異形
重い足音が、森に響く。
ドン。
ドン。
近づくたびに、空気が震えた。
ゴブリンたちは動かない。
いや——
動けない。
怯えている。
まるで、自分たちより上の存在を前にしたみたいに。
木々を押し退けるようにして、巨大な影が姿を現す。
黒い皮膚。
異様に膨れ上がった筋肉。
赤く濁った目。
そして——
右腕だけが、不自然なほど巨大だった。
「……なんだよ、あれ」
リナの声が震える。
「普通のオーガじゃありません」
セラが険しい顔で言う。
「魔力の密度が異常です」
ガイルが舌打ちする。
「最悪だな」
その瞬間。
オーガ変異種の目が、こちらを向いた。
——殺気。
空気が変わる。
本能が警鐘を鳴らしていた。
危険。
勝てない。
逃げろ。
リナの顔が青くなる。
「ガイルさん……」
「落ち着け」
ガイルが低く言う。
だが、その表情には余裕がなかった。
剣を握る手に、力が入っている。
「セラ」
「……はい」
「リナ連れて下がれ」
「ですが——」
「いいから行け」
短い言葉。
だが、有無を言わせない声だった。
セラが唇を噛む。
「……分かりました」
リナの腕を掴み、少しずつ後退する。
その時だった。
オーガ変異種が、動いた。
——速い。
巨体とは思えない速度。
地面を砕きながら、一気に距離を詰めてくる。
「チッ!」
ガイルが前に出る。
剣を振る。
だが——
浅い。
硬い皮膚に阻まれ、深く入らない。
次の瞬間。
巨大な腕が振り下ろされる。
ガイルが横へ飛ぶ。
地面が爆発した。
土と木片が吹き飛ぶ。
「うそでしょ……」
リナの声が掠れる。
ガイルが距離を取る。
その顔から、余裕が消えていた。
「……Aランクのガイルさんでも……」
セラが息を呑む。
強い。
明らかに。
今までの魔物とは、格が違った。
オーガ変異種が、再び動く。
今度は——
ガイルではない。
後ろ。
リナたちへ向かっていた。
「まずい!」
セラが叫ぶ。
間に合わない。
そう思った瞬間。
一歩。
ナナシが前へ出る。
自然だった。
考えるより先に、体が動いていた。
オーガ変異種の拳が振り下ろされる。
避けない。
ナナシは、その拳を片手で止めた。
轟音。
衝撃で地面が沈む。
だが、ナナシは動かない。
オーガ変異種の動きが止まる。
リナたちも、固まっていた。
「……は?」
ガイルの声が漏れる。
ナナシは、自分の手を見る。
(……軽いな)
そんな感覚だった。
次の瞬間。
オーガ変異種が咆哮する。
同時に、ナナシの頭に“何か”が流れ込んだ。
頭の奥で、
“斬れる”と理解していた。
だが、体はもう動いていた
地面に落ちていたガイルの剣を拾う。
踏み込む。
その瞬間。
剣が、淡く光った。
セラの目が見開かれる。
「今の……」
ガイルも気づいていた。
ただの魔力じゃない。
もっと、違う何か。
ナナシ自身は、それを理解していなかった。
ただ自然に。
そうするのが当然みたいに。
剣を振る。
そして——
一閃。
静寂。
次の瞬間。
オーガ変異種の巨体が、ゆっくり崩れ落ちた。
真っ二つに裂けながら。
誰も、動けなかった。
「……おい、おい」
ガイルが乾いた笑みを漏らす。
「冗談だろ……」
リナは言葉も出ない。
セラだけが、オーガ変異種の断面を見ていた。
「……おかしい」
その声に、全員の視線が向く。
セラは、崩れた死体へ近づく。
そして。
目を細めた。
「これ……」
オーガ変異種の体内。
肉の奥で、黒い結晶のようなものが脈打っていた。
まるで、生きているみたいに。
ガイルの顔色が変わる。
「なんだ、それ……」
セラがゆっくり首を振る。
「分かりません」
「ですが——」
嫌な予感がした。
「自然発生の変異種じゃありません」




