↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デウステラ  作者: 十座四季
第一章
PR
4/14

第一章 2


 シンは燃え盛る通りをただひたすらに駆け抜けた。

胸にあるのは、あの二人のことだけ。炎の熱も、肌を刺す煙も、今の彼には届かない。

道中、村の衛兵と思われる者たちの焼け焦げた遺体が目に入る。さらに、見たこともない装束の兵士の亡骸までもが転がっていた。だが、足を止めている暇はない。


教会へ辿り着いた瞬間、シンの視界は赤い光に染まった。

教会全体が、炎に包まれていた。


膝が砕け落ちる。

 

「……嘘だ……」


声にならない呻きが喉を震わせた次の瞬間、シンは立ち上がり、崩れかけた入口の扉へ体当たりした。

 

「ああぁぁぁああッ!!」


木片が弾け飛び、激しい熱風が顔を撫でる。それでも止まることなく、彼は中へ飛び込んだ。


教会の内部は、ほとんど形を残していなかった。壁も、椅子も、棚も、炎に舐め尽くされ、今にも天井が落ちてきそうだ。

だが、シンには恐れも、躊躇もなかった。


台所へ駆け込んだその場所で――シンの時間が止まった。


「うそだ……」


床に横たわる黒く焼けた亡骸。

まだ原形を保っている首飾りが、一目でその人が誰なのかを告げていた。


神父だ。


つい数時間前、いつものように穏やかに言葉を交わしたばかりの人。その姿が、今は無惨に変わり果てていた。


「ぐ……う、ぅ……」

「なんでぇ……なんでなんでぇぇぇ!!」


炎よりも熱い慟哭が、崩れかけた教会に響き渡った。


受け入れられない。受け入れられるわけがない。

膝を折ったまま、シンは動けなくなった。


神父との思い出が、怒涛のように頭を駆け巡る。

そのひとつひとつが胸に突き刺さり、心が崩れ落ちていくようだった。


もう戻らない人の傍らで、シンの中の悲しみと怒りが渦を巻く。

しばらくの間、彼はその場にうずくまり、ただひたすらに涙を流し続けた。

 

「うぅ・・うっ、あぁぁぁ・・・」


 × × ×

 神父「シン、いつもありがとうな……」

 

   「シン、誕生日おめでとう!これをあげよう。私の大切なお守りだ……」

 

 「働きすぎるんじゃないぞシン。たまには思い切り遊べ!」

 

 「祈祷はな、使うそれの物語をイメージするんだぞ。」

 

  「ははは!中々使えないなシン!でも大丈夫だそ、

 これでもかと言う気持ちで続ければ、きっと扱えるさ」

 

 シスター「もう神父様、バーとかギャーとかボンとか、教えるならちゃんと教えてあげて下さい!そんな擬音ばっかりじゃ誰も理解できませんよ!!」

× × ×

 

「――っ!シスター・・」

「シスターァァ!!」

 

 シスターの顔が脳裏を閃光のようによぎった。

胸の奥からせり上がる焦りに突き動かされ、シンは喉が裂けるほどの声で名を呼ぶ。


「返事してよ……頼む、どこに……!」


涙で視界が歪む中、燃え残った部屋の隅々まで探し回る。しかし、どれだけ叫んでも、どれだけ探しても、シスターの姿はどこにもない。

胸の奥が冷たくなり、シンは教会の裏庭へ飛び出した。


「――っ、あいつらは……」


庭に出た瞬間、涙で濡れた視界に、見覚えのない影が揺れて見えた。

助けを求めて声をかけようとしたが、その足はぴたりと止まる。


――村の衛兵じゃない……まさか……!!


道中で見かけた遺体、この規模の火災。嫌でも最悪の予想が形を取り始める。


          敵国の襲撃


もしそれが事実なら、村全体がすでに戦場になっている。

衛兵が応戦し、その果てがあの惨状なのだろうか。


「クソッ!クソッ!クソッ!なんで気づかなかったんだ! 俺がのんびり特訓なんかしてる間に……こんな……!」


怒りと悔しさが爆発し、シンは地面に拳を叩きつけ、そして額を打ち付ける。

自分の愚かさが許せなかった。

もしかしたら自分が助けられたのかもしれない、背負って逃げれたのかもしれないと。

父のように慕っていた神父が、もう戻らないという現実が胸を締めつける。


「ぐっ……う!神父様……」


 どうしようもなかった。胸の奥に沈んでいる“悲しみ”は、もはや歩くことさえ重くするほど深く、強かった。

 神父が死んだ。

その現実は、シンの心を容赦なく締めつける。息が苦しくなるほどにつらくて、思い返すたびに、胸のどこかがぽっきり折れそうになる。

 けれど――


「……シスターは……」


 まだ希望は消えていない。

 あの優しい笑顔が、まだどこかで生きているかもしれない。そう思った瞬間、暗闇の中に小さな光がともった。


 シスターは、生きているかもしれない。


 その“もしも”がシンの背を押し、足を前へと動かし続けさせていた。


 それでも――まだシスターがいる。


シンは震える指で涙を拭い、込み上げる嗚咽を必死に飲み込んだ。


「シスターを……探さないと……」


わずかな希望にすがるように、シンは村中を走り回った。

炎の光に照らされた廃墟同然の道を、ただひたすらに。


今はただ、一刻も早くシスターの安否を知りたかった。

 

 生まれてはじめて、神に祈りを捧げた。どうか――シスターが無事でありますように、と。

その一念だけを胸に、息が切れるのも構わず街を駆け回る。


燃えさかる炎の熱気が肌を刺し、立ち上る黒煙が空を覆う。その光景を目にした瞬間、胸の奥で何かが軋んだ。

 ――九年前、あの忌まわしい襲撃の日。


村の惨劇が、過去の記憶と重なる。足を止めるわけにはいかないと分かっていても、心は勝手にあの夜へ引き戻されていく。

それでも、俺は走る。祈りを振り絞るようにして。

 

 シンの腹の底から出た、重く鋭い感情、

 

 ――また俺たちの村に・・・何してくれてんだよ!!

 

 シンの胸の奥で、九年前の怒りが、じわりと目を覚ました。

さっきまで胸を締めつけていた悲しみも、足を震わせていた恐怖も、確かにそこにある。消えたわけではない。


だが――それらすべてを押し流すように、怒りが鮮烈に立ち上がった。

炎のように、迷いを焼き尽くすほど強く。


 ーーーーーーーーーーー。


 シスターを探して、どれほどの時が過ぎただろう。

 焦げた大地と灰の匂いが漂う村を走り回っても、生きている人間――いや、シスターの影すら見つからない。

 見かけるのは焼けこげた遺体ばかり、

 それでもシンは、彼女を見つけるその瞬間まで諦めるつもりはなかった。


 だが、状況は突然変わる。


 ガシャ、ガシャ、と金属の足音。

 遠くの道の先から、十数人の兵士が姿を現した。

 維持局の兵でも、村の衛兵でもない。見慣れぬ紋章を胸に下げた、兵たちだった。


 シンは咄嗟に崩れた家屋の影へ身を滑り込ませた。

見つからないよう、息を殺し隠れる。


 ――こいつら、どこの兵隊だ?敵国の……兵なのか


 炎の赤光が揺らめく廃墟の影に身を沈めているシン。

 胸の鼓動がうるさいほど鳴っているのに、外へ漏れないよう必死に押し殺す。


「おい、生き残りはいたのか?」

「わからん。しかし、この村の衛兵は全員殺したはずだ。」

 

 通り過ぎようとする兵士の言葉を聞いた瞬間、シンの表情から血の気が引いた。


 ――殺した……?


 飛び出しそうになる足を、必死に押しとどめる。

 勝てない。そんなことはわかり切っていた。


「しかし弱かったな、この村の衛兵ども!ランドゥー隊長がちょっと火を放っただけで大慌てだぜ!」

 

「アースヴァロンの程度が知れるぜ」

 

「あぁ、あの慌てよう、戦に慣れてないのが丸見えだったな!」

 

「まぁ、最終的に村全体を燃やしちまったがな!」


 下卑た笑い声が、焼け焦げた空気を汚すように響き渡った。


 怒りがシンの全身に燃え広がり、拳を強く握りしめる。


 ――何のために人を殺した……

 

 ――何のために火を放った……

 

 ――お前らのせいで……俺の家族が……


 胸をかきむしりたくなるほどの怒り。

 それなのに、足だけが動かなかった。

 恐怖よりも怒りのほうが強いのに、身体は凍りついたまま。


 兵士たちが去っていく。

 その後ろ姿が消えた瞬間、シンは自分の頬を殴りつけた。


「くそ……ッ!」


 どうすればいいのかわからない。

 シスターが生きている確信は揺らぎ、村を滅ぼしたのは“敵国”だという確信だけが残った。


 ――俺に……何ができる……?


 あまりにも急な喪失。あまりにも大きな現実。

 理解が追いつかず、シンはその場に膝を抱えて座り込んだ。

 燃え盛る炎が目に映り、世界が赤く染まる。もはや怒りすら湧いてこなかった。胸の奥で燃えていたはずの感情は、いつのまにか形を失い、代わりに広がったのは、

 底なしの“悲しみ”だった。


 それは怒りを飲み込み、

 心のすべてを塗りつぶしてしまうほど深い。


 シンは胸元から、十歳の誕生日に神父から授かった首飾りを寂しげに見つめた。

 シンの顔に、暗い影がそっと滲むように浮かんだ。

炎が揺らめくたびに、その影は不気味に形を変え、彼の瞳の奥に渦巻く感情を映し出しているようだった。


「何のために生きてたんだろ……。こんな簡単に壊れるなんて。……こんなんじゃ、特訓も無駄にだったな……。

 俺も……あの人たちみたいに、なりたかったな……」


 ふと、傍らに倒れた村の衛兵の亡骸が目に入る。


 ――こんなところにも……

 

 見れば胸が締め付けられる。視線を逸らそうとした――だが目に映った。


 “剣”だ。


 死してなお手を離さなかった、衛兵の真剣。

 シンは目を、もう一度首飾りに向ける。


――……シン

――…………シン!

 

――諦めるな、シン!


 頭の中で声が響いた。

 神父の声だ。


「……」

 

 ――もうむりだよ…………

 ――………………

「どうしろっていうんだ…………。あぁ、こんな……こんな簡単に、みんな殺されたんだ……」


 ――…………諦めるな!シン!


 ――俺は一体何をしてきた…………


 シンの瞳に、かすかな光が戻る。


――何のために強くなりたかった?


 光は次第に強さを増していった。


 その光を後押しするように再び声が聞こえた。


 ――覚えていろといっただろう!思い出せ!


 シンは首飾りを強く握る。

 神父から首飾りとともに贈られた言葉が蘇った。


 ――シン、今から言うことを覚えておきなさい。

 何事も諦めるな。

  無謀に突っ込めという意味ではない。逃げてもいい、退いてもいい。

  だが“諦める”ことだけは、自ら道を閉ざすことだ。

  選択肢を自ら放棄することだ。

  理想を掲げ、自信を持ち、努力を重ねろ。

  本当にどうしようもない時は、助けを求めてもいい。

  自分の想いを、人の想いを胸に宿せ。

 

  お前は私の息子だ。私はお前を信じている。

  リーシュも、お前を信じている。

  困った時は、私たちを思い出せばいい……ああ、これは祈祷の授業じゃないぞ!

  心の話だ! ははは!

  祈祷にも、こういう“信じる心”が必要なんだ!

 

はぁ、まあちょっと臭い言い方だったかもしれんがな……


 ――…………


 深く息を吸い込み、一気に吐き出す。

 シンの表情から、いつのまにか“暗い影”が消えていた。

さっきまで胸の奥を締めつけていた重苦しさが、少し軽くなっていた。


「……くそ! くそっ! くそぉ!負けるな……負けるな負けるな負けるな!」


 自分の頬を叩き、意識を引き戻す。

 うずくまっている暇などない。恐怖と悲しみに押し流されていた心に再び怒りが渦を巻く。

 だが、その怒りはただの怨嗟ではなかった。


 その目には、希望と怒り。そして、確かな“自信”が宿り始めていた。


 無謀かもしれない。死ぬかもしれない。間違っているかもしれない。


 ――だったら、なんだ。

 ――このまま終われるか。

 ――俺はシスターと神父に救われたんだ……その命を……落とす訳にはいかない……


「……ははっ……。完全に……諦めてた……。くっそ……、ダメだ、こんなんじゃ叱られる……」


 シンは涙を拭い、立ち上がる。


 ――今使わなきゃいつ使うんだ……

 

 ――何のための鍛錬だった……

 

 ――戦え、戦え、戦え!


 ――あの人たちみたいに!!!

 

 そして倒れた衛兵のもとへと歩み寄った。


 喋ったこともない相手――

 そして、もう二度と目を開くことのない人。


 そんな相手に向かって、シンは静語りかける。


「……すみません……この剣、もらいます。」


 衛兵の冷たい手にそっと手を添える。


「そのかわり……必ず仇を討ちます。」


 亡き者への誓いを込めて剣を引き取る。

 驚くほどあっさりと、その手は力を失い、シンは剣を手にする。

 その瞬間――言い表せぬ感覚が腕から全身へと駆け抜けた。


 初めて握る、本物の“剣”。


 シンの中にあった恐怖は、ほとんど消え去っていた。


 ――本物の、"剣"。思ったより重たいな……


 怒りはまだある。

 だがそれ以上に、胸の奥で新たな感情が確かに燃え始めていた。


 ――行こう……


 剣を手にしたシンは、まだ諦めていなかった。

 ――シスターを探す。その想いが、彼を立ち上がらせていた。


 どこかに身を潜めている可能性もある。

 あるいは考えたくはないが、敵に捕らえられているかもしれない。

 なぜなら、これまで目にした遺体は男性ばかりで、女性の亡骸はひとつも見つからなかったからだ。


 ――シスター……

    どうか……無事で……


 願うように呟きながら、燃えさかる街路を進む。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。