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黒の英雄



ギルドへ戻る道中。


リナは、何度もナナシの仮面を見ていた。


夜風が、黒い外套を揺らす。


「……やっぱり、似合ってますね」


リナが小さく笑う。


「そうか?」


「はい。なんていうか……雰囲気あります」


「怪しいって意味じゃなくて?」


「ち、違います!」


慌てるリナを見て、ガイルが吹き出す。


「黒づくめに仮面って、お前どう見ても怪しいだろ」


「お前にだけは言われたくねぇ」


ドレンが即座に返す。


小さな笑いが起きる。


そのやり取りが、

妙に心地よかった。


だからこそ。


——この時間も、

いつか忘れるのか。


不意に、

そんな考えが頭をよぎる。


胸の奥が、

わずかに痛んだ。


酒場を出てから、少しだけ空気は軽くなっていた。


だが。


その中で、セラだけは黙っていた。


視線だけが、仮面へ向いている。


やがて。


ギルド前へ着いたところで、セラが静かに口を開いた。


「……その仮面」


全員の動きが止まる。


セラは、ナナシを真っ直ぐ見つめていた。


「昔の文献で、一度だけ見たことがあります」


静かな声だった。


だが。


その場の空気が、一瞬で変わる。


「文献?」


ガイルが眉をひそめる。


セラは小さく頷いた。


「十五年前の魔王災害について書かれた、古い記録です」


「そこに、“黒い仮面をつけた英雄”の記述がありました」


沈黙。


リナが目を見開く。


「え……」


ガイルが、ゆっくりナナシを見る。


「おいおい……」


だが。


ナナシ自身は、何も思い出せなかった。


仮面は、妙に馴染む。


それだけだ。


「偶然じゃねぇのか」


ドレンが低く言う。


だが。


セラは首を横に振った。


「その英雄は、“顔を隠していた”と書かれていました」


「理由は不明です」


「ただ——」


セラの視線が、仮面へ落ちる。


「黒い仮面と、黒髪だけは一致しています」


空気が重くなる。


ナナシは、ゆっくり仮面へ触れた。


冷たい感触。


なのに。


なぜか、安心する。


まるで。


ずっと前から、それをつけていたみたいに。


「……俺は知らない」


小さく呟く。


「本当に、何も覚えてねぇんだ」


誰も、すぐには言葉を返せなかった。


その時だった。


ネックレスの紫色の結晶が、

微かに光る。


胸の奥が、

わずかに熱を帯びた。


理由は分からない。


だが。


この仮面を、

昔の自分は確かに使っていた。


そんな確信だけが、

静かに残っていた。

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