第八話 人数
日本海側の港で、一人の男が死んでいた。
財布もない。
スマートフォンもない。
身元を示すものは何もない。
残されていたのは、水に濡れた中国のコンビニのレシート。
かろうじて読めたのは、「寧」という一文字だった。
身元確認を命じられたのは、県警捜査一課の窓際刑事・真壁修司、56歳。
ただ一人の名前を調べる。
それだけのはずだった。
※本作は、現実の国際犯罪に関する報道から着想を得て構成したフィクションです。
登場する人物・企業・事件・捜査内容などは創作であり、実在する特定の人物・企業・団体とは関係ありません。
「そっちは何人なんだ」
真壁が聞く。
佐伯は答えない。
「五人より多いのか、少ないのか。それくらい言えるだろ」
「言えません」
「便利だな、公安」
「真壁」
係長が止める。
「便利だろ」
「本人に言うな」
佐伯は苦笑もしない。
五人の資料をもう一度見る。
「この五人を、どうやって抽出しました?」
真壁は経緯を説明する。
最初は港の死体だった。
外国人の可能性。
中国との接点。
入国記録。
その中で、入国後の足取りを十分追えない人間が出てきた。
「ただし」
真壁は念を押す。
「五人が犯罪に関係してるとは言ってない」
佐伯が顔を上げる。
「分かっています」
「普通に生活してる可能性もある。俺が追えないだけかもしれん」
「ええ」
「死体とも一致しなかった」
「そこも重要です」
真壁が眉を寄せる。
「何で?」
佐伯は少し考え、逆に尋ねる。
「真壁さん。最初の遺体が、この五人の誰かだったらどう考えます?」
「そのうち一人が死んだ」
「では、誰でもなかった場合は?」
「分からんから困ってる」
「そうですね」
佐伯は五枚を机へ並べる。
「我々も似たものを追っています」
係長が口を挟む。
「似たもの?」
「日本へ入った人間と、その後の記録に不自然な断絶があるケースです」
真壁が五枚を見る。
「じゃあ同じじゃないか」
「完全には」
「だから人数が違う?」
「そうです」
「そっちの名簿を見せろ」
「できません」
「俺のは見たのに?」
「申し訳ありません」
真壁は露骨に嫌な顔をした。
若い刑事が小声で言う。
「真壁さん、顔に出てます」
「出してる」
佐伯は一枚の紙を指した。
「この人物」
「何だ」
「我々の対象には入っていません」
次。
「この人物も」
真壁の目が動く。
「じゃあ逆は?」
佐伯は黙る。
「そっちにはいる。俺の五人にはいない人間」
答えない。
答えないことが答えだった。
真壁は椅子へ深く座った。
同じものを見ていると思っていた。
違う。
真壁が見つけた五人と、公安が追っている人間は一部しか重なっていない。
「何を基準に追ってる」
「言えません」
「会社か?」
沈黙。
「寧波?」
佐伯は動かない。
「名古屋?」
わずかに視線が動く。
真壁はそこだけ覚えた。
佐伯が立ち上がる。
「今日のところは、ここまでにしてください」
「勝手に終わらせるな」
「これ以上は私の判断では話せません」
「じゃあ話せるやつ連れてこい」
係長が額を押さえる。
「真壁」
「何だよ」
「相手を困らせるのが目的になってないか」
「半分くらい」
「半分あるのか」
佐伯は名刺をしまう。
扉へ向かい、途中で止まった。
「真壁さん」
「ん?」
「五人について、これ以上一人で動かないでください」
「二人ならいいのか」
若い刑事が吹き出しそうになる。
佐伯は真顔のままだ。
「そういう意味ではありません」
「じゃあどういう意味だ」
「あなたが思っているより大きい」
真壁は佐伯を見る。
「何が」
数秒の沈黙。
「まだ、それを我々も確認しているところです」
佐伯は部屋を出ていった。
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夜。
窓際の机には五枚の資料。
真壁は六枚目の紙を横へ置いた。
港で死んだ男。
名前の欄だけが空白。
五人には名前がある。
住所もある。
旅券情報もある。
日本へ入った記録もある。
それでも、その先が見えない。
死んだ男には、それ以前すらない。
若い刑事が後ろから覗く。
「何してるんです?」
「並べてる」
「見れば分かります」
六枚。
真壁は眺める。
「変なんだよ」
「何が?」
「俺たちは、名前があれば人間を追えると思ってる」
若い刑事が黙る。
「住所。旅券。入国記録。顔写真。生年月日。全部ある」
五人の資料を指す。
次に、六枚目。
「こいつには何もない」
「はい」
「なのに」
真壁の指が五人へ戻る。
「結果が同じなんだ」
「結果?」
「どこにいるか分からん」
若い刑事は六枚の紙を見る。
「偶然じゃないですか」
「かもしれん」
真壁は否定しない。
その時点では、それ以上のことは言えなかった。
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続きは明日、3話投稿予定です。
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