11話
三日目。
ついに魔術の授業が始まった。
「まずは魔力を具現化してみろ」
魔力の具現化。
心臓から腕へ魔力を通し、手のひらに形として浮かべる。
アモン曰く、これができないと話にならない。
その日、シンは一日中それだけを繰り返した。
だが、なかなかうまくいかない。
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四日目。
やり方を変えた。
魔力を“体内にある煙”として認識する。
煙が心臓から腕へ流れ、輪郭を持ち、手のひらから姿を現す――そのイメージ。
それをひたすら繰り返すことになった。
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一週間後。
同じことを続けていると、ついに……
シンの手のひらに、魔力が現れた。
「アモンさん!できました!!」
浮かび上がったのは白色の魔力。
だがところどころ、七色の粒子が舞う不思議な輝きが混じっていた。
――やっと……次の段階に行ける
⸻
二週間後。
時間はかかったが、椅子くらいなら魔力で引き寄せられるようになった。
命令式と属性式も、確実に“認識”できるようになってきている。
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一ヶ月後。
魔力操作はかなり上達した。
試しに戦技と祈祷ももう一度挑戦してみたが、やはりうまくいかない。
戦技が使えないなら、魔力による身体強化で補う。
そう判断し、アモンも想定より早い上達を見て、魔力操作と魔術を優先して教える方針に切り替えた。
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四ヶ月後。
シンがアモンから教わった魔術は、確実に積み上がっていた。
身体強化
体の表面や筋肉に魔力を注入し、耐久力や負荷、筋肉の働きを魔力で補助して基礎能力を底上げする魔術。
イメージが比較的簡単で、無詠唱でも使えるようにはなった。
ただし“無意識に発動させる”域には、まだ届かない。
魔力防護
体表を魔力で覆い、魔力による干渉を妨害する防御系魔術。
そして、このパラクトと組み合わせるべきだと教わったのが――
魔力探知:フィード
周囲に魔力を霧散させ、その魔力に触れた他の魔力を感じ取る魔術。
この二つを組み合わせることで、
「魔力を感知 → パラクト発動」
不意打ちの魔術による被害を減らせるという。
だからまずは、フィードを“常時出せる”ようにしなければならない。
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シンには疑問があった。
――フィードを出しっぱなしだと、魔力がすぐ尽きるんじゃないのかな?
だがアモンは「魔力の回収」があると教えた。
普通、魔術に使った魔力は消費され、回収できない。
物を動かす、火をつける、肉体を強化する……これらは使った時点で効果を得ているため、もう消費されている。
しかしフィードの様な術式の場合、
効果を最大に得るまで“待っている状態”で、感知するまでは消費が確定しない。
だから比較的回収しやすい、という理屈だった。
フィードをつけっぱなしにするコツはこうだ。
「フィード発動 → 効果限界の前に再発動 → 古いフィードを回収。
フィードで外部魔力を感知した場合は避ける。間に合わない場合はパラクトで防御。そしてまたフィードを張る」これを繰り返す。
頭が痛くなるようなルーティンだが、覚えなければならない。
これで飛来する魔術、生き物の気配、魔力の罠まで察知できるようになるらしい。
なお、魔力の盾を作る魔術もあると聞いて、
「感知したら盾を出せば無傷でいられるのでは?」とシンが言うと……
アモンは即答した。
「そんなことする暇があるなら避けろ」
一蹴だった。
まぁフィードも、魔力の関係ない攻撃などは感知できない場合もあり、パラクトも上と同じ物は被害を軽減できないため、過信は禁物だそうだ。
5ヶ月後
五ヶ月が過ぎ、シンはようやく“魔力を扱う感覚”に慣れてきた。
完璧とは言えない。だが意識を向ければ、スティーラ、フィード、パラクトは安定して発動できるようになっていた。
その頃、アモンが新しい課題を差し出す。
「剣と魔術を合わせて戦いたいと言っていたな」
「はい。基本は剣で戦って、魔術で補強する感じにしたいです」
アモンは頷く。
「なら次だ」
託されたのは二つ。
ひとつは、以前名前だけ出た“アモール”。
もうひとつは、剣をしまうのではなく、剣そのものを魔力へ変えて霧散させておく術だった。
⸻
光よ
かつて“光の騎士”と呼ばれたアモールの魔術。
“アモールの光”とも呼ばれるらしい。
アモンが短く唱える。
光よ
すると掌に、アモンの紫の魔力を介して、青く輝くオーラが浮かんだ。
炎のように揺らめくのに、熱はなく、昼間なのに眩しいほど明るい。
それでいて、不思議と優しい光だった。
「これが基本だ。やってみろ」
シンは心臓から魔力を腕へ通し、手のひらへ集め、同じように唱える。
「……アモール」
次の瞬間、シンの掌にも眩い青炎が灯った。
「できた!」
「まあ比較的簡単な魔術だからな」
喜びかけたシンを、アモンは淡々と次へ進める。
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光の器
「次は……アモール・セイラ」
これは“アモールの光”を剣などの器に写し、纏わせる強化魔術。
イメージは、魔力を剣へ絡みつかせること。
何度か失敗したが、やがて形になった。
シンの黒剣に、青い光が絡みつく。
この状態なら、分厚い皮膚や鎧の相手でも、
剣の斬撃に加えて“光の魔力干渉”でダメージを通しやすくなるらしい。
他にも咄嗟に使えるアモールの光をいくつか教わったが、
基本はこの“光の器”を主軸にしていくことになった。
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霧散隠蔽
そしてもう一つ。器をしまう術式、マルギオ。
陰属性で剣へ魔力を注入し、剣である“部分”を減らしていく。
次に陽属性で性質を近づけ、剣を“魔力そのもの”に寄せる。
そして霧散させる――そういう術式だ。
コツは、器へ魔力を侵入させた瞬間に、内部へありったけ浸透させるイメージ。
魔力を注入した剣は魔力密度が高くなる。
魔力自体、当たり前だが魔力密度が高い。
というよりも完全に魔力なんだが。
この理論で、"魔力注入した剣"と"魔力"
"魔力が高密度の物"と"全てが魔力でできてる物"
ここで似てるものへ転じる"陽属性"を用いて剣を魔力へと変化する。
このイメージを意識する。
これは意外と早く形になった。
シンの手から黒剣がすっと消える。
そして手をかざし、霧散した魔力を集めるイメージをすると剣が戻る。
――持ち手じゃなくて、刃のほう掴むのは予想外だけど……
自分でやっておいて、シンは少しだけ顔をしかめた。
――――――――
アモンから教養も技も叩き込まれ、ついに十ヶ月目。
気づけば、翌日は試験当日になっていた。
教わった魔術は、もう“形”として使える。
この約一年で、シンは確かに成長した。強くなった。
しかし、
祈祷は最後まで一度も成功せず、戦技も“蘇生の呼吸”以外は形にならなかっ
アモンは淡々と告げる。
「試験の詳細は渡した紙に書いてある。ここからは、お前一人で全部やるんだ」
そして数字の刻まれた証印を差し出した。
入学金を払うためのものらしい。
「もう教えることは何もない。
今から俺は、お前の師匠でもなんでもない」
「今日は王都の宿にでも泊まるんだな」
その言い方は、少し冷たかった。
シンは困惑する。修行が終われば無関係――それは約束だった。
だが、いざその瞬間が来ると胸の奥に込み上げるものがある。
……しかし、立ち止まっている暇はない。
シンは背筋を伸ばして頭を下げた。
「アモンさん。長い間、本当にありがとうございます!
アモンさんは命の恩人であり、大切な師匠です!」
「合格して、もっと強くなって……必ず恩返しをします!」
アモンは立ち止まりもせず、ぶっきらぼうに返す。
「……恩返しなんか求めていない」
そう言って、家のほうへ歩き出した。
本当はもっと話したい。けれど呼び止めるのも、なぜか気が引けた。
そのとき……
アモンが、何かの袋をぽいと投げた。
慌てて受け取ると、ずしりと小さな重みがある。
そして背中越しに声が飛んだ。
「幸運を、シン。
強くなって、また会おう」
その一言が、胸の奥を一気に熱くした。
嬉しさがこみ上げ、シンは思わず叫んでいた。
「アモンさーーん!
また必ず会いにきます!!」
長ったらしい別れも、湿っぽい言葉もいらない。
お互い分かっていた。
また会える。
いや、会うのだから。
――――――――――。
シンはアモンと別れると、一人で王都へ向かって歩き出した。
まず向かったのは、以前アモンから聞いていた無料で泊まれる宿だった。教えられていた場所を探しながら通りを進み、しばらくして目的の宿を見つける。中へ入って受付を済ませ、案内された部屋へ入ると、シンは荷物を置いてそのままベッドへ仰向けに倒れ込んだ。
「はぁ……今日は何をしようかなぁ」
天井を見上げながら、ぽつりと呟く。
試験は明日だ。それまで特に決まった予定があるわけでもない。宿へ来る途中に見かけた依頼掲示板にも目を通してみたが、今の自分でも問題なくこなせそうな依頼は、ほとんど見当たらなかった。
「……まあ、ずっとここにいても仕方ないか」
しばらくベッドの上でぼんやりしていたシンだったが、やがて身体を起こした。ひとまず今日は、アモンとの修行を思い返しながら軽く身体を動かしつつ、王都を散歩してみることにする。
宿を出て気の向くままに歩き始めると、改めてフーシャ村との違いが目に入ってきた。
王都の中には澄んだ川が流れ、その両側には明るい色合いの石造りの建物が隙間なく並んでいる。青空を映した水面には小舟が浮かび、ゆっくりと人や荷物を運んでいた。川の向こう側へ渡るための橋もいくつも架けられており、その上を絶えず人々が行き交っている。
建物の窓辺や欄干には色鮮やかな花が飾られ、頭上には通りを横切るように小さな旗や飾り布が渡されていた。風が吹けば、それらが揺れるのと一緒に、水面にも細かな波紋が広がっていく。
「……すごい」
シンは思わず足を緩め、周囲を見渡した。
通りには武器屋や防具屋、魔法薬を扱う店、飲食店などがずらりと並び、店先には見たこともない品がいくつも置かれている。呼び込みをする店員の声、楽しそうに話す人々、石畳の上を進む荷車の音。どこへ目を向けても何かが動いていて、静かなフーシャ村とはまるで別の世界のようだった。
騎士らしい格好をした者もいれば、杖を持った魔術師らしい者もいる。商人や旅人、子供を連れた家族まで、その姿は様々だ。
その人混みを眺めていたシンは、ふと首を傾げた。
「……なんか、みんな綺麗だなぁ」
王都だからなのか、それとも自分が今まで見てきた人間が少なかっただけなのか。そんなことまで考えながら歩いていると、やがて大きな公園へと辿り着いた。
公園の中へ足を踏み入れると、それまでの賑やかな通りとは少し空気が変わった。
辺りには青々とした木々が立ち並び、その足元には柔らかな芝生が広がっている。所々には色とりどりの花が咲き、中央には大きな噴水が設けられていた。吹き上がった水が陽の光を受けてきらきらと輝き、涼しげな水音が風に乗って聞こえてくる。
「おお……」
シンはしばらくその景色を眺めたあと、芝生の上まで歩いていき、そのまま仰向けに寝転がった。
見上げた空は青く、ゆっくりと流れる白い雲の向こうから、暖かな陽射しが降り注いでいる。
「……王都って、すごいところだなぁ」
口から出てきたのは、結局そんな単純な感想だった。
もちろん、フーシャ村が美しくなかったわけではない。あの村にはあの村にしかない景色があり、シンにとっては何より大切な故郷だった。
ただ、王都は何というか――人も、建物も、店も、流れる川も、そこを行き交う物も、自分の知らなかったものがあまりにも多い。
「この国にあるものを……全部ここに詰め込んだみたいな……」
そこまで呟いたシンは、少しだけ眉を寄せた。
「……いや、なんか違うな」
自分でも上手く言葉にできない。
まだ十四歳で、その人生のほとんどをフーシャ村で過ごしてきたシンには、目の前に広がる王都の大きさや華やかさを、綺麗な言葉に置き換えるだけの経験がまだなかった。
ただ――自分が今まで知っていた世界は、思っていたよりもずっと小さかったのだ。
今のシンには、それくらいの感想を抱くのが精一杯だった。
広々とした公園の芝生に寝転がり、どこまでも続く青空を眺めているうちに、シンの瞼は少しずつ重くなっていった。暖かな陽射しに、木々を揺らす穏やかな風。遠くから聞こえてくる噴水の水音も心地よく、気づけば意識はゆっくりと沈んでいった。
そして――シンは夢を見る。
山の中を、1人の少女が歩いていた。
身にまとっているのはところどころ破れた粗末な服で、靴すら履いていない。裸足のまま土や石の上を歩き続けてきたのか、細い足にはいくつもの傷が刻まれ、血が滲んでいた。
それでも少女は足を止めない。
やがて森を抜けた彼女の前に現れたのは、一面が黒く焼け焦げた野原だった。草木は失われ、地面はひび割れ、どこを見ても生き物の姿はない。
少女は、その焼け焦げた大地へ静かに足を踏み入れた。
そして――踊り始めた。
誰も見ていないというのに、まるで大勢の観客を前にした踊り子のように軽やかに身体を回し、傷だらけの裸足で黒い大地を踏んでいく。それと同時に、少女は歌い始めた。
何を歌っているのかまでは聞き取れない。
けれど、その声に応えるように大地が動いた。
焼け焦げた地面を押し上げるように小さな芽が顔を出し、それは瞬く間に幹を伸ばして木へと育っていく。黒い土の間からは次々と草が芽吹き、色とりどりの花が咲き始めた。
少女が踊るたびに緑が広がる。
少女が歌うたびに花が咲く。
ほんの少し前まで死んでいたはずの野原は、気づけば少女を中心として、美しい花畑へと姿を変えていた。
「――っ」
シンは勢いよく目を開いた。
視界いっぱいに広がったのは、夢の中の花畑ではなく、王都の青い空だった。
「……夢か」
ゆっくり身体を起こすと、長い時間同じ姿勢で寝ていたせいか、背中や肩が少し痛む。
「いてて……どれくらい寝てたんだ?」
そう呟きながら肩を回す。
それにしても、また妙な夢だった。
シンは昔から、普通の夢というものをほとんど見た記憶がない。
幼い頃から何度も繰り返し見ていたのは、大きな王宮のような場所にいる1人の少女の夢だった。淡い色の髪をした少女が、重傷を負った人々の間を歩き回り、魔法なのか、それとも別の何かなのか分からない力で、傷ついた者たちを次々と治療していく。
もう一つは2人の変わった剣士同士の決闘?の場。
片方の剣士が相手をとんでもない早さの剣技で切り伏せる夢。その剣技はまるで一度に3本の剣で切り裂いた様なものだった。
あまりにも何度も見たせいで、今では夢の流れをほとんど覚えてしまっているほどだ。
というより、それまでシンが覚えている夢といえば、その2つくらいしかなかった。
だが、フーシャ村でアモンに助けられた時、初めて違う夢を見た。
炎に包まれた街の中で、身体を焼かれた子供を1人の男が抱きしめていた。しかし、その子供は男の手を振り払い、焼け焦げた顔のまま、燃え続ける街へと走っていった。表情までははっきりと思い出せない。ただ、その子供が抱きしめていた男に対して、強い怒りか憎しみのようなものを抱いていたことだけは妙に印象に残っている。
そして今日見た、花を咲かせる少女。
「……これで4種類目か」
シンは芝生の上に座ったまま、少し眉を寄せる。
焼け焦げた大地を花で満たした少女の姿には、どこか聞き覚えがあるような気もした。けれど寝起きの頭では、それが何だったのかまではすぐに思い出せない。
「一体なんなんだろ……。たまには普通の夢も見てみたいんだけど」
そんなことを呟きながら立ち上がり、服についた草を手で払う。
王都の中心にある時計へ目を向けると、時刻はすでに昼を大きく過ぎていた。空を見れば太陽も随分と傾いており、日が沈むまであと2時間ほどしかなさそうだった。
「……寝すぎた」
思わず肩を落とす。
せっかく王都を見て回ろうと思っていたのに、数時間も眠ってしまった。完全に時間を無駄にしたような気分だった。
「明日は試験なんだから、こんなんじゃ駄目だよなぁ……」
10か月も自分を鍛えてくれたアモンのことを思い出し、シンは頭を抱え、小さく息を吐く。今日はもう無理に動き回らず、夕食を済ませたら明日に備えて身体と気持ちを整え、早めに眠ることにした。
ーーーーーーーーー。
公園を出て王都の中をしばらく歩いていると、通り沿いに少し大きめの飲食店を見つけた。中を覗けばかなり賑わっており、空いている席もまだある。
「ここでいいか」
シンはそのまま店へ入った。
だが、席へ向かいながら周囲を見渡し、すぐに少しだけ居心地の悪さを覚える。
店内には若い客が多かった。それもシンとそれほど年齢の変わらなさそうな少年少女が、何人かで集まって楽しそうに食事をしている。
「……なんか、1人なの俺くらいじゃないか?」
急に自分だけが浮いているような気がしてきた。
とはいえ、今さら引き返すのも妙だ。
「まあ……友達なんて、できたことないしな」
誰に聞かせるでもなく小さく呟き、シンは1人、空いている席へと腰を下ろした。
適当に注文を済ませたシンは、運ばれてきた料理を1人で黙々と頬張っていた。
「……うん、美味い」
味は悪くない。むしろ、フーシャ村ではあまり食べたことのない料理ばかりで、普通ならもっと楽しめていたはずだ。しかし周囲から聞こえてくる楽しげな笑い声を耳にしていると、1人で座っていることが妙に気になってしまう。
その寂しさを誤魔化すように、シンは料理を次々と口へ運んだ。
ふと顔を上げ、改めて店内を見渡す。
「……やっぱり、みんな綺麗だな」
昼間にも感じたことだが、王都には整った顔立ちの人間が妙に多い。これが普通なのだろうか、それとも単純に王都だからなのか。田舎育ちのシンには判断がつかなかった。
美男美女といえば、神父やシスターもかなり整った顔立ちをしていたと思う。血が繋がっているわけでもないというのに、そう考えると何故か少しだけ自慢したくなってしまう。
「……そういえば、もう1人……」
シンの手が止まった。
誰かいたような気がする。
神父でもシスターでもない。自分にとって大切だったはずの、綺麗な女性。
もう何か月も、心の奥に小さな棘のように引っかかっている。確かに知っているはずなのに、顔を思い浮かべようとすると、そこだけ白く抜け落ちたように何も出てこない。
「……誰だったっけ」
どれだけ考えても答えは出ず、シンは小さく首を振って再び食事へ意識を戻した。
その時、少し離れた席から大きな笑い声が響いた。
「ガッハッハ! いやぁ、今回は儲かったぜ!」
見ると、大柄な男が豪快に酒をあおっている。その周囲には数人の若い女性が座り、男を囲むように食事と会話を楽しんでいた。
「賞金首をとっ捕まえてぶっ殺したらよ、賞金がたんまり入ってきたんだ!」
「えー、すごい! そんなに強い賞金首だったんですか?」
「ああ! なんたって魔法使いだったからな。そりゃもう、とんでもねぇ魔法を使う奴だったぜ」
男は得意げに胸を張り、酒の入った杯を片手に身振りを交えて話を続ける。
「けどよ、俺の速さにはついて来れなかったみたいでな。一気に間合いを詰めて懐へ飛び込んでやったら、もう終わりよ。反応する暇もねぇところに、どてっ腹へ一発かましてやった!」
「お兄さん、強ーい!」
「ガッハッハ! だろう? 今日は金もたっぷりある。好きなだけ食え!」
周囲の女性たちが笑い、男もますます上機嫌になっていく。
やがて酒が回ってきたのか、男の声はさらに大きくなった。
「ったく、俺が賞金首を捕まえてるってのに、治安局の連中は何やってんだか。賞金首の1人も捕まえられねぇようじゃ、情けねぇったらありゃしねぇ! ガッハッハ!」
シンは食事の手を止め、しばらく男をじっと見つめていた。
「……まあ、いいか」
自分には関係のない話だ。そう思い、再び料理へ手を伸ばす。
だが、頭の片隅に1つだけ引っかかった。
「……俺、あの人より弱いのかな」
明日はカリオンの入学試験だというのに、こんなところで知らない男と自分を比べても意味はない。それでも、自分が今どの程度の強さなのかを知る機会がほとんどなかったシンには、どうしても気になってしまった。
ーーーーー。
食事を済ませたシンは、夜の王都を歩いて宿へ戻った。
部屋へ入ると、まず荷物を1か所にまとめ、明日の朝すぐに出発できるよう準備を整えていく。最後に、あのダンジョンで手に入れた黒い剣を確認し、ベッドの傍へ置いた。
「……いよいよ明日か」
カリオンの入学試験。
ここまで来た以上、不合格になるつもりなどない。
「絶対に受かる」
10か月間、自分を鍛えてくれたアモンの顔が頭に浮かぶ。
ここで落ちるわけにはいかない。
シンは気持ちを落ち着かせるように何度かゆっくりと呼吸を繰り返し、その日は早めに眠りについた。
ーーーーー。
翌朝。
まだ太陽も完全には昇りきっておらず、王都の空には夜の名残が薄く残っていた。
シンは目を開けると、すぐにベッドから身体を起こした。
「……よし」
眠気を完全に飛ばすため、冷たい水で顔を洗う。肌を刺すような冷たさに一瞬だけ顔をしかめたものの、おかげで頭は一気に冴えた。
身支度を手早く済ませ、まとめておいた荷物を確認する。
胸の奥では緊張が少しずつ大きくなっていた。
「アモンさんは、俺が受かると思ってここまで教えてくれたんだ」
試験について書かれた紙も、受験に必要な証印も渡してくれた。
ならば、その期待に応えたい。
「絶対に合格してみせる」
シンはあのダンジョンで手に入れた黒い剣を携え、部屋を出た。
早朝の冷たい空気の中、指定された試験会場へ向けて歩き出す。
いよいよ――カリオンの入学試験が始まる。




