第十三話 同じ顔
日本海側の港で、一人の男が死んでいた。
財布もない。
スマートフォンもない。
身元を示すものは何もない。
残されていたのは、水に濡れた中国のコンビニのレシート。
かろうじて読めたのは、「寧」という一文字だった。
身元確認を命じられたのは、県警捜査一課の窓際刑事・真壁修司、56歳。
ただ一人の名前を調べる。
それだけのはずだった。
※本作は、現実の国際犯罪に関する報道から着想を得て構成したフィクションです。
登場する人物・企業・事件・捜査内容などは創作であり、実在する特定の人物・企業・団体とは関係ありません。
佐伯が県警へ着いたのは、午後十時を回ってからだった。
一人ではない。
以前も同行していた男と、見覚えのない女性がいる。
真壁は三人を見てから時計を見た。
「早かったな」
「急げと言ったのは真壁さんでしょう」
「言ってない」
「同じようなものです」
佐伯の視線が机へ移る。
そこには、出来上がったアイス珈琲。
隣には氷の残ったサイフォンの上部。
「……何ですか、それ」
「珈琲」
「それは分かります」
「じゃあ聞くな」
若い刑事が佐伯へ小声で言う。
「触れない方がいいです」
「そうします」
「おい」
誰も相手にしなかった。
***
会議室へ移る。
ホワイトボードには、さっきの文字が残っている。
**中国 A → 日本 → B**
佐伯が見る。
「これですか」
「そうだ」
「Bは?」
「分からん」
「分からないものを呼び出したんですか」
「だから調べるんだろ」
佐伯は椅子に座る。
「説明してください」
真壁は五人の資料を並べた。
「この五人には日本へ入った記録がある」
「はい」
「でも同じ情報で出国した記録が見つからない」
「それは我々も確認しています」
「だから今まで、日本に残ってると思ってた」
「普通はそう考えます」
「普通はな」
真壁はホワイトボードのAを指す。
「でも、出口でAじゃなかったら?」
佐伯は答えない。
「名前が違う。国籍が違う。記録上は別人」
同行してきた女性の視線が上がった。
真壁はそれを見た。
「何か知ってるな」
女性は佐伯を見る。
佐伯が小さくうなずく。
彼女は鞄からファイルを出した。
「これを見てください」
机へ数枚の写真が置かれる。
空港。
ホテル。
街頭。
監視カメラから切り出したらしい画像。
鮮明なものもあれば、顔が崩れているものもある。
真壁は一枚ずつ見る。
三枚目で手が止まった。
「こいつ」
若い刑事も覗く。
「似てますね」
五人の資料から一枚を抜く。
並べる。
中国から入国した男。
そして国外で撮影された別の男。
髪型が違う。
眼鏡も違う。
服装も違う。
写真の角度も悪い。
それでも似ている。
「同一人物?」
真壁が聞く。
女性が答える。
「断定できていません」
「こっちの名前は?」
彼女が別の紙を出す。
日本人名だった。
真壁はもう一度写真を見る。
「日本人?」
「記録上は」
「国籍も?」
「日本です」
若い刑事が声を落とす。
「中国人として入って……」
誰も続きを言わない。
真壁が別の写真を取る。
「こっちは?」
佐伯が答える。
「別件です」
「中国から入った人間?」
「その可能性があります」
「出口では?」
「日本人として記録されています」
真壁は椅子へ深く座った。
「何人いる」
佐伯は答えない。
「前に人数が合わないって言ったな」
「はい」
「これか」
佐伯はしばらく黙っていた。
「我々は、入口から追っていませんでした」
「何?」
「逆です」
佐伯が写真を指す。
「国外で、不自然な日本人が複数確認された」
真壁は眉を寄せる。
「不自然って何だ」
「犯罪者という意味ではありません。記録と人物のつながりに不自然な点があった、という意味です」
「それで日本側へ戻した?」
「はい」
真壁は五人を見る。
自分は中国から入った人間を追った。
公安は国外に現れた日本人から戻ってきた。
入口と出口。
別々の方向から、同じ途中を見ようとしていた。
だから人数が合わなかった。
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続きは明日、3話投稿予定です。
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