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夕食

37 夕食




 温泉は、最高だ・・・。

 まだポカポカしている。

 もう、眠ってしまいたい。


 私たちは、今晩宿泊する部屋に案内された。

 この宿で一番上等な部屋と言うことで、豪華な造りだ。

 この部屋に、アスハと二人で泊まる。


「お食事は、1階にご用意しています。好きな物を好きなだけ食べていただく形式になっております。下で召し上がっていただいても良いですし、お部屋に持って来られても構いません」


 キャリアンが、暖炉に薪を足しながら食事の説明をしてくれた。


「王族の方に対して、このようなおもてなししかできなくて心苦しいのですが・・・」


「ビュッフェ形式ですね。楽しいから良いじゃありませんか。ねぇ姫様?」


 アスハが、そう私に同意を求めるが、そのビュッフェとやらがわからない。

 でも、行けばわかるだろうから、そうね、と答えた。

 キャリアンが、ベッドのシーツを直しているのだが、短いスカートの中が気になっていた。 


 下着が見えそうだと、思ったらスカートの中は下着ではなかった。

 黒いズボンのような物をはいている。下着にも見えなくはないが、尻にはポケットが2つあり、左わきには短刀がベルトのようなもので括りつけられていた。


「何故、短刀を忍ばせている?」


 私はキャリアンに訊ねた。これは、私たちに危害を加えるための物ではないと理解はしている。


「ああ、これですか? いろいろと便利なのですよ。糸を切ったり、野菜の芯をとったり、果物の皮をむいたりと―― 一番の目的は護身用ですけどね」


 振り返って答えるキャリアンは、にっこりと笑う。


「なるほど、短いスカートは、それをすぐ取り出すためなのだな」


 私は、感心しながらキャリアンのスカートの中を覗き込む。


「やだ、恥ずかしいです――」


キャリアンは、慌ててベッドから降りるとスカートの裾を直した。


「それもありますが、男性のお客様が喜びますからね」


 無垢な笑顔でキャリアンは言う。

 なるほど、しっかりしている。

 私とアスハは、部屋を出て1階のロビーに向かった。


 受付のあった部屋だ。

 その両脇の棚に、料理の入った大皿が並べられている。

 すでに、10人ほどの兵士が料理を選んでいた。


「あ、姫様――」


 兵士の一人が私に気づくと、皿を手にしたまま姿勢を正した。

 他の者たちも、順次それに倣う。


「よい、楽にしてくれ」


 私は、得意の慈愛に満ちた笑顔で言う。

 私は、アスハの手を引いて、反対側の壁に向かった。

 そこには、4人掛けの丸テーブルがあって、2人の兵士が食事をとっていた。

 その2人も、私に気づくと食べるのをやめて席を立つ。


「いや、良いから、食事を続けてくれ」


 私は、手振りで敬礼を断った。

 こうなるから、面倒くさいのだ。

 さっさと料理を選んで、部屋に戻ろう。


「わー、美味しそう」


 私の手を振り払ってアスハが料理のもとに駆けて行った。

 私もそれに続く。

 最初に目に飛び込んできたのは、魚の姿焼き? 香草をまぶしてある。

 その脇には、野菜を卵に絡めたもの―― これも香草の香りがする。


「良い香りですね――」


 アスハは、目を閉じて料理の香りを楽しんでいた。

 なるほど、これらの料理を、自分で好きなだけ食べられるのか。

 確かに楽しいなこれは・・・。

 アスハが、私に取り皿を取ってくれた。


「アザリナ姫様――」


 キャリアンが、満面の笑みで大皿を運んできた。


「出来たってですよ~」


 それは、鶏肉の串焼きだった。色が2色、黒いのと白いの・・・香ばしいとても良い香りがする。


「おおおー、焼き鳥ではないですか!」


 アスハが、飛び上がって歓声を上げる。


「ご存じでしたか、アスハ様――」


 キャリアンは、その焼き鳥とやらを私とアスハの取り皿に2本ずつ乗せてくれた。


「むむむ! この味は、まごうことなき焼き鳥なり! 美味なり」


 早速、焼き鳥を口に運んだアスハは、モグモグしながら言う。


「お行儀悪いわ、アスハ」


 立ったまま食べるなんて―― まぁ、私もよくやるけど・・・。

 私も、兵士らの目を気にしながら、一串かじってみた。

 お、おおおおぉぉ――


 何だこれは! 香ばしい、甘い、しょっぱい・・・美味い!

 ほっぺが、喜んでいる。

 似たような物を、城でも食べたことがあるが、これは・・・違う。

 別物だ! 香ばしさが違う。味の深みも別格だ。


「何なのこれは!? とてもとても美味しい」


 私も、焼き鳥を頬張りながらキャリアンに訊ねた。

 私は、キャリアンに渡された2本を一瞬で食べ終え、大皿に直接手を伸ばし焼き鳥をむさぼり食べた。

 止らない! 美味しすぎるぅぅ。

 兵士らに見られようが構うものか。


「こ、これは、勇者様に教えていただいた調理法なのです」


 キャリアンが、ぼそりと言った。

 何だと・・・またアイツか・・・。

 でも、美味い。

 黒い焼き鳥は、タレがまとわされている。白い方は、塩がかけられているだけだ。

 私は、断然黒い方が好みだ。


「アイツ、ここに来たのか」


 私は、口の中の焼き鳥を飲み込み、次の串に移るタイミングで訊ねた。


「ええ、王都が獣人連合軍に取り囲まれる少し前です」


 キャリアンは、都合の悪いことでもあるのか、言葉を選びながら答える。


「お一人でフラッと来られて・・・最初は、勇者様と気づかなかったのですが・・・」


「気づいたときに、何故通報しなかったのだ?」


 責めたわけではなかったのだが、キャリアンは恐縮した。


「申し訳ございません。どうしたものか迷っているうちに、あのようなことになりまして」


 目を伏せて、申し訳なさそうに答えるキャリアンの言葉に、嘘はなさそうに見える。

 だが、嘘だ・・・。

 ヒデオを、かばっている。


 私にはわかる。

 何故、あんな奴をかばうのか・・・。

 まぁ良い。焼き鳥、美味しいから。


「姫様―― 独り占めは良くないですなぁ」


 ヴァンズナーだ。いつの間にか私の隣にいる。

 振り向けば、大勢の兵士らに取り囲まれていた。

 皆、よだれを垂らして焼き鳥を見ている。


 ちっ、見つかったか。

 仕方がない・・・譲るか・・・。

 私は、焼き鳥を口にくわえたまま、アスハの着物の袖を引く。


「おいおい、2人でどんだけ食べたんだ」


 立ち去ろうとする私たちの背に、ヴァンズナーの避難がましい声が刺さる。


「まだありますよ~」


 そこへ、キャリアンが新しい大皿を持ってきた。

 新たに、香ばしい香りが漂う。

 焼きたてだ。


 私とアスハは、目配せをしてキャリアンの持つ大皿に飛びつく。

 しかし、それは他の兵士らも同じだった。

 私とアスハは、大勢の兵士らにもみくちゃにされながらも、大皿の上の焼き鳥に手を伸ばす。





 あの争いを、後の歴史家たちは第一次焼き鳥戦争と名付けることだろう。

 大変な騒ぎだった。

 他の料理もいっぱいあったのに、みんな焼き鳥に夢中だった。

 私とアスハのお腹も、まるで妊婦かのように膨らんでいる。

 この宿の新しい名物になることは間違いない。

 温泉と焼き鳥・・・良いなぁ。

 ここに住みたい。





 翌朝、宿の前で出立の準備を整える兵士らの顔は疲れ切っていた。

 その指揮官であるヴァンズナーは、馬の腹にもたれ掛かって今にも倒れそうだ。


「飲みすぎか?」


 私は、馬房に向かいながら訊ねる。


「ええ、飲み食い過ぎです・・・」


 気怠そうに、ヴァンズナーは答えた。


「まったく――」


 それで指揮官が務まるのか? と言いたいところではあるが、私も似たようなものだ。

 酒こそ飲んではいないが、胃がもたれて朝食は眺めて終わった。


「姫様、もうすぐジープなんで、俺は先に行っとくね。間違いがあったら困るからね」


 アルカナンサスは、屈伸をして走り出す準備をしていた。

 アルの言う間違いとは、知らせを受けていないリザード族の民が、誤って我々を襲う事が無いように、と言うことだろう。

 馬房の入り口で、キャリアンが私の馬を連れて出てきた。


「やぁ、キャリアン。おはよう」


 私は、苦しかったが愛想笑いを作って、キャリアンから馬の手綱を受け取る。


「お疲れのご様子ですね。もう一泊されてはいかがですか?」 


 他意はないのだろう。

 でも私は、この商売上手め―― と思ってしまう。


「心から、そうしたいところだが、帰りに寄らせてもらうよ」


 私は、キャリアンに手を伸ばして握手を交わした。

 初めて、友達ができたようなきがした。


「キャリアンも、そのうち城に遊びに来てくれ」


「ええー、滅相もございません! お城だなんて!」


 恐縮するキャリアンを、私は抱き寄せた。


「絶対に来てくれ、歓迎する」


 耳元で小さな返事を訊くと、私はキャリアンから体を離し、宿の主と女将に謝意を示す。

 3人は、並んで跪座した。


「膝が汚れる。立ってくれ」


 どうしてもこうなってしまうな。

 私は、肩をすぼめて馬車に向かった。


「アスハ―― 大丈夫?」 


 私は、馬車の扉を開けると、中にいるアスハの姿を見て、慌てて扉を閉めた。

 アスハは大股を開き、口を開けてイビキをかいていた。

 何て格好だ・・・。

 男性に見せてはいけないやつだ。

 私は、馬車の中の全てのカーテンを閉めてから、馬車を降りた。


「すまないが、揺れないように気にかけてやってくれ」


 御者席に座る兵士に、私はそう声をかける。


「おい、ヴァンズナー」


 私は、相変わらず馬にもたれ掛かっているヴァンズナーの脇腹を小突く。

 仕事をしろ、まず馬に乗れ、そう促したのだ。

 私は、馬に乗る前に後方の隊列を確認した。


 大丈夫そうだな・・・。

 私は、鞍を掴んで愛馬に跨る。

 高い所から見渡すと、私のすぐ隣で鞍につかまってピョンピョン跳ねている中年の男がいる。


「何をしているのだ。ヴァンズナー?」


 ダメだコイツ・・・当分、将軍にはさせられない。

 よくもギノ大将軍は、この男を将軍へと推挙したものだ。


「すまない、オルカン。手伝ってやってもらえるか」


 私は、宿の主であるオルカンに、ヴァンズナーの騎乗を手伝ってくれるよう依頼した。

 こして、私たちはジープ国に向け出立した。

 2日目の朝だ。


 隊列は疲れ切っていて、馬上の兵士らは皆うなだれている。

 まるで、敗走の軍だ。

 いや、そうなのだ。

 我々は、敗北した。

 最高の温泉を持つこの宿と、最高の食事であった焼き鳥に、完膚なきまで叩きのめされ敗北したのだ。

 この雪辱を果たすためにも、私たちは再びここを訪れるだろう。





 



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