第十一話 五人
日本海側の港で、一人の男が死んでいた。
財布もない。
スマートフォンもない。
身元を示すものは何もない。
残されていたのは、水に濡れた中国のコンビニのレシート。
かろうじて読めたのは、「寧」という一文字だった。
身元確認を命じられたのは、県警捜査一課の窓際刑事・真壁修司、56歳。
ただ一人の名前を調べる。
それだけのはずだった。
※本作は、現実の国際犯罪に関する報道から着想を得て構成したフィクションです。
登場する人物・企業・事件・捜査内容などは創作であり、実在する特定の人物・企業・団体とは関係ありません。
翌朝、真壁は五人分の資料を机へ並べた。
久しぶりだった。
フェンタニル。
寧波。
名古屋。
公安。
国外捜査。
話が大きくなるほど、この五人は端へ追いやられていた。
真壁自身もそうしていた。
「戻るぞ」
若い刑事がコーヒーを飲みながら聞く。
「どこへ?」
「最初」
「死体ですか?」
「その次」
真壁は五枚を指した。
「この人たち」
「また五人?」
「またじゃない。ずっと五人だ」
一人目。
中国から入国。
記録上の滞在先がある。
確認する。
宿泊の痕跡。
その後、途切れる。
二人目。
別の時期。
別の目的。
こちらも途中までは追える。
三人目。
四人目。
五人目。
一見するとばらばら。
「共通点ないですね」
「そう見える」
「本当に関係あるんですか?」
「分からん」
「またそれですか」
「分からんものを分かったことにするよりいい」
真壁は五人の写真を見る。
全員に名前がある。
生年月日もある。
旅券もあった。
日本へ入った時点では、一人の人間と一つの身分が結びついている。
その後。
線が切れる。
「死亡届は?」
「該当なし」
「事件事故」
「今のところ結びつくものなし」
「病院」
「確認できる範囲ではなし」
「じゃあ生きてるかもしれん」
「普通に考えれば」
真壁は椅子にもたれた。
「普通に考えれば、どこかにいる」
「はい」
「なのに見えない」
「不法滞在とか?」
「可能性はある」
「逃げて働いてるとか」
「それもある」
どれもあり得る。
だから、一つずつ確認する。
犯罪に関係のない人間を、最初から犯罪者として扱わない。
それだけは真壁も気をつけた。
---
昼を過ぎたころ、若い刑事が声を上げた。
「真壁さん」
「ん?」
「これ」
画面を指す。
五人のうち一人。
日本へ入国した後、ある場所で短期間だけ記録が残る。
名古屋。
真壁が身を乗り出す。
「会社か?」
「違います」
「じゃあ?」
「住所です」
集合住宅。
名古屋の会社とは直接一致しない。
だが距離は遠くない。
「他は?」
調べる。
二人目。
名古屋ではない。
三人目。
愛知県内。
四人目。
不明。
五人目。
名古屋を経由した可能性。
完全には重ならない。
それでも、今までより近い。
「佐伯に聞きます?」
若い刑事が言う。
「まだいい」
「なんで?」
「先に自分で見る」
「信用してない?」
「してるよ」
「じゃあ」
「信用と確認は別だ」
若い刑事が笑う。
「コーヒーと同じですね」
真壁が振り返る。
「何が」
「豆が同じでも淹れ方で違うんでしょう?」
真壁は数秒黙った。
「お前」
「はい」
「成長したな」
「刑事としてですか?」
「コーヒーだ」
「そっちか」
---
夕方、一つの結果が届く。
五人のうち一人。
日本から出国した記録を、同じ旅券情報では確認できない。
二人目も。
三人目も。
真壁は画面を見つめる。
「全員?」
「今確認できる範囲では」
若い刑事が答える。
「じゃあ、まだ日本にいる?」
真壁は答えなかった。
それが一番自然だ。
だが何かが引っ掛かる。
五人とも?
全員が日本へ入り、その後、何らかの理由で記録から消える。
真壁は六枚目の紙を出した。
名無しの死体。
「こいつは違う」
「何が?」
「五人じゃない」
「それは前に確認しましたよ」
「そうじゃない」
真壁は死体の写真を見る。
「こいつには、入ってきた記録すら見つからない」
若い刑事が黙る。
五人は入口がある。
出口がない。
死体の男は――
入口さえ見えない。
真壁は六枚の紙を並べ直した。
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続きは明日、3話投稿予定です。
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