母后リーズル
41 母后リーズル
冗談じゃない!
こんな非礼があってたまるものか。
少々口が悪いだけなら、許容できないこともないが、私に全裸になれなどと――
しかも、訪問外交の場でだ。
失礼を通り越して、宣戦布告に近い。
「おい! お前! ケンカ、売ってんだろう!」
私は、マルベリア王を指さして怒鳴った。
「やめなさい! 挑発するな――」
背後から、私を羽交い絞めにする者が言う。
ヴァンズナーだ。
「お前も、許さないからな!」
私は、ヴァンズナーの拘束から逃れようと暴れた。
「まったく、勇者殿にそっくりじゃないか――」
そう呟いたヴァンズナーに、私の怒りがさらに高まる。
「あんなのと一緒にするな! 放せ、ヴァンズナー!」
私は、怒りに心を囚われ半狂乱の状態だった。
パニックになっていたともいえる。
そんな私の目は、マルベリア王しか見ていなかったが、そのマルベリア王が飛んだ。
え?・・・。
私の怒りが、一気に冷める。
何が起きたのかと、少し視界を広げてみると、玉座の脇に腰を曲げたリザード族の人物が、振り下ろした杖を持ち直して振りかぶっていた。
な、なんだ?
何が起きた?
どうやら、その腰の曲がった人物が、マルベリア王を杖で殴ったようである。
あ、また殴った。
ゴキンって、痛そうな音がする。
王のそばにいたアルカナンサスが、リザード語で何かを言いながら、王を体でかばった。
腰の曲がった人物は、アルカナンサスとマルベリア王にリザード語でまくし立てている。
何を言っているのか、全くわからなかったし、何が起きているのかも理解できなかった。
マルベリア王を殴ったのは、王の母、リーズル母后であった。
私たちは、別室に案内されリーズル母后と対談している。
「えーと、息子の非礼、どうか許してほしい。そう申されています」
アルカナンサスは、私を見ないでリーズル母后の言葉を伝える。
私は、アルカナンサスが言葉を発するたびに睨んでやった。
リーズル母后は、高齢のようだ。
リザード族の年齢は、見た目ではわかりにくいのだが、よく見れば鱗の輝きが薄かったり、動作が機敏ではなかったりする。
「えーと、アザリナ姫様は、本当に美しくて驚いたそうです」
アルカナンサスは、私に向かって言う。
すみませんでした。許してくださいと、その顔は言っていた。
仕方がない。そろそろ許すか。
私は、舌を出しておどけた。
「リーズル母后様にお会いできて、光栄にございます」
私は、リーズル母后に向かって頭を垂れた。
素敵なお婆様。
表情が穏やかで、息子を殴っているときとはまるで別人だ。
ここは、木の部屋・・・何もかも木でできている。
私が座っている椅子も、みんなで取り囲んでいる円卓も、壁も床も。
リーズル母后の私室なのだろうか?
「アル? 母后様は、どうして助けてくださったのかしら?」
私は、息子であるとはいえ、王を殴ってまで私を助けてくれた理由を知りたかった。
「えーとね・・・あの時、母后様がおっしゃられたのは――」
リーズル母后は、他種族とは言え女性を軽視したことに腹を立てたようだ。
同族の女性を、人前で裸にさせたりするのか! と怒ったらしい。
それを聞いて、私は胸が熱くなって、こみ上げてくるものがあった。
私は、席を立ってリーズル母后の座る椅子の脇で膝をつき、細い手を取った。
「嬉しいです。誰も、助けてくれなかったのに・・・」
私は、同席しているヴァンズナーやアスハを睨みつける。
2人とも、視線を落としてうなだれていた。
私は、このリザード族のお婆さんを一瞬で大好きになった。
ずっとそばにいて、手を取っていたい。
そんな風に思わせる、優しいお婆さんだ。
「ずっと、母后様のお側に居たいです」
私は、正直な気持ちを打ち明けた。
すると、リーズル母后は私の頭をそっと撫でてくれた。
気が張っていたのか、そのとたんこらえていた涙が零れる。
私は、リーズル母后の足にしがみついて、しばらく泣いた。
その間、リーズル母后はずっと私の頭を撫でてくれていたのである。
どうも私には、人を引き付ける魅力がないようだ。
外見の事ではない。
外見には自信がある。
たぶん中身・・・心か性格か・・・。
性格だろうな~ キツイところあるし・・・。
今回の旅で、裏切り者が判明した。
近衛銃士隊長のヴァンズナーだ。
それに、エヴァ大神殿の巫女、アスハ。
それから、一見仲良さそうに見えるジープ国特務隊長アルカナンサスの3名だ。
こいつらは、信用できない。
「いい加減、許してくださいよ~ アザリナ姫様~」
甘えた声で、私の腕にアスハがしがみつく。
「同じ女性とは思えないわ!」
私は、腕を振り払ってアスハを睨む。
「アスハだったら、あそこで裸になれって言われて脱げるの?」
「脱ぎませんよ! 私の体は神聖ですもの」
まるで、私の体が穢れているかのような言いようである。
私たちは、用意された部屋で荷物の整理をしていた。
この部屋は、お城のだいぶ上の方にある。
謁見の間から、螺旋の通路を登って来たのだ。
ここも木の部屋、色々な種類の木材を使っていて、部位ごとに素材の色の違いがおしゃれだ。
木板の壁も、まるでレンガを積み上げたように見える。
その壁には、大きな窓があって、私たちが通って来た街並みが見えた。
薄暮の今、湖の森の中は夜のように暗い。
空にそびえる木々の隙間から、橙色の光が漏れている。
「美しい所ですね。私、ジープは初めてなのです」
窓辺でたたずむ私の隣に、アスハが寄って来た。
「そりゃ、獣人の国ですもの、私だって初めてだし――」
見慣れない景色、でも美しい。
来てよかったと思う。
不安もあるけれど、知らない世界に飛び込んで、興奮もしている。
――コンコン――
不意に、ドアをノックされた。
「アザリナ姫様ぁ―、食事だよー」
外からアルカナンサスの、緊張感のない声がした。
忙しないなぁ。
もう少し、ゆっくりさせてくれないかしら・・・。
「アルさんどうぞ」
アスハがドアを開け、アルカナンサスに入室を促す。
「いや、もう行くよ。さぁ行こう」
アルカナンサスは、入ってこない。
それどころか、背を向けて出発の体勢だ。
「待ってアル! 食事なら着替えないと――」
私はアルカナンサスを呼び止める。
「え? なんで?」
アルカナンサスは、振り返って不思議そうな顔をする。
「ごあいさつした時と、同じ格好と言う訳にはいかないでしょう」
それで伝わると思ったのだが、アルカナンサスはさらに首を傾げた。
「その格好で良いと思うけど・・・丈の長いスカートとかはやめてよ」
「え? どうして?」
「担ぎにくいし、引っかかったりするから」
アルカナンサスは、さも当たり前のように言うが、何を言っているのか全くわからない。
「どうするアスハ?」
私は、アスハに訊ねた。
「う~ん。じゃぁ私は浴衣に着替えようかな」
派手な着物姿のアスハは、薄い生地の簡易な着物を取り出した。
あっ・・・可愛い。
薄い青地の生地に、紫の花柄の着物だった。
「アザリナ姫様も、浴衣にします?」
アスハはそう言って、薄紅色の浴衣をトランクから取り出す。
これも、桃色の花弁の花をあしらい、素敵だった。
私は、無言で何度もうなずいた。
浴衣と言う着物は、異世界の簡易的な着物ということだが、絵柄も可愛く腰に巻く帯もおしゃれだった。
アスハの居た異世界では、夏祭りなどで良く着られたそうである。
私は、アスハに浴衣を着せてもらって、下駄と言う履物も履かせてもらった。
見た目はとても可愛いし、生地が軽くて涼しい。
しかし、動きにくい・・・。
む~、足があまり開かないし、この下駄と言うサンダルも踵が浮いて歩きにくいぞ。
「可愛いけど・・・どうしてこんなに動きにくいのかしら?」
私は、部屋の中でクルクル回って着心地を試す。
「お淑やかに、お淑やかに」
アスハは、上品に佇み微笑した。
なるほど・・・私のようなお転婆を、お淑やかにするためなのだな。
「アルさん。お待たせしました。行きましょう」
アスハは、ドアの前で待つアルカナンサスに声をかける。
「も~、どうして人間の女の子は、こうも仕度に時間がかかるのかなぁ」
ドアを開けて、入って来たアルカナンサスは不満気だ。
「どうアル? 似合う?」
私は、袖を摘まんでアルカナンサスの前で一回転して見せる。
「うん。軽そうだし、持ちやすそうだから良いね」
アルカナンサスは、また意味の分からないことを言う。
しかし、その理由はすぐに分かった。
私たちは、食事に向かうのだが、何故か下に降りない。
上に上がるのだ。
「アル? ダイニングは下じゃないの?」
私は、少し不安になって訊く。
上を見上げたって、通路なんてないのである。
木の柱や梁があるだけ・・・。
「母后様が、景色の良い所を所望されたのさ」
そう言いながら、アルカナンサスは私を樽でも担ぐように担ぎ上げた。
「ちょ、ちょっと――」
アルカナンサスは、私を担いだまま近くの梁に飛びつく。
――キャァァァァァァ――
私は、城の最上階に連れてこられた。
いや、荷物のように運ばれてきたのだ。
髪は乱れ、浴衣もはだけ肩が露になっている。
足元から、アスハの悲鳴が聞こえる。
アスハも今、私と同じ恐怖を味わっているのだ。
アルカナンサスが、担ぎにくいとか、持ちやすいとか言っていた意味が今ならよくわかる。
この城に、最上階に上がる通路や階段などはなく、よじ登るしか方法はない。
リザード族には容易いのだろうが、人間の我々には無理だ。
最上階には、すでに大勢のリザードたちがいて、その中には老人や子供の姿もあった。
どうやら、私たちだけじゃなく、老人や子供もリザードの兵士らが担いで連れてきているようだ。
「アザリナ姫さまぁぁぁ~」
フラフラになって、アスハが私に抱きついてきた。
アスハの浴衣も激しくはだけ、大きな乳房が今にも浴衣から零れ落ちそうになっている。
私は、アスハを抱きしめて手早く浴衣の襟を直してやる。
「浴衣は、不向きだったわね・・・」
「ええ・・・忍装束が適当でしたね」
アスハは、自分と私の浴衣を交互に直しながら呟いた。
私とアスハは、身なりを整えると周囲に目を向ける。
そこは、露天の広間であった。
壁もなければ、手すりすらない。
長方形の木板の床があるだけで、隅には篝火が並んでいる。
最高に美しい光景だった。
空が見える。
濃い紫と青の空に、いくつもの星が瞬いていた。
西の空には、まだほんのりと茜色が残っている。




