表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
19/21

灰剣


翌日。


ギルドの空気は、どこか妙だった。


「おい、見たか?」


「あの新人、また変異種倒したらしいぞ」


「しかも素手で止めたって話だ」


酒場の隅や受付前で、

そんな声が飛び交っている。


だが。


誰も“黒の英雄”なんて言葉は口にしない。


ただ。


“得体の知れない何か”を見るような視線だけが、

ナナシへ向けられていた。


「……居心地悪ぃな」


ナナシが小さく呟く。


「変異種二体も倒しゃ当然だ」


ガイルが笑う。


「むしろ今まで通りの方がおかしい」


「私はまだ信じられませんけどね……」


リナが苦笑する。


セラだけは黙ったまま、

周囲を観察していた。


その時だった。


ギルドの扉が開く。


中へ入ってきたのは、

十数人の集団だった。


白銀の外套。


統一された重装備。


胸元には、王国の紋章。


先頭を歩いているのは、

屈強な男達。


歴戦だと一目で分かる。


腰の剣。


無数の傷跡。


放たれる空気だけで、

並の冒険者ではないと理解できた。


だが。


その男達ですら、

先頭の女には半歩下がっていた。


灰色の短髪。


鋭い目。


腰には細身の剣。


静かな足取り。


だが。


彼女が一歩踏み入れた瞬間、

ギルドの空気が変わった。


「あれ……」


誰かが息を呑む。


「嘘だろ……」


「“灰剣”のリゼリア……」


小さな呟き。


だが。


その名前だけで、

場の空気が張り詰める。


「王都最強の……」


冒険者達の顔色が変わっていた。


ガイルですら、

わずかに目を細める。


「……マジかよ」


リゼリアは周囲を気にした様子もなく、

静かに口を開いた。


「王国特級討伐部隊団長、

リゼリアです」


静かな声だった。


「レイヴン周辺で発生した変異種について、

調査へ来ました」


その瞬間。


ギルド内がざわついた。


「団長……?」


「おい待て、

灰剣って特級討伐部隊の頂点だろ……?」


「王都案件が、

レイヴンまで降りてきたのか……?」


カウンター奥から、

バルドが姿を現した。


「王都が動くとは思ってたが……

“灰剣”本人が来るとはな」


低い声。


リゼリアは軽く頷く。


だが。


次の瞬間。


彼女の視線が、

ナナシで止まった。


正確には——


その仮面で。


リゼリアの動きが止まる。


空気が変わった。


数秒。


彼女は、何も言わなかった。


ただ、

信じられないものを見るように、

ナナシを見つめている。


そして。


小さく、声が漏れた。


「……そんな」


その瞳が、大きく揺れる。


一歩。


ふらつくように前へ出る。


「……まさか」


震える声。


「し、師匠……?」


ギルドの空気が凍りついた。


「……は?」


「お、おい……

今、“師匠”って……」


「灰剣のリゼリアが……?」


冒険者達がざわめく。


あの冷酷で有名なリゼリアが、

涙を浮かべていた。


「……変わってない」


リゼリアが、

震える声で呟く。


「顔も……

声も……」


信じられないものを見るみたいに、

ナナシを見つめる。


「本当に……

あの頃のままだ」


ナナシは眉をひそめた。


目の前の女に、

見覚えはない。


だが。


なぜか胸の奥が、

妙にざわついていた。


「……悪いが、

会った覚えはない」


その一言で。


リゼリアの表情が、

苦しそうに歪んだ。


だが。


彼女は小さく笑った。


「……そう、ですよね」


どこか、

寂しそうな笑みだった。


「十五年も経ってるんですから」


静かな声。


「それに……

師匠は昔から、

無茶ばかりする人でしたし」


その拳だけが、

わずかに震えていた。


周囲は完全に混乱していた。


「おい、どういうことだ……?」


「師匠ってなんだよ……」


ガイルですら、

言葉を失っている。


その時だった。


「……場所変えるぞ」


低い声。


バルドだった。


鋭い視線で周囲を見渡す。


「聞かれたくねぇ話が多すぎる」


誰も反論しなかった。


ギルド長室。


重い扉が閉まる。


部屋の中には、

バルド、リゼリア、ナナシ、

そしてガイル達だけがいた。


しばらく、

沈黙が流れる。


リゼリアはまだ、

ナナシから視線を外せないでいた。


まるで。


消えたはずの存在を、

まだ信じ切れていないみたいに。


だが。


バルドが低く口を開く。


「積もる話は山ほどあるだろうが、

今は後だ」


その声で、

空気が引き締まる。


バルドは机の上へ、

黒い結晶を置いた。


「まずは、

この結晶について話せ」


リゼリアの表情が変わる。


一瞬で、

仕事の顔へ戻っていた。


「……はい」


だが。


その視線だけは、

今も時折、

ナナシへ向いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ