第六話
第六話
アキはマキと休みをあわせ、翌週に旅行へ出ることにした。休みを取るのは大変だったが、マキの様子がおかしい今、無理にでも休みを取るべきだとアキは思った。
マキは遥か彼方の遠い場所を旅行先に選んだ。
それはマキが生まれ育った土地だった。
「たまには故郷に帰りたい」
マキはそう言ったが、気分転換の旅行先に故郷という場所をマキが選んだことに、不可解なものをアキは感じていた。その故郷が、遥か彼方と言っていいほど、遠い東の地であることにも。
それでも、旅行のことを話すマキは少しだけ明るさを取り戻しているようにアキには思えた。だから、アキもまた旅行のことがとても楽しみになっていた。
旅行当日。
アキとマキは飛行機に乗って、マキの故郷へと東にむかって飛び立った。
飛行機が離陸し、40分ほど経過した頃、アキはマキの様子が変わったことに気づいた。
マキは明るくなっていた。
さっきまで全身からあふれていた不安感や、瞳の奥に宿る怯え、それらがマキから漂わなくなっていた。
そして、飛行機が故郷の空港についた頃には、そこには昔のままのマキがいた。
その姿にアキは嬉しくなったが、同時に不気味な何かを強く感じもした。
旅行の予定は3泊4日。
アキとマキは、美しい自然を見てまわり、マキの故郷の美味しい食事をたらふく食べた。宿ではマキは深い眠りへと落ち、寝坊して宿の用意する朝食を食べれない日さえあるほどだった。
マキは、ずっとマキだった。あの不安に襲われたマキではなく、昔のままのマキだった。
マキの明るい声を、久しぶりにアキは聞いた。
故郷の風に吹かれるマキに、アキはじっとみとれていた。
旅行4日目の朝。マキが子供の頃に遊んだ美しい丘に行くことにした。
「長い時が過ぎていったけど、ここはあの頃のまま」
そう言って丘の上に立つマキのあの頃を、自分は知らないんだよなとアキは思った。
「丘の上に立つマキを写真にとろうか」
アキはそう言って、マキを丘の上に立たせたまま丘を少し降りると、写真を撮るために振り返った。
振り返ったアキの瞳にうつったのは、涙を流して丘の上に立つマキの姿だった。
「どうしたの?」
混乱するアキは、そうとしか言えなかった。
マキは涙を流しながら言った。
「私は帰りたくない」
ほんの少しの沈黙のあと、アキは返す。
「泣くほど帰りたくないの? マキは子供にかえっちゃったのかな」
アキには、自分の言葉が混じりっけなしの嘘に聞こえた。
アキにはわかっていた。マキが帰りたくない理由が
「帰りたくない」
そう繰りかえすマキに、アキはもう嘘をつくのをやめた。
「わかった。もう嘘をつくのをやめるよ。サイレンだよね?」
マキは泣きながらうなづいた。
「ここは、あのサイレンが聞こえない。なぜかなんてわからない。でも、ここにはあのサイレンが鳴ってない。あの街は、ずっとずっとサイレンが鳴っている。あのサイレンが鳴り響く場所に、私はもう戻りたくない。お願い、私はもう帰りたくない」
その答えは、心のどこかでずっとアキが予想していたものだったのかもしれない。
アキの脳裏に、旅行中のマキの姿と、街で怯えるマキの姿が入り混じる。
どちらがアキの愛するマキか?
答えは明白だった。
アキは再び丘を登り、マキを抱きしめて言った。
「わかったよ。いいよ。ここはマキの故郷だし、しばらくいるのもいいと思う」
でも仕事はどうする?
頭に真っ先に浮かんだ言葉を飲み込んで、アキはマキにそう言った。
「ありがとう…アキ」
それだけ言うと、マキはアキにしがみつき、心の底から声をあげて泣き続けた。




