↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寧を洗った男  作者: lazilywalker
7/18

第七話 名刺

日本海側の港で、一人の男が死んでいた。


財布もない。

スマートフォンもない。

身元を示すものは何もない。


残されていたのは、水に濡れた中国のコンビニのレシート。

かろうじて読めたのは、「寧」という一文字だった。


身元確認を命じられたのは、県警捜査一課の窓際刑事・真壁修司、56歳。


ただ一人の名前を調べる。


それだけのはずだった。


※本作は、現実の国際犯罪に関する報道から着想を得て構成したフィクションです。

登場する人物・企業・事件・捜査内容などは創作であり、実在する特定の人物・企業・団体とは関係ありません。


名古屋から戻って三日。


真壁の机には、あの男の名刺はない。


代わりに増えたのは、名古屋の会社に関する資料だった。


寧波の化学関連企業との取引は確認できる。


それ自体に違法性はない。


扱っている品目にも、表向き不自然なところは見つからない。


会社は実在する。


社員もいる。


税金も払っている。


電話をかければ人が出る。


「普通ですね」


若い刑事が言う。


「その台詞、名古屋でも聞いた」


「調べても普通なんだから仕方ないでしょう」


真壁は答えず、手回しミルを回した。


ガリ、ガリ、ガリ。


「今日はちゃんと淹れるんですね」


「昨日も淹れた」


「昨日、俺が来る前でしょう」


「見てないだけだ」


湯温は八十度。


ゆっくり落とす。


その横には、名古屋の会社から入手した資料。


真壁はコーヒーを淹れながら、その一枚を見ていた。


「何かあります?」


「ない」


「ないんですか」


「だから見てる」


若い刑事はもう聞き返さなかった。


最近、少し学習している。


電話が鳴った。


内線。


係長が取る。


二言三言話したあと、受話器を置いた。


「真壁」


「ん?」


「客」


「俺に?」


「お前に」


係長の顔が妙だった。


「誰」


「知らん」


「知らない人間を通したのか」


「俺も今から知るんだよ」


応接室へ向かう。


係長も来る。


若い刑事までついてきた。


「お前は何で来る」


「俺も名古屋にいましたから」


「まあいい」


扉を開ける。


男が座っていた。


紺色のポロシャツではない。


今日はスーツ。


港で先回りしていた男。


名古屋で真壁を待っていた男。


真壁を見ると立ち上がった。


「どうも」


「向こうから来たな」


係長が真壁を見る。


「知り合いか?」


「名前は知らん」


「何だそれ」


男が内ポケットへ手を入れる。


今度は名刺入れを開き、一枚抜いた。


机に置く。


真壁は手に取った。


そこにある所属を読む。


もう一度読む。


若い刑事が横から覗き込み、黙った。


係長の顔からも表情が消える。


真壁だけが名刺を裏返した。


白紙。


表へ戻す。


「本物?」


男が初めて少し困った顔をした。


「そこからですか」


「名刺なら俺でも作れる」


係長が低い声を出す。


「真壁」


「確認は必要だろ」


男は怒らなかった。


「構いません。確認してください」


確認は取れた。


男は警察庁側の公安部門に関係する捜査員だった。


名前は**佐伯**。


それ以上の詳しい所属については、必要な範囲しか明かさない。


真壁は名刺を机へ戻す。


「で、公安が何で俺より先に死体を調べてた」


佐伯は答えない。


「写真まで持って」


沈黙。


「寧波も知ってた」


係長が割って入る。


「真壁、順番に聞け」


「順番に聞いてる」


「どこがだ」


佐伯が小さく息を吐く。


「我々が追っていたのは、あの遺体ではありません」


真壁の目が細くなる。


「じゃあ何だ」


「名古屋の会社です」


部屋が静かになった。


「いつから?」


「それには答えられません」


「何の容疑?」


「それにも」


「何なら答えられる」


「あなたが、どこまで知っているか」


真壁は椅子にもたれた。


「ずいぶん都合がいいな」


「承知しています」


「俺は嫌いだぞ、そういうの」


「それも承知しています」


若い刑事が真壁を見る。


「本当に調べられてますね」


「嬉しくない」


佐伯の視線が、机の上の資料へ落ちる。


「寧波の会社まで確認したんですね」


「した」


「それで名古屋へ?」


「ああ」


「他には」


真壁は答えなかった。


今度は佐伯が待つ番だ。


沈黙が続く。


真壁はカップを手に取った。


「五人いる」


佐伯の視線が止まる。


「何の話です?」


「中国から日本へ入ったところまでは追える。その後がはっきりしない人間」


佐伯の顔から、わずかに余裕が消えた。


真壁はそれを見る。


「知ってるのか」


「資料を見せてください」


「先に質問に答えろ」


「何です?」


「死体の写真をどこで手に入れた」


佐伯は黙る。


「俺の五人と交換だ」


係長が頭を抱えた。


「お前ら、子供か」


誰も笑わなかった。


佐伯はしばらく考える。


「国外です」


「どこ」


「言えません」


「誰から」


「それも」


真壁がカップを置く。


「交換になってない」


「写真は国外の関係機関から得たものです。これ以上は今の段階では話せません」


少なくとも、一つは増えた。


あの男は日本だけで追われていたわけではない。


「名前は?」


真壁が聞く。


佐伯は首を横に振る。


「分かりません」


「国外から写真が来て、名前がない?」


「そうです」


「そんなことあるのか」


佐伯は真壁を見る。


「だから我々も調べています」


真壁は五人の資料を机に置いた。


佐伯が手を伸ばす。


一枚。


二枚。


三枚。


顔つきが変わっていく。


五枚目まで確認すると、最初へ戻った。


「真壁さん」


「何だ」


「これだけですか」


「今のところな」


「五人?」


「ああ」


佐伯は資料から目を上げた。


「……合わない」


「何が」


佐伯は答えなかった。


真壁が身を乗り出す。


「何人だ」


佐伯は五枚の紙を見つめる。


「こちらが把握している人数と合いません」


その一言で、部屋の空気が変わった。

お読み頂きありがとう御座います。


続きは明日、3話投稿予定です。


感想や評価をいただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。