マルベリア王との謁見
40 マルベリア王との謁見
王都パーペイは、驚きに満ちた都市であった。
湖の森と私は認識していたが、そんな表現では絶対に足りていない。
言い換えるなら、湖の森の街・・・あまり変わらないか・・・。
森の中なのに、街があって、大勢のリザード族が木の上を、水の上を移動しているのである。
さすがに、私たちは木の上を移動できないので、湖に浮かべられた木の道を行くことになった。
「それほど必要でないものは、置いていってね。また積み替えなきゃいけないから」
荷馬車の荷を、船に乗せ換えながらアルカナンサスは皆に言う。
「え~、必要でないものなんてあるかしら?」
私は、荷馬車の荷を見渡しながら唸る。
必要でないものなんて、そもそも持ってきていない。
「さっきから、同じような箱を運んでいるけど・・・」
アルカナンサスは、手渡されたトランクを怪しげに眺めた。
「着替えよ! 必要じゃない」
私がきっぱりそう言うと、アルカナンサスは首を横に振った。
「着替えなんて――そのままで良いじゃない」
「王様に会うのに、甲冑姿って訳にいかないでしょう?」
「別にいいと思うけど、気にするならここで着替えちゃえば?」
アルカナンサスの発言に、私は絶句した。
「ここで着替えられるわけ、ないでしょうが!」
別にはだけているわけではないが、私は胸を隠しながら辺りを見渡す。
「リザード族は、人間の裸なんかに興味ないよ」
「リザードじゃないのよ! いるでしょう人間が!」
私は、荷を運び出している銃士隊の男どもを指した。
男たちは、照れくさそうにエヘヘと笑う。
「姫様、馬車の中で着替えられたらいかがです? 我々はともかく、姫様まで鎧姿でいる必要はないかと思いますよ」
ヴァンズナーが、そう進言した。
まぁ、確かに異国の街で王族の私が武装しているのも良くないな。
「馬車で着替えるの、大変なのよ―― 狭いし・・・」
「じゃぁ、手伝いましょう」
馬車に向かう私の後を、さも当たり前のようにヴァンズナーがついて来る。
「まて・・・何を手伝うのだ?」
私は、背後の中年男性に振り返って訊く。
「お着替えを・・・」
私は、ヴァンズナーの腹を殴った。
ヴァンズナーは、アハハと笑いながら去って行く。
まったく・・・白々しい。
まぁ、冗談なのはわかってはいるが、あの性格ではとても将軍にはできないな。
馬車の扉を開けると、アスハが手を伸ばし乗車を手伝ってくれた。
「アスハ、ドレスに着替えるわ。手伝ってくれる?」
私は、馬車の中でトランクをいくつも開けながらドレスを選んだ。
王都パーペイは、程よく温かい。
コートなど羽織っていたら、うっすら汗ばむ。
私は、オフショルダーの白いドレスに、王族の紋章が入ったジャケットを羽織った。
スカートはショートスカートになってしまったので、膝上丈のレギンスを履いた。
「どうかしら?」
馬車から降りて、アスハに見てもらう。
「セクシーで良いと思いますよ。マルベリア王も姫様に一目ぼれ~」
「もう、茶化さないで」
私は、自分でもスカートを広げたり、ジャケットの襟を直したりして状態を確認する。
背後で、男たちのざわめきが聞こえた。
「なんてこった・・・」
ヴァンズナーが、額を抑えながらやってくる。
「何よ。何かあったの?」
「いや、姫様・・・美しすぎる・・・」
まじめな顔で、ヴァンズナーが言う。
何故か、ちょっとドキッとしてしまった。
こんなおっさんに・・・。
「い、行きましょう!」
私は、着物姿のアスハの手を取って歩き出した。
私たちは、湖に浮かぶ木の道を進んだ。
木板の道だが、十分な浮力があって人間が2~3人乗っても全く揺れたりしない。
これなら、慎重に進めば馬車も通れそうだ。
馬が嫌がらなければだが・・・。
敵対していた私たちに対して、リザード族の住人たちは、さぞ警戒しているだろうと思っていたのだが、それほどでもないように感じる。
すれ違う人々は、私に対して恭しくお辞儀していくのである。
アルカナンサスが一緒にいるからかもしれないが、少なくとも私に身の危険を感じるような緊張はない。
私たちの脇を、船が並走している。
積み替えた荷を乗せたものだ。
これを、2人のリザードが泳いで引いている。
リザード族は、木登りも、陸を走るのも、泳ぐのも達者だ。
身体能力が、私たちよりも遥かに長けている。
よく我が国は、この国と戦争などしたものだ。
武器の優位がなければ、絶対に勝てない。
奥に進むにつれ、賑わいが増してくる。
家屋や店舗が増え、人々の往来も増えていった。
「うわ~ 大都会だぁ」
私の手を握るアスハの手に力が入る。
そこは、王都の中心部の繁華街にあたる目抜き通りだった。
高くそびえ立つ木々の遥か上の方まで、家屋が建ち並んでいる。
木道の両脇には、隙間なく店舗が並び、果物やカゴなどの木工品が並べられていた。
そして、目抜き通りの先は広い湖があり、その中央に小島が浮かんでいる。
その小島の上に、石造りの大きな建物あった。
「あれが、お城だよ」
アルカナンサスが、小島に立つ建物を指して言う。
苔むした石垣の上に、木と石を組み合わせて造った城だ。
それほど大きくはないが、長い歴史を感じさせる。
湖の上の城へと続く木道の両端には、大勢のリザード族の兵士らが槍を携えて整列していた。
その数は、100人近くにはなるだろうか。
怖ぁ~
この人数で、槍襖で塞がれたら、絶対に突破できない。
しかし、王族たるもの怯んではいけない。
アルカナンサスの先導に、私は顎を上げ威厳を保ち堂々と木道を進んだ。
私は、ゆっくりと歩を進めながら、整列しているリザードの兵士らを盗み見た。
見てる~
しっかり私たちの動きを、見下ろしている。怖いんだよな~、もっと優しく出迎えてくれないかしら・・・。
城に近づくと、ドンドコと太鼓の音が聞こえてきた。
見れば、木道から城へあがる石の階段付近に、太鼓を叩いているリザードが数名いるようだ。
たぶん、出迎えの儀式だろう。
私たちが、笛やラッパで来客を出迎えるのと同じなのだ。
「じゃぁ、アザリナ姫様、このまま王様の所まで行っちゃうよ」
石の階段を上る直前で、アルカナンサスが振り返って言う。
私は、黙ったまま頷いた。
何故確認する? 不安をあおらないでよ!
城の壁は、加工をしていない天然の石をそのまま積み上げたものだ。
大小さまざまな大きさや形があるのに、上手に組み合わせて積み上げている。
所々、木の部材も露出していることから、木の柱や梁に石を組み込ませているのかもしれない。
城の中は、案外明るかった。
明り取りの窓・・・穴がいくつもあり、むしろ雨が入ってこないのか心配になる。
通路を抜けると、開けた場所に出た。
しかし、そこは巨大なプール?
城の中なのに、湖の一部がまた出現した。
見下ろせば、先の見えない深さだ。
「アザリナ姫様、ここからは船で渡るよ」
アルカナンサスが指し示す水面に、小さなボートがあった。
櫂を持ったリザード族の渡し守が、私に向かって気を付けで立っている。
「この船で、何度も往復するの?」
私は、船に乗り込む種の階段を、恐る恐る降りる。
滑りそうだ。
「いや、王様に謁見するのは、姫様とアスハさん。まぁ~、おまけでヴァンズナーさんぐらいかな」
「おまけかよ!」
不服そうにヴァンズナーは口を尖らせる。
「武器は、持っていけないけど、何があっても姫様のことは俺が守るから安心して」
アルカナンサスは、優しく微笑して私に言う。
「俺のこともお願いしますよ。武器無いんだから」
ヴァンズナーは、腰の剣をベルトごと部下に手渡す。
アルカナンサスは、答えなかった。
「無視すんなよ・・・」
ヴァンズナーは、そう呟いてボートに乗った。
この大きな水路の先に、王のいる謁見の間があるらしい。
ここからでは、王の姿は確認できなかった。
城の中に、水路を設けるなど考えたものだ。
この城を落とすのは容易でない。
そんなことを考えながら、辺りを見回していると、ボートが静かに動き出した。
ああ、緊張するなぁ。
私の初めての直接外交だ。
対岸にたどり着くと、私はアルカナンサスに手を借りて謁見の間に続く階段を上がった。
上がった先には、ただ広いだけの部屋があり、壁には隙間なくリザード兵が整列し、奥の正面には、玉座に座ったマルベリア王の存在が認められる。
私は、王を視認すると速やかに一礼した。
白いシャツに紺色のズボンをはいて、木材を編んで作った玉座に、ゆったりと座っている。
嫌な印象は受けなかった。
爽やかな青年と言った印象だ。
「お初にお目にかかります。私は、エルスカ王国第一王女アザリナ・ファス・エルスカと申します。私共の来訪を快く受け入れてくださいましたことを、心より感謝申し上げます」
私は、マルベリア王の前に進み出ると、右手を胸に当てて恭しく頭を垂れた。
アルカナンサスが、王の隣りに進み出て、私の言葉を王に伝える。
「え~、よく来てくださった~ あ~ 心より歓迎いたします~ え~」
王の言葉を、私たちの言葉に変えてアルカナンサスが言うのだが、何だかしどろもどろで聞き取りにくい。
そして、アルカナンサスは頭をかきながら沈黙する。
「良いのよアル、気を使わないで」
どうやら、マルベリア王は私たちに対し、良くないことを言っているようだ。
大丈夫、手紙では不細工と書かれていたけど、リザード族と人間の価値観は違うのだから、何と言われたって気にならない。
「ごめんね。悪気はないんだよ。正直な性格なんでね」
アルかナンスは、そう断ったうえでマルベリア王の言葉を伝えた。
「さぞ不細工かと思っていたが、見てみれば美しいではないか――」
あらやだ。
こき下ろした後に、持ち上げるだなんて、高等技術だわ。
私は、思わずにんまりしてしまった。
「このように美しい造形もあるのだな――」
やだ~、も~、恥ずかしいなぁ。
「え~と・・・その~」
また、アルカナンサスは言い淀む。
「良いから、良いから、続けてアル」
私は気をよくして、最大限の笑顔をマルベリア王に向けた。
「え~とね・・・そこで、服を脱いで欲しいんだって・・・」
「はぁ!?」
私は、眉を寄せアルカナンサスを見る。
「どういうこと?」
「え~とね・・・姫様の裸が見たいそうだよ。あの~ 姫様はとても美しい顔をしているから、体も美しいのだろうって・・・」
アルカナンサスが、私とマルベリア王を交互に見ながらおろおろしている。
また、マルベリア王が何かをアルカナンサスに言う。
「あ~、今伝えましたから~」
アルカナンサスも混乱しているようだ。
「嫌よ! 何を言っているの!」
私は、アルカナンサスを睨みつけながら言い放った。
「あ、ヴァンズナーさん。ちょっと後向いていて」
アルカナンサスは、私の後ろで跪座しているヴァンズナーに言う。
ヴァンズナーは、立ち上がると渋々後ろを向く。
「脱ぐわけないでしょう!」
私は、ヴァンズナーの襟をつかんでこちらを向かせた。
「冗談にしても、ひどすぎるわ!」
私は、アルカナンサスとマルベリア王に抗議した。
「姫様、落ち着いて」
そばにいたアスハが立ち上がって、私の手を掴んだ。
よかった。
ここでは、同性のアスハしか味方がいない。
「リザード族は、よこしまな目でアザリナ姫様を見たりしません。ここは、パーッと――」
アスハまで、脱げと言う。
「何よ! アスハまで!」
「ふざけないで! アル、そいつに言って! ふざけるな! って」
私は、腕組みをしてアルカナンサスとマルベリア王を睨みつける。
「アザリナ姫様ぁ~ お願いだよ~ 帰れなくなっちゃうよ~」
アルカナンサスは、情けない声で懇願する。
「アル! あなた! 何があっても私を守るって、言ったじゃない!」
私は、困った顔でいるアルカナンサスに噛みつく。
「姫・・・国家のためです。私は後ろを向いていますので――」
ヴァンズナーが、まじめな顔をして私に言う。
それで、私の我慢が限界を達した。
「それが、家臣の言うことか!」
私は拳を握りしめ、力いっぱいヴァンズナーの顔をぶん殴った。




