星降る夜の歓迎会
42 星降る夜の歓迎会
広間の中央には、一枚板のテーブルがあり、すでにマルベリア王とその家族らが席についていた。
しまったな・・・待たせちゃったか・・・。
私は、アスハの手を引いてマルベリア王の前に進んだ。
「遅くなり申し訳ございません」
私は、腰をかがめ王とその家族に謝罪した。
マルベリア王は上座に居て、角を挟んでたぶん王妃、その隣にリーズル母后がいらした。
マルベリア王は無言でいたが、王妃は立ち上がって歓迎してくれたようである。
「カリアント王妃様だよ。先ほどの王の失言を謝っているよ。」
アルカナンサスは、カリアント王妃とリザード語でのやり取りの後、そう伝えてくれた。
マルベリア王は、静かだ。
たぶん、カリアント王妃とリーズル母后に叱られたのであろう。
そんな雰囲気だ。
私とは、目も合わせようとしない。
私は、カリアント王妃の隣に座るリーズル母后に微笑し会釈した。
心の中で、先ほどはありがとうございますと述べる。
そのリーズル母后の胸元に、小さなリザードの顔があった。
「あら・・・」
私は、リーズル母后の胸元を注視する。
リザード族の子供だ。
目がとても大きい。
真っ黒な黒曜石のような眼が、じっと私を見つめている。
「キャァァァ―― 可愛い――」
いつの間に移動したのか、アスハがリーズル母后の脇で小さなリザードに手を伸ばしていた。
わ、バカ!
止める暇もなく、アスハは小さなリザードの頭を撫でた。
「ルルン王子様だよ」
アルカナンサスが、小さなリザードの王子を紹介する。
リーズル母后は、ルルン王子を抱き上げると、アスハに手渡した。
ああ、よかった。
いきなり子供に触るなんて、アスハも大胆だな。
いや、アスハだから許されたのか・・・私だったら殺されていたかもしれない。
「アザリナ姫様も座って」
アルカナンサスは、角を挟んでマルベリア王の隣の席を私に勧めた。
カリアント王妃の真向かいになる。
あ~、私もルルン王子を抱っこしたいなぁ。
アスハとルルン王子は、リーズル母后の後ろでキャッキャとはしゃいでいる。
ルルン王子も、アスハの胸に顔を埋めて感触を楽しんでいるようだ。
私は、後ろ髪を引かれる思いで着席する。
私とマルベリア王の間に、アルカナンサスが立つ。
アルカナンサスは食事に同席せずに、通訳に専念するのだろう。
「くぅぁ~、きつかったぁ~」
近衛銃士隊の礼装姿で、ヴァンズナーが現れた。
どうやら、リザードを頼らず自力で登ってきたようだ。
「ヴァンズナーさんは、アザリナ姫様の隣が良いかな? アスハさんでも良いけど」
「いや、姫様の隣でお願いするよ。また暴れられたら大変だから・・・」
仕方なさそうに、ヴァンズナーは私の隣に座る。
「誰が暴れるって?」
私は、隣に座ったヴァンズナーに小声で訊ねた。
小さな声で、ヴァンズナーは謝罪する。
給仕のリザードが、私の木製のグラスに飲み物を注いでくれた。
透明な液体・・・お酒ではないだろうな?
アスハが戻ってきて、ヴァンズナーの隣に座った。
その胸に、ルルン王子はいない。
見れば、カリアント王妃の胸にルルン王子の姿があった。
何で置いて来るんだよぉ~
私だって抱っこしたかったのに!
私はアスハを睨んだが、アスハは私を見てはいない。
飲み物の準備が整うと、マルベリア王は木製のグラスを手に立ち上がった。
王の挨拶が始まるのだ。
私は姿勢を正した。
「ジース――」
マルベリア王は、一言それだけを言ってグラスに口を付ける。
「え・・・どういう意味?」
私は、隣に立つアルカナンサスに訊ねた。
「ええと、直訳すると〝飲め〟って意味・・・人間の習慣に合わせるなら、乾杯かな?」
なるほど・・・乾杯ね・・・〝飲め〟かよ!
私も、グラスを掲げた。
何か一言あってもよさそうだが、まぁこの国の習慣なのかもしれな・・・。
むむむ!!
私は、口をつけた飲み物の舌触りに驚いた。
舌に触ったそれは、清水のように清涼で、芳醇な果実の香りが口の中にフワッと広がる。
それでいて、濃厚な甘み。
様々な果実の甘味を感じる。
「何て美味しいの!」
思わず声に出してしまった。
「本当? 良かった口に合って」
アルカナンサスが、にこやかに答える。
「とっても美味しい! いつまでも口の中に入れていたい」
私は、頬を押さえて口の中に残る余韻を楽しんだ。
ああ、目を閉じれば、ここはお花畑・・・グラスから放たれる香りもまた甘美だ。
「姫様・・・アザリナ姫様!」
夢心地の中、アルカナンサスが私の注意を引く。
え、何?
夢から覚めると、隣のマルベリア王が私を見ながら何か呟いていた。
何よ・・・もう絡んでこないでよ・・・。
私は、胡散臭そうにマルベリア王を見た。
マルベリア王の呟きが終わると、アルカナンサスが人語に変えて伝える。
「そなたは美しい。その美しさに目を奪われ、先ほどは失礼なことを言ってしまった。すまなかった」
私は、甘美な飲み物のグラスをテーブルに戻して姿勢を正した。
アルカナンサスが、マルベリア王の言葉を続ける。
「道中のパリオムでは、慰霊の際、涙を零したと聞いた。容姿だけならず心根も美しい姫君であることを、今は理解している。あのような非礼な振る舞いを今は悔いている」
マルベリア王は、アルカナンサスが言い終わると頭を垂れた。
嬉しかった。
それだけじゃない。
感動した。
心が、胸の中が震えている。
私は、丁寧に謝罪されたマルベリア王に、お返しの言葉を述べねばならないのに、できなかった。
いつも、いつも、この余計な液体が目から出てくるのだ。
いくら振り払っても、それは止まらないし、両手で口を押えていないと泣き喚いてしまいそうだった。
いつの間に席を立ったのか、肩を震わせる私の背にカリアント王妃の手の感触があった。
私の頭に、アスハの胸の感触が当たる。
リザード族の女性はとても優しかった。
リーズル母后は、孫を見るような眼差しで、食事は口合うか訊ねてくださった。
カリアント王妃は、私にルルン王子意を抱かせてくれて、いつの日か私の子を抱かせてくれと言い添える。
ルルン王子は私の膝の上で、私を不思議そうに見上げながら何事か喋っているのだ。
アルカナンサスに訊ねても、言葉の意味はわからない。
赤ちゃん言葉なのね。
お料理も、とてもおいしかった。
木のお皿の上に大きな葉っぱが敷かれ、見たことの無い色とりどりの野菜や果物が盛り付けられている。
きっと私だけでなく人族の、特に女性がこれらの料理を歓迎するだろう。
エルスカ経由で、ジープ観光など企画したら、貴族女性にうけるかもしれない。
ちょっと、商人みたいなことを考えてしまった。
「わ~、お刺身だぁ~」
ヴァンズナーを挟んで隣に座るアスハが、歓声を上げた。
何事かと思い、テーブルに運ばれてきた大皿に目を向ける。
うげげげげぇぇぇ
何だ、これは!
木製の大皿の上に、死んだ魚が解体されて置かれている。
いや、料理に出される魚は皆死んでいるのだが、この魚は調理前の材料の状態だ。
魚の生首があって、その脇に小さく切られた肉片が整然と並んでいる。
魚の生首は、生気ない目で私を見ていた。
マルベリア王やカリアント王妃も、席を立って料理を覗き込んでいる。
「これはね。ヘイチョって料理なんだけど、異世界のサシミという食べ方で食べてみよう」
アルカナンサスが、リザード語で何やら喋った後、人語でそう言った。
「お醤油はあるのですか?」
アスハが、アルカナンサスに訊ねる。
「お醤油はないけどね、似たようなものを作ってみたよ」
アルカナンサスは、小皿に注がれた黒い液体を指し示す。
「シーパというブドウに似た果実の汁に塩を入れたものだよ。あと、ヘイチョにかけるソースなんだけど、今日は付けながら食べてみよう」
アルカナンサスは、そう言ってリザード語でも身振り手振りを交えて語った。
ヘイチョのソースも小皿に注がれていて、こっちはクリーム色だ。
何が入っているのかはわからない。
「じゃぁ、さっそくいただきます~」
アスハが、大皿に添えられた大きなフォークでごっそりと魚の肉片を拾う。
みんな、アスハに注目している。
アスハは慣れた手つきで、肉片に黒いソースを付け、口に運んだ。
えっ・・・。生だよ、それ!
私は、吐きかけた息を飲み込む。
「どう?」
アルカナンサスは、少し緊張した様子でアスハに訊く。
「お、お醤油とは違うけど、悪くない。柑橘系の~、ポン酢に近いですね~」
アスハはモグモグしながら感想を述べた。
言っている意味は、全く分からない。
いつの間にか、リザード族の王族らも魚の肉片を食していた。
みんな、それぞれ感嘆の声を上げている。
「あ、このヘイチョソースも美味しいぃ。ナッツのソースなのね?」
アスハだ、どんどん魚の肉片を口に運んでいる。
「そうなんだ。ピピピと言う木の実に、バターと塩を入れているよ」
アルカナンサスは、得意げに答える。
みんな、どんどん食べている・・・。
私は、隣のヴァンズナーに目を向けた。
ヴァンズナーも私に目を向けていて、その目が私に、どうする? と訊いている。
どうもこうもない。出されたものは食べないと・・・。
しかし、私の手はフォークを握りしめたまま動かすことができない。
私は、肘でヴァンズナーの脇腹を小突いた。
ヴァンズナーは、悲愴な顔で私を見る。
行け、お前が行け。
私は、声を出さずに口を動かすだけで、そうヴァンズナーに命じた。
ヴァンズナーは、恨めしそうに私を一瞥し、震える手で魚の肉片を口に運んだ。
次の瞬間、ヴァンズナーは、口を手で押さえてテーブルの下に顔を隠した。
「どうした、ヴァンズナー?」
私は、ヴァンズナーの背に手をあてがい小声で訊く。
「んんん――」
テーブルの下で、涙目のヴァンズナーが私を睨んだ。
「無理です・・・これは・・・ねちょねちょと・・・うぅぅ」
「どうしました?」
怪訝そうな面持ちで、アルカナンサスが訊いてきた。
「ああ、ヴァンズナーが、舌を噛んだみたい。思いっきり――」
私は、テーブルの下のヴァンズナーの顔を覗き込む。
「あ、大変。血が出ている――」
もちろん、血など出ていない。
私は、ヴァンズナーを抱き起こした。
「ごめんなさい。ちょっと席を外します」
私とヴァンズナーは、そう言ってその場から退避した。
私とヴァンズナーは、広間の隅に用意されていた小さなテーブル席に避難していた。
ヴァンズナーは、治療と称してフルーツのお酒をガブガブ飲んでいる。
あの生魚の料理が下げられるまで、ここに避難していなければ・・・。
「姫様・・・お恨み申し上げます・・・」
虚ろな目で、ヴァンズナーが呟く。
「仕方がないでしょう。でも、よくやってくれた。ありがとう。ヴァンズナー」
ご機嫌斜めなヴァンズナーを、私は最大限の笑顔で称賛する。
「それから・・・着いて早々、リザードに心を許しすぎです」
ヴァンズナーは、酒瓶を杖に顔を上げた。
「こき下ろした後に褒めちぎる。高等な話術ですな」
ヴァンズナーが、私の隣で酒臭い息を吐く。
今度は、マルベリア王の話をしているようだ。
「どうしてそう勘繰るのかなぁ?」
私は、酔って愚痴っぽくなったおじさんを嫌悪する。
「ほらぁ~、ちょっと褒められたからって良い気になってぇ」
ヴァンズナーの顔は、真っ赤になっている。
飲みすぎだ。
それと、こいつ最近、私を舐めているな。
シラフの時に、一度きつく叱らねば・・・。
「それから、すぐに涙を見せるのも良くない・・・」
睨むような眼で、ヴァンズナーは私を見る。
「わかっている・・・が、差し出がましいぞ」
私は、ヴァンズナーを睨み返した。
それ以上、私を愚弄するなら処罰する。
そういう意味を込めたつもりだ。
「まぁ、それはそれで可愛いですけどね」
ヴァンズナーは、そう言ってテーブルに伏せてしまった。
ぶん殴ろうと拳を握ったが、止む無くひっこめた。
まぁ、ヴァンズナーが言うことは正しい。
泣かないように、心を強く持たなくては・・・。




