アルカナンサスと勇者の逃亡劇 3
34 アルカナンサスと勇者の逃亡劇 3
夜もだいぶ更けてきた。
普段なら、もうベッドに入る時間なのだろうが、アルカナンサスの話が気になって眠れそうもない。
アルカナンサスが、大きな欠伸をした。
「姫様、そろそろおしまいにしませんか?」
眠そうなアルカナンサスを案じて、エリリカが言う。
むむむ、この続きを明日聞けるとは限らないぞ。
アルカナンサスの気が変わらぬうちに、聞き出してしまうのが良いと思う。
「アル? 申し訳ないのだけれど、もう少しだけ良いかしら?」
私は、拝むようにアルカナンサスにお願いする。
「姫様――」
制止しようとするエリリカの手を、私は素早く取ってその掌に指を走らせた。
山が三つの波のような記号で、王家や軍属が使う記号である。
好機、良好などと言った意味で使う。
エリリカなら、理解できるはずだ。
案の定、エリリカは理解し沈黙した。
「オークたちとヒデオが仲良くなったのは、理解したけど・・・それが何故、獣人連合になったの?」
私は、顎に指をあてながら思案した。
やっぱり、まだわからない。
とんと、見えてこないのである。
ヒデオの目的が・・・。
「う~んと・・・あの後、お祭り騒ぎになって~、ユーサクが目を覚まして~、ユーサクの奥さんが~」
アルカナンサスは、順番通りに記憶をたどっているようだ。
こちらでうまく誘導してあげないと、肝心なところを端折られてしまうだろう。
「ユーサクの奥さんに会ったの?」
正直、それほど気になったわけではないが、その辺から話を拾っていこう。
「うん。ヒデオの腕の治療をしてくれたんだ。オークって、いっぱい人間を解体しているから、人間の骨の構造に詳しいのさ」
なんか、ちょっと嫌だな・・・。
私は、骨が折れても遠慮しよう。
「ユーサクの奥さん。名前は、アザリナ――」
「それ、私の名前!」
「ああ、えっと・・・忘れちゃった。アなんとかだったと思うけど・・・」
「まぁいいわ。ユーサクの奥さんが、ヒデオの腕を治療したのね」
「うん。それから、俺とヒデオとユーサクの3人でお酒を飲んだんだ」
目覚めてからのユーサクは、自分が負けたことに納得がいかず、ヒデオに何度も再戦を申し込んでいた。
「腕が治ったら考えてやるよ」
ヒデオは、そう言ってユーサクの申し出を断っていた。
治療の際、ユーサクの妻はヒデオの腕の切断を進めたのだが、ヒデオはかたくなに固辞する。
ユーサクの妻は、ユーサクよりは頭一つ身丈は小さいが、体躯は雄のユーサクと変わらない。
一見して、雌だと判別できる部分は見当たらなかった。
「たとえ動かなくたって、敵をぶん殴るには使えるだろう」
痛みに耐え、苦悶の表情でヒデオは強がって見せる。
「お前の腕が食えなくて残念だってよ」
ユーサクが、人語の分からない妻に代わって、ヒデオに伝えた。
「よだれ垂らして見てんじゃねぇよ!」
自分の腕を擦っているユーサクの妻に、ヒデオは嫌悪を浮かべた顔で言う。
ユーサクが、それを妻に伝えると、ヒデオの腕をつかむ手に力が入る。
うぎゃぁぁぁぁ――
うぎゃぁぁぁ――
うぎゃぁぁぁ――
岩だらけの山々に、ヒデオの悲鳴がこだました。
そうして、荒療治の末ヒデオの腕の治療は終わった。
骨は綺麗にはまったそうだが、動くようになるかはわからない。
ユーサクの妻は、そう言い残し去って行った。
治療に耐えたヒデオは、ユーサクとの決闘の時よりも疲弊していた。
「まぁ、お酒でも飲んでさ・・・」
3人は、小さな焚火を囲んで酒を酌み交わす。
治療を終えたヒデオの右腕は、石膏を含んだ包帯で固められている。
オーク族の治療技術は、この世界の他の種族には見られないものであった。
「変わった治療方法だよね」
アルカナンサスが、ヒデオのカチカチの腕を見て感心する。
「後でかゆくなるんだよコレ」
ヒデオは、金属のコップに注がれた酒で唇を濡らす。
「くぅはぁぁぁ―― きついお酒だね」
ゴクリと飲み込んだアルカナンサスが、アルコールの大量に含まれた息を吐きだす。
酒の話を皮切りに、食べ物の話、戦いの話、面白い話、自分の生い立ちなどを順に語った。
3人は、いつしかすっかり意気投合し、お互いを呼び捨てや愛称で呼ぶ仲になる。
「何となく、どこか似ている3人だったし、ユーサクとヒデオは異世界の文化にかかわりがあって、すごく仲良くなったんだよ」
眠そうにしていたアルカナンサスであったが、少し復活した。
「異世界? ユーサクも異世界から来たの?」
ヒデオを異世界から召喚したのは私だが、ユーサクも誰かが召喚したの?
「いや、ユーサクは異世界から来たであろう女性に育てられたのさ」
「そうなの!?」
「たぶんね。当の本人は死んじゃって、ユーサクが食べちゃっているから・・・」
もう、その死人食べちゃった話はやめてほしい・・・聞くたびに陰気になる。
「ユーサクが、幼いころ食べていたものが、ヒデオの世界の食べ物らしくてね。すごく懐かしがっていたよ」
そう言えば、この国に来た時も食事をすごく喜んでくれていたような・・・。
「そこで話題に上がったのは、この国の事さ」
アルカナンサスは、私とエリリカを交互に見ながら言った。
「この国を攻め落とせば、懐かしい物にありつけると?」
何故か、エリリカが意地の悪い聞き方をする。
「そんな怖い顔しないでよ。エリリカさん」
アルカナンサスは、にこりとエリリカに笑顔を向ける。
「す、すみません・・・」
エリリカは、慌てて顔を隠す。
「この国を攻め落とそうなんて、誰も言っていない。この国でなら、あの時の料理が食べられるってヒデオが言っただけ・・・ただ、ユーサクは興奮していたけどね」
口に入るものなら、何でも食べてしまうというオーク族の食欲だ。
食に対する欲求は、凄まじいものがある。
「エルスカ王国と戦争中だという話になり、それは、デルガン国とジープ国共通の事案だった」
ジープ国との戦争は、自然な休戦状態であったが、終わったわけではなかった。
「丁度、デルガンはエルスカとの戦線を退けたところでね。実は、戦線を下げた理由は俺たちがデルガンに入国したからではなかったんだ」
なるほど、確かに不審人物が2人入国したからと言って、軍を撤退させたりはしないだろう。
「第三勢力・・・ですか?」
遠慮がちに、エリリカが訊く。
「そう、ゴブリンたちが戦っているその第三勢力に、動きがあったそうだよ」
「第三勢力って、何なの?」
これは、賢者パスカル様にも聞いたことがあるのだが、パスカル様でもご存じないことだった。
「ゴブリンたちは、パシュモって言っているらしい」
「パシュモ?」
ゴブリン語なのだろう。聞いたことがないし、意味も解らない。
「人形って意味らしい。子供たちがオモチャで持っているような」
アルカナンサスは、部屋の隅に置いてあった木彫りの馬の像を指さした。
あれは、オモチャではないけど・・・。
「人形と戦っているのですか?」
エリリカは、眉をひそめる。
私は、藁の案山子と戦うゴブリンたちの姿を想像してしまった。
滑稽である。
「手足を持った泥や氷、岩などの怪物らしいね」
私は、それを聞いて想像の中の藁人形を払拭した。
「どうして、そんなものが急に――」
エリリカは、口を手で隠して険しい顔をする。
「禁断の魔術だろうね。誰かが魔法で作り出している」
言い終えて、アルカナンサスは大きな欠伸をした。
「もう眠いや、今日はこの辺で――」
アルカナンサスが、ゆっくりと立ち上がる。
「ごめんねアル。遅くまでありがとう」
私は、アルカナンサスの手を取って部屋の出口まで送った。
「私たちも、もう休みましょう」
エリリカも、口元を隠しながら欠伸をする。
「そうね。今日、アルが話してくれたことは、明日バンモやギノ大将軍にも伝えないとね」
本当は、今すぐ書き留めたほうが良いのだろうけど、私も限界だった。
翌朝、私は身支度を終えるとエリリカにバンモとギノ大将軍を呼ぶようにエリリカに指示した。
朝食をとる前に、私は執務室にてバンモとギノ大将軍に昨日アルカナンサスから聞き出したことを伝える。
「エリリカ、他に何かあったかしら?」
私は、傍らで黙って話を聞いているエリリカに訊く。
「いえ、十分かと思います」
私は頷いて、正面に立つバンモとギノ大将軍の様子を窺った。
2人とも目をつむって思案している。
「・・・あのユーサク殿を、一撃で倒してしまうとは――」
ギノ大将軍は、歯を食いしばり唸る。
悔しそうでもあり、感激しているようにも見えた。
「さんざん逃げ回って、苦し紛れに出した腕が、たまたま良い所に当たったのでは――」
私は、未だに信じられないでいた。
ヒデオが、そんな強者には見えないのである。
身体も小さくて細い。
いや、背丈はもちろん私より大きいが、ヴァンズナーと同じくらいではないだろうか。
でも、体格はヴァンズナーのほうががっちりしている。
到底、ギノ大将軍とは比べ物にならない。
そんなのが、あの巨体のユーサクを本当に倒したというのだろうか・・・。
「いや、間違いなく。戦略と戦闘能力でユーサクを凌駕したのです」
バンモも、険しい顔を向ける。
何だか納得いかないが、そう言うことにしておこう。
私は、ため息を一つついて話を進める。
「昨日、アルから聞けたのはそこまでなので、続きは食事の時に、みんなで聞こうと思うの」
「お酒もなしに、話してくださいますでしょうか?」
エリリカが、ボソリと懸念を口にした。
「大丈夫よ。あと聞きたいのは、少しだけだもの」
食事の開始時間は、だいぶ遅れてしまった。
リリノたちはすでに済ませたそうであり、パスカル様とアスハも入れ違いでダイニングを出ていくところであった。
「アルを見ていない?」
私は、パスカル様の後に続いて部屋を出ていくアスハに訊ねた。
「さっき、中庭でシオリンと槍の稽古をしていましたよ」
アスハは、話しながら何やら思い出したようで、スキップをしながら中庭に向かっていった。
「アスハ―― アルに食事を、と伝えて――」
私は、アスハの背に依頼する。
了承するアスハの声が、小さく返って来た。
私たちは、席について食事を眺めながらアルカナンサスを待った。
私の席の角を挟んで左側に、アルカナンサスの席を用意した。
バンモとギノ大将軍が向かい合う形だ。
朝食は、パンに甘くした卵液を浸して焼いたものの他、サラダと根野菜のシチューである。
しかし、アルカナンサスは、中々姿を見せなかった。
「冷めてしまいますから、先にお召し上がりになっては?」
エリリカが、私の背後からそう進める。
「来ないかもしれないな・・・まだお酒が残っているのかしら?」
私は、左側の空席に目を落とし呟いた。
「槍の稽古をしているくらいですから、もうお酒は抜けていると思いますが・・・」
ギノ大将軍が、顎を摘まんで思案顔で言う。
「どれ、ちょっと様子を――」
ギノ大将軍が、言いながら席を立とうと椅子を引いた時だった。
「ごめん、ごめん――」
頭をかきながら、巨体のリザードが現れた。
「良かった。呼びに行こうと思ったのよ」
私は、立ち上がってアルカナンサスを迎える。
「丁度、手紙が届いてさ――」
アルカナンサスは、自分の席へと移動しながら1枚の封書をひらひらと揺らした。
「手紙?」
「ああ、姫様がマルベリア王に送った親書の返事さ――」
アルカナンサスのその一言で、先に席についていた私たちに緊張が走る。
「お返事は、何と?」
身を乗り出して、バンモが訊ねる。
「まだ読んでないよ。読むね」
アルカナンサスは、自分の席に座る前に手紙の封を開け黙読する。
黙読したまま、アルカナンサスは沈黙する。
長い・・・。
「アル? 手紙には何と?」
私は、手紙の内容が気になってアルカナンサスを急いた。
「うん・・・ちょっと待ってね。何て訳したらいいかな・・・」
どうやら、アルカナンサスは自分たちの言葉を、私たちの言葉に訳するのに手間取っているようだ。
「アルカナンサス殿、簡潔で構いません。意味が分かれば結構です」
落ち着かなそうに、バンモが言う。
「そう? 失礼に聞こえるかもしれないけど、悪気はないからね」
そう断わって、アルカナンサスは手紙を読み始めた。
「クソ野郎ども、下等な虫けらの分際で、我が国への来訪を希望するなど、きっと後悔することになるだろう。しかし、不細工なアザリナ姫の厚顔を見物したいとは、常々思ってはいたから、その申し出を許可してやる――」
「ちょっと待った――」
私は、叫んでいた。
聞き捨てならないその一語に、私は全身の血が煮えたぎるのを感じる。
この、この私を――
「不細工だとぉぉぉぉぉ」




