衝撃事実判明
43 衝撃事実判明
清々しい朝の香に目を覚ました。
空気に春を感じる。
私たちの国は、今頃雪に覆われている頃だろうに、少し南に下っただけなのに、この国は春に包まれていた。
私は、リザード用の大きなベッドにアスハと二人で寝ていた。
ベッドは2つ用意されていたのだが、大きすぎて落ち着かないと、アスハが私のベッドに潜り込んできたのだ。
私は、隣で眠っているアスハの真っ白な頬を指で突いてみる。
プニプニしていて、可愛いな。
窓には、簾が下ろされているが、隙間から風と光が漏れている。
外の景色が気になった。
私は、ベッドから降りると窓の簾を上げてみる。
「うぅ~、眩しいぃ」
不快そうな声を上げ、アスハは寝返りを打つ。
「ああ、ごめんね、アスハ。でも、とても良い景色よ」
こんな景色は、我が国にはどこにもない。
湖のど真ん中に、私たちの居る城があるのだ。
周囲の景色を反射して、湖は様々な色彩を放っていた。
――んんん――
私は、大きく伸びをする。
不意に、アスハが私の背に抱きついてきた。
「もう、危ないじゃない――」
私の肩に、アスハは顎を乗せて窓の外を窺う。
「おおぉー、すごーい」
景色に圧倒され、アスハも感嘆の声を上げた。
今日は、マルベリア王と貿易などの国交について会談する。
是非とも、観光を推し進めよう。
みんな、この国を好きになる。
朝食も、昨日と同じ最上階の広間に用意された。
昨日同様、私とアスハは悲鳴を上げながらアルカナンサスに運ばれる。
「食事の度にこれでは、そのうち心が折れるな・・・」
最上階の広間にたどり着いた私は、額の汗を拭きながら嘆いた。
「そうですね。でも、私はだいぶ慣れました」
私の隣で、息を切らしながらアスハが言う。
「嘘おっしゃい。断末魔のような悲鳴をあげていたじゃない」
「私の断末魔を、聞いたことがあるのですか?」
避難がましい目で、アスハが私を見る。
いや、むしろ断末魔をあげたことがあるのかと訊きたい。
「さぁ、2人とも急いで。みんなお待ちかねだよ」
アルカナンサスに急かされて、テーブルに目を向ける。
すでに、ジープ国の面々は席についていた。
あ、これはまずい。
私は、アスハの手を引いてテーブルへと駆け出した。
「申し訳ありません。遅くなりました」
テーブルに着くと、私は開口一番謝罪した。
マルベリア王が、にこやかな顔で何か言った。
「お客様をお迎えするために、我々は先に来ていたのです。遅れてなどいませんよ」
アルカナンサスも、ニコニコしながら王の言葉を伝えてくれた。
なんだ・・・別人みたいだぞ。
私は、微笑しながら席に着いた。
よくわからないときは、微笑むべし――
母の教えだ。
席に着くと、深めの木の皿にスープが注がれた。
ドロッとしていて、薄い緑色だ。
何だろうこれは?
「これは、色々な野菜や果物を煮込んだスープだよ」
私が、不思議そうな顔をしていたのだろう。
アルカナンサスが、説明してくれた。
それから、身をかがめて小声で付け加える。
「小さな子供の離乳食なんだ。我々リザードは、歯ごたえのあるものが好きだから、大人はまず食べないんだけど、マルベリア王はこれが好きなんだ」
それを聞いて、思わず吹き出しそうになった。
マルベリア王も、可愛いところあるのね。
皆にスープが行きわたるのを見て、マルベリア王が食事の開始を宣言する。
「ジース――」
食べろ! はい、いただきます。
私は、緑色の液体をスプーンですくって口に運んだ。
昨日の生魚の件があったので、ちょっとだけ躊躇したけど・・・。
ぉぉぉおおおぉぉぉぉ
うっ、まっ――
美味しいぃぃぃぃ。
「わぁ~、美味しいですね~、グリーンカレーみたい」
隣のアスハも感激している。
言っている意味はよくわからないが・・・。
濃厚な野菜と果物、それから様々な香草、それから口に広がる旨味は魚介のような深みのある余韻・・・。
どうやって作るのだ!?
それは、奇跡の味がした。
とても真似できそうにない。
私は、脇目も振らず一心不乱にスープを口に運んだ。
ああ~、パンも欲しいなぁ。
パンにつけたら、美味しいだろうなぁ。
そんなことを考えていると、リザードの給仕がパンを持ってきてくれた。
あっ・・・、スープが・・・。
あろうことか、私はスープを飲み干してしまっていた。
「もう、アザリナ姫様、がっつきすぎですよ~」
アスハに笑われて、私は俯いた。
ちょっと恥ずかしい。
マルベリア王が、優しい顔で何やら私に言っている。
「美味しいでしょう? あなたとは好みが一緒で嬉しい。だって」
アルカナンサスが、王の言葉を伝えてくれた。
「本当に大人は食べないの? こんなにおいしいのに!」
私は、アルカナンサスに訊ねた。
別に通訳しなくていいのに、アルカナンサスはそれを王に伝える。
「王も同意されているよ。法律で大人も食べるように勧めるっておっしゃっている」
迷惑そうに、アルカナンサスは言う。
是非そうするべきだ。
「大変良いお考えです。そう伝えてくれる」
私がそう言うと、アルカナンサスは渋々王に伝える。
マルベリア王は、大きな口を開けて笑った。
朝食も終わり、私たちはお茶を頂きながら雑談を楽しんでいた。
このまま会談になるのかと思っていたが、休憩を挟んで別室で行われるとのことだ。
このまま和やかな雰囲気で進めたいのだが、そうなるだろうか・・・。
正面に座るリーズル母后と目が合った。
私に何か言っている。
アルカナンサスが、マルベリア王のそばを離れリーズル母后の元へ向かう。
「リーズル母后様は、先に戻られるって」
アルカナンサスがそう教えてくれたので、私は席を立ってリーズル母后の元へ駆け寄った。
カリアント王妃も、ルルン王子を抱いて席を立つ。
リーズル母后は、私の顔をまっすぐに見つめて語る。
「あなたに会えて、本当に良かった。もっと早くあなたと出会えていたら、両国の関係は、もっと早くに改善できたでしょうに」
リーズル母后の言葉を、アルカナンサスが訳す。
「お互いに約束しましょう。もし、何か大きな問題が発生しても、男だけで決めさせない。必ず女の私たちも集まって、意見を交わすことを」
素敵な提案だと思った。
「お約束いたします。リーズル母后様」
私は、リーズル母后の手を取って広間の隅まで随伴する。
「今が良い時だ。この娘は、マルベリア王の――」
アルカナンサスは、リーズル母后の言うことを訳してくれていたのだが、途中でリザード語に変えリーズル母后と話し始めた。
そのまま、リーズル母后とカリアント王妃は、身なりの良いリザードに抱きかかえられて、階下へと降りて行ってしまう。
私とアスハは、何だかよくわからないで手だけ振って見送った。
「ごめんね。ちょっと複雑~、でもないんだけど、人間とリザードの習慣の違いがあるから、ちゃんと説明しないと、と思って」
アルカナンサスが、身をかがめて私に言う。
何のことか、全くわからない。
「まずね、カリアント王妃様は、マルベリア王の実の姉君なんだ」
さらりとアルカナンサスは言う。
えええええ!!!
私とアスハは、全く同じタイミングで絶叫した。
そして、辺りを気にして慌てて口をふさぐ。
「親近婚なのね」
親近婚と言っても、近すぎる。
「ここがちょっと人間とは違うんだけど、我々リザード族は、親近者であっても子に影響はないんだ――」
アルカナンサスは、丁寧に説明してくれた。
どうやら、リザード族は親近者間での結婚はよくあることらしい。
親近婚だからと言って、子に悪い影響が出ることもないそうだ。
さらに言うと、女性一人でも子供を産めるという。
もし、すべての男性が死滅したとしても、女性一人が生き残っていれば種が滅ぶことはない。
「だから、俺たちは女性を特に大事にするんだ」
なるほど、と思う。
マルベリア王が、私を辱めようとしたとき、リーズル母后が激しく叱ったのもリザード族の性質が背景にあるのかもしれない。
会談は、小休憩を挟んだあと行われることになっている。
私とアスハは、自分たちの部屋に戻って会談に臨む最終準備に取り掛かっていた。
「アザリナ姫様ぁ~、この打ち掛けはどうでしょう?」
アスハは、煌びやかな着物を羽織ってくるりと回って見せる。
「・・・その怖い悪魔の着物はやめて」
アスハの選んだ着物の背には、角の生えた悪魔の絵柄が施されている。
オニと言うらしい。
「え~、可愛いのにぃ~」
「絶対、可愛くない」
遠目で見れば、美しくも見えるかもしれないが、何故アスハがそのような絵柄の着物を選ぶのか理解に苦しむ。
会談の場は、私たちの部屋から少しだけ降りた所にある部屋で行われる。
上に上がらなくて良い分、好きな服を着られるし気分も楽だ。
最上階の広間だと、心の準備が必要になる。
その部屋は、弓なりの形をしていてバルコニーがついていた。
大きく開け放たれた窓・・・と言うより、外壁がない。
バルコニーには、日よけの布が屋根代わりに張られている。
「お待たせしました」
アルカナンサスと、マルベリア王、それと2人の身なりの良いリザードが現れた。
昨夜の夕食時にも見かけたが、紹介はされなかった人物である。
「こちらは大臣のオープナーと、もう一人の特務隊長でカイカラスだよ」
アルカナンサスが紹介すると、大臣と特務隊長は恭しく頭を垂れた。
リザード族の年齢はわかりにくいのだが、大臣のオープナーは老齢のように感じる。
もう一人の特務隊長カイカラスは、アルカナンサスと比べるとだいぶ小柄で、若そうに見えた。
私は、自己紹介の後にアスハを紹介した。
アスハは、ピンクの可愛い花柄を散りばめた小袖と言う着物姿だ。
オニの打ち掛けよりも、絶対こっちの方が可愛い。
リザード族の面々は、見慣れないアスハの様相に興味津々の様子・・・。
肩を出したドレス姿の私より、目立っている。
会談自体は、和やかに執り行われた。
ただし、如何せん通訳が一人しかいないので、進行は停滞しがちだ。
「観光は、とても良い考えだね」
間の空いたところで、アルカナンサスが言った。
「残念ながら、我が国にはリザードの皆さんが喜ぶような観光名所が無いのだけれど・・・」
「そんなことないよ~、エヴァ大連峰や、グーレイン港、この間の温泉も良いね」
「まぁ~、エヴァと温泉はわかるけど・・・グーレイン港なんて、何かある?」
「あそこは良い港だよ。リザード族の商人たちは興味津々さ」
なるほど・・・商人目線か。
私は、アルカナンサスを伴ってバルコニーに出た。
マルベリア王とリザード族の重臣らは、地図を広げて何やら熱心に協議している。
私は、王家の人たちを我が国に招待したいと告げたのだ。
彼らも、すっかりその気になっている。
「アスハ、昼食前に食べ過ぎよ」
バルコニーの編み椅子に腰を掛けて、アスハはむしゃむしゃとフルーツを頬張っていた。
「そう言えば、ヴァンズナーさんが見えないね?」
「ああ、あいつは二日酔いよ・・・弱いくせに、毎度毎度困ったものだわ」
室内から、騒めきが聞こえた。
何事かと、目を向ける。
部屋の入り口付近に、数名のリザード兵の姿があった。
「アザリナ姫様!」
リザード兵らをかき分けて、ヴァンズナーも現れる。
「何よ。騒々しい」
慌てた様子のヴァンズナーは、まだ酒が残っているのか少しふらついている。
「粗相でもしたんじゃないでしょうね?」
私の前まで来て、ヴァンズナーは息を整える。
「獣人連合軍が――」
ん? 獣人連合軍?
「サルベルト軍と――」
「何だ! さっさと言え!」
何か、大変なことが起きたのだとわかる。
「戦闘状態に入りました!」
な、なんだと!!
「どういうことだ!? 何故、獣人連合とサルベルト共和国が?」
訳が分からない。
獣人連合軍は、ゴブリンのコンカナに向かったのではないか?
「まだ、何とも・・・リザード族の伝令が、今しがたもたらした情報です」
ヴァンズナーは、握りしめた紙片を差し出す。
私は、奪うようにそれを取り上げた。
サラ・サーラ将軍の字だ。
――我、サルベルトと交戦す、救援請う――
いったい、何が起きているのだ・・・。
「アル! どういうこと、これは?」
アルカナンサスは、王の元へ駆けていた。
私は、その背を追い訊ねる。
アルカナンサスは、私の問いに答えない。
マルベリア王らと、話し始めた。
「アル!」
会話の隙間で、再び私はアルを呼ぶ。
「アザリナ姫様、今わかっていることは、我々の仲間がサルベルトと交戦し窮地にあると言うことだけだよ」
アルカナンサスは、穏やかに宥めるような口調で答えた。
「獣人連合軍は、第三勢力との戦いに出たんじゃなかったの!」
私は、叫んでいた。
こんなの、あり得ない。
聞いてないよ!
「人間と戦うなんて、話が違うじゃない!」
言っていて、私は恐ろしくなった。
ヒデオは、最初から人間と戦うために獣人らを束ねたのではないか・・・。
私は、騙されたのではないか・・・。
私は、肩を抱いて震える。
私は、とんでもない者と手を組んでしまったのではないか?




