国葬
64 国葬
冬の寒さが、空から降り落ちるこの日、ギノ大将軍とバンモ国務大臣の葬儀が執り行われた。
城内の大広間に、ひときわ大きな棺と小さな棺が並べられている。
冬に咲く花は貴重で、マダミンと言う真っ赤な花の花弁......それだけが、棺の中に敷き詰められていた。
2人とも、げっそりとやせこけた顔をしていた。
化粧を施されていたおかげで、見られないほどではない。
2人とも、大好きだった。
兄のようなギノ大将軍に、祖父のようなバンモ......
2人は、私の家族だった。
私は、リリノが着ていた黒いドレスに身を包んでいる。
女王の衣装だ。
リリノも、今日は特別に参列させている。
関係者の並ぶ列の一番端っこに、付き添いの兵士2人に挟まれて大人しく座っていた。
「女王殿下、エリリカさんが到着なさいました」
私の座る玉座に、サラ将軍が駆け寄って教えてくれた。
私は、逸る気持ちを落ち着かせながら、ゆっくりと席を立ち階段を降りる。
ギノ大将軍、バンモ、ちょっと待っていてね。エリリカを迎えに行ってくるね。
棺にそう断って、私は大広間を出た。
城門の前に出ると、アンリッサとアスハの肩を借りてエリリカが階段を登っているところであった。
全身は、黒いドレスで怪我の様子はほとんどわからない。
首元に白い包帯が、少しだけ見えるぐらいだ。
私は、エリリカの姿を見るなり、足から力が抜けてしまった。
その場に座り込み、エリリカの名前を何度も呼んでしまう。
慌てなくて良いのに、エリリカが急いで私のもとに来ようとする。
「ゴメン、エリリカ、ゴメン、エリリカ」
私は、エリリカの名を連呼しながら泣いた。
エリリカの名前さえ、呼べなくなって、声を上げて泣いた。
エリリカが、膝をついて私を抱きしめる。
「よくぞ......ご無事で......」
溜息とともに、エリリカも嗚咽を漏らす。
「ごめんね......エリリカ」
何とか声を絞り、私はエリリカに詫びる。
「良かった......本当に、良かった」
エリリカが、私を優しく抱きしめて、頭を撫でる。
「よさないか2人とも、人前だよ」
アンリッサが、私の傍らに膝をついて言う。
アンリッサが目を向けた先を見ると、大通りには大勢の民らが集っていてすすり泣いている。
「エリリカさんも、また傷が開いちゃうから無理しないでね」
黒い着物姿のアスハが、エリリカに寄り添って労わった。
「女王様――、がんばって――」
どこからか、子供の声で声援が飛んだ。
それに続くように大人たちも、女王殿下、女王様と声をかけてくれる。
ダメだね。
泣いてばかりで......
前に、ヴァンズナーにも叱られたのだった。
私は、エリリカと共に立ち上がって、民の声援に答えた。
「泣くのは、今日だけよ! 明日から、みんなで頑張ろう!」
酷い葬儀にしてしまった。
私が終始泣いてばかりいたので、大広間は鳴き声だらけになってしまった。
国民を、不安にさせてしまったのではないかと、今は反省している。
でも、言い訳をするのなら、私だけが悪いのではない。
隣のサラ将軍が、子供みたいにわんわん泣くものだから、釣られてしまったのもある。
そんなサラ将軍は、葬儀の後、私にこう言い訳をした。
「涙は、死者に送る贈り物です」
素敵な言い回しに聞こえるが、私たちがそれではいけない。
死者に送る贈り物は......敵の首だ......
葬儀の翌日、此度の王都奪還に貢献した者たちへ顕彰と、新たな役職の上意下達を実施した。
内容については、先に詰めた大枠にほぼ変わるところはない。
ただし、エリリカについては、将軍職と同等の扱いとして、新たに女王従将という役職を設けた。
基本的には、今までと同じ業務内容であるが、女王の警護も兼ねることから、武器の装備を義務付けた。
最初からそのようにしておけば、エリリカも傷だらけにならずに済んだのだ。
これは、ヴァンズナーの不手際と言っても良い。
新設された白装隊の将軍には、ヴァンズナーが指定されたわけだが、これも業務内容はあまり変わらない。
私の護衛として、常にそばに置く。
「姫様――じゃなくて~、女王様お呼びかな?」
アルカナンサスが、執務室にやってきた。
ここ最近、アルカナンサスも元気がない。
アルカナンサスも、ギノ大将軍とバンモの死を悼んでいるようだ。
「もう出発の準備は整った?」
私は、アルカナンサスをソファーに座らせ、お茶を入れてあげた。
「うん。後は身体だけグーレイン港に持っていけば良いだけだよ」
アルカナンサスは、羊毛の生地を体中に巻き付け、その上から牛革のコートを羽織っている。
「今、リザード用の防寒着を作らせているから、それを持って行ってね」
「助かるよ、帰ってきたリザード(やつら)に聞いたけど、サルベルトはここよりもっと寒いらしいからね」
明日か明後日、アルカナンサスにはサルベルトに渡ってもらう。
投降したサルベルトの兵士らを帰国させるのと、向こうにいるリザード族の傷病兵を連れ帰るためだ。
「向こうに着いたら、これをサルベルトのレグレナス王に渡して欲しいの」
私は、厳重に封をした書簡をアルカナンサスに差し出す。
「わかったよ。でも、そこまでする必要ある? もうサルベルトは陥落しているんでしょう?」
アルカナンサスは、書簡を懐に収めながら眉を寄せる。
「それはそれ、これはこれよ。許さないという気持ちは、示しておかないと......」
アルカナンサスに渡した書簡は、サルベルト帝国に対し宣戦布告を通告するものであった。
敗北したサルベルト兵らと一緒に、突きつけてやるのだ。
「それと、こっちはクァリム男爵家に届けてほしいのだけど――」
もう1通の書簡を、アルカナンサスに手渡す。
こちらは、お婆様の身を案じ、リリノのことを伝えるためのものだが、届かなくても構わないと思っている。
お婆様の事は好きだったが、今回の件で私は不信感を抱いていた。
「こっちが落ち着いたら、私も全軍を率いてサルベルトに渡るから、何かあったら連絡を頂戴ね」
アルカナンサスが相槌を打つのと同時に、部屋のドアがノックされた。
「失礼します」
赤い甲冑姿のサラ将軍が現れた。
「フーリワ・ソーゲンを捉えました」
サラ将軍は、外に顔を向けて部下に指示する。
2人の兵士に抱えられ、ぶくぶくと太った商人が現れた。
手枷と縄で、体の自由は全くない。
フーリワ・ソーゲンは、滴るほどの汗をかき悲愴な顔で私を見ていた。
「女王殿下! 誤解にございます! 私も騙されていたのです」
フーリワ・ソーゲンは、兵士に突き飛ばされ床に転がった。
「お前が持っている情報は、すべて重要なことであろう」
私は、這いつくばる商人に目を落とし言う。
「だが、聴くつもりはない。即刻処刑する」
「お待ちください! 私は役に立ちます! 女王様のために、何でも致します!」
フーリワ・ソーゲンは、必死に叫んでいた。
「お前は、鼠刑に処す」
私は、本棚から1冊の書物を取り出し、該当するページを開きフーリワ・ソーゲンに差し出した。
そこには、鼠刑の方法がイラスト付きで描かれている。
木箱の中に、腹を空かせた鼠と共に罪人を閉じ込めるのだ。
腹を空かせた鼠が、近くにいる人間の肉を少しずつかじる。
1週間程度で絶命すると、その書物には書かれてあった。
「以上だ――」
私は、本を閉じてフーリワ・ソーゲンに背を向ける。
「私は! 請け負った仕事を! 誠実に実施しただけだ! クソ! 綺麗なのは見た目だけだ! 悪魔め!」
フーリワ・ソーゲンは、悪態をつきながら執務室の外へ引きずり出される。
「お前なんかに王が務まるか! 醜い雌猿めぇぇぇ」
フーリワの悪態が小さくなり、扉が閉じられると聞こえなくなった。
誰が、醜い猿だと!
言われて腹が立ったが、仕方がない。
「鼠に食べさせるぐらいなら、オークにあげたら?」
アルカナンサスが、ぼそりと言う。
「食べさせないわよ。本心を探るために脅しただけよ」
そう。フーリワ・ソーゲンは、たぶん利用されただけだ。
今頃、サラ将軍に慰められ、色々喋っていることだろう。
「怖いね~、商人には優しくしてほしいなぁ」
アルカナンサスは、商人であったため同情しているのであろう。
「あれが騙されていたにしても、その結果、我が国は窮地に追いやられた。要職者を2人も失うことになったのだから......」
2日後、私はグーレイン港へ赴き、サルベルトへと向かうアルカナンサスを見送った。
港には、商人フーリワ・ソーゲンが手配したリンド・リンリア号が停泊している。
大勢の兵士らが監視する中、肩を落としたサルベルト兵らが乗り込んでいった。
沖には、サラ将軍が乗ってきたというサルベルト帝国の軍艦が錨泊している。
リンド・リンリア号が出港した後、同じ岸壁に入港する予定だ。
こちらには、サルベルト兵の骸が載せられる。
「女王殿下!」
私に気づいたフーリワ・ソーゲンが、腹を揺らしながら岸壁を駆けてくる。
「此度、大役をお任せくださりまして、フーリワ・ソーゲン、光栄の極みにございます!」
私の前にたどり着くと、フーリワ・ソーゲンは跪座して述べた。
「さらに、私の犯した大罪にご慈悲をくださいましたことを、心より感謝申しあげます」
フーリワ・ソーゲンは、地面に頭が着くほどに低頭する。
「私を、悪魔、雌猿と言ったことは許していないぞ」
「申し訳ございません――」
フーリワ・ソーゲンは、両膝をついて這いつくばった。
「見事な土下座ですね。どこで習ったのでしょう」
私の背後から、アスハが感嘆の声を上げる。
アスハは、私の持つハクミョウザクラを取り返したくついて来ているのかと思えば、そうでもないらしい。
カタナには一切触れない。
どうやら、私を心配してくれているようだ。
「女王様、これありがとうね~、とても暖かいよ」
アルカナンサスが、私のそばに寄ってきた。
全身を牛革の防寒着で覆っていて、巨漢でなければ誰だかわからない。
この防寒着は、リザードのために特別に作らせたものだ。
牛革を2枚重ねで縫い合わせ、その中に綿を詰めこんである。
我々に人族には、重すぎるし熱いと感じるかもしれない。
「良かった。全員分は用意できなかったから、足りない分は後で持っていくね」
私は、アルカナンサスの背に手を回し、抱きついた。
「気を付けて――、私もすぐに行くから」
「女王様も、無理はしないでね」
そう言い残し、アルカナンサスは乗船した。
この船に、我が国の者は誰も乗らない。
あくまで、捕虜返還のためであった。
中立とは言えないが、両国との直接的な関係のないアルカナンサスだけが同行する。
リザード族の傷病兵を見舞うためでもあり、書簡を届ける使者でもあった。
後日、私がサルベルトの地を踏むための布石でもある。




