第一章 5
「発火!!!」
ランドゥーの炎魔術が再び放たれる。
――いけ!熱いのがなんだ!みんな、もっと辛かったはずだ!例え焼けようが刺されようが、あいつの首に刃を突き刺す!!!
「があああああああぁぁぁぁぁああ!!」
「おもいっっっきり焼いてやる!せいぜい、
無力を恨め!!!」
シンの振り下ろした刃と、
ランドゥーの放つ灼熱の炎――
その二つが、ほとんど同時に衝突しようとしていた。
シンの剣筋は震えている。
だが、その一撃には少年のすべてが込められていた。
対して、ランドゥーの炎は、まるで生き物のようにうねり、牙を剥く。
「……終わったな」
炎が大きく膨れ上がり、
シンの身体を呑み込もうと包み込んだ瞬間、
ランドゥーは勝利を確信した。
「あの女のようにもがき苦しめ!」
炎の熱が漂い、シンの影が炎に溶けるように揺らぐ。
――俺はこんなことをやめるつもりはねぇ!
俺は!人生に勝つんだ!!
その顔には余裕と嘲笑、
そして――完全な“勝ちの確信”が浮かんでいた。
少年の叫びすら、炎の爆ぜる音にかき消されていく。
「うぁぁぁぁぁああああ!!!」
「死んどけえええええええ!」
ついに、炎がシンの身体を完全に呑み込んだ。
ランドゥーの掌から噴き上がる灼熱の奔流が、少年を覆い隠すように包み、その姿を“火”という地獄に閉じ込める。
ランドゥーは勝利の笑みを浮かべたまま、炎の出力をさらに強めた。熱風が周囲の瓦礫までも赤く染める。それはまさに地獄そのもの。
十分に焼き尽くした――
ランドゥーはそう判断した。
「そろそろだな、せめて死体だけでも拝んでやるか……」
満足げに、ゆっくりと炎を止める。
炎が晴れ、視界に影が戻りはじめる。期待するように、楽しむように、ランドゥーはその中心を覗き込んだ。
――しかし。
「……は?」
そこには、何もなかった。
黒焦げの死体どころか、焼けた布切れひとつ、血の痕ひとつ残っていない。まるで“最初から少年など存在しなかった”かのように。
ランドゥーの笑顔が、ゆっくりと固まった。
「……なんだ……どこへ消えた?」
嫌な寒気が背筋を駆け上がる。
そしてシンの立っていたはずの地点から、右方向へ視線を動かしたその瞬間。
ランドゥーの目は、ありえない光景を捉えることになる。
「っ!誰だ……!?いつのまに!」
倒れているシンを守るようにして、一人の男が立っていたのだ。
そのシンのまぶたが、ほんのわずかに震え、ゆっくりと開いた。
「……っ、あれ……?」
視界はまだ霞んでいる。
熱と痛みで頭が重く、状況を理解できない。
さっきまで炎に包まれていたのに、どうして生きているのか。どうしてここに横たわっているのか。
何一つ飲み込めないまま、
シンはただ目の前にある“背中”を見つめた。
広く、強く、揺るぎのない――
誰かを守るために立つ者の背中。
そして、それを認識したとき、シンの中で、沈んでいた記憶が激しく波打った。
――あの時の背中だ……
死の直前、幼い自分を庇い、
襲いかかる敵を一瞬で斬り伏せた、あの夜。
見上げた“憧れ”の背中。
9年前のあの瞬間が、鮮烈に蘇った。
息を呑み、喉の奥が熱くなる。
――まさか…………!
シンは気づいたのだ。
この男こそ――
9年前、自分を救った“あの人”
"ヴィルヘルム"だと
しかし――
シンはすぐに、それが幻覚のような見間違いであると気づいた。
「……ちがう……」
ゆっくり焦点が合っていく視界に映った背中は、あの日の英雄のそれとはまったく違っていた。
背丈は、シンとそう大きく変わらない。
若い男だ。
灰色の衣服を身に纏い、
手に握られた“銀色の矛”。
月光を閉じ込めたように輝くその矛は、
見たこともないほど神秘的で、炎がまだくすぶる戦場の中で異様な存在感を放っていた。
黒髪が風に揺れ、その横顔がちらりと見える。
年齢は十代後半か、二十そこそこだろう。
大人でもない、子どもでもない。
だが、その立ち姿はシンのどんな“知っている誰か”よりも静かで強く、研ぎ澄まされていた。
「誰…………?」
シンの声が震える。
その青年は、シンを抱えて救い出してくれた存在でありながら、見たことのない、謎そのものだった。
ランドゥーが苛立ちに満ちた声で唸る。
「なんだ……テメェは……?」
「……グウィン七雄が一人、泉の騎士 アモン。
銀の矛を軽く構え、その切っ先をランドゥーへ向けた。
静寂が戦場を覆う。
――っ!泉の騎士って…………
シンには聞き覚えのある名前だった。
「へっ、なんだ、新しい衛兵さんがきたのか……」
ランドゥーがめんどくさそうに肩を落とす。
「……まず気づくことはないのか?後を」
泉の騎士は、銀の矛の切っ先をランドゥーの背後へ向けた。
「あ?」
ランドゥーは眉をひそめ、なにか嫌な汗をかきながら振り向く。
そこに広がっていた光景を見た瞬間――
彼の表情が凍りついた。
「なっ……なんだ、こりゃあ……!」
自分の部下たちが、全員倒れていた。
呻き声ひとつない。
気を失っているのか、あるいは――。
――全く気づかなかった……!!
いつだ!いつ殺された!
「てめぇ!いつ俺の部下殺しやがった!!」
焦り、怒り、が混ざり合い、顔が引きつる。
しかし青年は、ランドゥーの叫びを聞いても表情を変えない。銀の矛を静かに構え直しながら、ただ淡々と前へ進んだ。
「お前がちんたら喋ってる間に」
――うそだろ……!?
ハッタリか?どんなバケモンなんだよ!?
泉の騎士がただ静かに、しかし確実に、ランドゥーへ歩み寄ってくる。
「来んじゃねぇ!!
猛火球!!」
その、あまりにも落ち着き払った殺気のなさが逆に恐怖を煽ったのだろう。
乾きが混じった叫びとともに、ランドゥーは両手を大きく前に突き出した。
ランドゥーの掌の前に、渦を巻くように、巨大な炎の塊が生成されていく。炎は膨れ、球体の表面を火花が激しく踊った。
「こいつに呑まれとけぇぇ!!」
――やばい!あんなの食らったら……!
「あの!!避けて!!」
そんなシンを横目に、泉の騎士はまるで問題ないかのようだった。避けようともしない。
――なんだ……、何する気だ……
シンが目を見開いたその瞬間――
泉の騎士は矛を反転させた。
刃を前に向けていた構えを解き、今度は矛の反対側、
石が嵌め込まれた方を前へと向ける。刃ではなく、“宝石のような石”を敵に向けるという動作。
シンは息を呑む。意味がわからない。
だが、泉の騎士の全身からは確かな“意図”が感じられた。ランドゥーは火球の勢いに任せて吠える。
「死ね!ガキ!!」
その怒号を、泉の騎士は一切気に留めていなかった。
ただ静かに、矛の石が、光出す。
「海蛇」
――っ!魔法!?
矛の石が淡く光を帯びた、その瞬間、
空気が震えた。
何もないはずの空間から、
しゅる、しゅると細い水の糸が現れはじめる。
それは一本だけでなく、十本、二十本、数えきれないほどの水筋が銀の矛へ吸い寄せられ、
まるで螺旋を描くように幾重にも重なっていく。
「……な、んだ……?」
シンは呆然とつぶやく。
"水"はこの焼けた戦場に存在するはずがないのに。
しかし泉の騎士の周囲だけ、まるで“泉”が湧いたかのように潤んでいた。
やがて集まった水は矛の先端で一つにまとまり、
蛇のようにうねる巨大な水塊となった。
水でありながら、生き物のような気配を纏ったそれは、
蛇のように体をくねらせ、まるで狩りの瞬間を待つ捕食者のように震える。
「水!?一体どこから出しやがった!!
クソがぁ!死ねぇぇえ!!」
炎が咆哮し、空気が爆ぜた瞬間――
"海蛇"は泉の騎士の一振りに合わせて、轟音とともに前方へ解き放たれた。
――ズォオオオオォォォッッ!!
うねるように蛇行した水塊は、火球へ一直線に突っ込み、触れた瞬間に火球を一気に包み込む。
火と水がぶつかり合った。火球は抵抗する暇もなく、丸ごと呑み込まれた。
「なっ……!? ぐっ!」
火球は霧散するのではなく、“吸収”されるように飲み込まれ、海蛇はその勢いのままランドゥー本人へ襲い掛かった。水の咆哮が轟き、ランドゥーの体をそのまま呑み込んだ。
「がばっ!」
巨大な水に呑み込まれたランドゥーは、目を見開き、必死にもがいていた。
「ぐっ……! んがっ……!!」
呼吸ができない。
炎を操る魔術師である彼にとって、“水”は最も相性の悪い存在だ。
"海蛇"は容赦なくランドゥーの肺から酸素を奪い続ける。
その焦燥、恐怖、絶望――
すべてを、泉の騎士は無表情のまま見つめていた。
怒りも、憐れみも、戸惑いすらない。
――あんな一瞬で……!これも"魔術なのか"……
この人、すごい……
泉の騎士の使う魔法に、痛みを忘れ見惚れるシン。
一方その本人は、ただ淡々と、ランドゥーが静かに沈んでいく過程を観察する。
「……っ……! んぐっ……!!」
ランドゥーの瞳が恐怖で染まり切り、気泡が口元からほとばしる。死がすぐそこまで迫り、身体が限界を迎えようとした、その瞬間――
泉の騎士は銀の矛を、静かに一振りした。軽く。
本当に軽く振っただけだった。
しかし、その一動作がすべてを変えた。
――パシュウッ!
海蛇の形が一瞬で崩れ落ち、蛇だったものはただの“大量の水”へと戻った。
水は重力に従い、滝のように轟音を立てながら地面へ流れ落ちる。
ランドゥーの身体もその中に落下し、激しく咳き込みながら転がった。
「はっ……はあっ……がっ……!!」
水を吐き出し、苦しみ、必死に呼吸を取り戻そうとするランドゥー。だが泉の騎士は、その苦しむ姿を眺めても一切動じなかった。
ただ、静かに。冷たく。
次の一手を迷わぬ者の目でランドゥーを見下ろしていた。
「はぁ、あ゙っ!てめぇ、今の……祈祷じゃねぇなぁ!
どっから水なんか持ってきやがった!!」
――おかしい!!井戸やら噴水は全部壊して水は手に入らないようにしたってのに!
近くに川もない……。
祈祷で出したわけでもない……。
なんでだ!炎や雷ならまだしも、"水魔術"なんて一つも開発されてねぇぞ!
……待てよ……、さっきこいつ七雄って……!?
「教えない。とりあえず、お前殺しすぎだ」
銀矛の刃を、迷いなくランドゥーの喉元へと突きつけた。
「何か言い残すか?」
「……なぁ、見逃してくれよ。こっ、この通りだ」
ランドゥーが突然姿勢を改め、跪き、淡々と頭を垂れた。それは先ほどまで村を焼き、命を奪い、嘲笑していた男の姿とは思えない程に。
「なっ!この……!」
地に額を押しつけ、必死に命乞いを続けるランドゥー。
その震えきった声を聞きながら、シンの胸にじわじわと熱が込み上げていった。
――ふざけるな。
村を焼いた時、
俺の家族を奪った時、
シスターに触れた時、
こいつはこんな声を出したのか?
今こうして土下座しているのは、罪を悔いているからじゃない。ただ、自分が死にたくないだけだ。
その浅ましさが、シンの怒りをさらに燃やした。
「なんだよそれ……」
小さく、低い声でシンは呟いた。
拳が震える。爪が掌に食い込み、血が滲む。
「このっ……」
怒号が出かけた瞬間、泉の騎士が口を開く。
「まて、あまり喋るな。腹の傷が広がる」
「っ……」
泉の騎士はシンを落ち着かせ、微動だにせず、
ランドゥーの饒舌な命乞いを“淡々と聞き続けていた”。
同情も、怒りも、軽蔑ですらない。静かな観察者の目。
そのせいで、ランドゥーはさらに必死になり、声を荒げた。
「俺たちゃ、王の命令に従っただけだ。し、仕事さ。
村を焼いて奴隷を連れて来いって、それも女ばかり。
あ、あんたも七雄ってならわかるだろ?
王様の命令には逆らえねぇはずだ!
なぁ頼むよ、子供が……2人いるんだ!
妻はもういねぇ、俺が死んだら、孤児になる!
なぁ!子供の未来を奪うのか!?
指令でやったことだ!仕方ねぇだろぉ。
頼む……2人が待ってるんだ……。」
――うそだ……
ランドゥーの必死すぎる命乞いは、もはや醜態と言ってもいいほどだった。
子がいると聴き、胸の奥がぐらりと揺れた。
だが、それが嘘だと分かるのに一秒もいらなかった。
シンの視線はじっとランドゥーを射抜いていた。
その横で泉の騎士は、相変わらず静かに立っていた。
ランドゥーの嘘を見抜いたかどうかも分からない。
「どこの国から来た?」
「はぁはぁ、テスラトリスから来た……」
それを聞いた瞬間、
泉の騎士の表情が、かすかに歪んだ。
本当にわずか。見逃せば気づかないほどの、小さな小さな変化。だがシンには、はっきりと見えた。
無表情の奥に隠されていた何かが、
一瞬だけ揺らいだのだ。
ランドゥーが声を荒げ、手を伸ばした。
まるで、わずかに揺らいだ騎士の心をどうにか掴もうとするかのように。
「頼む!子供のためにも帰らないといけないんだ!
捕まえた女たちは返す!だから頼む!
見逃してくれぇ……!」
その叫びは、必死に絞り出す"生きたい"という欲望そのものだった。泉の騎士は、その言葉を聞きながら黙って見下ろしていた。
その言葉に、シンの堪えていた怒りがついに破裂した。
「ふざけ……!」
怒号が喉を駆け上がる。
今にもランドゥーへ掴みかかろうとした、
その瞬間――銀の閃光が走った。
シンの声よりも早く。ランドゥーの泣き叫ぶ声よりも早く。泉の騎士の銀の矛が、滑らかに、迷いなく弧を描いた。
――シュッ。
次の瞬間、ランドゥーの喉元から細い赤線が走り、時間が一拍だけ止まったように見えた。
「……え?」
ランドゥーの瞳が大きく開かれる。
何が起きたのか理解できず、口を開きかけ――
どぷっ、と鮮血が溢れ出た。
声も出せないまま、
ランドゥーは前のめりに崩れ落ちた。
「お前の罪と、子供は関係ない。
本当に子供を想ってるなら、こんな仕事するわけないだろ……」
銀の矛の先から、
一滴の血が地面へ落ちていく音だけがやけに大きく響いた。
――っ……!
驚いているシンを気にすることなく、泉の騎士は矛の血を払うと、まるで風の流れに紛れ込むような自然さで――
「腹の傷を押さえていろ」
シンのすぐそばへ移動していた。
「はっ、はい!……ぐっ……」
気づいた時には、忘れていたはずの痛みが一気にぶり返した。
焼かれた体、裂けた皮膚、胸の奥に残った衝撃。
怒りと緊張で麻痺していた神経が、まるで今になって容赦なく目を覚ましたかのようだった。
その時、まるで風が触れたかのような軽さで、泉の騎士の手がシンの肩に置かれた。
「じっとしていろ、傷は無理だが火傷は治してやれる」
すると、泉の騎士の掌から、柔らかい赤い光がふわりと放たれた。
「焼かれ、爛れし魂よ。慈悲を仰ぎ、その灼け痕を鎮めよ。火はもはや汝を焦がすことなかれ。
静かに癒しと還元をもたらさん "赤帝の涙"」
赤い光がじわりとシンの全身へ染み込む。
その温かさは、血潮が逆流するような不思議な感覚を伴っていた。
そして――次の瞬間。
――シュアアア……
シンの火傷が、“剥がれる”ようにして治り始めた。
皮膚に貼りついていた焦げ跡が、まるで枯れ葉が風にさらわれるかのようにひらりと浮き、剥がれ落ちる。
その下から現れたのは、傷一つない、元のきれいな肌だった。
焼けただれ、赤黒く変色していたはずの腕が、本来の色を取り戻していく。
――すごい……。まるで、シスターの祈祷だ……
火傷が“削ぎ落とされ”、新しい肌が息を吹き返すように生まれていく。肉の痛みが、熱の痺れが、次々と消えていく。シンは震える指先を見つめていた。
数秒前まで腫れ上がっていたはずのその手が、いまはまるで何事もなかったかのように動く。
「あ、ありがとうございます……」
「腹は治せないからな。布か何かを巻いていろ、
治安局に行けばそのきずも治してくれる。
……生き残ってるのは……お前と、あそこの人たちだけか?」
「……はい」
シンの表情に、深刻な影が一気に戻った。
治癒の温もりが消えた瞬間、心だけが現実へ叩き戻される。ランドゥーが言い放った残酷な真実。
シスターの死。
燃える村。
助けられなかった命。
奪われた家族。
押し込めていた感情が、
治癒の光とともに蓋を開けられたように逆流してくる。
「この広間に来るまで、何人も焼死体を見た。
おそらく、治安局まで連絡が行かなかったんだろう」
――この惨状、おそらく村の復旧は無理だろうな……。
すでにほとんどの家屋が焼け崩れている。
燃え続けたせいで遺体も、骨まで灰になって消えてしまってる者も多い。
すまない……俺がもっと早く来ていれば……
「……っ、うぁああああああああああッ!!」
突然、シンの胸の奥に押し込め続けていた感情が、一気に溢れ出し、堰を切ったように号泣しだした。
「守れなかった……。だれも。
返してください……、お願いします……!
シスターと神父様を、どうか……。」
――この子の剣に血がついてる。……ずっと戦ってたのか
「とりあえず、あの檻の人たちを治安局へ連れて行こう。どのみちここまで燃えていたら村の再建は無理だ。
お前はそこで腹の傷を治してもらえ」
シンはその言葉に応えることができなかった。
返事どころか、顔を上げることすらできない。
涙と嗚咽が先に溢れて、言葉を押し流してしまう。
肩を震わせ、拳を握りしめ、
ただ立ち尽くすこともできず、地面に崩れたまま泣き続ける。
「……気持ちはわかるがはやくし――」
「ちょっと黙っててくださいよ!!!」
シンは、絞り出すような叫びでその言葉を押し返した。
涙で濡れた顔を上げることもできず、
ただ声だけが震えながら空気を裂いた。
「何がわかるんですか……あなたに」
「……わからない」
「村の人が全員殺されたんですよ!!!」
シンは顔を歪め、
噛みつくように泉の騎士へ怒声をぶつけた。
「わかってますよ!はぁ、ああ!もうおかしくなりそうだ!帰って来たら村が燃えてて、大切な人が焼け死んで、どこの兵士かわからない奴らに村がめちゃくちゃにされてたんですよ……」
「テスラトリスの兵だ。アースヴァロンから北東にある冷たい国――」
「もうどうでもいいですよ!1番大切な人たちを救えなかった!最初は……っ、シスターは生きてると信じてた!
人を殺しました!
初めて!生まれて初めて持った、刃のついた剣で!
人殺しになってしまった……。
許せなかった!
相手の都合で好き勝手される現状に!
おかしいじゃないですか!
ただ!普通に暮らしてた!
でもいきなり奪われたんだ!!」
「それは……辛かったな、よく頑張った」
「……もうそういうのいいですよ。
もう動きたくもないんです。何もしたくない。
あの人たちみたいに、誰も助けることなんてできなかった」
もう動けない。
立ち上がる力も、怒鳴る力も、何も残っていなかった。
そのとき――
「みっともない……、いい加減にしろ!!」
泉の騎士の怒声が、空気を切り裂いた。
「……っ……!」
「大切な人が殺された?それがそこから動かない理由になるのか!?
泣くのはいい!絶望するのもいい!
うずくまるのも、悔やむのもいい!
だが!お前のそれはあまりにも、死した人が浮かばれないぞ!」
まるで心臓を真正面から撃ち抜かれたかのような衝撃。
胸が締めつけられ、肺が動くのを忘れる。
「……………!」
息が詰まり、喉が震える。
涙が完全に止まったわけではないのに、
その一瞬だけ、世界が静まり返った。
「愚の骨頂ここに極まれり……!
その怒りや悲しみを次の力にしようとは思わないのか!?
いつまでもうずくまるな……!おかしい?おかしいさ!
勝手な都合で大切な命を奪われていく。
こんな世の中、腐りに腐りきっている!」
シンは顔を上げ、惨めさゆえに怒りを滲ませた泉の騎士の表情を見つめたまま、静かに涙を流していた。
「村や城が襲われるなどもはや日常茶飯事だ。
今もどこかで争いが起こっているだろう。
だから俺たちは戦っている。
対話で解決しないから、力でねじ伏せるしかないんだ!
残念だがそれが現実だ!」
泉の騎士は、泣きながら絶望に沈むシンへ、自分なりに抱え続けてきた「戦争」というものへの思いを、容赦なく叩きつけた。
その言葉は決して優しくはなく、むしろ冷酷ですらあった。だがそこには、戦場を生き抜いてきた者だけが持つ覚悟と、同じ痛みを知る者だからこその苛烈な優しさが滲んでいた。
「俺ももう何人殺したかわからない、
だが!俺も、お前のその殺したというのは、救うため、守るためにしたこと。
奪うための殺しとは違う……!
今の世の中では、それをしなければ何も守れない!」
――お前が辛いのは分かっている。だがだからこそやることがあるはずだ。
大切な人を殺され、村まで焼かれ、怖かったろう。
狂いそうになるだろう。
だからこそ、どうしようもない時こそあがけ。
無理やりにでも道をさがせ
「奪われるのが許せないなら、やることは単純だ。
強くなれ。
血の滴る世の中を変えたいなら!
愚かな戦争を消したいなら!
大切な人を守りたいなら!
当然、果てしなく険しい道だ。何度も己の無力、他の才能、世の理に打ちのめされるだろう。
いや、だからこそこの上ない意義がある!」
その言葉を聞いた瞬間、シンは思い出したかのように、はっと目を見開いた。
「負けるな!しつこくあがけ!芯を持て!
どんなどん底に落ちても、立ち直れ!」
そう告げる声は厳しく、逃げ道を与えない。
それでも泉の騎士は、自分なりのやり方で、折れかけたシンの心を、必死に立ち上がらせようとしていた。
――そうだ……。なんでこんなになってたんだ。
誓ったじゃないか、剣を握ったその時から……
シンは胸に下げた神父の首飾りを強く握りしめ、そのままゆっくりと立ち上がった。
剣を握ったあの瞬間から胸に秘めていた神父の言葉と、シスターや村の人々との思い出、そして数々の笑顔が、一気に胸へ流れ込んでくるようだった。
――見ず知らずの俺に、こんなこと言ってくれるなんて。
皆んな……!俺を生かせてくれてありがとうございます!
……………………………………。
「…失礼な態度をとってしまい、申し訳ございません。
俺も、治安局へ連れてってください……!」
「はぁ、めんどくさいやつだな……」
そう言いながら、泉の騎士は囚われた女性たちの檻へと歩み寄り、鍵を銀の矛で叩き割った。
「行くぞ。そこらへんの剣を持ってついてこい。
俺は前、お前は後ろで女の人たちを挟むようにして進むぞ」
「わ、わかりました!
えっと、泉の騎士様!」
「いや、アモンでいい」
「え?」
「アモンでいい!
泉の騎士なんて呼んでたら、長くて疲れるだろう」
「わかりました!アモンさん!」
「……ところで、お前の名前はなんだ?」
「シン、俺はシンです!」
「分かった。シン、早く行くぞ」
こうしてシン、そしてアモンは、囚われていた女性たちを最寄りの治安局へと連れ、月明かりに照らされた夜道を歩いていった。
その光景は、シンにとって九年前、ユラと共に歩いた道をどこか思い起こさせるものだった。
だが今は、シン自身が“守る側”の立場に立っていた。




