第十話 黒い印
敬由が歩けるようになるまで、四人はベルク村の復旧を手伝った。
魔法陣は、村の地下に眠る遺跡を起動するためのものだった。黒印の集団は数か月前から街道を襲い、資材と人手を集めていた。
灰衣の魔導師が使った空間魔法から、背後に魔族がいる可能性が高いと判断された。
「魔族は全員、悪い奴なんですか?」
敬由の問いに、エリシアは少し考えた。
「いいえ。種族だけで善悪は決まりません。ただし、ヴァルディア魔王国が侵攻を続けていることも事実です」
「七種族戦争では、魔族だけではなく、人族を含め六種族も互いに殺し合った」
ボルガが石材を積みながら言った。
「今一緒に暮らしてるからって、昔の血が消えたわけじゃねえ」
リネットは黙っていた。彼女の故郷も、数年前の魔族襲撃で被害を受けたらしい。
敬由はそれ以上聞かなかった。聞ける雰囲気ではなかった。
ある夕方、助けた少年が小さな木板を持ってきた。そこには不格好な鬼の顔と、盾を構える人間が描かれている。
「お面の兄ちゃん」
「俺?」
「助けてくれてありがとう!」
敬由は木板を受け取った。
本当はあの時、逃げたい思いに駆られていた。逃げるのが間に合わなかっただけで、怖くて仕方がなかった。
それでも少年の中では、あの瞬間の敬由は「助けてくれた人」になっている。
百面鬼が微かに温かくなった。
――忘却こそ、人に訪れる二度目の死である。
また声が聞こえた。
「どういう意味だよ」
問いかけても返事はない。だか不思議と心にその言葉は響いた。
夜、敬由は夢を見た。
暗闇に無数の面が浮かんでいる。しかしどの面にも顔がなく、名前もない。
最も近い面の向こうに、背の低い男がいた。石橋の上で槌を振るっている。
『その技を使うなら、私を知ることだな』
敬由が近づこうとすると、男は霧の中へ消えた。
目覚めた手には、少年からもらった木板が握られていた。




