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王都パーペイ

39 王都パーペイ




 私たちは、パリオムで一夜を明かす。

 用意されたテントは、簡易的な建物であるはずなのに、とても豪華だった。

 床には絨毯が敷かれ、しっかりとしたベッドまである。


 テントの中央には、囲炉裏があって焼き魚や様々な野菜を煮込んだスープを供された。

 フーレン・パイは、よくやってくれたが、さすがにこの人数を1人でもてなすのは大変なので、私たちも食事の準備などは手伝った。


 彼女は恐縮していたが、私は楽しかった。

 リザード族の同年代と接するのは初めてだったし、男ばかりの集団の中にいると彼女の存在はありがたい。


「アル! 座ってないで手伝いなさい!」


 私は、忙しなく働くみんなの中で、独り酒を舐めていたアルカナンサスを叱った。


「良いです! 私が――」


 フーレン・パイは、ことさらアルカナンサスに気を遣う。


「ヘイヘーイ」


 アルカナンサスは、酒の入った木のグラスを口にくわえて重い腰を上げる。


「ヴァンズナー、テントの中では装備を外させろ! 邪魔だ!」


 近衛兵らは、甲冑を着て帯刀したままだ。


「いや、そう言われても・・・敵地ですから、何があるか――」


「敵地ではない! 友軍領だ!」


 私に叱られて、ヴァンズナーは渋々部下らの武装を解かせる。


「アザリナ姫様は、きっと肝っ玉母ちゃんになりますね~」


 アスハが、脇でクスクス笑っている。


「なりません!」


 美しく上品な私が、そのようになるわけがない。

 何を言っているのだ。

 私は、アスハを睨んだ。


「アザリナ姫様、どぞ、楽にしてー ださい。後は私が――」


 フーレン・パイは、忙しく動き回りながら、何度も私にそう言う。


「ほら、姫様が動き回っていると、フーレンが困るよ」


 テントの隅で、今日付けの姿勢でアルカナンサスは酒を飲んでいる。 

 兵士らは、囲炉裏を囲んで、塩を振った魚を焼いたり、鉄鍋の中をかき混ぜたりしていた。

 ワイワイガヤガヤ、それ取って、あれちょうだい、賑やかで良い。

 こういう食事も良いものだ。

 上げぜんえ膳ばかりも退屈だ。


「アザリナ姫様! このスープ飲んでください!」


 アスハが、木の椀に入ったスープを持ってきた。

 おっ、良い匂い。

 フーフーしながら口を付ける。


 お、おぉぉぉぉぉ――

 な、何と言うことでしょう!

 野菜と魚しか入っていないのに、何と濃厚な旨味か!


「美味しい! 何なのこのスープ!」


 私は、目の前を通り過ぎようとしたフーレン・パイを呼び止めて訊ねた。


「お? 普通のスープだが・・・」


 不思議そうに、フーレン・パイは私を見る。

 普通なのか・・・ジープでは、これが普通なのか・・・。

 私は、ジープ国の優れた食文化に戦慄した。


「フフフ、アザリナ姫様、野菜もお魚も、じっくり煮込むと出汁だしが出るのですよ」


 私の脇で、アスハが言う。


「出汁?」


「食材の持つ真価です」


 そ、そうなのか・・・勉強になった。 





 馬のいななきで目を覚ます。

 テントの中は、まだ暗い。

 隣のベッドで眠るアスハは、まだ寝息を立てていた。


 女性は、私とアスハの2人だけだが、兵士らの使うテントと同じものをあてがわれた。

 兵士らは、2つのテントに分かれて宿泊するが、たぶんぎゅうぎゅうだ。

 私とアスハだけで、この広いテントを使用して、何だか申し訳ない気もするが、男と同じは絶対嫌だから、仕方がない。


 私は、近くの燭台に火を灯し、コートを被ってテントの外に出る。

 この辺りは、雪もなく温かい方だが、早朝は冷える。

 息が白かった。


「姫様、おはようございます」


 私は、近づいてきた人物に燭台を向ける。

 ヴァンズナーだった。

 ヴァンズナーも私に燭台を向けて、私を見下ろしながら口髭の生えた鼻の下を伸ばしていた。

 何を見ているのか? 

 ヴァンズナーの視線の先をたどると、寝間着の胸元の肌があらわになっていることに気づく。


「見るな!」


 私は、慌ててコートの襟を寄せた。


「見るなと言われましても・・・男ばかりなので、姫様にもご配慮願います」


 ヴァンズナーは、残念そうな顔をした。

 確かに、配慮が足りなかった。

 気を付けよう。


「みんな早いな」


 周囲を見渡せば、近衛兵らは起床していて出立の準備を整えている。


「今出れば、王都パーペイには昼過ぎにはたどり着ける算段です」


「そうか・・・私も急ごう」


 私は、ヴァンズナーをその場に残しかわやへ向かう。

 厠で用を済ませ、外に出ると正面に湿地が見えた。

 湿地の表面には、低い霧が漂っている。


 遠くの、朝日の届いた場所だけ黄金色に輝いていた。

 何と、神秘的で美しい場所か・・・。

 私は、美しい景色に誘われて、湿地へと足を向ける。


 日の光に当たる場所が、どんどんと広がっていき、そのうち湿地全体が輝き始めた。

 私の顔にも、朝日が当たる。

 温かい。

 冷たい空気も、美味しい。


「アザリナ姫様―― お仕度、お手伝います」


 背後から、フーレン・パイに声を掛けられた。


「ええ」


 私は、振り返りフーレンを見る。

 フーレンの全身を覆う鱗も、朝日を受けて輝いていた。


「アザリナ姫様、キレイ――」


 フーレンが、にこりと笑って言う。


「あなたも綺麗よ。とっても」


 私は、フーレンの手を取ってテントへと駆け出した。





 私たちは、出立の準備が整うと、住民らの墓所へ挨拶し、フーレンに別れを告げて、パリオムを出た。

 パリオムを出てすぐ、私たちは深い森の中に入った。

 道は整備されていたが、見慣れない木々に少々戸惑う。


 木が横に生えていたり、木に木が巻き付いていたり、私たちの国では見ない種類の木々ばかりであった。

 私は、見るものすべてが珍しくて、ずっときょろきょろと辺りを見回していた。


「姫様、急がないと遅れますよ」


 先を走っていたヴァンズナーが、馬足を緩めて私の馬の横につく。


「不思議な景色ねぇ」


 アルカナンサスに、色々と質問したいのだが、アルカナンサスは我々の到着を知らせに先に向かったのだ。


「お、ここかな?」


 道が、二手に分かれている。

 ヴァンズナーは、馬上でアルカナンサスが作った地図を広げた。


「姫様、右ですからね!」


 先に左の道へ進みかけた私を、ヴァンズナーが呼び止める。


「そっちは、ドラゴンの巣があるようです」


 ヴァンズナーは、まじめな顔で言う。


「そんな訳あるか。ドラゴンなんて伝説上の生物だろうに・・・」


 私は、右の道に戻りながら、ヴァンズナーを鼻で笑ってやった。


「いますよ。ドラゴン・・・私見たことありますし」


 ヴァンズナーは、私を冷めた目で見る。


「戯言は良い。急ぐぞ!」


 私は、あぶみを蹴って馬を急かした。

 そろそろこの景色にも飽きてきた。

 次の景色が見たい。





 私たちは、突然に進路を阻まれた。

 水だ。

 深い水が森を侵食している。


「つきましたね。王都パーペイの入り口のようです」


 ヴァンズナーは、馬を降りて地図を広げる。

 私も、呆然としながら馬を降りた。

 ここが、王都パーペイ!?


 足元の水を覗き込む。

 深く澄んだ水が、森を沈めていた。

 ずーと下まで、木の幹が水の中に続いている。


 上を見れば、木の枝や幹が、横に斜めに入り混じっていて、その木の上に家屋が立ち並んでいるのである。

 何だ、ここは・・・。

 私は、見たこともない光景に圧倒された。

 どうしたら良いかわからず、混乱している。


「アザリナ姫様――」


 アルカナンサスの声が、正面から聞こえた。

 見れば、アルカナンサスが水の上を走っていた。

 どういうことだこれは!

 よく見ると、水の上には板が浮かべられていて、その上をアルカナンサスが走っているのである。


「これは・・・道なの?」


 私は、水に浮かべられている木板を観察した。

 大きな木の板で、十分な浮力はありそうだが・・・。


「ようこそ、王都パーペイへ」


 私たちの目の前にたどり着くと、アルカナンサスは恭しくお辞儀する。


「あ・・・アル? ここが王都なのね?」


 私が訊きなおすと、アルカナンサスは不思議そうに私を見る。


「・・・ようこそ、王都パーペイへ」


「う・・・うん」


 それは、知っているのだよ。

 私が、聞きたいのは――

 全部だ!


 私のこの興奮は、アルカナンサスには理解できまい。

 全てが、私の想像を超越してしまっている。

 木の上に家屋があって、水の上には浮かぶ道がある。


 リザード族の人々は、真上に真横に縦横無尽に行き来しているし、水の上に浮かんでいる家屋もある。

 どうすれば良いのだこれは!

 書物には、湖の森―― リザード族がそこに暮らす―― くらいしか書かれていなかったのだ。

 誰がこの光景を想像できよう。


「アルカナンサス殿、馬はどうしましょう?」


 ヴァンズナーが、アルカナンサスに聞く。


「馬も行けるんだけど、慣れていない馬は怖がるだろうから、ここに置いていくしかないねぇ」


 アルカナンサスが答えた。

 しかし、私はそれどころではない。

 私は、馬の手綱をヴァンズナーに持たせると、隊列の後方へと駆け出した。

 馬車の扉を開けると、中で眠っているアスハを叩き起こして馬車から引きずり出す。


「もう~、何なんですか姫様ぁ~、私はまだ眠いのです~」


「お昼寝なんて、している場合じゃないのよ!」


 私はアスハの手を引いて、突然足元から湖が始まるその際まで連れてきた。


「見てごらんなさい!」


 私は、湖の前にアスハを突き出した。


「おっとと――」


 水に落ちそうになったアスハは、慌てて私にしがみつく。


「なぁ―― 何だこりゃぁぁぁああああ」


       ――何だこりゃぁぁぁああああ――


         ――何だこりゃぁぁぁああああ――


 アスハの絶叫が、森にこだました。





 


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