第十三話 魔族の少女
あの日、白い雷光が世界を塗り潰した。
阿部伊織は咄嗟に京野敬由の腕を掴んだ。
だが、指先へ返ってきたのは一瞬の重みだけだった。
雨音が消える。足場が消える。敬由の間抜けな悲鳴さえ、遠い穴の底へ吸い込まれていく。
次に目を開けたとき、伊織は乾いた荒野へ倒れていた。
空には二つの月。周囲には見覚えのない赤黒い岩。作業着には雨の跡が残っているのに、地面はひび割れるほど乾いている。
伊織は立ち上がり、辺りを見渡し考える。
敬由も同じ状況にあるかもしれない。
まずは生き延びる。人のいる場所を探す。そして敬由を見つける。
「放っておくと、本当に何するか分からないからな」
伊織は西へ歩き始めた。
三日後、伊織は追われている少女を見つけた。
荒野の岩陰を縫うように走る、小柄な人影。その背後を黒い鎧の兵士が六人追っている。
少女は足をもつれさせて転んだ。赤黒い髪の間から、小さな二本の角が覗く。
「反逆者フィア・レグナ。投降しろ」
兵士の一人が剣を抜いた。
「嫌だって言ったら?」
少女――フィアは強がって笑ったが、膝は震えていた。
伊織は岩陰から出た。
「六人で子供一人か」
「何者だ」
「通りすがりだ」
兵士が伊織の服を見て眉をひそめる。
伊織が持っているのは、商人から譲り受けた細身の片刃剣だけ。
「六種族の人間か。立ち去れ。これは魔王国の問題だ」
「その魔王国とやらが、ここで子供を殺す理由にはならない」
兵士たちが一斉に踏み込んだ。
伊織は息を吐き、体内にある力を剣へ流した。
この世界へ来た翌日、偶然出会った商人に教えられた。全ての者は魔力を持ち、それを属性へ変えて現象を起こす。
伊織の魔力は、最初に雷となった。
紫電が刀身を走る。
振り下ろされた剣を受け流し、相手の脇を抜ける。鞘へ納める代わりに剣先を下げた瞬間、遅れて三人の鎧が弾けた。
「なんだと!?」
伊織の足元へ風が集まった。
一歩。
姿が消えたように見える速度で間合いを詰め、柄で二人を打ち倒す。最後の一人が逃げようとしたところで、地面から伸びた黒い影が足首を絡め取った。
フィアが手をかざしている。
「今!」
伊織は兵士の剣を弾き、首筋へ刃を止めた。
「次は止めない。仲間を連れて消えろ」
兵士は歯を食いしばり、倒れた者たちを連れて退いた。
静けさが戻る。
「……今の、雷と風?」
フィアが岩陰から出てくる。
「らしい」
「らしいって、自分の属性でしょ?」
「三日前に知った」
「三日前?」
伊織は答えず、彼女の怪我を確かめた。
「歩けるか」
「歩ける。でも、私が魔族だって分かってるよね?」
「知らん」
「それなのに助けたの?」
「助けてない。話を聞く前に殺されると困るだけだ」
フィアは瞬きをし、小さく笑った。
「そういうのを助けたって言うんじゃないの?」
「言わない」
「面倒くさい人」




