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ジープ入国

38 ジープ入国




 私たちは、広大な畑の広がる平地を過ぎ、森林地帯に入った。

 ここからは、王国内と言っても管理の行き届かない地域となる。

 この森は深く、迷えば遭難する迷いの森などとも言われていた。

 道は整備されているので、脇にそれなければ迷う心配はない。


 ただし、夜間は危険だ。

 日のあるうちに、この森を抜けなければならなかった。

 昼中でさえ、木々の葉に阻まれて薄暗い。

 夜になったら、洞窟にいるかのような完全な闇に包まれる。

 誤算だったのは、昨日の暴飲暴食だ。


 隊の足が鈍く、行軍が遅れているのだ。

 日が見えないので、正確な時刻もわからなかった。

 アルカナンサスを先に行かせたのも、失敗だったかもしれない。


「ヴァンズナー、まだ森は抜けれそうにないのか?」


 私は、隣を並走する近衛銃士隊の隊長に訊ねた。


「そうですね~、まだ半分も来てないですなぁ」


 昼食をとってから、ヴァンズナーは少しまともになった。

 会話を交わせるぐらいにはなっている。


「それでは、間に合わないのではないか?」


 私は、不安になる。

 夜の森は、怖いのだ。


「間に合いませんね・・・今日は森で野宿ですなぁ」


 サラリと言うヴァンズナーに、腹が立つ。


「ふざけるな! 野宿などできるか!」


「いや、宿があるのは昨日までで、今日からはどのみち野宿ですよ? ジープに着いたらどうなるかわかりませんが・・・」


 私は、野宿を否定しているのではない。

 森での野宿が嫌なのだ。

 私が、不安に駆られて辺りを見回していると、突然夜のように暗くなった。


「何事だ!」


 私は、叫びそうになるのを堪え、ヴァンズナーに問う。


「ああ、日が西に傾いたんですよ。森が深いので斜光が届かない」


 噓でしょ・・・まだ日没まで時間はあるはずなのに・・・。


「おい、今日はここまでだ。近くで野営できるところを探せ」


 ヴァンズナーは、後方を振り返って部下たちに指示を出す。


「まて、まだうっすらと見える。慎重に進めば間に合うのではないか?」


 私は、目を凝らしても何も見えない深い森の中を見回す。

 やだー、怖い、怖い――


「無理ですよ。姫様・・・もう、間に合いません」


 冷たく言い放つヴァンズナーだった。

 いったい誰の所為で、こうなったと思っているのだ。





 結局、私たちは少し開けた場所を見つけて、そこで夜を明かすことになった。

 もう何も見えない。闇に飲まれている。

 見えるのは、焚火の有る周辺だけ・・・。 


たきぎを探せ! どんどんくべろ!」


 私は、近衛兵らに指示を出した。

 兵士らは散開し、薪を探す。


「そんなに燃やしたって、昼にはなりませんよ・・・森を焼き払うおつもりで?」


 ヴァンズナーが、私を皮肉る。


「火がなければ、何も見えないではないか!」


「見えなければ、感じればよいのです。こう、耳を澄ませて・・・」


 ヴァンズナーが目を閉じた。

 その時だ、私のすぐ背後で、ガサガサと音がした。


――キャァァァァ――


「す、すみません・・・薪を持ってきました」


 それは、薪を探しに出ていた近衛兵の一人だった。

 顔までは見えない。

 私は、無意識に腰の剣の柄を握っていて、それをヴァンズナーが、手で押さえて抜刀させなかった。

 ヴァンズナーが止めてくれていなければ、私はこの兵士を切ってしまっていただろう。


「あぶないなぁ~。姫様は、アスハ様と馬車に居てください」


 私は、ヴァンズナーに手を引かれ、馬車へと連れてこられた。

 ああ、そうだ。それが良い。

 私は、逃げるように馬車の中に避難した。


「おや、アザリナ姫様? どうされたのです?」


 馬車の中には、アスハがいた。

 私は、アスハに飛びついて力いっぱい抱きしめる。


「痛い、痛い! もう何なのですか?」


「お願いアスハ、ギューってして!」


「もう・・・子供じゃないのですから」


 アスハは、私の背に手を回し抱きしめながら背をトントンと軽く叩いた。


「姫様、怖いのですか?」


「怖い・・・森の闇は怖い・・・」


 私が森の闇を怖がるのは、当たり前のことだと思う。

 森は、人間の住まう場所ではないのだ。

 小屋などがあれば良いが、それがなければ住めぬ場所だ。

 森は、人間以外の者が住まう場所・・・。


 動物たちもそうだが、悪魔や怨霊、幽霊などもいるかもしれない。

 私たち人間が、屋根もなく暮らせる場所ではないのだ。

 私は、アスハに抱かれ屋根のある馬車の中にいることで、少し安心を手に入れた。





 辛く長い夜が明けた。

 アスハにしがみついて夜を明かした。

 最初少し寝てしまった所為で、みんなが寝静まる頃に目を覚ましてしまったのである。


 それからは、一睡もできなかった。

 おかげで私は、微睡みながら馬車に揺られている。

 眠すぎて、馬には乗れなかったのだ。


「寝ていて良いですよ。眠れなかったのでしょう?」


 アスハが、私の頭を撫でながら言う。

 私は、アスハの膝枕で横にはなっていたが、眠れなかった。

 眠いのに・・・。


 窓の外が、突然明るくなった。

 今は、昼に近いはずだから朝日ではない。


「森を出ましたよ。しばらく草原を行って、夕方にはハース湿原です。今日はそこでまた野宿ですな」


 窓を覗き込みながら、ヴァンズナーが知らせてくれた。

 森につかまったせいで、丸1日遅れてしまったのである。

 予定では、昨日ハースに到着するはずだったのだ。


 馬車と並走していたヴァンズナーが、突然馬を走らせた。

 何事かと、私はアスハの膝から身を起こす。

 車窓から顔を出し、隊の先頭を見た。


 ヴァンズナーが、誰かと話している。

 アルカナンサスだ。

 私たちが遅いので、戻って来たのだろう。


 アルカナンサスがこちらに向かって走って来た。

 私は、車窓から身を乗り出して手を振る。

 丁度森を抜け、1日ぶりの陽光に私は目を細めた。

 視界には、茶色く枯れた草原が広がっていた。


「アザリナ姫様、大丈夫?」


 アルカナンサスは、馬車と並走しながら訊ねてきた。


「ええ、具合が悪いわけではないの。アルがいなくて寂しかったわ」


 本当に、昨晩はアルカナンサスがいてくれた方が良かった。


「パリオムの集落跡地に、簡易的な宿を作ったんだ・・・嫌じゃなければ」


 アルカナンサスは、躊躇いがちに言う。

 パリオムは、アルカナンサスが昔住んでいた集落だ。

 そして、我が国が住民を惨殺した場所でもある。


「嫌なわけ、ないじゃない。最初から寄るつもりでいたわ」


 私は、アルを見ながら微笑した。

 もしジープの王都に入れてもらえなくても、パリオムにだけは行かなければならないと思っていた。

 誰に反対されても、私はあそこに行かなければならない。





 私は、馬車から馬に乗り換え先を急いだ。

 目的地は、ハース湿原を南東に迂回し進んだ先にあるパリオムだ。

 どのみち通る道のりなのだが、宿を用意してくれているのなら今日のほうが良い。

 そうすれば、明日中にジープの王都にたどり着けるだろう。


 ハース湿地には、日没にはまだ余裕のある時間に着いた。

 広大な湿地で、遠くから見れば湖のようにも見える。

 我々の隊列は、湿地で足場が悪くなる直前で迂回しパリオムに向かう。

 先頭をアルカナンサスが走り、その後をヴァンズナーが行く。


 二人の道選びに、間違いはなかった。

 一度も馬足を乱すことなく、我々は進むことができた。

 その甲斐もあり、我々は日没間際にパリオムにたどり着くことができた。


 パリオムの集落は、一度は放棄されたそうだが、今は手入れがされていて綺麗にされている。

 大きな二本の木で門が建てられ、周囲を木の柵で覆われていた。

 門には、木板の看板掛けられていて、たぶんパリオムと書かれているのであろう。


 私は、その門を見て胸が締め付けられた。

 ここが、パリオム・・・。

 凄惨な事件の有った、あのパリオムなのだ。


「ヴァンズナー、待て!」


 私は、先を行くヴァンズナーを呼び止めた。

 ヴァンズナーは、不思議そうな顔で私を見る。


「馬を降りろ。それから、私が先に行く」


 私は馬を降りて、ヴァンズナーに手綱を手渡した。

 アルカナンサスが、門の前で私をいざなう。

 門の少し先に、遊牧民が使うような大きなテントが3棟建てられていた。


 アルの言っていた簡易的な宿は、これの事だろう。

 宿の前に、小柄なリザード族がいた。

 小柄と言っても、人間よりは大きいのだが・・・。

 私は、門をくぐる前に手を胸の前で組んで一礼した。


「ありがとう。アザリナ姫様」


 アルカナンサスは、にっこり微笑んで宿の前に誘導する。


「今日、皆さんのお世話をするフーレン・パイだよ。人語は少しだけ話せるけど、伝わらなかったら俺に言ってね。女の子だから、姫様も気兼ねなく――」


 私は、フーレン・パイに手を差し出して握手をした。


「アザリナです。よろしくね」


「フーレンです。よこそ」


 フーレンは、膝を曲げて恭しく頭を垂れた。


「じゃぁ、フーレン。アザリナ姫様を案内して」


 アルは、身振りを交えてゆっくりとフーレンに言った。


「待って、アル」


 私は、ヴァンズナーらの方へ行こうとするアルカナンサスを呼び止めた。


「お部屋へ通していただく前に・・・・皆様の墓所へ参ります」


 私がそう言うと、アルカナンサスは立ち止まったまま黙ってしまった。

 迷っているのだろうか?

 もしくは、私を連れて行きたくはないのだろうか・・・。


「・・・うん・・・わかった」


 やっと、アルカナンサスは答えてくれた。


「ありがとうアル」


 私はヴァンズナーを呼びながら、腰の剣をベルトごと外した。


「それから――用意してきた物の準備と、アスハを呼んでくれる」


 私は、ヴァンズナーにそう指示して剣を渡す。


「ごめんねアル。ちょっと待ってね」





 墓所は、集落の裏にある森の中にあった。

 両手で抱えられるぐらいの石が、亡くなった住民の数だけ横一列に並んでいる。

 アスハの指示で、その中央に祭壇が準備された。

 祭壇には、果物や酒などが供えられている。

 祭壇の前で、アスハが膝をついて座ると、私たちもそれに倣って膝をつく。


「掛けまくもかしこ大御神おおみかみ御前みまえつつみうやまいてもうす――」


 跪いたアスハが、祭壇に一礼すると祝詞を読み始めた。

 喉の奥から絞り出すような、独特な韻である。


「ここにしずまりしパリオムの民らの御霊みたまにエルスカ王国第1王女アザリナとその従者らが誠をささまつり安らかな鎮まりと弥栄いやさかを祈り奉る――」


 静かな声―― 

 私は、深く、ため息のような空気を吐き出した。

 体が震え、その後で涙が零れた。


かしこみ―― かしこみ――」


 アスハが一礼し、祝詞が終わる。

 静かな森の中、横一列に並ぶ小さな石碑は37基あった。

 その下には、我が兵に傷つけられた亡骸が埋まっているのだ。


 老人、女、子供・・・。

 さぞ無念であったろう。

 怖かったであろう。

 痛かったであろう。

 泣きながら、母を呼ぶ子供もいただろう――


「アザリナ姫様――」


 アスハが、膝をついたまま私に向いた。

 祝詞が終わったら、私が用意した誓いの言葉を読み上げる手筈であった。

 でも、立てなかった。


「姫――」


「姫様――」


 アスハと、アルカナンサスが、立ち上がって私のそばに来ると、私の肩を抱いた。


「頑張ってアザリナ姫」


 嗚咽でむせる私の肩を、アスハがゆすって励ましてくれた。

 私は、震える手で懐紙を取り出し、それを読み上げる。


「わ、わたしは、える、すか――」


 嗚咽で、なかなか声が出ない。

 涙で文字も見えない。

 私は、用意した手紙を握りしめ、心の中の言葉を発した。


「誓います! もう、誰も不幸にしない!」





 

 

 

 


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