第一章 6
シンとアモンは女性たちを連れ、薄暗い山道をおよそ二時間歩き続けていた。
疲れ果てた彼女たちの足取りが重くなったころ、ようやく明かりの灯った建物が見えてくる。そこは、シンにとって九年前と何ひとつ変わらない治安局だった。
「ついたぞ」
「とまれ!一体何事であるか!?」と、門番らしき衛兵に、入り口付近で呼び止められた。
「グウィン七雄、泉の騎士だ。
ここより2時間ほどの土地に位置するフーシャ村が、
テスラ兵による侵攻を受けた。
村は全焼、復旧困難とみなし、ここには難民の保護を頼みに来た」
「いっ!泉の騎士様……!
こ、これは大変失礼いたしました!!
……難民の保護、しかと承りました!」
「では、あとは頼む。
俺はこのことを王都へ上奏しに向かう」
シンとアモンは女性たちを衛兵へと引き渡し、近くの椅子に座り、しばし息をつくことにした。
「ところでお前、これからどうする気だ?」
「……いえ、全く考えてません」
――どうしよう。教会も跡形もなく消えてしまったから荷物もお金もない。
静かに燃える松明の下、二人は並んで腰を下ろし、声を潜めるように話していた。
「お前、何かやりたいことでもあったのか?」
「……っ!俺は、騎士になりたかったんです。
強い騎士に。
昔、おれがまだ5歳の時にも、他国から侵攻された時があったんです。
その時助けてくれたのが、ヴィルヘルムって言われていた騎士様でした。
俺はあの人みたいな騎士になりたくて、ずっとずっと木で作った剣で特訓していました。
来年のカリオンの入学試験に向けて……」
アモンは腕を組みながらシンの話を親身に聞いていた。
――こいつ、ヴィルヘルムさんを知ってたのか……
「なるほどな、まぁ、ヴィルヘルムさんは確かにかっこいいよな」
「っ!ヴィルヘルムさんを知ってるんですか!?」と、
シンは目を輝かせながら、アモンにしがみつく。
「あぁ?っちょ!鬱陶しい」
アモンは少し困った表情を浮かべながら、シンを無理やり引きはがした。
「はぁ、七雄になる前、少しお世話になったことがある」
「そうだったんですか。っあ!いや、本当にすみません」
「……あとお前、魔術とか祈祷とか、練習してるのか?」
「いやぁ、魔術も祈祷も、使えたことがないんですよね」
――まじかこいつ
「お前、一つ言っておくが、物を引き寄せたりするぐらいの魔術なら、ほとんどの人が5歳くらいには出来てるぞ?まさかそれもできたことないのか?」
「えっ!そうなんですか!?
それすらできたことないです……」
――ほんとうにまじかこいつ
「お前さぁ、カリオンに合格しようと思ったら、最低でも、下級の魔術か祈祷を使って見せないと入れないからな」
「な゙っ!!」
想定外の条件に、シンは思わず驚いた。
いや、そもそも自分の認識が甘かったのだろう。
この話を聞いて、カリオン合格には――少なくとも魔術か祈祷を使えるようになることが必須なのだと、はっきりと思い知らされた。
――魔力っていうのも感じたことない、ここ9年間全く使えたこともない。
どうしよう……。しかもあそこは一度の入学人数が限られてる。たとえ少し魔術を使えるようになったとしても……。
シンは深く思い悩んだ。武を磨くだけでは、まだ足りない。たとえどちらかを扱えたとしても落選の可能性がある。その現実が、胸に重くのしかかる。
だが次の瞬間、息を整えるようにして、シンはある事実に気づいた。
――…………っ!
シンのすぐ隣には、この国で最強と謳われる選りすぐりの騎士、グウィン七雄・泉の騎士アモンがいる。
ここで別れれば、二度と会えないかもしれない。
いや、もともと出会えただけでも奇跡だったのかもしれない。
そしてシンの直感は、
この瞬間に訪れた“ある機会”を、決して逃さなかった。
シンはいきなり立ち上がると、迷いを振り切るようにアモンの前へ進み、その場に座り込んだ。
「アモンさん……。
どうかお願いします。俺に、戦い方と魔術を叩き込んでください!!」
まるで弟子入りを願うかのように、真っ直ぐ頭を下げて頼み込む。
その突然の行動に、アモンは思わず目を見開いた。
「ここであなたと別れてしまったら、もう会えないかもしれない、だから!
あなたと出会えたのは、もう一生ないチャンスだと感じました!虫が良すぎるのは百も承知です!
ですがどうか!どうかお願いします!!」
やがて驚きは静かな思案へと変わり、彼は少しだけ難しい表情を浮かべた。
「アモンさんと話してて、自分は皆より何歩も遅れていると感じました。一刻も早く、追いつきたいんです」
少しの沈黙が流れたあと、アモンは表情を引き締め、厳しい眼差しでシンを見据えて問いかけた。
「さっき聞き損ねたが、騎士になって何をしたいんだ?」
「……おれは、……優しい世界にしたい。
誰も傷つけ合わなくていい世の中にしたいです。
簡単じゃないのはわかっています。
……多分皆んな不安を抱えているんだと思います。全員、どんな地位の人たちも。
戦争が起こる原因も、奪うため、欲求を満たすめ、
国を大きくするためなど、いろいろ理屈はあると思います。でも根本には"不安"があると思うのです。
俺一人が何を出来るかはまだわからないですが、
少しでも多く、皆んなの不安になる物を払いたい。
皆んなが怯えずに、傷つけ合わずに済む、
そんな世の中の"柱"になりたいです!」
シンは淡々と、自分のやりたいことを語った。
アモンはそれを遮ることなく静かに聞き続ける。
だがその胸中では、その願いが容易なものではないと感じていた。
――誰も成し遂げた事のない偉業……。笑われてもおかしくない夢物語だ。聞いてる限りまだ少し芯もブレている。
アモンは一度、じっとシンの目を見つめた。
シンもまた言葉を発さず、その視線を真っ直ぐに受け止める。
――……似てるな。
決意さえ固まってるなら、芯もブレずにしっかり立ってくるか…………
しばらく見つめ合ううちに、シンの本気が伝わったのだろう。
アモンの口元に、わずかに微笑みが浮かんだ。
――っあ、この人笑うんだ……
「わかった。俺と一緒にくれば、戦闘も、魔術も、祈祷も教えてやる。カリオンに合格……本当に"強く"なれるようにな」
アモンから承諾の言葉が返る。
――っ!!
「やっっっっったあああ!」
その瞬間、シンは思わず大きな声を上げて喜んだ。
「うるさい、避難所だぞ」
「あっ!すみません……」
「入学金も、教材も、いろいろ揃えてやる」
「え!いや……それは流石に……」
「金持ってないだろ。
いいんだ、金は余るほどあるし、使い道も大してないからな。お前が大成した時に返しに来てくれればいい」
「……でも、なんでそこまで……」
「これも何かの縁だろうしな。
ただとは言ってない。条件がある。
まず俺がお前に教えるのはカリオンの受験当日までだ。それに、たとえ落ちたとしても俺はもうお前に教えない。
めでたく合格したら、俺とお前の師弟関係はそれまでだ。あとは自分で強くなれ。
絶対に合格して、いずれ大成しろ」
その響きが、シンの心を強く打った。
恐怖よりも、不安よりも、先に湧き上がってきたのは、
高揚だった。
「っ!任せてください!」
――やった!よし、アモンさんの技、たくさん盗んでやる!!
「あと……友達を絶対につくれ、
一緒に学び、時にはハメを外して遊べ」
「え、あ、はい。わかりました」
――友達か……確かに欲しいな、友達……
「……あとお前、腹の傷は?」
「……あ」
「あ?」
腹の傷のことをすっかり忘れていた。
「あ゙あ゙あ゙!!」
先ほど大声を上げた拍子に傷が痛んでいた。
思い出すと同時に激痛が走り、シンは思わずうずくまった。
「おい!誰か医療師を連れてきてくれ!
こいつ腹を切られてるぞ!!!急げ!」
大声を出すなと注意したアモンだったが、今度は彼自身が思わず大声を上げてしまった。
それに気づいた医療師が慌てて駆け寄り、シンの腹の傷を治療する。
痛みに顔を歪めて悶えるシンを、医療師が祈祷で静かに癒していく。
その様子を、アモンは傍らで見守っていた。
案ずるようなアモンの声が、静かな治安局の空気にゆっくりと染み込んでいった。
「アモンさん……、よろしくお願いします!」
「あぁ」
シンは痛みに耐えるよりも、まずアモンへの挨拶を優先した。
その気持ちを察したのだろう、アモンもまた静かに返事を返す。
それはシンとアモン、二人の師弟関係の始まりだった。




