第五話
第五話
マキのことが、アキは気になっていた。
真夜中に聞こえるとマキが言っていたサイレンのこと。サイレンの音が聞こえるという人が、世の中にはかなりの数いることは知っていた。テレビをつければ、ネットを開けば、話題はサイレンのことばかり。
だが、アキにはサイレンの音は聞こえない。
マキが言っているのは、本当のことなのか? と疑う気持ちすらどこかにあった。
それでも、最近は夜も眠れなくなりつつあるマキの姿と、集団幻聴のような奇妙なサイレンの音がマキには聞こえるという事実が、アキを酷く不安にさせていた。
そのマキはいま、アキの前でコーヒーが入ったマグカップを両手でおおうように持ち、真っ黒いコーヒーに視線を落としていた。
マキの様子が最近どんどんおかしくなっていることを、アキは気にしていた。
マキは強い不安に襲われているようだった。
マキの身体は始終こわばり、その瞳は強い不安を抱えていた。夜もよく眠れていないためクマが酷い。いつまでも眠れず、マキがあきらめてベッドを出ることもあることを、アキは知っていた。
両手でおおうようにつかんだマグカップには口をつけず、ただそこに視線を落としているマキがアキに言った。
「ねえ、提案があるの」
マキの言葉に警戒心を抱きながら、アキは答える。
「どんな?」
「数日、旅行に行かない?」
マキの言葉は、アキにとって意外なものだった。
サイレンの話なのではないかと、身構えていたから。
「うん。気分転換にいいかもしれない」
奇妙なサイレンの話題に押しつぶされそうなこの日常から、どこかに逃げ出すのは非常にいい提案に思えた。
「休みが何日かとれそうだから。アキはどう?」
アキはしばし、じっと考えてから言った。
「大丈夫だよ。それじゃあ、休みをあわせよう。で、どこか行きたいところはある?」
マキはぱっと顔を輝かせてこう言った。
「どこか、遠い東に行こうよ」




