付けている」
ヴァンズナーの説明を受けながら、私は敵の存在を頭の中で探した。
「相手は、人間と言うことだな?」
それは、確信していた。
でも、誰が・・・。
「野盗か?」
私は、思ったことを呟く。
「・・・一刀でやられています。素人ではない」
そんなことはわかっている。
若いとは言え、近衛兵に選ばれたのだ。
2人は、優秀な兵士だ。
「私たち、この件に関わりない。それから、関われない」
フーレン・パイが、カイカラスの言葉を伝える。
カイカラスは、腕組みをして馬を睨みつけていた。
「わかっていると、伝えてくれる」
私は、フーレン・パイに頼んだ。
この件に関し、私たちはジープの支援は得られない。
まぁ、当然だ。
犯人が、人間であるなら安易に関われないだろう。
「ヴァンズナー、犯人に心当たりはないか?」
私の頭の中に、思い当たる人物はいなかった。
「腕の立つ、ならず者もいないわけではありません・・・」
ヴァンズナーは、思案顔で顎を摘まんで言う。
どこか遠くを睨んでいた。
しかし、様相を見れば2人がエルスカの兵士であることはわかるはず。
それを知っていて、襲うのか?
「姫様、これを――」
ヴァンズナーが、馬の尻を指す。
そこには、手形のような血の跡があった。
「これは?」
「たぶん・・・絶命する前に馬の尻を叩いたのでしょう」
何故? と訊こうとしたところで私は気づく。
危険を私たちに知らせるためだ。
「姫様、討伐隊を編成し、落とし前を付けてきます」
ヴァンズナーは、冷たい目をして言った。
こんな怖い顔、初めて見る。
いつもふざけた調子のヴァンズナーも、部下を殺されて怒り心頭の様子だ。
「うむ。私も行くぞ!」
私は、馬に背を向けてジープの城へ引き返す。
「な、何をおっしゃいます! 姫様はダメですよ!」
私の後を追いながら、いつもの調子でヴァンズナーは否定した。
そう言うだろうとは思ったが、私だって腸が煮えかえる思いなのだ。
私は、マルベリア王とリーズル母后、カリアント王妃らに状況を説明した。
通訳がフーレン・パイなので、ちゃんと伝わっているか些か不安ではある。
「王様が、力になれなくて、ゴメンって言ってるよ」
フーレン・パイが王の言葉を伝えてくれた。
「詳しくわかったら、教えてね。協力、できるかもね」
マルベリア王が、こんな可愛らしい言い方をするわけはないのだが、意図はちゃんと通じているようだ。
私は、犯人の討伐が済んだら、そのままエルスカに帰投する旨を伝えた。
その場で殺害するかもしれないが、もし捕えられれば我が国の法で裁かねばならない。
「まだ、しばらくいてくれると思っていた。だから悲しいよ」
フーレン・パイは、リーズル母后の言葉を訳してくれた。
「本当に残念です。私も、まだここに居たかったです」
私は、この国の王家の方々が大好きになっていた。
口の悪いマルベリア王ですら、最初よりは良い印象を持っている。
幸いと言うべきか、サルベルトと獣人連合軍との争いの件があったため、荷造りはほとんど終わっていた。
この討伐隊を編成するにあたって、ヴァンズナーは私の参加を拒んでいたが、総員でジープを出立しエルスカに向かう方針を伝えると、渋々だが了解した。
今回、我々の主目的がジープ国への外遊であったため、装備が軽微であることが不安材料ではある。
しかし、私たちの見立てでは、犯人らは少数であるはず。
我が国に、それほど大きな犯罪集団はいない。
はずである・・・。
老齢のリーズル母后とカリアント王妃が、城の入り口まで見送りに出てくれた。
カリアント王妃の腕の中で、ルルン王子が寝息を立てている。
「必ずまた来ます。それまで、リーズル母后様もお体に気を付けて――」
私は、年老いたリザード族の老婆と抱擁を交わし馬車に乗った。
往路と同じように、私も馬に乗りたかったのだが、こればかりはヴァンズナーが了承しなかった。
遠距離から弓矢で狙われたら、守り切れない――
珍しく懇願する近衛銃士隊の隊長に、否とは言えなかったのである。
近衛兵たちは、緊張した面持ちでいたし、殺気立ってもいた。
若年の兵士を殺されたのだ、その心中は穏やかであるはずがない。
私たちは、往路と同じ道を進んだ。
昼にジープを出たから、夕方にはパリオムにたどり着けるだろう。
「今日は、またパリオムで一泊することになるかもしれない」
私は、馬車の向かいに座るアスハに告げた。
「そうですか。パリオムならジープの領土内ですから安心ですね」
アスハは、そう答える。
私たちの、最近の認識では確かにそうなるが、パリオムがジープの領土と正式に決まったのは最近のことだ。
それまでは、曖昧な地域であったである。
危険がないとは、言い切れないな。
私は、若干の不安を覚えながら窓の外を眺める。
ちょうど湖の森が終わり、湿地帯に入る所であった。
「姫様よろしいですか?」
馬車に馬を寄せて、ヴァンズナーが声をかけてきた。
私は、観音開きの窓を開ける。
「申し訳ありません。遅れています。パリオムでまた1泊することになるでしょう」
「わかっている」
返事をしながら、私はヴァンズナーがどこまで進むつもりだったのか訝る。
まさか、森まで進むつもりだったのではないだろうか?
森での野宿はもうこりごりだ。
「明日は、どこまで進むつもりだ?」
私は、念のため訊ねた。
「明日は森を抜け切れればよしとします。ただし、待ち伏せがあるとしたら、森のなかでしょう」
私は、頷いた。
相手が少数なら、森で会敵する可能性が高い。
パリオムへの到着も、だいぶ遅れた。
あたりはすっかり夜闇に包まれている。
「遅れたな」
私は、馬車を降りるとヴァンズナーに言った。
決して責めているわけではなかったのだが、ヴァンズナーには苦言に聞こえたようだ。
「警戒しつつの移動で――申し訳ありません」
言い訳をしかけたヴァンズナーであったが、それを飲み込んで素直に首を垂れる。
いつにない殊勝な態度に、私はこの中年の隊長に同情した。
「疲れているところすまないが、ここパリオムも安全とは言えない。よろしく頼むぞ」
私は、ヴァンズナーの肩を叩いて労をねぎらった。
パリオムでは、簡単な食事をとって寝るだけだった。
私たちは、まだ日の明けぬうちにパリオムをでる。
ヴァンズナーの計画では、夜明けとともに森に入り、その日のうちに森を抜ける。
私とアスハは、また馬車に乗ったのだが、今度は2人だけではない。
夜間の警戒に当たった2人の兵士も一緒だった。
4人乗れないことはないのだが、さすがにぎゅうぎゅうだ。
「どうした? 早く寝ろ」
私は、向かいで姿勢を正して座る兵士らに言った。
「いや、アザリナ姫様と馬車でご一緒させていただくなんて――」
兵士らは恐縮しているのだ。
これでは、疲れているだろうからと、気を回した私の厚意が無駄になる。
「戦力を維持するためだ。寝ろ!」
私は、厳しい口調で命じた。
兵士らは、短い返事をして目を閉じる。
森には、予定どおり日の出のころにたどり着いた。
深い森の中は、朝日の寂光程度では夜闇を進むのと変わらないのだが、それでも気分は違う。
私は、隣で寝息を立てているアスハの顔を覗き込んだ。
よく寝ていられるものだ。
私も、できれば寝ていた方が良いのだが、どうしても窓の外が気になってしまう。
いつ襲われるかわからないと言う緊張感に、全身がこわばる。
恐怖もあるが、それだけではない。
怒りや、兵士らを守りたいという気持ちもある。
矛盾しているようだが、本当にそれらの感情が私の中で同居しているのだ。




