第三十二話 忘れられる街
霧に触れた住民たちは、身近なことから忘れ始めた。
自宅への道。隣人の名前。自分が何をしていたのか。
敬由は街の騒がしい音で目を覚ます。
「なんか騒がしい気が」
食堂に行くと全員が集まっている。
「遅いですよ」
「どうしたんですか?」
敬由が聞くと、リネットが答える。
「外を見て」
母親を見失った子供が泣き、衛兵同士が互いを侵入者と誤認して剣を抜く。
黒い霧が街に漏れ出ている。
「門が起動し始めてる」
フィアが空間の歪みを感知した。
六人は二手に分かれた。
伊織、フィア、エリシアは地下の術式を止める。
敬由、リネット、ボルガは地上で住民を避難させる。
「俺も地下へ――」
「地上の方が、お前の経験を活かせる筈だ」
伊織が言った。
正しい判断だった。それでも敬由には、「足手まといだから来るな」と言ってるように聞こえた。
地上では、水路の圧力が上がり道路が陥没し始めた。
敬由は図面を広げ、住民を高台へ誘導する。
「この通りは使わないで! 下の水路が古い!」
ボルガが崩れた家屋を支え、リネットが子供たちを守り避難させる。
一方、地下へ降りた伊織たちは黒印の兵士と交戦した。
「敵の数が多いですね」
エリシアの言葉に伊織が反応する。
「なら、ここに何かある筈だ」
エリシアの水矢が霧を払い、フィアが隠された空間扉を見つける。
「右の壁。奥に部屋がある」
伊織が白蓮で切り開く。
内部には七本の石柱と、顔のない石像があった。
そして中央に、灰衣の魔導師レオルが立っていた。
「百面鬼の所有者が来ていないようだが?」
「お前に会わせる必要はない」
白蓮を静かに構える。
伊織の刀身へ氷が咲いた。




