第十話 運ばれていない
日本海側の港で、一人の男が死んでいた。
財布もない。
スマートフォンもない。
身元を示すものは何もない。
残されていたのは、水に濡れた中国のコンビニのレシート。
かろうじて読めたのは、「寧」という一文字だった。
身元確認を命じられたのは、県警捜査一課の窓際刑事・真壁修司、56歳。
ただ一人の名前を調べる。
それだけのはずだった。
※本作は、現実の国際犯罪に関する報道から着想を得て構成したフィクションです。
登場する人物・企業・事件・捜査内容などは創作であり、実在する特定の人物・企業・団体とは関係ありません。
フェンタニル。
その名前が出てから、捜査の景色が変わった。
真壁の机に回ってくる資料も増える。
税関。
貨物。
輸出入。
船。
航空便。
国際郵便。
化学品。
どれも真壁の専門ではない。
専門ではないから、一つずつ聞く。
「つまり、見つかってない?」
担当者は露骨に嫌そうな顔をした。
「そういう言い方は正確ではありません」
「じゃあ正確に言ってくれ」
「少なくとも、あなたが言っている経路を裏付けるものは確認できません」
「中国から日本、日本からアメリカ?」
「はい」
「大量に?」
「確認できません」
「少量なら?」
「真壁さん」
「何だ」
「そうやって聞かれると、存在しないことを証明しろという話になります」
真壁は黙った。
それは正しい。
見つかっていない。
だから存在しない。
そんな理屈は通らない。
だが、大規模なネットワークを疑っているのに、日本を経由した薬物の流れだけが見えない。
妙だった。
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「じゃあ原料は?」
真壁が聞く。
若い刑事がパソコンを見る。
「化学品としての取引はあります」
「寧波から?」
「それ以外も」
「名古屋の会社を通って?」
「取引上の接点はあります。ただ、全部が全部じゃありません」
「で、それは違法?」
「今見てる範囲では、そう簡単には言えないみたいです」
真壁は椅子を回した。
窓を見る。
薬が見つからない。
原料の取引だけなら、それ自体で犯罪とは限らない。
金の流れは複雑。
公安が追っている人間もいる。
そして五人が消えている。
机の上に線を引けば、全部つながって見える。
しかし、肝心なところが空白だ。
「日本、いらなくないか?」
若い刑事が振り返る。
「何がです?」
「薬を中国からアメリカへ持っていくなら、日本を通す必要あるか?」
「さあ」
「遠回りだろ」
「地図で見れば」
「じゃあ何で名古屋が出てくる」
若い刑事は答えられない。
真壁も分からない。
だから聞いた。
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佐伯が来たのは夕方だった。
最近は連絡もなく現れる。
「お前、ここに机置くか?」
真壁が言う。
「遠慮します」
「窓際空いてるぞ」
「そこは真壁さんの席でしょう」
「よく知ってるな」
佐伯は資料を机に置いた。
「物流の方を調べているそうですね」
「耳が早いな」
「仕事ですから」
「俺を調べるのが?」
「それも少し」
真壁は嫌そうな顔をする。
佐伯は気にしない。
「何か出ましたか」
「出ない」
「何が?」
「薬」
佐伯の表情は変わらない。
「日本を経由したっていうなら、もう少し何かあってもいい」
「そうですね」
真壁が佐伯を見る。
「知ってたな」
「何をです?」
「日本を薬が通ってないこと」
「通っていないとは言っていません」
「またその言い方か」
「確認できていない、と言っています」
「同じじゃない」
「ええ」
真壁は少しだけ満足した。
この男もそこは分けるらしい。
「じゃあ聞き方を変える」
「どうぞ」
「お前らは何で名古屋の会社を見てた?」
「答えられません」
「薬じゃないんだな」
佐伯は黙る。
真壁は続けた。
「薬を追って名古屋に来たんじゃない」
沈黙。
「人だろ」
佐伯の目が、ほんの少し動いた。
真壁はそれ以上聞かなかった。
答えはもらっていない。
ただ、次に見る場所は決まった。
お読み頂きありがとう御座います。
続きは明日、3話投稿予定です。
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