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旅支度

35 旅支度




 やってしまった。

 私は、ジープ国国王からの親書を、破り捨ててしまった。

 朝食時に、アルカナンサスが読み上げているのを、奪い取って散り散りに破り捨てたのだ。

 私は今、自室に戻ってエリリカと共に持参する衣服などを仕度している。


「まずかったかなぁ」


 私は、隣で私の下着を点検しているエリリカに訊ねた。


「手紙を持参する必要はないと思いますから、バレないとは思いますが・・・」


「そうよね・・・」


 あの散り散りに破れた親書は、バンモが修復を試みている。

 筆跡や、アルカナンサスの読みこぼしがないか調査するためだ。

 国交のなかったジープ国の国王からの親書は、情報の宝庫だとバンモは私に説教した。


「しかし、酷い手紙だったな。この私を不細工などと・・・」


 私は、鏡台の鏡に映る自分の顔に語りかけた。

 うん。今日も可愛い。

 でも、ちょっと元気がない。


「アルカナンサス様も申しておられたじゃないですか、悪気はないと」


 エリリカは、背後から鏡を覗き込んで鏡の中の私に言う。


「何だか、会うのが不安になって来た。ものすごく口が悪いそうよ」


 鏡に映った私の顔が、悲しげな表情を浮かべる。


「ヒデオ様も口は悪いですが、とても良い人だったじゃありませんか」


 私は、エリリカの発言にびっくりして鏡を見るのをやめて振り返った。


「はぁ? 何を言っている! アレのどこが良い人なのだ」


「この国は、あのお方のおかげで救われたのですよ」


 エリリカは、逆に何を言っていると言わんばかりに口を尖らせる。


「勘違いしているぞエリリカ、あいつがいなかったら、あんな境地に追い込まれなかったのだ」


「それこそ勘違いですわ。この国は――」


 エリリカは、言いかけて途中でやめた。


「この国が何だと言うのだ?」


 私は、鏡台から離れてエリリカを追う。


「姫様! この毛糸のパンツ、お持ちになるつもりですか!?」


 悲鳴にも近い金切り声で、エリリカが私の赤い毛糸のパンツを掴み上げた。


「南に下るとはいえ、冬だからな・・・」


 エリリカは、私の眼前に毛糸のパンツを広げて見せる。

 それを見て、私はエリリカの言わんとしていることを理解して拗ねた。


「もう! クマさんの絵が入ったパンツなんて、履いてはいけません!」


 エリリカは、私のお気に入りのパンツを丸めてゴミ箱に放る。


「な、何をする!」


「こちらをお持ちください」


 エリリカが、薄い紫の刺繍の入ったショーツを広げて見せる。


「い、良いじゃない。誰に見せる訳でもないし!」


 私は、ゴミ箱に手を伸ばして毛糸のパンツの回収を試みる。


「油断は禁物です!」


 エリリカは、ゴミ箱に伸ばした私の手を取り、紫のショーツを握らせる。

 恥ずかしいよ・・・こんな薄い生地の下着・・・。

 私は、きっと赤くなったであろう顔を隠すため、握りしめたショーツを持ってベッドの上の鞄にそれを詰め込んだ。 





 昼下がりの執務室に、私はリリノを招いていた。

 エリリカがお茶の仕度をして、焼き菓子を摘まみながら思い出話に花が咲く。


「サンハ、一緒にどうだ?」


 私は、リリノの背後でつまらなそうにしているサンハに、着席とお茶を進めた。


「いえ、わたくしは――」


 辞退するサンハを、エリリカが強引にリリノの隣へ座らせる。


「ここは、姫様の私室のようなもの。遠慮はいりませんわ」


 エリリカは、屈託のない笑顔をサンハに向けた。

 私も、それで構わないとは思うのだが、従者が言うことではないとも思う。

 まぁ、良いけど・・・。


「さて、話題は変わるのだけれど・・・」


 丁度良いタイミングだったので、私は話題を変えることにした。

 彼女らを呼んだのも、実はこの話をするためだった。


「リリノ、私はジープへと外遊に出る。私が留守の間、この国をお前に任せたい」


「ええ、聞いておりますわ。お任せください」


 リリノは、首を少しだけ傾けて上品に微笑する。

 そうか、バンモあたりから聞いていたのであろう。


「助かる。お土産は期待していてくれ。きっと、お前が気に入るものを見つけて来るぞ」


「お姉さまがご無事でしたらそれで十分です。どうかお気を付けて、いってらっしゃいませ」


 リリノは、可愛いなぁ。

 本当に、帰ってきてくれてよかった。

 元暗殺者であるが、サンハが側にいてくれるのも心強い。


「サンハ、私の留守中、リリノを頼むぞ」


 私は、笑顔をサンハに向けた。

 サンハは、口を付けていたカップを慌てて口から離し了承する。 


「エリリカ、2人に不便が無いよう今のうちから色々教えてやってくれ」


 私は、振り返って背後のエリリカに言った。

 しかし、返事がない。


「エリリカ?」


 私の呼びかけに、やっとエリリカが反応する。


「あ、失礼しました。お任せください」


 エリリカは、お茶の入ったポットを持って、リリノとサンハの座るソファーへ向かう。





 リリノとサンハが執務室を後にすると、私は書きかけの手紙に手を付けた。

 ジープ国のマルベリア王に、訪問を認めてくれたお礼と、こちらの予定をしたためている。

 正確な日時が決まっていないので、時間に関するところはまだ記載できないが、それも今日明日には埋めることができるだろう。

 お茶の片付けをしていたエリリカが、無言で私の傍らにやってきた。


「文字を丁寧に書けと言うのだろう? ちゃんとやっている」


 私は、傍らのエリリカに手紙から目を離さずに言った。

 エリリカは、無言だ。

 それが、不思議で私は手紙から目をあげた。


「何だ?」


 見ると、エリリカは真顔で私を見ている。


「どうした? エリリカ?」


 具合でも悪いのかと、私はエリリカの顔を凝視する。


「姫様・・・気にかけるようなことではないのかもしれませんが・・・」


 エリリカは、躊躇いがちに口を開く。


「姫様が、ジープ国に行かれることを、何故、リリノ様はご存じだったのでしょう?」


 エリリカは、思案顔で言った。


「それは、バンモあたりに聞いたのであろう」


「バンモ様は、姫様の承諾なしに、他国の方にそのようなお話はなさいません」


「リリノは、この国の第二王女だぞ!」


「サンハさんは、この国の方ではありません」


 ん~、確かに―― サンハがいつも一緒にいるとなると、バンモはリリノには言わないかもなぁ。


「じゃぁ、アルかシオリにでも訊いたのではないか?」


「アルさんはともかく、シオリさんは良くわかっていないか、知らないはずです」


「では、アルじゃないか」


 私がそう言うと、エリリカは黙ってしまった。

 アルなら、話すだろう。

 楽しそうに、自分から話しそうだ。


「ええ、アルカナンサス様なら―― いや、サンハさんに一度命を狙われているのですから――」


 頭に浮かんだことを言い並べ、エリリカは私の隣で身をかがめた。


「姫様、心に留め置きください。誰も信用なさってはいけません。大事なことは、口に出さぬように」


 エリリカは、ライティングテーブルに身を隠しながら小声で言った。


「大げさだな。この国は、様々な脅威から開放されたのだ。まぁ、これからは第三勢力とやらとの戦闘があるかもしれないが、身内を疑うようなこと必要はあるまい」


 私は、エリリカの過度な心配性が可笑しくて笑った。


「姫様、これは、私のような者から言うべきことではないのですが――」


 エリリカは、躊躇いがちに言葉を綴る。


「姫様ではなく、リリノ様にジープ国へ行っていただいてはいかがでしょう?」


「バカを言うな! 不細工とまで言われたんだぞ! この私がマルベリアの眼前でこの美しさを証明しないでどうする!」


 私は、机を思いっきり叩いた。

 エリリカが、顔をしかめる。


「リリノ様も、姫様に負けない美しい方です。むしろ、性格まで勘案したらリリノ様の方が――」


 私は、私の脇に屈むエリリカを睨みつけた。

 それ以上言うなと、目で威嚇する。





 ジープに向かうにあたって、細かい人選をしなければならない。

 近衛銃士隊を、ヴァンズナーの他20名は確定として、後はエリリカと――

 アスハは行きたがっていたから、勝手について来るだろう。

 シオリとパスカル様は、どうするかな?


 私は、2人の意向を聞くために城内を探した。

 シオリは、図書室にいた。

 バンモの膝の上で、絵を描いている。

 バンモの変わりようが、おかしくてたまらない。

 孫を見るおじいちゃんの目だ。


「シオリ、ジープ国に行くが、お前はどうする? 行ってみたいだろう?」


 私は、バンモの足元に屈みこんでシオリの頭を撫でる。


「うん。行くよ」


 シオリは、つぶらな瞳をキラキラさせて屈託のない笑顔で答えた。


「いやぁ、シオリには早いのではないでしょうか? 道中危険もあるでしょう」


 おじいちゃんは、不安そうな顔を私に向ける。

 シオリと離れるのが嫌なのだろう。

 顔にそう書いてある。


 まぁ、バンモの言わんとすることも分からぬわけではない。

 私も始めて行く地なのだ、危険を予知できない。

 ジープ国のリザード族の反応も未知数だ。

 同盟国とはいえ、時期尚早と言えるだろう。


「そうだな。シオリにはバンモと留守をお願いするか・・・」


 私は、シオリの頭を撫でながら言う。

 本当は、連れていきたいのだ。

 シオリを抱っこしながら、新しい物を見物するのは楽しいだろうな。


「わかった。行かない」


 シオリは、簡単に承諾した。

 聞き分けが良くて、ありがたいのだが・・・。

 それはそれで、ちょっと物足りない。

 拒否して駄々をこねてほしかった。

 そんな可愛いシオリを期待したのに・・・。


「留守は、バンモとギノ大将軍にお願いする。しっかり頼むぞ」


 私は、バンモに言った。


「はい! お任せください!」


 バンモは、ニコニコと元気よく答えた。

 さて、次はパスカル様か・・・。





 賢者パスカルを見つけ出すのは簡単だ。

 城内の礼拝堂で、ほとんどの時間を過ごしている。

 そして、この時もやはり老賢者はそこにいた。


「パスカル様――」


 女神像の前で、読書をしていた老賢者に私は頭を垂れながら声をかける。


「おお、アザリナ姫様。今日もお美しいですな、まるで女神様かと見まがうばかり――」


 老人のいつものお世辞を、私は聞き流しながら礼拝堂を見渡した。

 正直、良い思い出など無いのだが、ここの美しさにはいつ来ても心が安らぐ。

 正面の女神像に降り注ぐ、様々な色ガラスの光は神々しく、神聖な雰囲気をこの空間に与えている。


「して、いかがされましたかな?」


 お世辞が終わったようだ。

 私は、老賢者に歩み寄り再びお辞儀をして畏まる。


「ジープ国への旅立ちが近づいております。パスカル様に旅立つ前にお言葉を頂戴したく参りました」


 仰々(ぎょうぎょう)しい言い方だが、ついて来るのか来ないのかを訊いている。

 老人だが健脚で旅慣れているから、同行に不安はない。

 でもなぁ~ 堅苦しくなりそうで、楽しい旅が面倒くさくなりそうだから~

 来てほしくはない。


「是非に、ご一緒させていただきたい!」


 老賢者は、眼光鋭く言い放つ。

 うっ・・・心の中が、残念な気持ちになった。


「と、言いたいところなのですが・・・そろそろ神殿に戻らねばと考えております」


 急に声を沈ませ、老人は肩を落とした。

 私は、そっと歓喜する。


「残念ですわ。賢者様の知見があれば道中の困難も容易たやすくなるでしょうに」


 私は、声を静めてさも残念そうに言ってみた。


「お役に立てず申し訳ない。ただ、リザード族と同盟を組んだ今、姫様の進む道に危うきことはないと女神さまも申されています。ご安心なされ」


「ありがたきことに存じます」


 私は、パスカルとその背に立つ女神像に深々と頭を下げた。

 では、帰ろう。


「では、失礼し――」


 私は、老人の元を去ろうとした。


「姫様・・・」


 踵を返した背を呼び止められ、私は戸惑う。

 やっぱり行きたいなんて、言い出さないよね?


 私は、恐る恐る振り返った。」


「何があっても前に進まれよ。後戻りはいけません」


 何だろう?

 意味深なことを言う。

 私は、承知して礼拝堂を後にした。





 それから数日間は、忙しく過ごした。

 リリノに、王族の業務の申し送り――

 バンモがいるのだから心配する必要はないのだが、これは姉としての威厳を保つための儀式のようなものだ。


「すまないな、リリノ。せっかく国に戻れたのに面倒をかけて」


 私は中庭から執務室に向かう回廊を、リリノと共に歩いていた。

 リリノは、答える代わりに少しだけ首を傾げて微笑する。


「お前も、ジープに行きたかったのではないか?」


「いえ、私はお城にいる方が落ち着きます。お城で本を読んだり、お茶を飲みながら庭などを眺めたりしているのが、性に合うのです」


 リリノは、歩みを止めて中庭を眺めた。

 そうだな。と思う。

 私たちの姿は対照的だ。


 大抵ドレス姿でいるリリノに対し、私は動きやすい服を選ぶことが多い。

 今も、リリノは羊毛のドレスの上に、毛皮のコートを掛けていて、私は乗馬用のズボンに毛皮のジャケットを羽織っている。

 本当に姉妹なのだろうか?

 私は、リリノと横並びに中庭を眺めながらそう思った。






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