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デウステラ  作者: 十座四季
第一章
12/14

第一章 10


野営を挟みながら王都を目指し、歩き続けて二日ほど。

道中は厳しいばかりではなく、アモンと他愛もない話を交わす時間も増えていた。

そんなふうに進むうちに、二人はついに王都圏へ足を踏み入れる。


山道を登り切り、山頂へ辿り着いた瞬間――

シンは息を呑んだ。


眼下に広がっていたのは、巨大な壁に囲まれた王都。

その中心には、今まで見たこともないほど大きな城がそびえ立ち、

さらにその下には大規模な城下町が幾重にも広がっていた。


広大で、豊かで、圧倒的な城郭都市。

“王都”と呼ぶにふさわしい光景だった。


「やっと着いたな。俺の家はすぐ近くだ」


アモンがそう言い、続けて顎で示す。


「それと、城壁のすぐ横を見てみろ」


シンは指さされた方向へ視線を向けた。

そこには大きな湖があり――そして、その中心に、ひときわ目を引く城が浮かんでいた。


「あれが……カリオンだ」


その名を聞いた瞬間、シンの胸が熱くなる。

目標が、現実の形を持って目の前に現れた。


シンは拳を握り、自然と口元が上がる。

このときのシンは、ただ単純だった。

入学して、強くなって、未来が開ける――そんな想像に、ただ浸っていたのだ。


 景色を堪能したい気持ちはあったが、そんな暇はない。

シンはアモンに連れられ、そのまま家へ直行した。


アモンの家は、山道を少し歩いた先。

山中にぽつんと建つ木造家屋で、一人暮らしには大きすぎると疑うほどの広さがあり、しかもどこか豪華だった。


「シン。お前は一旦ここで待て」

アモンが淡々と言う。


「俺は今回の件を大王に上奏しに行かなければならない。

 その間、俺が帰ってくるまでの特訓メニューを渡しておく」


「はい!よろしくお願いします!」


「……ん」


渡されたのは、殴り書きの紙だった。

そこにはこう書かれている。


野菜売り場

・ジャガイモ

・根野菜

・ネギ


肉売り場

・新鮮な鶏肉

・卵


あと、小麦と米


当然、シンは一瞬固まった。


「……なんでしょうか、これ?」


「修行だ」


どう見ても食料調達――いや、ただの買い出しである。

シンは戸惑いながらも正直に言う。


「アモンさん……これ、すぐ終わりそうですけど……」


アモンは眉一つ動かさず返す。


「言っておくが、俺は三時間もしないうちに帰ってくるぞ。

 王都でそれを全部揃えるなら、往復で一時間半。

 それに広すぎる王都で店を探し回る時間を考えろ」


シンは考えた。

考えてる暇がない。

結論だけが出た。


――間に合わなくない?


「アモンさん!行ってきます!」


シンは勢いよく頭を下げ、駄賃を受け取ると王都へ向けて走り去った。


アモンも後を追うように王都へ向かう。

だが、歩幅も速度も違う。あっさりシンを追い抜き――


焦って半ばヤケクソになっているシンに、さらにプレッシャーだけを残して、あっという間に前方へ消えていった。


 ・アースヴァロン王都、王室にて


 アースヴァロン王国。

その王都、王城の王室にて――泉の騎士アモンは、現代王グウィンに謁見していた。


「今回の件、ご苦労だった。泉の騎士アモン」


「勿体なきお言葉」


短いやり取りの後、王の表情が静かに沈む。


「……そうか。村は全焼。村人も大半が命を落としたか」


グウィンはそう呟くと、ゆっくりと目を閉じ、両手を合わせた。

王室の空気が、祈りの静けさに包まれる。


「マリアンヌ領、フーシャ村――

 その人々と土地になお、ユミルの加護があらんことを……」


 王室全体が静寂に包まれていた。

村がひとつ、滅んだ――その事実が重すぎたからだ。


すぐにテスラトリスへ報復の剣が向くだろう。

七雄の誰かが兵を率いて派遣される。そういう流れになるのは目に見えている。


だがアモンは思っていた。

報復を重ねても、争いは終わらない。

それでも、自分はずいぶん昔に“戦争の運命”へ身を投じた身だ。今さら綺麗事を言う資格などない。


王グウィンは祈りを終えると、静かに告げた。


「大儀であった、アモン。

 其方は此度、国に生きる多くの民を救い、その剣をもって王土を守り抜いた。

 その功、決して小さきものではない」


そして続ける。


「今はしばし務めを離れ、身を休めるがよい。

 この先のことは、こちらで引き受けよう」


謁見は終わり、アモンは一礼して退室した。

扉が閉まると同時に、王はゆっくりと肩を落とす。


「……ライコス。

 この件、テスラトリスに対してどう出るか・・」


すぐ隣にいたアースヴァロン全軍総司令――国の軍力を統括するライコスへ相談をかける。


「報復……と言いたいところではありますが、それではただの進軍となりましょう。

 七雄を一人と、十分な兵士、特級の魔導士をテスラへ送り、王との対談を試みます。

 まずは、なぜ今回の襲撃が起きたのかを知らねばなりません」


「ふむ……あの王は他六国の中でも話の通じる王ではある。

 七雄を一人でも送れば、話はできるか……」


問題は人選だった。


「泉の騎士は休養。聖王も休養。

 獣王と双魔導は他任務……となると、要の騎士、黒王、日の騎士の三名ですが……」


王は短く結論を出す。


「エルメスの方は今は連絡が取れないであろう。

 ウヴァルにはその手の任務は向かぬ。

 その任、要の騎士レイヴンに委ねよ」


こうして、今回の件の“動く者”が決まった。


⸻


アモンは帰路につくため、王城の広すぎる廊下を歩いていた。

そのとき、前方から数人の騎士が王室へ向かってくる。


先頭にいたのは、隣国クラトス付近の任務から戻った七雄、聖王オーレリアだった。


――ゲッ


アモンは露骨に嫌そうな顔をし、気づかれないよう足早にすれ違おうとした。

……が、秒で見つかった。


「泉よ。君も上奏か?」


「……えぇ。では私はこれで」


にっこりと話しかけてくる聖王に対し、アモンは棒読みで返すと、そそくさと去ろうとする。

しかし連れの騎士に止められた。


「ちょっと待てよ!

 お前いい加減、その無愛想な感じ直んねぇのか!?」


「……ちゃんと答えましたが?」


「この前の無視よりは良いけど、良くねぇ!

 一緒に国を強くしようって仲なんだから、もう少しなんとかならねぇのかって話だろうが!」


アモンは冷たく言い放つ。


「それはそれとしても、仲良く話す理由にはなりません。

 そもそも話すこともない」


さらに別の騎士が、抑えるように口を挟む。


「そちらの言い分は分かりますが、

 それをされると全体の士気に関わることはご存じでしょうか?」


その言葉で、アモンの目が鋭くなる。


「貴公らのように嬉々として戦争をする者たちと、仲良くできるわけがない。

 『国を強くする』を軍力強化としか捉えない愚者です。

 もはや一種の変態かと」


吐き捨てるように言い残し、アモンはその場を去った。


憤るのは、連れの騎士――ヴァルブレッドとローリアン。

だがオーレリアは彼らを静かに制し、そのまま足早に王室へ向かっていった。



 上奏を終え、自宅へ戻ってきたアモン。

意外にも、シンは“時間どおり”に帰ってきていた。


ついさっき戻ったばかりなのだろう。

シンはあり得ないほど息を切らし、肩で呼吸をしている。


「アモンざん……っ……。全部……揃いました……!」


「早かったな。もう少しかかると思っていたが」


潰れかけているシンから食料を受け取り、アモンはすぐに調理へ取りかかった。

ネギと鶏肉を煮込み、塩だけで味を整える。

あとは米を炊いた。


メニューは驚くほどシンプル。

だがシンは、それを久々にまともな飯を食うかのように、夢中でかき込んだ。


⸻


昼過ぎ。

ついに修行が始まる。


庭に立つ二人。

まずはアモンから、入学試験の説明があった。


「カリオンの入学試験は十ヶ月後。筆記はない。完全に実技のみだ。

 去年は山中でのサバイバル任務。受験者500人のうち、受かったのは60人未満。

 これでも多い方だ。不合格者の中には……死者すら出た」


「…………」


言葉を失うほどの難易度。

“死者すら出た”という一言が重い。


だがアモンは淡々と続ける。


「そこで合格するために、お前には魔術、祈祷、戦技を叩き込む!」


シンは背筋を伸ばし、迷いなく答えた。


「よろしくお願いします!!」


聞いているだけで、とんでもない試験だ。

死者が出るほどの過酷さ――普通なら怖気づいて当然。


それでも、シンは怯まなかった。

なぜなら教えてくれるのは、七雄のアモンなのだから。


「……お前は、とにかく遅れている」


初っ端からアモンの口調はきつい。

だがシンは、むしろこのくらいがちょうどいいと思った。


そう言うとアモンは木剣をシンへ投げ渡す。


「一旦、お前の剣技をもう一度見たい」


アモンも木槍を構え、模擬戦が始まった。


アモンの槍術は、突きと薙ぎを満遍なく織り交ぜ、体を大胆に動かす。

まるで軽快に舞うような、流れる戦い方だ。


一方のシンは、剣を下段に構える基本の構え。

どこにでもある、超がつくほどの基礎。


だが、アモンが驚いたのはここからだった。


アモンが素早い横薙ぎを放つ。

シンは後ろへ跳んでかわした。


――これくらいはかわしてくれないとな


アモンは薙いだ勢いのまま体を回転させ、そのまま突きを繰り出す。

当たった――そう思った瞬間。


シンは後方へ跳ねたまま、突き出された槍を掴んだ。

足先をアモンへ向け、槍を自分の方へ引くようにして……そのまま滑り込む。


そして、そのままの姿勢で横薙ぎ。


アモンは咄嗟に高く跳び上がり、槍先を地面につけて着地した。


基本の構えからは想像もできない避け方。

回避と反撃をほぼ同時に成立させる、理想の動きだった。


――極度に柔軟、そう考えれば一応説明はつくが……


アモンは一瞬動揺した。

だがすぐに表情を引き締め、攻めを強める。


薙ぎ、突き、薙ぎ。

全身と槍が一体化したかのように回転し、攻撃が途切れない。


シンはそのすべてを、紙一重でかわす。いなす。

かわし切れないものは、剣で受ける。


互角とまではいかない。

だがアモンの見立てでは――


アモン 6

シン 4


手加減しているとはいえ、七雄が武器の技術で“そこまで迫られている”。


その事実に、アモン自身が一番驚いていた。


そして次の瞬間――

アモンが急に手を上げ、試合に待ったをかけた。


「お前……本当に、何も習ってなかったのか?」


「え、えぇ。

 ずっと自分の中でイメージトレーニングをしていただけで……」


――やはりおかしい。

 万年に一度の天才、なんて言葉で片づく次元じゃない。

 剣技だけ見れば、そこらの騎士より優れている


 ――なら剣以外を教えた方がいい。

 この剣技に魔術や祈祷を組み込めれば、合格は確実……と言っても過言では……


 ――いや、言い過ぎか。

 そもそもこの剣技に対する強い違和感が、まだ解決していない


「シン。剣はもういい。

 魔術、祈祷、戦技を優先していこう」


シンにとっては、急すぎる方針転換だった。


だがアモンは迷わない。

木製の武器を下ろさせると、まずはこの三つの力について、詳しい説明を始めた。


「村の書店で読んだことがあると言っていたな。

 だが、断片的な知識じゃ足りない。ちゃんと教える」


「順番にいく。まずは戦技だ」


戦技。

アモンは言葉を選ぶように、ゆっくり続ける。


「基本は体を強化するときに使う。

 息を整える。筋肉を固める。神経を研ぎ澄ます。

 戦技は武器にも強化という影響を及ぼす。」


「大事なのは、それを“無意識”でできるようになることだ」


意識してやるのでは遅い。

戦いの最中に考えていては間に合わない。


「戦技は、あらゆる運動動作を軽快にする。

 同時に、重厚にもする。それが役割だ」


旅の途中のことを、アモンは思い出すように言う。


「走っているとき、俺が戦技の話をしただろう。

 あのとき俺が使っていたのは、息切れをしにくくする戦技だ」


「走ると、体は徐々に重くなる。疲れが溜まる。

 その“辛み”が全身から……スゥーッと煙みたいに抜けていく。

 そうイメージするんだ」


アモンの視線が、まっすぐシンを捉える。


「それが、戦技"蘇生の呼吸"だ」


「次に魔術と祈祷だが……その前に、魔力について説明する」


アモンは釘を刺すように言った。


「ちなみに、戦技と魔力は関係ない。

 混ぜて考えるな。別物として認識しろ」


そして、魔力の説明に入る。


「魔力は、この世のあらゆる万物に備わっている、目に見えないエネルギーだ。

 人にも、動物にも、木にも、水にも――全部にある」


「そして一般的に、“意識が強い存在”であるほど、魔力が強い傾向にある。

 ここまでは分かるな?」


アモンは頷きを待つように一拍置き、続けた。


「次に、魔力には二つの法則がある。

 魔力量と、魔力出力だ」


まず魔力量。


「魔力量は簡単に言えば“貯蔵庫”だ。

 魔力専用の水筒だと思え。魔力は“水”として考える」


「生き物によって、その水筒の容量は違う。

 容量が大きい者は多くの魔力を使え、多くの魔力を貯めておける。

 小さい者は、あまり使えず、貯蔵も少ない」


次に魔力出力。


「魔力出力は、水筒の“出口”だ。

 口が大きければ大きいほど、一度に出せる水……つまり魔力が多い。

 逆に口が小さければ、出せる量は少ない」


アモンは整理するように言い切った。


「魔力量が多ければ、より多く、より長く魔力を使える。

 魔力出力が大きければ、一度に使える魔力が大きい」


「量が少なければ、出力が小さければ……その逆だ」


 水筒と水に例えた説明は、実に分かりやすかった。

魔力量――“量”については、ほぼ理解できた。


ただ、出力――“一度に出せる量”の感覚は少し時間がかかった。

だが整理して考えると、要は一度に使える上限の話だ。


たとえば魔力を数字として捉えるなら、出力が低い者は「1ずつ」しか使えない。

無理に「4」を一気に使えば、体が耐えきれず反動が来る。

血を吐いたり、一時的に魔力が使えなくなったりするらしい。


逆に出力が大きければ、「4ずつ」のように大きな魔力を連続して使える。

無理をして反動を受ける心配も、少しは減る。


さらに言えば、必要な魔力が「20」だとして――

出力が小さくても“いつか”は使えるが、その20を貯めて吐き出すまでに時間がかかる。

出力が大きければ、それを短い時間で出せる。


 この認識で、合っているらしい。


 アモンが手を広げると、掌に紫の“もや”のようなオーラが渦を巻き始めた。

「これが具現化した魔力だ。魔力の色は、人それぞれ違う。

 個々によって熱かったり、冷たかったり、

 触れると痺れたり、他人が触れることができたり、

 また特別な作用を持つ場合もある」


そう言ってアモンは続ける。


「これを用いて扱うのが、魔術と祈祷だ。……まずは魔術から教える」


魔術。

それは遥か昔から使われてきた超常の力で、人の常識では不可能な現象を現実にする技だ。


「魔術を使うには、基本はこれらが必要になる。

 属性式と、命令式だ」


属性式には、五つの基本式がある。


「熱・冷・陽・陰・物理。――この五つだ」


作用は以下のとうり、


「熱は熱する力。冷は冷やす力。

 陽は“同じ性質のものへ変換する”力。

 陰は吸収、侵食の力。

 物理は物理的な干渉力を得る」


基本は五つ。

だが組み合わせれば、別の属性を作り出せる。


「例えば、熱と冷を合わせれば雷。

 熱、冷、物理を合わせれば風。……そんなふうにな」


「細かい体系は学校でも教わるだろう」


「あと、必ずしも属性式が必要というわけではない。

 魔力のみの使用の場合、自身の扱う魔力によっては相手側に強い魔力干渉を与えて傷をつける」


そして次が命令式。


「命令式は、魔力に“動作”をさせるための式だ。

 飛べ、浮べ、形を作れ、漂え――そういう命令を魔力に与える」


アモンはそこで一息つき、少しだけ口元を上げた。


「……まあ、話を続けた方が早いか」


「次に、術式の話をする」


アモンはそう言って、説明を続けた。


「術式というのは、魔術を“簡易的なイメージと詠唱”で発動するための型だ。

 術式には、さっきの属性式と命令式を組み合わせたものが、最初から完成形として入っている」


術式には二種類ある。

昔から伝承され続けてきたもの。

そして近年になって開発されたもの。


「要するに、本に載っているような“定番の魔術”が術式。

 自分で一から組み合わせて作るものは、ただの魔術――そういうことだ」


アモンは軽く頷き、例を出す。


「例を出した方が早いな。まず術式――

 一番簡単な魔術、“発火”だ」


「式は、熱→陽→爆ぜろ。

 詠唱は――アドラーフ」


やり方はこうだ。


「まず熱で魔力を熱する。

 次に陽で、それを“火”へ変える。

 最後に命令式で爆ぜさせる。

 この工程を一気にイメージして詠唱し発動する」


「……これでアドラーフの完成だ。これが術式」


次に、術式ではない例。


「例えば“物を引き寄せる魔術”。

 これは術式を学ぶというより、感覚でやっている者が多い」


「魔力に物理干渉を持たせて、対象に絡みつかせる。

 そして引き寄せる。――それだけだ」


アモンは最後に、はっきり言い切った。


「お前は、これらを“全部イメージできる”ようにならないといけない。

 それが魔術だ」


「まぁ、一から自分で作るより、完成形を使った方が手っ取り早いって話だ」


アモンはそうまとめてから、さらりと続けた。


「例えば俺の水魔術――ヴァージス。

 あれは俺が一から組み立てて、詠唱まで付けて、術式として開発したものだ」


術式は便利だが、作る側は大変らしい。


「術式はまず式を作って、それから詠唱を考えて……結構めんどくさいんだぞ」


さらにアモンは補足する。


「あと術式を使う場合、基本、魔力のタイプなどは開発者に依存する。

 白い魔力の他人が俺が作った術式を唱えた場合、

 俺と同じ紫の魔力を介して発動される。

 その術式が、誰の魔力を基準に組まれているか、ってことだ」


そして、これから教える予定の魔術の名を口にした。


「アモール。

 これはかつて“アモール”という騎士が開発した魔術だ」


 アモンの手に昼にも関わらず少し眩しいほど煌めく青い炎の様なものが生成される。


「このアモールの術式には属性式がない。

 完全に魔力だけで攻撃するタイプだ。

 アモールの魔力なら、強い魔力干渉によって傷を与える。まぁ、そう言う"直接傷つけてしまう魔力"ほど、

 属性式と相性が悪い傾向にある」


「そして最後に、祈祷だ」


アモンは少しだけ声の調子を変えて続けた。


「祈祷は、今なお正体が特定されていない神話や伝承、偉業――

 そういった“物語”を、現実に再現する技だ」


「要するに、“物語の再現”だな」


アモンは例を挙げた。


「開花の青蓮歌。

 これは、花を愛した一人の少女が、枯れた大地を一瞬で花畑に変えた――そんな物語だ」


「この祈祷は、その逸話をなぞることで、一定範囲を花畑にする」


そしてアモンは、祈祷の本質をはっきりと言い切る。


「祈祷を使うには、何よりもまず“物語を理解”しなければならない。

 細かい魔力操作がいらない分、

 そのぶん“理解”で補う必要があるんだ」


「あと、祈祷は詠唱が長い」


アモンはそう言って、例として“開花の青蓮歌”の詠唱を挙げた。


『朽土よ、いま慈悲を戴け。

 絶えし命脈に再び緑の輝きを灯し、

 失われた息吹をこの地へ還元せよ。

 その芽吹き、もはや二度と潰えることなかれ。

 開花の青蓮歌』


――こういうものだ」


「これを唱えて、さらに“物語を正しくイメージ”しないと発動しない。

 魔術より高度なことができる分、手間も多い技なんだ」


 一気に三つの技の詳細を聞かされ、シンの頭は今にも煙が出そうだった。

だがアモンの無自覚スパルタ教育は、止まる気配すら見せなかった。


「戦技は戦技。

 魔術と祈祷この二つは合わせて魔法と呼ばれる」


 試験まであと十ヶ月――アモンは容赦なく言い切った。


「まずは戦技からだ。やってみろ」


そして矢継ぎ早に指示を出す。


「体を軽くする戦技だ。

 あの木と同じ高さまで跳び、空中で一回転してみろ」


アモンが指さしたのは、人の倍は背丈がありそうな木だった。


「まず心を落ち着かせて深呼吸。

 それから、体が羽みたいに軽くなっているイメージを持て。

 分かりにくいなら……体内が空っぽになったイメージでもいい」


そう言うと、アモンはあっさり成功させた。

木の高さまで軽やかに跳び、空中で一回転して着地する。まるで当然のように。


次はシンの番。

だが――まるでできない。


高く跳べない。回転以前の問題だった。

アモンに何度も“イメージ”という名のコツを叩き込まれても、できる気配がない。


――イメージは……ちゃんとしてるはずなのに……


二時間ほど同じことを繰り返し、さすがに休憩を挟む。

その間、アモンは珍しく、参ったような表情で棒立ちになっていた。


休憩を終えると、アモンが少し申し訳なさそうに口を開く。


「シン。やる気を削がないために、あえて言わなかったんだが……

 実は今まで言った三つを、全部まともに使える奴は本当に少ない」


「大抵は二つ使えても一つはまともに使えない。

 ……あるいは、まったく使えない」


普通にショックだった。

まさか自分が戦技で躓くとは思っていなかった。確定ではないにせよ、悩みが一つ増えたのは間違いない。


――じゃあ、その分……魔術と祈祷は……


儚い期待を胸に、シンは次の授業へ気持ちを切り替える。


「“蘇生の呼吸”は、ある程度できていたはずなんだがな……。まあいい。少なくとも、簡単な戦技なら不完全ながら使えそうだ。だが、高度な戦技を安定して扱える段階にはまだ遠い。次は祈祷だ」


そして祈祷の授業が始まった。


「さっきの“開花の青蓮歌”を試してみよう」


アモンはそう言って、改めて詠唱を示した。


「詠唱はこれだ。


『朽土よ、いま慈悲を戴け。

 絶えし命脈に再び緑の輝きを灯し、

 失われた息吹をこの地へ還元せよ。

 その芽吹き、もはや二度と潰えることなかれ。

 開花の青蓮歌』」


「イメージするのは、

 一人の少女が枯れた大地に足を踏み入れ、涙を流しながらも笑顔で歌い、踊り、

 その最中に唱えた魔術で枯れ地を色とりどりの花畑へ変えた物語だ」


アモンはシンを見据える。


「それをイメージしながら唱えろ。

 コツは、詠唱の内容とイメージを並走させること。余計なことは考えるな」


シンは早速試した。


「……『朽土よ、いま慈悲を戴け。

 絶えし命脈に再び緑の輝きを灯し、

 失われた息吹をこの地へ還元せよ。

 その芽吹き、もはや二度と潰えることなかれ。

 開花の青蓮歌!』」


……咲かない。


どれだけ下手でも、花一本くらいは咲くはずだ。

アモンがそう言っていた。


「違う!イメージを並走させろ!

 

 余計なことは一切考えるな!

 

 お前、少女を何歳くらいで考えている!?」


「じゃあ何歳なんですかぁぁあ!?」


叫び返してしまうほど、うまくいかない。

シスターにも教わっていたが、その時も一度も成功したことがなかった。


四十回ほど繰り返した。

花一本咲かない。大地は変わらない。

そして声だけが枯れていく。


息を切らしたシンは、ふとアモンの顔を見た。

さっきよりもずっと深刻な表情をしている。


――まさか……

 祈祷も使えない……?


「シン」


アモンはそう呼び、シンの肩に優しく手を置いた。


「……魔術を覚えよう」


祈祷や戦技を見限ったわけではない。

だがアモンの顔には、少しだけ――参った色が浮かんでいた。


 しかし、気づけば夜も遅くなっていた。

魔術の授業は明日に回し、夕食を取って休み、翌朝すぐに始めることにした。


その夜。寝る前にシンはアモンに頼み込んだ。


「手紙を届けたいです」


紙とペンを受け取り、寝室で手紙を書く。

宛先はステラだった。


村で起きたことを黙っているわけにはいかない。

何があったのか。自分が今どうしているのか。

それを書き記して、必ず送るつもりだった。


一生懸命、言葉を選び、文を組み立てていたその途中。


ふいに、ペンを握る指が止まる。


「あれ……俺、」


胸の奥に、奇妙な空白が広がった。


「……何で、こんなの書いてるんだっけ?」


 誰宛てかも、わからなかった。

 

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