初依頼
「よし。今日からお前はナナシだ」
バルドの言葉に、周囲が少しざわつく。
「ギルド長直々かよ……」
「珍しいな」
そんな声が聞こえた。
だが、バルド本人は気にした様子もない。
「登録はこっちで進めとけ」
「はい」
受付の女性が慌てて書類をまとめ始める。
「で、お前はどうする?」
バルドがこちらを見る。
「どうする、とは?」
「冒険者登録したってことは、依頼を受けるんだろ」
「まあ、そうなるのか」
「金もいるしな」
ガイルが軽く笑う。
「じゃあ、まずは簡単なのからですね!」
リナが掲示板の方へ向かう。
大量の紙が貼られていた。
討伐。
採取。
護衛。
様々な依頼が並んでいる。
「最初は薬草採取とかが普通です」
「新人は大体そこから始めます」
セラが横から説明する。
「へえ」
「ですが——」
セラが、一枚の依頼書を見る。
「最近、少し妙なんです」
「妙?」
ガイルが眉をひそめる。
「西側の森で、ゴブリンの目撃数が増えてます」
「群れの規模も大きい」
「この辺でそこまで増えるのは珍しいです」
バルドが鼻を鳴らす。
「俺も気になってた」
掲示板から一枚の依頼書を剥がす。
【レイヴン西部
ゴブリン討伐依頼】
「本来ならFランク複数人向けだ」
「だが、帰ってきた連中の話が妙でな」
「妙って?」
「連携してたらしい」
空気が少し変わる。
リナが小さく息を呑む。
「ゴブリンが……?」
「普通はあり得ねえ」
ガイルが低く言う。
「知能の低い魔物だ。統率なんか取れねえ」
「だから妙なんだよ」
バルドが依頼書をこちらへ向ける。
「ナナシ」
「お前、これ行ってみるか?」
視線が集まる。
ゴブリン。
名前だけなら分かる。
だが——
なぜか、怖いとは思わなかった。
むしろ。
(……弱そうだな)
そんな感覚の方が強い。
「受ける」
即答だった。
リナが少し驚いた顔をする。
「え、即決ですか?」
「ダメか?」
「いや、ダメじゃないですけど……」
ガイルが小さく笑う。
「まあ、らしいな」
「俺たちも同行する」
「新人一人じゃ流石に危ねえ」
「そうですね」
セラも頷く。
「今回は調査も兼ねます」
バルドが満足そうに腕を組む。
「決まりだな」
「準備でき次第、出発しろ」
翌朝。
レイヴンの西門前には、すでに三人の姿があった。
「遅いですよ、ナナシさん」
リナが少し頬を膨らませる。
「別に遅れてねえだろ」
「ギリギリです」
「十分早い」
そんなやり取りをしながら、門の外へ出る。
朝の空気は冷たかった。
「今回は調査も兼ねてる」
ガイルが歩きながら言う。
「無理に突っ込む必要はねえ」
「まずは状況確認だ」
「了解です」
リナとセラが頷く。
しばらく進む。
やがて、周囲の空気が変わり始めた。
静かすぎる。
鳥の声がない。
風の音だけが響いている。
「……変ですね」
セラが小さく呟く。
「魔物の気配が薄い」
「逃げてるのか?」
ガイルが眉をひそめる。
「その可能性はあります」
嫌な空気だった。
森の奥へ進むにつれて、その違和感は強くなる。
「止まってください」
突然、セラが声を上げた。
全員の動きが止まる。
「……前方」
視線の先。
茂みの奥で、何かが動いた。
小さい。
緑色の肌。
濁った目。
「ゴブリン……」
リナが剣に手をかける。
だが——
一体じゃない。
次々に現れる。
五。
八。
十。
「多いな……」
ガイルが低く呟く。
普通じゃない。
明らかに数が多すぎる。
その時だった。
ゴブリンたちが、一斉に止まる。
動かない。
まるで——
何かを待っているみたいに。
「……おい」
ガイルの声が変わる。
「後ろだ」
振り返る。
そこにもいた。
ゴブリン。
しかも——
囲まれている。
「嘘……」
リナの顔が青くなる。
「統率されてる……?」
セラが信じられないものを見るように呟く。
普通のゴブリンなら、こんな動きはしない。
なのに。
前にも。
後ろにも。
逃げ道を塞ぐように配置されている。
「……チッ」
ガイルが剣を抜く。
「これは報告案件だ」
「撤退するぞ」
だが——
ゴブリンたちは動かない。
いや。
動けないように見えた。
怯えている。
何かに。
その瞬間。
森の奥から、“音”がした。
重い。
地面を揺らすような足音。
ドン。
ドン。
空気が変わる。
本能が告げていた。
危険だ、と。
木々の奥。
暗闇の中から、巨大な影が現れる。
「……なんだ、あれ」
誰かが呟く。
ゴブリンたちより、遥かに大きい。
黒い皮膚。
異様に発達した腕。
そして——
赤く光る目。
「……オーガ?」
リナの声が震える。
だが、違う。
普通のオーガじゃない。
その体から溢れている圧が、明らかに異常だった。
セラの顔色が変わる。
「……変異種です」
空気が凍る。
「またかよ……」
ガイルが低く吐き捨てる。
「あり得ねえ」
「変異種は、そう何度も出るもんじゃねえぞ……」
しかも。
数日前。
ナナシが、一撃で倒した変異種もいる。
異常が、続きすぎていた。
「偶然じゃありませんね……」
セラの声が重くなる。
「何かが起きてる」




