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戦闘準備

44 戦闘準備




 城内は、駆けまわるリザード兵で騒然となった。

 もう会談どころではない。

 マルベリア王とその家臣らは、すでに退席している。

 私は、バルコニーの編み椅子に腰かけ頭を抱えた。


「アザリナ姫様、いったんお部屋に戻りませんか?」


 私の肩に手をかけて、アスハが言う。

 私は、幼子が駄々をこねるようにかぶりを振った。


「姫様、サラ・サーラ将軍のこの書きようを見ますと・・・望まぬ戦闘のように思えます」


 ヴァンズナーは、思案顔で呟く。


「どういうこと?」


 私は、顔をあげて脇に立つ近衛銃士隊長の顔を見上げた。


「あの軍勢で、最初からサルベルトと戦闘に入ったなら、窮地になど陥らないでしょう」


 私は、我が国を取り囲んだ獣人連合軍の規模を思い出す。

 確かに、あの兵力でサルベルトと交戦したのなら、楽勝とまではいわないが・・・。

 ヴァンズナーは室内へ向かい、机上の地図を広げなおす。


 私も、すぐさま地図に駆け寄った。

 その地図には、我が国エルスカからコンカナ、エヴァ大連峰にサルベルトの地も記されている。

 ヴァンズナーは、左手の指先で獣人連合軍が進んだであろう経路を指し示す。


「エヴァ大連峰をかわすように、西へ大きく回ってコンカナに向かいます」


「確か、第三勢力は北の地に――」


 ヴァンズナーの指は、コンカナの北で止った。

 それから、もう片方の手でサルベルトを指す。


「サルベルト軍は、西へ進軍」


 ヴァンズナーの指が、エヴァ大連峰の北側をまっすぐに西へ辿る。


「まって、エヴァの北側は雪原よ!」


「サルバルトは北方の民族です。寒冷地には慣れています」


 西へと進むヴァンズナーの右手が、コンカナの北方で左手にぶつかる。


「第三勢力の人形と戦っている側面を・・・奇襲された?」


 私は、ヴァンズナーの返答を求める。


「側面ならまだしも・・・背後をつかれたら厄介ですな」


 私は、地図から離れバルコニーに戻る。


「アスハ、エルスカに戻ります。急いで仕度して!」


 アスハは、食いおさめに慌ててフルーツを口に放り込んだ。





 自室に戻り、荷物を詰めているとアルカナンサスが訪ねてきた。


「ジープは、すぐに兵を送るのね?」


 私は、トランクに荷物を詰めながら訊いた。

 我が国はどうするべきか・・・。


「準備は進めさせているけどね・・・」


 ん?

 急いで送るのではないのか?


「我が国も、主力を送ってしまっているからね。ここからさらに増援となると、守りが疎かになる」


 アルカナンサスは、室内を行ったり来たりしながら思案している。

 私は、荷造りの手を止めてベッドに腰かける。

 状況としては、我が国エルスカも一緒だ。

 でも、増援を送ることにためらう理由があるだろうか?


「何か心配事が?」


 私の質問に、アルカナンサスはすぐには答えない。

 まだ室内をウロウロしている。

 あんまりウロウロされても落ち着かない。


「アザリナ姫様、サルベルトが動いたということだよ」


 急に立ち止まると、アルカナンサスは思い出したように言う。

 サルベルトが動いたのか、動かされたのか、今はまだわからない・・・。


「他の人族の動向も、気になるところだね」


「他の人族?」


「人族の諸国です。サルベルトだけが・・・」


 言いかけて、アルカナンサスはまた歩き始めた。

 我が国は、ずいぶん前から獣人たちと戦ってきた。

 それには関心を示してこなかったのに、ここに来て動くことがあるだろうか?

 いや、獣人たちが連合を組んだ今、人族の国々が危機感を募らせた・・・のかもしれない。


「アザリナ姫様、獣人が不可能と思われていた連合を結成したのだから、人族も・・・」


 アルカナンサスは、歩くのをやめて私に訊ねる。

 そんな怖いこと聞かないでほしい。

 でも、あり得なくはない。


「人間と獣人が戦争になんてなったら、大変ですね」


 荷を詰み終えたアスハが、サラリと恐ろしいことを言う。

 それは、考えたくもないおぞましいことだ。

 兵器に勝る人族か、個々の武力に勝る獣人族か、という戦争になる。

 近年は、獣人らも優れた武器を持つようになり、人族不利に見えなくもない。


「アザリナ姫様、俺達には人族のことはわからない。彼らの動きを探ってはもらえないだろうか?」


 無理難題を言ってくれる。

 私は、ベッドから腰を上げると荷造りを再開した。


「エルスカに戻って、やれることはやってみるけど・・・」


 我が国は、他国に見捨てられた辺境の国なのだ。

 それ故、獣人連合に汲みした。


「姫様! よろしいですか?」


 開け放たれた扉の外から、ヴァンズナーが現れた。


「馬車を残していけば、今すぐ出られます」


 私は了解し、少し考える。

 急ぐならそれも良いな。

 単馬だけで戻れば、明日には戻れるか・・・。


「アザリナ姫様、ヴァンズナーさん。もうちょっとだけここに残っては?」


 アルカナンサスが提案する。

 その理由は? と私はアルカナンサスに顔を向ける。


「こんな事言うのは失礼なんだけど、エルスカ王国には増援を送る余裕はないでしょう?」


 確かに失礼だ・・・しかし、事実だ。

 我が国には、ギノ大将軍の部隊と指揮官不在のサラ将軍の部隊しかない。

 私が戻ったところで、やれることはないな・・・。

 他国の動向を探るのも、鳩か伝令を送りバンモにやらせれば良い。


「確かに」


 ヴァンズナーは、腕組みをして大きくうなずいた。


「姫様の安全のためにも、そうされたほうが良い。エルスカには、私が一人で参りましょう」


「まて、お前は私のそばにいるのが仕事だろう。何か他に帰りたい理由でもあるのか?」


 ヴァンズナー一人を帰らせるなど、私が納得できない。

 他の兵士で十分だろうに。


「いや、近衛兵の性でしょうか、自国にいないと落ち着かないと言うか・・・」


 これだから近衛兵は! と言われるのだ。

 自国にいないと落ち着かないなどと、ギノ大将軍やサラ将軍の前で言えるのか?

 そうは思ったが、口には出さなかった。


「エルスカには、別の者を送る」


「私が行きましょうか?」


 横で話を聞いていたアスハが名乗り出た。

 アスハを行かせるなんてあり得ない。

 誰が私の面倒を見るのだ。

 私はアスハを無視して、馬を使い伝令を送るようヴァンズナーに指示した。 




  

 この日の夕食は、昨日とは打って変わって緊迫した雰囲気となった。

 話題に上がるのはサルベルトの事ばかりで、私はマルベリア王の質問攻めにあっている。

 とは言え、私の知っていることなど誰もが知っているような事ばかりだ。

 母が、サルベルトの出身と言うだけで、国同士の関りはほとんどないと言って良い。

 あちらは大国、こちらはつぶれかけの小国だ。


「アザリナ姫様、明日の朝、俺はちょっと南に行ってくるよ」


 マルベリア王の質問攻めが中断したタイミングで、アルカナンサスがそう告げた。


「南・・・というと?」


「人族の知り合いがいるんだ。商人だから何か情報を持っているかもしれない」


 なるほど。商人時代のツテがあるのね。

 それなら、私よりよっぽど良い情報が得られるのではないか?

 んっ・・・アルカナンサスがいない・・・?


「え! 待ってアル! あなたがいなかったら、私たち誰とも話せないのよ」


 私は、とても重要なことに気づき、アルカナンサスに確認する。


「フーレン・パイがいるよ。今日中には戻ってくるから、安心して」


 フーレン・パイは、パリオムで私たちの世話をしてくれたリザード族の女の子だ。

 彼女がいるなら、なんとかなるか。


「何日ぐらい留守にするの?」


 フーレン・パイも良い娘だが、この国でアルカナンサスがいないのはとても不安だ。


「2~3日かな――」


 アルカナンサスが話している途中で、マルベリア王が口を挟んだ。


「ああぁ、王様が、アザリナ姫様の警護を気にしているね・・・どうしようかなぁ」


 何て優しい気づかいだろう。

 最初は、失礼でむかつくヤツと思っていたけど、今は良い人に見えてきた。


「もう一人の特務隊長の方は?」


 少し離れた席に、その特務隊長はいるのだが、私には一切何も言ってこない。

 紹介された時から、少し気にはなっていた。


「カイカラスか――」


 アルカナンサスがその名を出すと、カイカラス特務隊長がこちらに目を向けた。

 冷たい目だ。

 嫌われているのかな・・・。


 アルカナンサスが、カイカラス特務隊長のそばまで行って何かを話している。

 アルカナンサスは、たぶん私の警護を頼んでいるのだろう。

 カイカラスの反応は、ここから見ていても思わしくはない。

 ずっと首を横に振っている。


「ダメだったよ」


 残念そうな顔をして、アルカナンサスが戻って来た。


「俺が留守中に、援軍を派遣することになるかもしれないからね。仕方がない」


 アルカンサスはそう説明するが、その顔は不服そうだった。


「フーレン・パイも、実はなかなかの強者だから、彼女がそばにいれば大丈夫」


 アルカナンサスは、わざとらしい満面の笑みで言う。

 その笑顔を保ったまま、続ける。


「でも、あの特務隊長には近づかないで、君たちのことをあまりよく思っていないんだ」


 笑顔のまま、アルカナンサスは怖いことを言う。


 じゃぁ、どこにも行かないでよ・・・と思う。


「ああ、でも君たちに危害を加えたりはしないよ。お客様だし、王家の方々に気に入られているアザリナ姫様に、失礼なことはしないから・・・たぶん」


 慌てて取り繕うアルカナンサスであったが・・・。

 たぶん――は、いらないのよ。

 私は、遠くに座るカイラス特務隊長を覗き見た。


 目が合いそうになって、慌てて視線を外す。

 冷たい冷ややかな目――

 怖いなぁ。





 翌朝、食事の席にはアルカナンサスの姿はない。

 もうすでに出立したのであろう。

 マルベリア王や、リーズル母后など話が通じないことなどお構いなしに、私に話しかけてくるのだ。

 フーレン・パイだっていないのに・・・。


 隣のアスハに助けを求めても、何食わぬ顔でモグモグするばかりだ。

 あっ・・・。

 困り果てている私の目に、カイカラス特務隊長の姿が映った。

 重苦しい動作で、この弓なり部屋に入室してきたのである。


 カイカラス特務隊長は、テーブルの前で立ち止まり、何故か私を睨みつける。

 何故、そんなことをする。

 私は、ちょっと不快に感じた。

 再び歩き出したカイカラス特務隊長は、王の脇で屈みこんだ。

 そこへ、けたたましい足取りで、うちの近衛銃士隊の隊長が飛び込んでくる。


「姫様!」


 ヴァンズナーだ。


「騒々しいぞ! 静かにしろ」


 私は、イラっとして隊長を叱る。


「馬が帰ってきました!」


 ヴァンズナーは、私のそばまで来てそう叫ぶ。

 うるさいと言っただろうが――

 そう再び叱責しようとしたが、ヴァンズナーは叫び続ける。


「昨日、伝令に行かせた馬が、空で帰って来たのです!」


 ヴァンズナーは、私に掴みかからん勢いでそう告げた。

 マルベリア王が、勢いよく席を立った。

 何かを、私に向かって叫んでいる。

 何よ! 何が起きたって言うの?




 


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