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旅立ち

36 旅立ち




 とうとう雪が降ってきてしまった。

 本格的にだ。

 今日、私たちはジープ国に向け旅立つ。

 城から城壁に伸びる大通りには、見送りや見物の民らで溢れかえっている。

 先頭は、ヴァンズナーが率いる近衛銃士隊の騎馬隊だ。


 その後ろに王族専用の2頭引きの馬車が続き、その後ろに贈り物や消耗品等を積んだ荷馬車が続く。

 王族用の馬車に、私は乗らない。

 本来は、私が乗らなければならないのだが、私の性に合わない。

 よって、アスハを馬車に乗せている。

 知らない人が見たら、アスハを王族と思うだろう。


「姫様、お言葉遣い気を付けてください。それから――」


 心配性の従者が、駆け寄ってきて馬上の私に言う。


「朝起きましたら、厠に行く前に身だしなみを――」


「わかっている! 子供じゃないのだ!」


 私は、エリリカの忠言を制した。

 周りに聞かれたら恥ずかしいだろうが・・・。

 当初、エリリカも随伴する予定であったのだが、リリノの城での生活に不自由しないよう残ってもらうことにしたのだ。


 私は、もう、大人だから・・・自分のことは自分で・・・できるはず・・・。

 ちょっと不安・・・。

 アスハを頼ろう。


 残すと言えば、シオリなのだが、シオリも数日後にはデルガンに戻ることになった。

 バンモが、嘆き悲しむだろうな。

 そのシオリを、バンモが抱っこしてやって来た。


「姫様、今日も何と美しいことか――」


「時間が無いからな。しゃべらなくて良い」


 私は、バンモの世辞を制して、シオリに手を伸ばした。

 背の低いバンモが、両手でシオリを掲げて、やっと馬上の私に届く。


「シオリ、しばらく会えなくなるが、元気にしているのだぞ。そのうち、お前の国にも行くからな」


 私は、バンモからシオリを受け取ると、いっぱい頬ずりをして頭や背を撫でまわした。


「くぐすったいよ~」


「くすぐったいな」


 幼いシオリの言い間違いも可愛い。


「姫様、何事かございましたら、すぐ早馬を送ってください」


 馬上の私のすぐわきに、ギノ大将軍の頭がやって来た。

 周りの群衆からも、頭一つ・・・いや、二つ三つ飛び出ていて、とても大きい。


「ギノ大将軍は、この国の防衛に努めてください。こちらのことは、こちらで何とかできますから」


 私は、言いながらギノ大将軍にシオリを委ねる。

 ギノ大将軍の背後に、リリノとサンハがいた。


「リリノ、すまないが頼むぞ!」


 私は手をあげて、大きな声で言った。

 大声を出すのが、きっと得意ではないリリノは、小さく屈んでお辞儀をする。


「サンハ! リリノを頼む!」


 私は、リリノの隣にいる元暗殺者にも声をかけた。

 サンハは、無言で拳を胸に当てる敬礼をする。

 あ、サンハの後ろにおかっぱ頭のサルベルト兵・・・誰だっけかな?

 名前を思い出せなかったので、私は微笑した。

 それから、私は周囲を見渡しながら大きく手を振った。


「ありがとうみんな! 留守を頼む!」


 空を見上げると、細かい雪が降っていた。

 私はフードを目深に被り、馬のあぶみを蹴った。

 隊列の先頭に出ると、そこには馬上のヴァンズナーがいて、その隣にはアルカナンサスが屈伸運動をしている。


「さあ、行こう」


 私がそう言うと、ヴァンズナーは頷いて背後の部下に指示をする。

 隊を挟んで大通りに配置された兵士らが、ラッパを吹鳴した。

 出陣の曲だ。

 戦に出るわけではないのだが、それぐらい重要な外遊となる。

 私たちは、盛大な歓声に見送られエルスカの王都を出立した。





 収穫を終えた広大な麦畑に、白い雪化粧が施されている。

 雪が強くなってきたと感じながら、降る雪に白い息を吹きかけた。

 馬に掛けた羊毛の馬着にも、うっすらと雪が積もっている。

 私は、それを払い落として首を撫でてやった。


「すまないな。寒いだろう?」


 夕方には、中継地の宿場町に到着するだろう。

 そこを越えれば、雪はなくなるはずだ。


「積もる前に、発てたのは良かった」


 私は、白くなった街道を眺めながら呟いた。


「とは言え、滑りますからな。油断は禁物です」


 隣を並走するヴァンズナーが、私の呟きに答える。

 私は同意して、後方の隊列を振り返って見た。

 白い息を吹き上げながら続く馬たちの隊列は、まるで一つの生き物のようだった。


「アル、寒くない?」


 皮の鎧に、羊毛のポンチョを羽織ったリザード族の友人は、ホッホと調子良く呼吸しながら走っている。


「寒いよ! もう少し急げないかな?」


 アルカナンサスには、物足りない速度なのだろう。


「どうだろうヴァンズナー? 少し馬足を上げても大丈夫だろうか?」


「姫様、我々を侮ってもらっちゃ困りますよ」


 ヴァンズナーは、口をへの字に曲げて不満顔をする。

 ああ、先頭を行く私が遅いのか・・・。

 私は、フードの首元を閉めて馬を急かした。

 寒い――


 飛ばせと強いる、アルカナンサスとヴァンズナーを恨めしく思う。

 飛ばしたら、寒いだろうが・・・。

 私は、目を細めて雪が目に入らないようにするとともに、馬の背に身をかがめる。





 急いだ甲斐もあり、日のあるうちに宿場町に到着した。

 日があるとはいえ、曇天どんてんなのだから薄暗い。

 ここは、南に向かう街道に、唯一の宿場町だ。


 点在する集落に、物資を届けるための拠点にもなっている。

 普段なら、行商人たちが集っているのだろうが、今日は我々のために空けてくれたのだろう。行商人らしき者の姿は、ほとんどない。


「アザリナ姫様、お疲れさまでございました」


 馬上の私に、一人の娘が近づいてきた。


「お初にお目にかかります。ここの娘でキャリアンと申します」


 キャリアンと名乗った娘は、丈の短いスカートを摘まんでお辞儀をする。

 何故、この寒空に素足を出しているのだ・・・。

 スカートの丈は、膝上ほどしかない。


「寒くはないのか?」


 私は、馬を降りて手綱をキャリアンに渡す。


「今日は少し寒いですが、動いていると温かいですから――」


 キャリアンは、手綱を受け取ると馬の顔を撫でてやり馬房へと連れていく。

 キャリアンの髪は栗色で、馬尻毛ポニーテールに結っている。

 年の頃は、少し年下か?

 私より少しだけ背が低い。


「キャリアン、あるじはどこか?」


 私は、キャリアンの背に訊ねた。


「こちらにございますー」


 キャリアンが答えるより早く、主らしき男が駆け寄って来た。


「申し訳ございません。馬車にお乗りだと――」


 ああ、そう言うことか・・・。

 私が馬車に乗っていると思って、馬車に乗っているアスハを出迎えていたのだろう。


「すまないな、紛らわしいことをして」


 主の男は、低頭平身し今にも泣きそうな顔をしている。

 本当に、申し訳ないと思った。


「主よ、馬車に乗っていたのはエヴァ大神殿の巫女殿である。大事に頼むぞ」


 そんなこと一切思ってはいないのだが、主を気の毒に思ってそう言ってやった。


「さようでございましたか―― 畏まりました」


 宿の主は、安堵したのであろう。嬉々とした顔をする。

 私って、気の回る良い女だな。

 宿の主にいざなわれ、近衛兵らの直立不動の敬礼を受けながら宿に入った。

 広い木板の床で、正面にカウンターがある。

 奥は調理場になっているようで、中年の女が手を前掛けで拭きながら慌て出てきた。


「――アザリナ姫様、ようこそおいでくださいました」


 中年の女は、主の男の隣で床に片膝をつく。


「仰々しい挨拶は不要だ。名前だけ聞かせておくれ」


 私は、中年の女に笑顔を向けた。


「はっ、私は、ここの主でオルカンと申します。こっちは家内のナナリで――」


 店主は、跪座したまま堅苦しく自己紹介をする。

 私は、こういうのが苦手だ。


「わかった。オルカン、ナナリ、そう畏まらないでくれ」


 私は、膝をついて主の妻ナナリの手を取った。

 とても冷たい手をしていた。


「ひ、姫様――」


 私に手を取られて、ナナリはとても驚いたようだ。


「今晩一晩、よろしく頼む。無理に気を回す必要はない。用があれば、こちらから声をかける」


 私は、言いながらナナリを立たせた。


「それから―― リザード族の者もいるが、私たちの仲間なので怖がる必要はない」


 たぶん、もう見かけてはいるのだろうが、念のために伝えた。


「アルカナンサスさんですね。存じております」


 ナナリが言う。

 おや、あまり驚いていないな。

 そこへ、馬房からキャリアンが戻ってきて、主の元へ駆け寄って来た。


「ああ、これは娘の――」


「キャリアンには先ほど会った。歳はいくつだ?」


 私は、キャリアンに笑顔を向けて訊ねた。

 キャリアンは、愛嬌のある可愛い顔をしている。


「19になります」


 うそ―― 年上か―― 





 やれやれ、最近の年上はみんな可愛いな――

 私が老けているのか・・・。

 いや違う!


 私は、大人っぽくて美しいのだ!

 服を脱ぎながら、私はそんなことを思った。

 姿見で自分の裸体を確認してみる。


 うむ。美しい。

 もう、大人だな。

 隣で着物を脱いでいるアスハを盗み見た。


 ぬお!


 いつも着物で隠されてはいたが、なかなかボリュームのある・・・。

 この宿には、地下からお湯が沸き出ている。

 お湯が使い放題で、いつでも湯の張った風呂に入れるのだ。


 わぁ!


「姫様―― 自分の裸に見とれているんですか――」


 姿見を眺めていたら、後ろから不意に抱きつかれた。

 アスハの、ふくよかな胸の感触が、私の裸の背に当たっている。


「み、見とれてないわよ!」


 私は恥ずかしくなって、アスハから逃げるように浴室に入った。

 浴室の中央に石で囲まれた大きな浴槽があり、四方の壁に小さな木の椅子が並べられていた。

 お湯のプールだ!

 私の心は、はしゃいだ。

 すぐさま飛び込みたくなる。


「ダメですよ! まず体を洗いましょう」


 背後から、アスハに注意される。


「わ、わかっているわよ!」


 私は、取り敢えず浴槽のお湯を桶に汲んで足にかけてみた。

 はわわわぁー

 温かい! 冷えた体に血が通うのを感じる。

 しかし、温かすぎて体にはかけれそうにない。


「姫様、こっちに来てください」


 アスハは、壁際の小さな椅子に座って私を呼ぶ。

 促されるまま、私はアスハの隣に座った。


「アザリナ姫様、温泉は初めてですか?」


 私は、黙って頷く。

 城には、残念ながらこのような設備はない。

 沸かした湯で、体を拭くのが通常である。


「温泉での過ごし方を、お姉さんの私が教えて差し上げましょう」


 可愛い顔して、アスハが言うのである。

 何がお姉さんよ―― 幼女みたいな顔して・・・。


「まず、ここから湯を取ります。浴槽のお湯よりはぬるいですから、安心して使えます」


 アスハは、壁に取り付けられた木製の角樋すみひから流れる湯をすくう。

 この角樋は、ぐるりと壁を囲っていてどこからでもお湯が取れるようになっている。

 贅沢な造りだ。


「足から、順に体にかけていきましょう」


 私は、アスハに続いて湯を体にかける。

 はぅぅぅぅ――

 気持ちいぃぃ。


「次は、これです」


 アスハは、角樋の下に置かれている薄緑色の固形物を手に取り、手拭いに刷り込んだ。


「それ、石鹸なの? とても良い香り」


「ハーブなど薬草を練りこんでいるのでしょう。姫様が来られると聞いて、特別に用意したのかもしれませんね」


 私が城で使っている物は、灰色で臭いなどしない。


「石鹸自体、ぜいたく品ですから―― 私たちは神殿で自作していますけど」


 アスハは、手拭いをごしごし擦って石鹸を泡立てる。


「姫様は、お風呂に入ったことないということで、相当汚いでしょうから、今日は徹底的に洗いましょう」


 そう言って、私を立ち上がらせると、アスハは私の体を洗い始めた。

 何か、引っかかる言い方だが、私はされるがまま身を任せる。


「失礼いたします――」


 そこに、キャリアンが浴室に入って来た。

 目が合う。

 キャリアンは、信じられないものを見るかのよう目を丸くしている。





「そうでしたかぁー、アザリナ姫様は、温泉は初めてでございましたかぁ」


 キャリアンが、泡だらけの私の髪を洗いながら言う。

 手伝いますと言って、服を脱いだキャリアンも参入したのだ。

 体を洗ってもらっているのも気持ちいのだが、首や背にキャリアンの乳房が当たるのも気持ちが良い。


 私を正面から洗ってくれているアスハの乳房にも、時折手など当たる。

 女の体は、柔らかくて気持ちが良い。

 私は、母シスを思い出した。

 お母さまの乳房も、大きくて柔らかくて、小さい頃は良く触った。


「はい、終わりです」


 アスハは角樋から湯を汲むと、私の頭からそれをかける。

――あわわわわ――


「目がぁー 目がぁー」


 目が痛い! 石鹸が目に入った。


「何故、目を閉じておかないのですか」


「だって、言ってくれないんだもん」


 アスハは、手拭いで私の顔を拭う。


「まったく、子供ですか! ここだけ成長して!」


――キャァァ――


 アスハが、私の乳房を掴んだ。   



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